若菜集
こゝろなきうたのしらべは
ひとふさのぶだうのごとし
なさけあるてにもつまれて
あたゝかきさけとなるらむ
ぶだうだなふかくかゝれる
むらさきのそれにあらねど
こゝろあるひとのなさけに
かげにおくふさのみつよつ
そはうたのわかきゆゑなり
あぢはひもいろもあさくて
おほかたはかみてすつべき
うたゝねのゆめのそらごと
一 秋の思
秋
秋は
ぬ秋は来ぬ
は花は露ありて
風の来て
く琴の音に青き
は紫の自然の酒とかはりけり
秋は来ぬ
秋は来ぬ
おくれさきだつ
もみな
のおきどころ笑ひの酒を悲みの
にこそつぐべけれ
秋は来ぬ
秋は来ぬ
くさきも
するものをたれかは秋に酔はざらめ
あり顔のさみしさに
君笛を吹けわれはうたはむ
初恋
まだあげ
めし ののもとに見えしとき
前にさしたる
の花ある君と思ひけり
やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
の秋の に
人こひ
めしはじめなり
わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の
を君が
に みしかな
林檎畑の
の下におのづからなる
はが踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ
狐のわざ
庭にかくるゝ小狐の
人なきときに
いでて秋の葡萄の樹の影に
しのびてぬすむつゆのふさ
恋は狐にあらねども
君は葡萄にあらねども
人しれずこそ忍びいで
君をぬすめる
心
髪を洗へば
髪を洗へば紫の
のまへに色みえて
足をあぐれば
のわれに
ふ あり
目にながむれば
のまきてはひらく
手にとる酒は
の若き
をたゝふめり
耳をたつれば
のきたりて
の を吹き口をひらけばうたびとの
一ふしわれはこひうたふ
あゝかくまでにあやしくも
熱きこゝろのわれなれど
われをし君のこひしたふ
その涙にはおよばじな
君がこゝろは
君がこゝろは
の風にさそはれ鳴くごとく
き に
しき涙をそゝぐらむ
それかきならす
の一つの糸のさはりさへ
君がこゝろにかぎりなき
しらべとこそはきこゆめれ
あゝなどかくは触れやすき
君が優しき心もて
かくばかりなる
こひに触れたまはぬぞ
みなる
のうち
してさす の
傘に姿をつゝむとも
の雨のふりしきり
かわく
もなきたもとかな
顔と顔とをうちよせて
あゆむとすればなつかしや
の油 の
乱れて
ふ傘のうち
恋の
ぬれまさりぬれてこひしき夢の
や染めてぞ燃ゆる
うらの雨になやめる足まとひ
歌ふをきけば梅川よ
しばし
を捨てよかしいづこも恋に
れてそれ
の夢がたり
こひしき雨よふらばふれ
秋の入日の照りそひて
傘の涙を
さぬ に手に手をとりて行きて帰らじ
秋に隠れて
わが手に植ゑし白菊の
おのづからなる時くれば
一もと花の
に秋に
れて窓にさくなり
知るや君
こゝろもあらぬ
の声にもれくる一ふしを
知るや君
深くも
める の底にかくるゝ
を知るや君
あやめもしらぬやみの夜に
にうごく星くづを
知るや君
まだ
きも見ぬをとめごの胸にひそめる琴の
を知るや君
秋風の歌
さびしさはいつともわかぬ山里に
尾花みだれて秋かぜぞふく
しづかにきたる秋風の
西の海より吹き起り
舞ひたちさわぐ
の飛びて行くへも見ゆるかな
高く秋は黄の
の の琴の に
そのおとなひを聞くときは
風のきたると知られけり
ゆふべ
吹き落ちてあさ秋の葉の窓に入り
あさ秋風の吹きよせて
ゆふべの
巣に る
ふりさけ見れば
も色はもみぢに染めかへて
をかへす秋風の
の にあらはれぬ
しいかなや西風の
まづ秋の葉を吹けるとき
さびしいかなや秋風の
かのもみぢ
にきたるとき
道を伝ふる
の西に東に散るごとく
吹き
す秋風にり行く の かな
うちふる の
をゆくごとく
いたくも吹ける秋風の
に声あり力あり
見ればかしこし西風の
山の
の葉をはらふとき悲しいかなや秋風の
秋の
を落すとき
人は
を へどもげにかぞふればかぎりあり
舌は
をのゝしるも声はたちまち滅ぶめり
高くも
し野も山もまどはす秋風よ
世をかれ/″\となすまでは
吹きも
むべきけはひなし
あゝうらさびし
のの なる秋の日や
落葉と共に
る風の
を誰か知る
雲のゆくへ
庭にたちいでたゞひとり
の花を分け
空ながむれば行く雲の
に秘密を くかな
小詩二首
一
ゆふぐれしづかに
ゆめみんとて
よのわづらひより
しばしのがる
きみよりほかには
しるものなき
花かげにゆきて
こひを泣きぬ
すぎこしゆめぢを
おもひみるに
こひこそつみなれ
つみこそこひ
いのりもつとめも
このつみゆゑ
たのしきそのへと
われはゆかじ
なつかしき君と
てをたづさへ
くらき
までもかけりゆかん
二
しづかにてらせる
月のひかりの
などか絶間なく
ものおもはする
さやけきそのかげ
こゑはなくとも
みるひとの胸に
忍び入るなり
なさけは
くともなさけをしらぬ
うきよのほかにも
ちゆくわがみ
あかさぬおもひと
この月かげと
いづれか声なき
いづれかなしき
強敵
一つの花に
と小蜘蛛は花を
り顔小蝶は花に酔ひ顔に
舞へども/\すべぞなき
花は小蜘蛛のためならば
小蝶の
をいかにせむ花は小蝶のためならば
小蜘蛛の糸をいかにせむ
やがて一つの花散りて
小蜘蛛はそこに眠れども
