迎陽記/康暦2年記紙背文書
康暦二年記紙背文書
【四月一日至十八日裏】○竪文
(ウハ書)(定親)「中山殿公顕」
【四月廿日至廿三日裏】○竪文
追申御撫物・御衣・御鏡共可申出候哉、又御鏡許候哉、可承存候也、今朝注給候御鏡、只(足利義教)御所様許可申出候哉、(正親町三条尹子)上様同可申出候哉、同可承候也、
【四月廿五日至廿八日裏】○前紙欠ク、
(ウハ書)「(白川)資益」
【四月廿八日1裏】○折紙
臨時廻御祈
御巻数
(足利義教)御所様
(足利義勝)若公御方
(正親町三条尹子)
上様各一枝
毎月進上御巻数
御所様二枝、
上様一枝、
都合六枝
実意
【四月廿九日至五月八日裏】○折紙
上進
毎月御祈禱目録
不動明王護摩一七箇日
三月日
法隆寺
【五月九日至廿八日裏】
今月御祈禱御巻数一合執進上仕候、可然之様預御披露候者、恐悦候、恐惶謹言、
三月廿日隆雅
(定親)中山殿
【五月廿九日至六月九日裏】
臨時廻御祈事、来月可勤仕之由、謹存知仕候畢、得御意可有御披露候、恐々謹言、
三月八日忠意
【六月十四日至十六日裏】
(端裏捻封ウハ書)「(定親)中山殿(万里小路)時房」
昨日如此申候処、御出仕承及候間、不及進覧候き、早々御披露尚々恐悦候、(上)委細承了、
惣用事已御披露之由承候、恐悦候、可仰遣(飯尾貞連)大和守候哉、可奉存候、毎事期参謝候、恐々謹言、
三月廿一日時房
【六月十七日至十九日裏】
(切封)「(墨引)」
【六月廿日至廿四日裏】○竪文
(ウハ書)(定親)「中山殿義賢」
【六月廿五日裏】○前紙欠ク、
叡慮之由御返事候なと承候間、領状申候とて、用脚事か様申候と被加御詞候て可然候へき哉、ともかくも能様仰御扶持候、奉憑候、此事被仰下候とて御礼なとハ去年も候はさりしほとに、当年又不可及参申入候、先度使者未練よくも不達申候哉之由存候、勘承候者恐悦候、毎事可被懸御意候、事々期参拝候、恐々謹言、
三月十七日(万里小路)時房
【六月廿九日1裏】
新春御慶重畳、逐日尚以不可有尽期候、珍重、抑雖左道之至恐憚入候、菱食一・海鼠腸十桶進上仕候、如何様以参賀祝言等可申入候之由、可有御披露候、(賀茂)在康謹言、
正月二日在康
【六月廿九日2裏】
当年臨時回御祈、四・八・十二、以上三ケ月御当番候、為得其御意且令申候也、恐々謹言、
正月廿八日(中山)定親
(実意)住心院御房
【七月一日至八月一日裏】○竪文
(ウハ書)「麻生殿へ梅香院法印承能」
【八月二日至十五日裏、後遊紙2裏】
御慶連々雖申旧候、目新重畳更以不可有尽際候、幸甚々々、抑佳例久喜両器令進覧之候、兼亦石清水参籠日次事、可為何日候哉、為用意兼日存知尤大切候、』(第二紙)何様可参申入候、恐惶謹言、
正月十四日仲順
(定親)中山殿進覧候へく候
【後遊紙1裏】○折紙○上部・右辺欠ク、
□□□□し四枚うけ□□□□まいらせ候、ふしみ殿へ□□□□の御事心得そんし候、□□□□つから我等も□□□□りたのまれ申候て□□□□やこ御二所へ申候へ共□□□□し候はす候、まつ〳〵□□□□てみまいらせ候、たゝいま』(見返シ)□□□□御めん候て下され候へく候、かつまの御用ニさへたち候はす候て、めいわく候、われ〳〵所へまいり候しきしも』