青山学院を大学に昇格するの議
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[編集]青山学院を大学に昇格するの議
私立大学は新大学令により、官公立大学同様設立を認可せらるゝ事となれり。而して私立大学たる認可を受けんとするには、大学令第七条及第十七条の規定に於て(一)大学に必要なる設備の外に、之を維持するに足るべき収入を生ずる基本財産を有する事、及び(二)相当員数の専任教授を置くべしと云ふ最も緊要なる条件あり。而して基本財産の総額及び専任教授の員数に就ては大学令には勿論、其後公布せられたる大学規程に於ても何等之に関する事項を規定するなし。即ち文部省に於ては是等の標準は法規の上に於て之を定めず、唯だ内規を定め置くの方針にて、内規なりとて新聞紙上に公にせられたる処に依れば大体左の如くなり。
(一)一学部即ち単科大学の基本財産は之を五十万円とす、而して更に一学部を加ふる毎に之に十万円を加ふる事。
(二)第七条の規定に拠り基本財産として国庫債券又は其他有価証券を供托する場合には額面通り之を計算する事。
(三)以上の基本財産は当分六ヶ年に之を分割(十万円づゝ)供托することを許す事。
(四)専任教授の相当員数は今後六ヶ年間は必ずしも之を置く事を要せざる事。
(五)設備の点は臨時文部省より専門家を派遣して其学部の種類に依り夫れ夫れ心要なる設備の有無を実地調査せしむる事。
即ち基本財産は学部の種類によりて其多寡を区分せず、法、文、理、エ、農、医等を通じて其学部の何種類たるを問はず、単科は五十万円とし、二学部以上の綜合大学は之に一学部を加ふる毎に十万円を加ふるが故に、先つ文学部を置き、更に商学部を置くとすれば、六十万円を要する訳にて、之を現金又は有価証券を以て中央銀行に供托すれば可なり。又専任教授の件は目下教員払底の際なれば之を養成する期間を見積り当分の間は之に関する第十七条の規定を励行せざる事としたる次第なるべし。
新大学令に拠れば、大学は中学四年の程度を終りたるものが、三ヶ年の高等学校を卒業するか、又は五年の中学を卒業したるものが、二ヶ年の大学予科を終りたるものを収容するの規定なり、而して大学の修業年限は三年とす、故に従前の規定に比すれば一ヶ年を短縮したる訳なり。されば是迄専門学校令に依りて設立せられたる各私立大学又各種の専門学校か昇格を企てつゝあるは、尤もの次第にて唯た困難とするところは、基本財産と専任教授の相当員数なるが、文部省は前述べたる如く之れさへ寛大の処置を取るとの事なれば、此処一二年の中には官公私立幾多の大学設立せらるゝ事となるべし。基督教主義の学校にても同志社、立教大学は勿論、関西学院も新大学令に拠る大学の設立を計画中なりと云ふ。
基督教各派の間に先年来合同大学設立の計画あり、今尚進行中なることは、別紙合同基督教大学設立計画次第慨要に詳なり。此計画は初めガウチヤー博士の提案を基督教同盟教育会が賛助して成りたるものにして、初めガウチヤー博士は、日本人にして熱心之を計画すれば、基本金は五百万円にても千万円にても、米国有志者に於て調達すること容易なりとの事をほのめかしたりしかば、同盟教育会員は斯く信じて之を賛助したりしが、実際はしかじか容易に非ざること漸く明になりたりしかば、教育会員の之に対する熱心は漸次に冷却したりしが如し。尤も監督教会は初めより立教学院を同教会単独にて大学となさんとの計画ありしを以て、合同大学の計画にはアマリ熱心ならず、同志社も中途此の計画より脱退したり。此運動に最も熱心たりしは東北学院のシユネーダー博士、青山学院のべリー博士にして其他の宣教師も頗る熱心なるが如く見えたりしも、概して日本人は冷淡なりき。日本人の冷淡なりしは斯かる大学の設立を冀図せざるがために非ず、四囲の光景斯かる大学の設立は到底不可能なりと思惟したりしがためなりしなるべし。斯くて委員は交迭し、近来久しく委員会の開くることも少く、多くは常任委員の会合のみなりき。常任委員長は北海大学の佐藤博士にして、新渡戸博士、井深博士も之に加はりしが、其他の委員に悉く外国人なりき。今日迄の処にてはメソヂスト監督教会及び長老教会は各壱万五千円を向ふ五ケ年間毎年支出すべしとの事を約束せりとの事にて、其他の教会は未だ決定せず、此計画が果して成就すべきものなりや否や素より断言し難しと雖も、余の見る所を以てすれば容易には成就し難かるべし故如何にしなれば