も軽き小蝶こそ
いづこともなくうせにけれ
別離
人妻をしたへる男の山に登り其
女の家を望み見てうたへるうた
かとゞめん の
あすは
に隠るゝを誰か聞くらん旅人の
あすは別れと告げましを
き恋とや し
われのみものを思ふより
恋はあふれて
るとも君に涙をかけましを
恋ふる悲しさを
君がなさけに知りもせば
せめてはわれを
と呼びたまふこそうれしけれ
あやめもしらぬ
しや身はくるしきこひの
より罪の
をのがれいでこひて死なんと思ふなり
かは花をたづねざる
誰かは
に迷はざる誰かは前にさける見て
花を
まんと思はざる
恋の花にも
るゝの の身ぞつらき
二つの
もをれ/\ての色はあせにけり
人の命を春の夜の
夢といふこそうれしけれ
夢よりもいや/\深き
われに思ひのあるものを
梅の花さくころほひは
さかばやと思ひわび
蓮の花さくころほひは
さかばやと思ふかな
待つまも早く秋は
てわが踏む道に萩さけど
りて待てる 恋は
清き
となりにけり
望郷
寺をのがれいでたる僧のうたひ
しそのうた
いざさらば
これをこの世のわかれぞと
のがれいでては住みなれし
の の の
眼にもふたたび見ゆるかな
いざさらば
住めば仏のやどりさへ
の となるものを
なぐさめもなき心より
流れて落つる涙かな
いざさらば
心の油濁るとも
ともしびたかくかきおこし
なさけは熱くもゆる火の
こひしき
にわれは焼けなむ〈[#改段]〉
二 六人の
おえふ
ぞ ぬるおほかたの
われは
を越えてけりわが世の坂にふりかへり
いく
をながむれば
かなる江戸川の
ながれの岸にうまれいで
岸の桜の
にわれは
となりにけり
く大川に
流れてそゝぐ
のさく に
夢多かりし
身かな
雲むらさきの
の大宮内につかへして
の春の の
月の光に照らされつ
雲を
め を りをうかべ日をまねく
玉の
の にかゝるゆふべの春の雨
さばかり高き人の世の
くさまを目にも見て
ときめきたまふさま/″\の
ひとりのころもの
をかげり
きらめき
むる のあしたの空に動くごと
あたりの光きゆるまで
さかえの人のさまも見き
つみそらを渡る日の
影かたぶけるごとくにて
の夕暮に消えて行く
でし人の も見き
春しづかなる
の花に隠れて人を
き秋のひかりの窓に
り夕雲とほき友を恋ふ
ひとりの姉をうしなひて
大宮内の
を でけふ江戸川に来て見れば
秋はさみしきながめかな
桜の
黄に落ちてゆきてかへらぬ江戸川や
流れゆく水静かにて
あゆみは遅きわがおもひ
おのれも知らず世を
れば若き
に堪へかねて岸のほとりの草を
きみて泣く吾身かな
おきぬ
みそらをかける
の人の
の身に落ちて花の姿に
かればに き雲に ゑ
るべき をのみ
願ふ心のなかれとて
長き吾身こそ
うまれながらの
なれ
を の身とすれば
は秋の花の露
を の身とすれば
は細き糸の音
いま
の世は鷲の身の処女にあまる
かな
あゝあるときは吾心
あらゆるものをなげうちて
世はあぢきなき
の茂れる
と思ひなし身は
もなき のの にはひめぐり
たゞいたづらに
をたててうたをうたふと思ふかな
にわが身をあたふれば
処女のこゝろ鳥となり
恋に心をあたふれば
鳥の姿は処女にて
処女ながらも
の鳥ながら人の身の
と とに迷ひゐる
身の定めこそ悲しけれ
おさよ
さみしき の
われは生れけり
あしたゆふべの
と遠きものおもひ
をかしくものに狂へりと
われをいふらし世のひとの
げに狂はしの身なるべき
この年までの
とは
うれひは深く手もたゆく
むすぼほれたるわが
流れて
きわがなみだやすむときなきわがこゝろ
れてものに狂ひよる
心を笛の
に吹かん
笛をとる手は火にもえて
うちふるひけり
の指
にこそ け の
笛を
ぬる あり
はげしく深きためいきに
笛の
や曇るらん
髪は乱れて落つるとも
まづ吹き入るゝ
を け
力をこめし一ふしに
のさし 落ちてけり
吹けば流るゝ流るれば
笛吹き洗ふわが涙
短き笛の
の も長き
のなからずや
七つの
声を得てをこそきかめ も
われ
を吹くときは鳥も
に をとゞめ
をわれの吹くときは
を行く魚も にあり
われ
を吹くときはも涙をそゝぐらむ
われ
を吹くときは虫も鳴く
をやめつらむ
愛のこゝろを吹くときは
流るゝ水のたち帰り
をわれの吹くときは
散り行く花も
りて
の を吹くときは
心の
の あり
うたへ
の一ふしは笛の夢路のものぐるひ
くるしむなかれ
友よしばしは笛の
に帰れ
落つる涙をぬぐひきて
静かにきゝね吾笛を
おくめ
こひしきまゝに家を
でこゝの岸よりかの岸へ
越えましものと来て見れば
千鳥鳴くなり夕まぐれ
こひには親も捨てはてて
やむよしもなき胸の火や
の毛を吹く河風よ
せめてあはれと思へかし
暗く瀬を早み
流れて
に くるも君を思へば絶間なき
恋の
に くべし
きのふの雨の
なくや高くまさるとも
よひ/\になくわがこひの
涙の滝におよばじな
しりたまはずやわがこひは
の絵にあらじかし
の 砂の文字
梢の風の音にあらじ
しりたまはずやわがこひは
しき君の手に触れて
をその口に
君にうつさでやむべきや
恋は吾身の
にて君は社の神なれば
君の
の上ならでなににいのちを
げまし
かば砕け よ
われに命はあるものを
河波高く泳ぎ行き
ひとりの神にこがれなん
心のみかは手も足も
吾身はすべて
