酔花間 (月落霜繁深院閉)

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白文 書き下し文 訳文
月落霜繁深院閉 月 落ち 霜 しげ深院しんいん[1] 閉じ 月は沈んで霜は厚く降り積もり、奥の中庭は閉じていて
洞房人正睡 洞房どうぼう[2][3] 正に睡る 奥深い寝室では私の思い人たる貴婦人も今まさに眠っている
桐樹倚雕檐 桐樹とうじゅ 雕檐ちょうえん[4] 桐の木が、美しく彫刻を施されたひさしに寄りかかっているようで
金井臨瑤砌 金井きんせい[5] 瑤砌ようせつ[6]に臨む 美しい装飾を施された素晴らしい井戸が、美玉を刻んで作られたみぎり[6]に向いている
曉風寒不啻 暁風ぎょうふう さむさ ただならず 明け方の風の寒さは並大抵のものでは無く
獨立成憔悴 独り立ちて憔悴しょうすいを成す (その寒さの中)ただぽつねんと立ち尽くしたまま思い焦がれてやつれるばかり
閑愁渾未已 閑愁かんしゅう すべいままず 平穏の内にも湧き上がる物寂しさは全くむこと無く
離人心緒[7]自無端[8] 離人[9]心緒しんしょ[10] おのずからはて無し 隔てられた者の思いは尽きることなく果てしない
莫思量 思量[11]するかれ 思いにふけるな
休退悔 退悔たいかい[12]するをめよ 後ろ髪引かれるのはもうそう

注釈[編集]

  1. 奥深くにある中庭。
  2. 文字通りには「奥の間」で、婦人の部屋のこと。特に身分の高い人の妻を敬って言う。
  3. 思い人。恋人。
  4. wikt:雕」は名詞で「彫刻」、動詞で「彫る」「彫刻する」「彫刻を施す」という意味。「える」「ほる」「きざむ」とw:訓読する(ただし鳥類のw:ワシの意味もある)。「檐」は建物ののきまたはひさし。「雕檐」で「彫刻を施された庇」の意。
  5. 井戸の美称。宮殿に相応しい装飾が施されたもの。
  6. 6.0 6.1 「瑤」は美玉。美玉を刻んで作ったみぎり。「砌」は玄関先や縁側に上がり段として設けられた踏み石、 - w:コトバンク
  7. 諸本に「人心情緒」とするものもある。
  8. 「思いがけない」という意味の「はし無し」や古語の「はした無し(はしたない - コトバンク)」ではなく、「はてが無い」、つまり「尽きることがない」「果てしがない」の意味。
  9. ある字書によれば、藤堂明保加納喜光『学研 新漢和大辞典(普及版)』学習研究社2005年、1930頁。ISBN 9784053000828。「①土地を離れて旅先にいる人。②夫と生別または死別した人」だが、ここでは、何らかの差し障り(身分違いなど)で「引き離された人」「隔てられた人」の意味のように思える。
  10. 上掲、藤堂明保、加納喜光『学研 新漢和大辞典(普及版)』学習研究社、2005年、608頁。「気持ちの動き。情緒。」
  11. 考えにふける。考え込む。思い巡らす。思いにふける。
  12. 後悔。心残り。

この作品は1929年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。

 

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