(一)各派合同の事業は宗教にても教育にても実際困難なる事
(二)監督派の立教学院、組合派の同志社、南メソヂスト監督及び、加那太メソヂストの関西学院にして此運動より脱退せる上はメソヂスト監督及び長老二派の外には多額の基金を出すべき教派少く、其他の小教派を以てしては必要だけの基金を得がたかるべき事
(三)米国に於ける委員は日本に朎て土地購入費凡そ六十万円、建物建築費及維持費の半額を負担すべしとの条件を附せりと雖も、日本に於て斯かる巨額の寄附金を基督教大学設立のために募集し得べしとは信じ難き事
(四)基金にして幸に調達し得たりとするも、校長以下教授を相当に得ることの困難なる事
(五)ミツシヨンを本位として学校を設立するの時代は既に過ぎ去りたる事
以上の事を考ふれば今日俄かに巨大なる大学を創立することは実際容易に非ず。寧ろ現に存在せる学校を漸次発達せしめて、之を大学に昇格せしむる方容易なるべしと信ず。其合同大学創立を企画せるは既に十年以前の事にして、爾来我国の形勢は大に変化せり。即ち其当時に在ては、東京、京都、及び九州ト三箇の帝国大学ありしのみなりしが、其後政府は東北及び北海の二大学を創設し、今や新大学令の発布に依って数多の商科、医科、工科の単科大学創立せられんとしつゝあり。幾多の私立大学も亦設立せらるゝことなれば、基瞥教大学も唯一箇に限るの必要なかるべし、一箇ならば必ず設立せられ得べしとの保証立たば、先づ其一箇より初むること得策なること申すまでもなけれども、前申す如く其一箇の設立は困難なるのみならず、寧ろ不可能なる事なれば、比較的容易なる現存学校を大学に昇格するの運動をなすこと最も得策なるべし。尤も合同大学設立の運動も之がため之を廃止するには及ばず、大学の数は多々益々可なることなれば合同大学の企画にして成就せば此上の幸福なかるべしと雖も此合同大学を設立せんために、現存の学校が大学に昇格するの道を
(一)現存の学校は数十年の歴史を有し、幾多の卒業生を出したることなれば、此等の卒業生を中心として之が発達を謀るの便宜ある事、此等の卒業生は勿論母校の発達を冀図し、之がため全力を尽すべき事
(二)現存の学校が其数十年の歴史に於て多少の貢献をなしたること世の洽く知る所なれば、世間の同情を得ること比較的容易なる事
(三)現存の学校は敷地、建物其他の設備を有するが故に、新に大学を創設するよりも比較的費用少くして大学の設備を全うし得る事
(四)現存の学校は既に多少の職員を有するが故に比較的容易に職員の補充をなし得る事
(五)現存の学校を漸次発達せしめて大学に昇格するは自然の理法に適ふ事
余は以上の理由に由り新に一大大学を創設せんとする計画よりも現存の学校を発達せしめて大学に昇格せしむるを以て寧ろ捷径なりと信ず、現存の学校を大学に昇格するといふは素より之を広大なる学校となすの謂に非ず。尨大なる学校は単に知識を授くる点よりすれば可なれども、人格的教育を施すといふ点よりすれば、寧ろ規模小なる学校こそ望ましけれ。彪大なる大学ありて幾多小規模の大学を之に聯絡せしむることを得ば至極妙にて此点よりすれば、一大合同大学設立の計画にして成就せんこと至極願はしき事なれ共、此は小規模の大学出来たる上の事にて、其上にて合同大学設立の計画も必要となるべけれども、今は先づ小規模の大学設立を計画すること急務なり。