なり思ひ乱れて嗚呼恋の
の髪の波に流るゝ
おつた
花
見ゆる春の夜のすがたに似たる
に は
二つの影と消えうせて
世に
の吾身こそ影より出でし影なれや
たすけもあらぬ今は身は
若き
に救はれて人なつかしき
のとこそはなりにけれ
若き
ののたまはく時をし待たむ君ならば
かの柿の実をとるなかれ
かくいひたまふうれしさに
ことしの秋もはや深し
まづその秋を見よやとて
聖に柿をすゝむれば
その
にふれたまひかくも色よき柿ならば
などかは早くわれに告げこぬ
若き聖ののたまはく
人の命の
しからばかの酒を飲むなかれ
かくいひたまふうれしさに
酒なぐさめの一つなり
まづその春を見よやとて
聖に酒をすゝむれば
夢の心地に酔ひたまひ
かくも楽しき酒ならば
などかは早くわれに告げこぬ
若き聖ののたまはく
道行き急ぐ君ならば
迷ひの歌をきくなかれ
かくいひたまふうれしさに
歌も心の姿なり
まづその声をきけやとて
一ふしうたひいでければ
聖は
も酔ひたまひかくも楽しき歌ならば
などかは早くわれに告げこぬ
若き聖ののたまはく
まことをさぐる吾身なり
道の
となるなかれかくいひたまふうれしさに
も道の一つなり
かゝる
を見よやとてわがこの胸に指ざせば
聖は早く恋ひわたり
かくも楽しき恋ならば
などかは早くわれに告げこぬ
それ秋の日の夕まぐれ
そゞろあるきのこゝろなく
ふと目に入るを手にとれば
雪より白き小石なり
若き聖ののたまはく
智恵の石とやこれぞこの
あまりに惜しき色なれば
人に隠して今も
たじ
おきく
くろかみながく
やはらかき
をんなごころを
たれかしる
をとこのかたる
ことのはを
まこととおもふ
ことなかれ
をとめごころの
あさくのみ
いひもつたふる
をかしさや
みだれてながき
の毛を
の に
かきあげよ
あゝ
ぐさのきえぬべき
こひもするとは
たがことば
こひて死なんと
よみいでし
あつきなさけは
がうたぞ
みちのためには
ちをながし
くにには死ぬる
をとこあり
治兵衛はいづれ
恋か名か
忠兵衛も名の
ために
つ
あゝむかしより
こひ死にし
をとこのありと
しるや君
をんなごころは
いやさらに
ふかきなさけの
こもるかな
小春はこひに
ちをながし
梅川こひの
ために死ぬ
お七はこひの
ために焼け
高尾はこひの
ために果つ
かなしからずや
清姫は
となれるも
こひゆゑに
やさしからずや
は
石となれるも
こひゆゑに
をとこのこひの
たはぶれは
たびにすてゆく
なさけのみ
こひするなかれ
をとめごよ
かなしむなかれ
わがともよ
こひするときと
かなしみと
いづれかながき
いづれみじかき
〈[#改段]〉
三 生のあけぼの
草枕
夕波くらく
く千鳥われは千鳥にあらねども
心の
をうちふりてさみしきかたに飛べるかな
若き心の
になぐさめもなくなげきわび
胸の氷のむすぼれて
とけて涙となりにけり
を洗ふ白波の
流れて
を出づるごと思ひあまりて草枕
まくらのかずの今いくつ
かなしいかなや人の身の
なきなぐさめを
ね び道なき森に分け入りて
などなき道をもとむらん
われもそれかやうれひかや
に山に に
見るよしもなき朝夕の
光もなくて秋暮れぬ
も薄く身も暗く
残れる秋の花を見て
行くへもしらず流れ行く
水に涙の落つるかな
身を
にたとふればゆふべの雲の雨となり
身を
にたとふればあしたの雨の風となる
されば落葉と身をなして
風に吹かれて
り朝の
にともなはれ白河を越えてけり
道なき今の身なればか
われは道なき野を慕ひ
思ひ乱れてみちのくの
にまで迷ひきぬ
心の
の宮城野よ乱れて熱き
身には日影も薄く草枯れて
荒れたる野こそうれしけれ
ひとりさみしき吾耳は
吹く北風を
と き悲み深き吾目には
なき石も花と見き
あゝ
の を味ひ知れる人ならで
にかたらん冬の日の
かくもわびしき野のけしき
都のかたをながむれば
空冬雲に
はれて身にふりかゝる
の氷と閉ぢあへり
みぞれまじりの風
く小川の水の薄氷
氷のしたに音するは
流れて海に行く水か
いて もたのもしく
雲に隠るゝかさゝぎよ
光もうすき
のも荒れたる野にむせぶ
涙も凍る冬の日の
光もなくて暮れ行けば
人めも草も枯れはてて
ひとりさまよふ吾身かな
かなしや酔ふて行く人の
踏めばくづるゝ霜柱
なにを酔ひ泣く忍び
に声もあはれのその歌は
うれしや物の
を きて野末をかよふ人の子よ
ひく手も凍りはて
なに
づけの身の ぞ
やさしや年もうら若く
まだ初恋のまじりなく
手に手をとりて行く人よ
なにを隠るゝその姿
野のさみしさに堪へかねて
霜と霜との枯草の
道なき道をふみわけて
きたれば寒し冬の海
朝は
の石の にこしうちかけてふるさとの
都のかたを望めども
おとなふものは
ばかり
暮はさみしき
のを染めし砂に伏し
日の入るかたをながむれど
きくるものは涙のみ
さみしいかなや荒波の
岩に
けて散れるときかなしいかなや冬の日の
とともに帰るとき
か波路を望み見て
そのふるさとを慕はざる
誰か潮の行くを見て
この人の世を
まざる
もあらぬ荒磯の
砂路にひとりさまよへば
みぞれまじりの雨雲の
落ちて潮となりにけり
遠く湧きくる海の音
慣れてさみしき吾耳に
怪しやもるゝものの
はまだうらわかき野路の鳥
めづらしのしらべぞと
声のゆくへをたづぬれば
緑の
もまだ弱きそれも
