電車唱歌/神戸電車唱歌
表示
< 電車唱歌
- 前
豊栄昇 る日の本 の 進みゆく世のみめぐみや 昔は浦の一漁村 今は名高き開港場 - 世界の人もあつまりて 人口三十八万
餘 神戸 市街を西東 通ふ電車の面白さ - 阪神線と
聯絡 の 春日野道の停留所 高等商業学校は 近し此處 より五六丁 - 遠く望めば
六甲 の 山脈高くそび江 たり天武 の朝 に開きたる摩耶 山上の天上寺 後醍醐帝 の中興 を たすけまつりし赤松が とりでの跡は山腹 に 今は礎石 の残るのみ南本町 一丁目過 ぎて左の海岸に築港 工事を眺 めつつ 走るカールの其 早やさ町名 も同じ四丁目を いそぐ磯上 一丁目 早や停留所五丁目の 北に電気の変壓 所- 西に進みて瀧道に 降りて貯水池
尋 ねみん 音に聞ゆる布引の瀑 の名所も程近し - 生田神社の
鳥居 前稜威 も高き宮柱 茂れる森は源平の壽永 の昔の古戦場 箙 の梅は梶原 の 今に傳はるものがたり實 に武夫 の雅 なる 心の奥の床しさよ- 海岸
通 り東端 に樓 閣海に映 するは 元の居留地遊園地 その壮観 を稱 へつつ - 行けば元町一丁目
軌道 に添ふて山側に 鎭守の社 三の宮 同じ呼び名のステーション - 左に折れて
榮 町 御影の石を一面に 巧に疊 みつめたるは 全國無比の舗石道 - 進む間もなし三丁目 此
處 に下車して北の方 高くそび江て偉麗 なる兵庫縣廳 打過ぎて - 行くや諏訪山遊園地 遠く霞める
淡路島 あちこち通ふ百船 の 煙は雲とたちまがふ - 諏訪の
御社 温泉や 競ふ演 武の勇ましく皇國 の花 の武徳殿 次は五丁目停留所 實 に商業の中心と 榮ゆる町の名もしるし 銀行、會社、新聞社 郵便、電信、電話局- 再度山の大龍寺 海抜千と五百尺 宇治川よりは約一里 いつか登
攀 を試みん 相生 橋にさしかかる しげき往来 の馬車 下には通ふ汽車の道 汽笛の音も絶間なし- 北を望めば
巍 然たる大廈 は地方 裁判所神戸 市役所あとにみて 楠公前に着 にけり
- 後
- 忠臣
楠氏 の墓どころ靈 をまつる神社 いつも詣 での人絶江ぬ偉 徳の程そかしこけれ - 思へば建武のそのむかし 一族
從士 七十餘自刃 の古跡遺物ある廣嚴 寺をもとむらはん - となりて縣立
病院 の 設備とゝのふたのもしさ神戸 の驛 を横にみて 多聞通 の有馬道 - 下車して
路 を北に行き 奥平野には浄水池 梅に名を得 し祥福 寺 花咲く頃は行きて見 ん - 福
原町 を打過ぎて兵庫 神戸 の境なる これや昔の湊川 跡なく今は埋立てゝ - 新開したる
遊園 地天王 温泉千鳥瀑 木々の緑の葉がくれに 夏は螢も飛ぶとかや - いつも澄みたる
水 源地宏 大善美の大工事 石井 の村の夕 景色 ねぐらに歸 る烏原 - 松の
木 の間に月さ江て 今はむかしの夢野御所治承 の四年安徳の帝 御幸 の跡訪 はん - 神戸の
灣 の中間に 見よや川崎造船所 霞む波間の眞帆片帆 眺めて歸る永澤町 - 北に會下山遊園地 此處にもしばし立寄らん 次に
停 りて柳原 降りて尋 ねん名所には - 兵庫大佛眞光寺 むかし
平 の清盛 が 兵庫の港築 きたる 記念に建てし來迎 寺 - 清盛塚を
尋 ぬれば 十三層の石の塔 路を隔てゝ経盛 の みやびを偲 ぶ琵琶の塚 - 聞きて無限の感ふかく 思い出多き
萱 の御所 海上 護る神として崇敬 厚き和田神社 靑松白砂 の和楽園 海士 のわざなる苅藻島 夜の船路の知るべなる 燈臺 高し和田岬- 造船所には三菱の その名も高き浮
船渠 かねて聞きたる鐘が淵 紡績會社西に見て - 建武三年
官 軍の 本間重氏 足利の 船に遠矢 を放 ちたる 遺跡の松の緑なる 壽永 の四年知章 が 父に代りて討死の 石碑の苔の露深く 秋の長田の神社 - 田毎の穗なみ打なびく 頃は紅葉の
禅昌 寺 名所舊跡 残りなく めぐりて兵庫驛 の前 - 日は鷹取の山の
端 に なごりはつきぬ歸 り路や 走る電車はつかの間に 早や我家 に着きにけり - 語りて聞けん
父母 に 語りて聞かせんはらからに 遊びて暮せし嬉しさを けふの一日 の楽しさを