以上いふ所にして是なりとせば、青山学院も亦大学に昇格するの道を謀らざるべからず、同志社立教学院及び関西学院は既に新大学令に依りて大学たらんとするの計画を定めたり。青山学院何ぞ之に後るゝ事を得んや。外国教師の中には青山学院にして大学昇格を計画せば、合同大学設立の計画を妨害すべしとて、之に反対するものありと雖も、合同大学設立の計画が尚夢の如きものなることは以上言へるが如し。此の如き計画に遠慮して実現すべき発達をも冀図せざるは学校に対して忠実なるものといふべからず。且つ夫れ青山学院が大学に発達すべきは避くべからざる勢なり、もし青山学院にして大学に昇格せざれば校運衰頽の運命に遭遇せざるべからず。何となれば前既に云へるが如く従来専門学校令によりて設立せられたる官公私立諸学校は相率ひて新大学令によりて大学に昇格するの運動をなしつゝあり。将来数年にして此等の学校は大抵大学となるべく、大学卒業生か専門学校卒業生に比して社会に優遇せらるべきは当然の事なるが故に学生は相競ふて、此等の大学に集まるべく、専門学校の門前は雀羅を設くるに至るやも知るべからざれはなり。されば青山学院たるもの今日より大学に昇格するの道を講せざるべからず。然らば青山学院は如何にして大学となり得べきか。
第一に必要なるは基本金なり。前に云へるが如く、単科大学を創設するには先づ金五十万円の基本金を政府に供托せざるべからず、而して一学部を増す毎に十万円を増加せざるべからず。青山学院は差当り文科、商科の二学部を有する綜合大学となすの要ありと信ず。即ち現今有する神学部及び高等学部人文科を合せて文学部となし、実業科を商学部となすは策の最も得たるものなるべし。されば政府に供托するために金六十万円の基本金を要す。之を外にして右二学部を有する大学の経費凡そ如何。概算を示せば左の如し。
| 経常費(初年) | |||
| 支出 | |||
| 給料 | 人数 | 一人平均給 | 総数 |
| 学長 | 一 | 三、〇〇〇 | 三、〇〇〇 |
| 専任教授 | 一〇 | 二、一六〇 | 二一、六〇〇 |
| 兼任教授 | 三〇 | 六〇〇 | 一八、〇〇〇 |
| 幹事及書記 | 四 | 六〇〇 | 二、四〇〇 |
| 小使及諸雇 | 六 | 三〇〇 | 一、八〇〇 |
| 遊学生 | 三 | 一、二〇〇 | 三、六〇〇 |
| 図書費其他一切経常費 | 二三、六〇〇 | ||
| 計 | 七四、〇〇〇 |
| 収入 | |
| 基本金利子(三〇〇、〇〇〇) | 一八、〇〇〇 |
| 授業料(五百人分、一人六〇) | 三〇、〇〇〇 |
| 伝道会社補助金 | 一六、〇〇〇 |
| 維持金 | 一〇、〇〇〇 |
| 計 | 七四、〇〇〇 |
右は初年の経常費にして基本金の増額と共に専任教授の数を増加して凡そ教授の半数と為すべく伝道会社補助金及び維持金は漸次減少し、終に削除せらるゝも基本金にして増額するを得ば、差支なきに至るべし。現今の高等学部校舎は凡そ六百人を収容するを得べきが故に、二学部を有する限り此校舎を以て足れりとすべし。尤も図書館、事務室を別に新築して従前此等の用に充てたる室を教室に用ゆるの必要あり、故に経営費として別に図書館新築費として拾五万円事務室費五万円を計上するを要す、若し校運にして益々隆盛に赴き右二学部以外新に学部を設くる場合に至らば更に計画するの要あれども、今は斯かる将来に就ては言はず。
幸にして米国メソヂスト監督教会は、百年紀念運動に於て得べき金額の中金三拾五万弗を基本金として、金拾弐万五千弗を経営費として向ふ五ケ年間に於て青山学院に寄贈せらるべしといへば、校友及び篤志者の助力を請ひ、大学昇格の運動を開始すべきは当然の事なりと信ず。但し前掲経費の予算収入に基本金三十万円を計上せるは此米国よりの寄贈金を掲けたるなり。