か の
春きにけらし春よ春
まだ白雪の積れども
若菜の
えて色青きこゝちこそすれ砂の
に
春きにけらし春よ春
うれしや風に送られて
きたるらしとや思へばか
梅が
ぞする海の に
磯辺に高き
のうへにのぼりてながむれば
春やきぬらん
のの 遠き朝ぼらけ
春
一 たれかおもはむ
たれかおもはむ
の涙もこほる冬の日に
若き命は春の夜の
花にうつろふ夢の
とあゝよしさらば
にうたひあかさん春の夜を
梅のにほひにめぐりあふ
春を思へばひとしれず
からくれなゐのかほばせに
流れてあつきなみだかな
あゝよしさらば花影に
うたひあかさん春の夜を
わがみひとつもわすられて
おもひわづらふこゝろだに
春のすがたをとめくれば
たもとににほふ梅の花
あゝよしさらば
の にうたひあかさん春の夜を
二 あけぼの
細くたなびけたる
雲とならばやあけぼのの
雲とならばや
やみを
でては光ある空とならばやあけぼのの
空とならばや
春の光を
れる水とならばやあけぼのの
水とならばや
に まれてやはらかき
草とならばやあけぼのの
草とならばや
三 春は来ぬ
春はきぬ
春はきぬ
やさしきうぐひすよ
こぞに
を告げよかし谷間に残る白雪よ
葬りかくせ
の冬
春はきぬ
春はきぬ
さみしくさむくことばなく
まづしくくらくひかりなく
みにくゝおもくちからなく
かなしき冬よ行きねかし
春はきぬ
春はきぬ
浅みどりなる
よとほき
を けかしさきては
き よの を染めよかし
春はきぬ
春はきぬ
よ雲よ ぎいで
氷れる空をあたゝめよ
花の
おくる春風よ眠れる山を吹きさませ
春はきぬ
春はきぬ
春をよせくる
よの を洗ひ去れ
霞に酔へる
よ若きあしたの空に飛べ
春はきぬ
春はきぬ
うれひの
の根を絶えて氷れるなみだ今いづこ
つもれる雪の消えうせて
けふの若菜と
えよかし
四 眠れる春よ
ねむれる春ようらわかき
かたちをかくすことなかれ
たれこめてのみけふの日を
なべてのひとのすぐすまに
さめての春のすがたこそ
また夢のまの
なれ
ねむげの春よさめよ春
さかしきひとのみざるまに
若紫の朝霞
かすみの
をみにまとへはつねうれしきうぐひすの
鳥のしらべをうたへかし
ねむげの春よさめよ春
ふゆのこほりにむすぼれし
ふるきゆめぢをさめいでて
やなぎのいとのみだれがみ
うめのはなぐしさしそへて
びんのみだれをかきあげよ
ねむげの春よさめよ春
あゆめばたにの
わらびのしたもえいそぐ
があしをかたくもあげよあゆめ春
たえなるはるのいきを吹き
こぞめの梅の香ににほへ
五 うてや鼓
うてや
の春の音雪にうもるゝ冬の日の
かなしき夢はとざされて
世は春の日とかはりけり
ひけばこぞめの春霞
かすみの幕をひきとぢて
花と花とをぬふ糸は
けさもえいでしあをやなぎ
霞のまくをひきあけて
春をうかゞふことなかれ
はなさきにほふ蔭をこそ
春の
といふべけれ
よ花にたはぶれて
優しき夢をみては舞ひ
ふて もひら/\と
はるの姿をまひねかし
緑のはねのうぐひすよ
梅の花笠ぬひそへて
ゆめ
なるはるの日のしらべを高く歌へかし
小詩
くめどつきせぬ
わかみづを
きみとくまゝし
かのいづみ
かわきもしらぬ
わかみづを
きみとのまゝし
かのいづみ
かのわかみづと
みをなして
はるのこゝろに
わきいでん
かのわかみづと
みをなして
きみとながれん
花のかげ
明星
浮べる雲と身をなして
あしたの
に出でざればなどしるらめや明星の
光の色のくれなゐを
朝の
と身をなして流れて海に出でざれば
などしるらめや明星の
みて しききらめきを
なにかこひしき
のしき の戸を出でて
深くも遠きほとりより
人の世近く
るとは
の朝のあさみどり
深き白石を
星の光に
かし見て朝の
を数ふべし
野の鳥ぞ
く もゆふべの夢をさめいでて
細く
くしのゝめの姿をうつす朝ぼらけ
には小夜のしらべあり
朝には朝の
もあれど星の光の糸の
にあしたの
は なり
まだうら若き朝の空
きらめきわたる星のうち
いと/\若き光をば
けましかば明星と
潮音
わきてながるゝ
やほじほの
そこにいざよふ
うみの琴
しらべもふかし
もゝかはの
よろづのなみを
よびあつめ
ときみちくれば
うらゝかに
とほくきこゆる
はるのしほのね
酔歌
旅と旅との君や我
君と我とのなかなれば
酔ふて
の をめての君に見せばやな
若き命も過ぎぬ
に楽しき春は老いやすし
が身にもてる ぞや
君くれなゐのかほばせは
君がまなこに涙あり
君が眉には
ありく結べるその口に
それ声も無きなげきあり
名もなき道を
くなかれ名もなき旅を行くなかれ
なきことをなげくより
りて き酒に泣け
光もあらぬ春の日の
独りさみしきものぐるひ
悲しき味の世の智恵に
老いにけらしな旅人よ
心の春の
に若き命を照らし見よ
さくまを待たで花散らば
しからずや君が身は
わきめもふらで急ぎ行く
君の
はいづこぞやのあるものを
とゞまりたまへ旅人よ
二つの声
朝
たれか聞くらん朝の声
と夢を破りいで
なす雲にうちのりて
よろづの鳥に歌はれつ
天のかなたにあらはれて
東の空に光あり
そこに
あり ありそこに道あり力あり
そこに色あり
ありそこに声あり命あり
そこに名ありとうたひつゝ
みそらにあがり地にかけり
のこんの星ともろともに
光のうちに朝ぞ隠るゝ
暮
たれか聞くらん暮の声
霞の
雲の帯煙の
露のつかれてなやむあらそひを
闇のかなたに投げ入れて
夜の
の の飛ぶ間も声のをやみなく
こゝに影あり
ありこゝに夢あり
ありこゝに闇あり
ありこゝに
きあり遠きありこゝに死ありとうたひつゝ
草木にいこひ野にあゆみ
かなたに落つる日とともに
色なき闇に暮ぞ隠るゝ
哀歌
中野逍遙をいたむ
『秀才香骨幾人憐、秋入長安夢愴然、琴台旧譜壚前柳、風流銷尽二千年』、これ中野逍遙が
の一なり。逍遙字は威卿、小字重太郎、予州宇和島の人なりといふ。文科大学の異材なりしが年 かに二十七にしてうせぬ。逍遙遺稿正外二篇、みな紅心の余唾にあらざるはなし。左に掲ぐるはかれの清怨を写せしもの、『寄語残月休長嘆、我輩亦是艶生涯』、合せかゝげてこの秀才を追慕するのこゝろをとゞむ。
思君九首 中野逍遙
思君我心傷 思君我容瘁
中夜坐松蔭 露華多似涙
思君我心悄 思君我腸裂
昨夜涕涙流 今朝尽成血
示君錦字詩 寄君鴻文冊
忽覚筆端香 窻外梅花白
為君調綺羅 為君築金屋
中有鴛鴦図 長春夢百禄
贈君名香篋 応記韓寿恩
休将秋扇掩 明月照眉痕
贈君双臂環 宝玉価千金
一鐫不乖約 一題勿変心
訪君過台下 清宵琴響揺
佇門不敢入 恐乱月前調
千里囀金鶯 春風吹緑野
忽発頭屋桃 似君三両朶
嬌影三分月 芳花一朶梅
渾把花月秀 作君玉膚堆
かなしいかなや流れ行く
水になき名をしるすとて
今はた残る
のながき
ひをいかにせむ
かなしいかなやする
のいろに染めてし花の木の
君がしらべの歌の音に
薄き命のひゞきあり
かなしいかなや
の世はみそらにかゝる星の身の
人の命のあさぼらけ
光も見せでうせにしよ
かなしいかなや同じ世に
生れいでたる身を持ちて
友の
りも結ばずに君は早くもゆけるかな
すゞしき
つゆを帯びのたまとまがふまで
その面影をつたへては
あまりに
き姿かな
同じ
に生れきて同じいのちのあさぼらけ
君からくれなゐの花は散り
われ命あり
かなしいかなやうるはしく
さきそめにける花を見よ
いかなればかくとゞまらで
待たで散るらんさける
も
かなしいかなやうるはしき
なさけもこひの花を見よ
いと/\清きそのこひは
消ゆとこそ聞けいと早く
君し花とにあらねども
いな花よりもさらに花
君しこひとにあらねども
いなこひよりもさらにこひ
かなしいかなや人の世に
あまりに惜しき
なればに に に
死にまでそしりねたまるゝ
かなしいかなやはたとせの
ことばの海のみなれ
磯にくだくる
のうれひの花とちりにけり
かなしいかなや人の世の
きづなも捨てて
けばつきせぬ草に秋は来て
声も悲しき天の馬
かなしいかなや
を遠み流るゝ水の岸にさく
ひとつの花に照らされて
り行く
〈[#改段]〉
四 深林の
、其他
深林の逍遙
力を
む のうちふる斧のあとを絶え
春の
のの もとゞめじな
いろさま/″\の春の葉に
の もなく
にわかるゝ も
おのづからなるすがたのみ
は荒し杉直し
五葉は黒し
の木の枝をまじゆる
やは茎をよこたへて
枝と枝とにもゆる火の
なかにやさしき
ひとにしられぬ
たのしみの
ふかきはやしを
たれかしる
ひとにしられぬ
はるのひの
かすみのおくを
たれかしる
はなのむらさき
はのみどり
うらわかぐさの
のべのいと
たくみをつくす
の
のはやしに
きたれかし
山精
かのもえいづる
くさをふみ
かのわきいづる
みづをのみ
かのあたらしき
はなにゑひ
はるのおもひの
なからずや
木精
ふるきころもを
ぬぎすてて
はるのかすみを
まとへかし
なくうぐひすの
ねにいでて
ふかきはやしに
うたへかし
あゆめば の花を踏み
ゆけば
袖に散りにまとふ の
葛のうら葉をかへしては
の蔭のやまいちご
色よき実こそ落ちにけれ
岡やまつゞき
もいとなだらかに行き
びてふかきはやしの谷あひに
乱れてにほふふぢばかま
谷に花さき谷にちり
人にしられず
つるめりせまりて暗き
よりやゝひらけたる
の春は
のたゝずまひしげりて広き熊笹の
葉末をふかくかきわけて
谷のかなたにきて見れば
いづくに行くか滝川よ
声もさびしや白糸の
青き
に流れ落ち若き
のためにだにをとゞむる時ぞなき
山精
ゆふぐれかよふ
たびびとの
むねのおもひを
たれかしる
友にもあらぬ
やまかはの
はるのこゝろを
たれかしる
木精
夜をなきあかす
かなしみの
まくらにつたふ
なみだこそ
ふかきはやしの
たにかげの
そこにながるゝ
しづくなれ
山精
鹿はたふるゝ
たびごとに
妻こふこひに
かへるなり
のやまは枯るゝ
たびごとに
ちとせのはるに
かへるなり
木精
ふるきおちばを
やはらかき
青葉のかげに
葬れよ
ふゆのゆめぢを
さめいでて
はるのはやしに
きたれかし
今しもわたる かぜ
春はしづかに吹きかよふ
林の
の をきけば風のしらべにさそはれて
みれどもあかぬ
の雲の
の深山木のにかゝりたちはなれ
わかれ舞ひゆくすがたかな
をわたりて行く雲の
しばしと見ればあともなき
高き
にいざなはれ千々にめぐれる
の花にも迷ひ石に
り流るゝ水の音をきけば
山は危ふく石わかれ
りてなせる に
砕けて落つる
の湧きくる波の瀬を早み
花やかにさす春の日の
照りそふ水けぶり
独り
むす岩を ぢふるふあゆみをふみしめて
浮べる雲をうかゞへば
下にとゞろく
の澄むいとまなき岩波は
落ちていづくに下るらん
山精
なにをいざよふ
むらさきの
ふかきはやしの
はるがすみ
なにかこひしき
いはかげを
ながれていづる
いづみがは
木精
かくれてうたふ
野の山の
こゑなきこゑを
きくやきみ
つゝむにあまる
はなかげの
水のしらべを
しるやきみ
山精
あゝながれつゝ
こがれつゝ
うつりゆきつゝ
うごきつゝ
あゝめぐりつゝ
かへりつゝ
うちわらひつゝ
むせびつゝ
木精
いまひのひかり
はるがすみ
いまはなぐもり
はるのあめ
あゝあゝはなの
つゆに酔ひ
ふかきはやしに
うたへかし
ゆびをりくればいつたびも
かはれる雲をながむるに
白きは黄なりなにをかも
もつ筆にせむ
のいつしか淡く茶を帯びて
雲くれなゐとかはりけり
あゝゆふまぐれわれひとり
たどる林もひらけきて
いと静かなる湖の
岸辺にさける
うき雲ゆけばかげ見えて
水に沈める春の日や
それ
の色染めて雲
となりぬればかげさへあかき水鳥の
春のみづうみ岸の草
深き林や花つゝじ
迷ふひとりのわがみだに
の の
にうつろふ夕まぐれ
母を葬るのうた
うき雲はありともわかぬ大空の
月のかげよりふるしぐれかな
きみがはかばに
きゞくあり
きみがはかばに
さかきあり
くさはにつゆは
しげくして
おもからずやは
そのしるし
いつかねむりを
さめいでて
いつかへりこん
わがはゝよ
ひく子も
ますらをも
みなちりひぢと
なるものを
あゝさめたまふ
ことなかれ
あゝかへりくる
ことなかれ
はるははなさき
はなちりて
きみがはかばに
かゝるとも
なつはみだるゝ
ほたるびの
きみがはかばに
とべるとも
あきはさみしき
あきさめの
きみがはかばに
そゝぐとも
ふゆはましろに
ゆきじもの
きみがはかばに
こほるとも
とほきねむりの
ゆめまくら
おそるゝなかれ
わがはゝよ
合唱
一
はるのよはひかりはかりとおもひしを
しろきやうめのさかりなるらむ
姉
わかきいのちの
をしければ
やみにも春の
に酔はん
せめてこよひは
さほひめよ
はなさくかげに
うたへかし
妹
そらもゑへりや
はるのよは
ほしもかくれて
みえわかず
よめにもそれと
ほのしろく
みだれてにほふ
うめのはな
姉
はるのひかりの
こひしさに
かたちをかくす
うぐひすよ
はなさへしるき
はるのよの
やみをおそるゝ
ことなかれ
妹
うめをめぐりて
ゆくみづの
やみをながるゝ
せゝらぎや
ゆめもさそはぬ
なりせば
いづれかよるに
にほはまし
姉
こぞのこよひは
わがともの
うすこうばいの
そめごろも
ほかげにうつる
さかづきを
こひのみゑへる
よなりけり
妹
こぞのこよひは
わがともの
なみだをうつす
よのなごり
かげもかなしや
に
うれひしづみし
よなりけり
姉
こぞのこよひは
わがともの
おもひははるの
よのゆめや
よをうきものに
いでたまふ
ひとめをつゝむ
よなりけり
妹
こぞのこよひは
わがともの
そでのかすみの
はなむしろ
ひくやことのね
たかじほを
うつしあはせし
よなりけり
姉
わがみぎのてに
くらぶれば
やさしきなれが
たなごころ
ふるればいとゞ
やはらかに
もゆるかあつく
おもほゆる
妹
もゆるやいかに
こよひはと
とひたまふこそ
うれしけれ
しりたまはずや
うめがかに
わがうまれてし
はるのよを
二
しは/\もこほるゝつゆははちすはの
うきはにのみもたまりけるかな
姉
あゝはすのはな
はすのはな
かげはみえけり
いけみづに
ひとつのふねに
さをさして
うきはをわけて
こぎいでん
妹
かぜもすゞしや
はがくれに
そこにもしろし
はすのはな
こゝにもあかき
はすばなの
みづしづかなる
いけのおも
姉
はすをやさしみ
はなをとり
そでなひたしそ
いけみづに
ひとめもはぢよ
はなかげに
なれが
のあらはるゝ
妹
ふかくもすめる
いけみづの
葉にすれてゆく
みなれざを
なつぐもゆけば
かげみえて
はなよりはなを
わたるらし
姉
にうたひ
ふねにのり
はなつみのする
なつのゆめ
はすのはなふね
さをとめて
なにをながむる
そのすがた
妹
なみしづかなる
はなかげに
きみのかたちの
うつるかな
きみのかたちと
なつばなと
いづれうるはし
いづれやさしき
三
の のかげはるあきにおもひみたれてわきかねつ
ときにつけつゝうつるこゝろは
妹
たのしからずや
はなやかに
あきはいりひの
てらすとき
たのしからずや
ぶだうばの
はごしにくもの
かよふとき
姉
やさしからずや
むらさきの
ぶだうのふさの
かゝるとき
やさしからずや
にひぼしの
ぶだうのたまに
うつるとき
妹
かぜはしづかに
そらすみて
あきはたのしき
ゆふまぐれ
いつまでわかき
をとめごの
たのしきゆめの
われらぞや
姉
あきのぶだうの
きのかげの
いかにやさしく
ふかくとも
てにてをとりて
かげをふむ
なれとわかれて
なにかせむ
妹
げにやかひなき
くりごとも
ぶだうにしかじ
ひとふさの
われにあたへよ
ひとふさを
そこにかゝれる
むらさきの
姉
われをしれかし
えだたかみ
とゞかじものを
かのふさは
はかげのたまに
てはふれて
わがさしぐしの
おちにけるかな
四
わかれゆくひとををしむとこよひより
とほきゆめちにわれやまとはん
妹
とほきわかれに
たへかねて
このたかどのに
のぼるかな
かなしむなかれ
わがあねよ
たびのころもを
とゝのへよ
姉
わかれといへば
むかしより
このひとのよの
つねなるを
ながるゝみづを
ながむれば
ゆめはづかしき
なみだかな
妹
したへるひとの
もとにゆく
きみのうへこそ
たのしけれ
ふゆやまこえて
きみゆかば
なにをひかりの
わがみぞや
姉
あゝはなとりの
いろにつけ
ねにつけわれを
おもへかし
けふわかれては
いつかまた
あひみるまでの
いのちかも
妹
きみがさやけき
めのいろも
きみくれなゐの
くちびるも
きみがみどりの
くろかみも
またいつかみん
このわかれ
姉
なれがやさしき
なぐさめも
なれがたのしき
うたごゑも
なれがこゝろの
ことのねも
またいつきかん
このわかれ
妹
きみのゆくべき
やまかはは
おつるなみだに
みえわかず
そでのしぐれの
ふゆのひに
きみにおくらん
はなもがな
姉
そでにおほへる
うるはしき
ながかほばせを
あげよかし
ながくれなゐの
かほばせに
ながるゝなみだ
われはぬぐはん
の
梭の音を聞くべき人は今いづこ
心を糸により
めて涙ににじむ
縞やぶれし
に身をなげて暮れ行く空をながむれば
ねぐらに急ぐ
にはなれて飛ぶ一羽
あとを慕ふてかあ/\と
かもめ
波に生れて波に死ぬ
の海のかもめどり
恋の
たちさわぎ夢むすぶべきひまもなし
き の驚きて
流れて帰るわだつみの
鳥の
も見えわかぬ波にうきねのかもめどり
流星
にたち でたゞひとり
人待ち顔のさみしさに
ゆふべの空をながむれば
雲の宿りも捨てはてて
何かこひしき人の世に
流れて落つる星一つ
君と遊ばん
君と遊ばん夏の夜の
青葉の影の下すゞみ
短かき夢は結ばずも
せめてこよひは歌へかし
雲となりまた雨となる
昼の
ひはたえずとも星の光をかぞへ見よ
みのかず は尽きじ
夢かうつゝか
の星に仮寝の織姫の
ひゞきもすみてこひわたる
の を聞かめやも
昼の夢
の の の
みめうるはしきをとめごは
に夢を見てしより
さめて忘るゝ夜のならひ
の夢のなぞもかく
忘れがたくはありけるものか
ゆめと知りせばなまなかに
さめざらましを世に
でてうらわかぐさのうらわかみ
何をか夢の名残ぞと
問はゞ答へん目さめては
熱き涙のかわく間もなし
東西南北
男ごころをたとふれば
つよくもくさをふくかぜか
もとよりかぜのみにしあれば
きのふは東けふは西
女ごころをたとふれば
かぜにふかるゝくさなれや
もとよりくさのみにしあれば
きのふは南けふは北
懐古
の にやほよろづ
ちよろづ神のかんつどひ
つどひいませしあめつちの
のときを か知る
それ
の の八重かきわけて行くごとく
野の鳥ぞ
く のの山にのぼりゆき
日は照らせども影ぞなき
はやとこひなきて
熱き涙をそゝぎてし
の夢は跡も無し
の国の の
に して
のへにいほりせる
のひゞき今いづこ
目をめぐらせばさゞ波や
志賀の都は荒れにしと
むかしを思ふ
の澄める
をなにかせん
春は
める にのぼりて見ればけぶり立つ
民のかまどのながめさへ
消えてあとなき雲に入る
冬はしぐるゝ
の大宮内のともしびや
さむさは雪に凍る夜の
のころもはいろもなし
むかしは遠き船いくさ
人の
の流るとも今はむなしきわだつみの
まん/\としてきはみなし
むかしはひろき関が原
つるぎに夢を争へど
今は
しき草のみぞばう/\としてはてもなき
われ
秋の野にいでて高くのぼり行き
都のかたを眺むれば
あゝあゝ熱きなみだかな
たれかしるらん花ちかき
われはのぼりゆき
みだれて熱きくるしみを
うつしいでけり白壁に
にしるせし文字なれば
ひとしれずこそ乾きけれ
あゝあゝ白き白壁に
わがうれひありなみだあり
四つの
をとこの
のやはらかきお夏の髪にかゝるとき
をとこの早きためいきの
のごとくはしるとき
をとこの熱き手の
のお夏の手にも触るゝとき
をとこの涙ながれいで
お夏の袖にかゝるとき
をとこの黒き目のいろの
お夏の胸に映るとき
をとこの
き のお夏の口にもゆるとき
人こそしらね
恋のふたりの身より流れいで
げにこがるれど慕へども
やむときもなき清十郎
天馬
序
は は しかたに
に照らせどまれらなる
しきためしは箱根山
の末のゆふまぐれ
南の
の をいでてよな/\北の宿に行く
血の
の星の影かたくななりし男さへ
星の光を眼に見ては
身にふりかゝる
の天の
とうたがへりに鳴く の
にほひいでたる声をあげ
さへづり狂ふ
をきけばげにめづらしき春の歌
春を得知らぬ
さへかのうぐひすのひとこゑに
枕の紙のしめりきて
人なつかしきおもひあり
まだ時ならぬ白百合の
の陰にさける見て
の うつし世の
こゝろの慾の夢を恋ひ
をだにきかぬ の
の に来て鳴けば
の 後の世の
花の
に泣きまどふ空にかゝれる星のいろ
春さきかへる
やわざはひにあらずして
よしや
といへるありなにを酔ひ鳴く
よなにを告げくる鶴の声
それ鳥の
に ひてよろこびありと祝ふあり
高き
のこの村に声をあげさせたまふらん
世を傾けむ
の茂れる
の にいでたまふかとのゝしれど
誰かしるらん
のまことの北をさししめし
さみしき
の の沈める水に
つるとき名もなき賤の片びさし
春の夜風の音を絶え
村の南のかたほとり
その夜生れし
の馬は流るゝ水の
のやさしき姿なり
北に生れし
の馬の栗毛にまじる紫は
色あけぼのの春霞
光をまとふ
あり星のひかりもをさまりて
に残る鶴の音や
啼く鶯に花ちれば
嗚呼この村に生れてし
馬のありとや問ふ人もなし
あな
にともなはれ緑の髪をうちふるひ
雄馬は人に
ひて箱根の
を りけり胸は
りて のかの
に湧くごとくはよせくる を
飲めども
く風情あり目はひさかたの朝の星
は草の
うるほひ光る
にはの もほがらにて
東に照らし西に入る
天つみそらを渡る日の
朝日夕日の
さへ雲の絶間に極むらん
二つの耳をたとふれば
いと
なる朝風にそよげる草の葉のごとく
の音をたとふれば
の色のやきがねを
高くも
く響あり狂へば長き
のうちふりうちふる乱れ髪
燃えてはめぐる血の
の流れて
る春の海く の光には
の もあらだちて
深くも遠き
はの住む の
を動かす力あり
あゝ
の音をきゝて富士の高根の雪に鳴き
夕つげわたる鳥の音に
木曽の
の を越えかの
に きてより の の
光の末に隠るべき
雄馬の身にてありながら
なさけもあつくなつかしき
のあとをとめくれば
箱根も遠し三井寺や
日も
に花深くさゝなみ青き湖の
岸の
草を行く天の雄馬のすがたをば
誰かは思ひ誰か知る
しらずや人の
に歩むためしはあるものを
天馬の
りて に歩むためしのなからめや
見よ藤の葉の影深く
岸の若草
にいでて春花に酔ふ
の夢そのかげを
む雄馬には一つの
き に見えざる神の
あり一つうつろふ野の色に
つきせぬ天のうれひあり
嗚呼
の飛ぶ道に高く
れる大空のの に触れて鳴り
に れて
照る日の影の雲に鳴き
空に流るゝ
を飲みつくすとも
くべき天馬よ
が身を持ちて鳥のきて
く の海の蔭を む
その姿こそ雄々しけれ
深きみづうみの
岸のほとりに生れてし
天の牝馬は
なるかの
の野に住めり霞に
ひ風に れもわびしき枯くさの
すゝき尾花にまねかれて
に嘆く牝馬かな
誰か
の声を聞きたのしきうたを耳にして
日も暖かに花深き
西も空をば慕はざる
誰か秋鳴くかりがねの
かなしき歌に耳たてて
ふるさとさむき
の雲の
を慕はざる白き
に見まほしくきては深く き
の色のうるほひは
が を忍べばか
も薄く肩 せて
四つの
さへ細りゆきその
の なきはの空に嘆けばか
春は
の若草や病める力に石を引き
夏は
の を越え牝馬にあまる塩を負ふ
秋は広瀬の
のの蔭にむちうたれ
冬は野末に日も暮れて
みぞれの道の泥に
ゆ鶴よみそらの雲に飽き
朝の霞の香に酔ひて
春の光の空を飛ぶ
の色の きかな
よさみしき野に隠れ
道なき森に驚きて
あけぼの露にふみ迷ふ
鋭き爪のこひしやな
鹿よ
にのかげを踏みわけて
谷間の水に
ぎよるの色のやさしやな
人をつめたくあぢきなく
思ひとりしは
か命を薄くあさましく
思ひ
めしは身を責むる強き
に嘆き び花に涙をそゝぐより
悲しいかなや春の野に
ける泉を飲み干すも
天の牝馬のかぎりなき
渇ける口をなにかせむ
悲しいかなや行く水の
岸の柳の樹の蔭の
かの
の多くとも饑ゑたる
をいかにせむ身は
のしげれる宿にうまるれど
かなしや
の青草はその
にあらじかしあゝ
や天雲やの にこれやこの
も折れよ世も捨てよ
狂ひもいでよ
さへ噛み砕けとぞ祈るなる
牝馬のこゝろ
なり尽きせぬ草のありといふ
天つみそらの慕はしや
渇かぬ水の湧くといふ
天の泉のなつかしや
せまき
を捨てはてて空を行くべき馬の身の
心ばかりははやれども
病みては
つる のみ草に生れて草に泣く
姿やさしき天の馬
うき世のものにことならで
消ゆる命のもろきかな
散りてはかなき
のそのすがたにも似たりけり
波に消え行く
のそのすがたにも似たりけり
げに世の常の馬ならば
かくばかりなる
に身の
を み侘び声ふりあげて
かん乱れて長き鬣の
この世かの世の別れにも
心ばかりは
なる深く悲しき声きけば
あゝ
なる に天のうれひを紫の
野末の花に吹き残す
世の名残こそはかなけれ
花によりそふ鶏の
よ よ
いづれあやめとわきがたく
さも似つかしき
あり
姿やさしき
のかたちを恥づるこゝろして
花に隠るゝありさまに
品かはりたる
や
雄々しくたけき
のとさかの色も
にして黄なる
尾はしだり尾のなが/\し
問ふても見まし
がためによそほひありく
よるためのかざりにと
いひたげなるぞいぢらしき
画にこそかけれ
のそれにも通ふ一つがひ
霜に
の朝ぼらけ雨に入日の夕まぐれ
空に一つの明星の
闇行く水に動くとき
日を迎へんと鶏の
の を にぞ鳴く
露けき朝の明けて行く
空のながめを
か知る燃ゆるがごとき
の雲のゆくへを
か知る
闇もこれより隣なる
声ふりあげて鳴くときは
ひとの
のみなめざめ夜は日に通ふ夢まくら
明けはなれたり夜はすでに
いざ
と巣を でてをあさらんと野に行けば
あなあやにくのものを見き
見しらぬ
の も高にあしたの空に鳴き渡り
草かき分けて来るはなぞ
妻恋ふらしや
を
ねたしや露に
ぬれて朝日にうつる影見れば
に しき の
雲をあざむくばかりなり
力あるらし声たけき
のさまを れてか
あるさまに ぢてかや
は花に隠れけり
かくと見るより堪へかねて
背をや高めし
はがきも荒く飛び走り
蹴爪に土をかき狂ふ
のさきも ちて
にまじる眼のひかり
二つの
のすがたこそおそろしき なれ
は花を け出でて
分くるひまもなみ
たがひに蹴合ふ
にはもちるとうたがはる
蹴るや
の それてに血しほの は
敵の
をめざしつゝ爪も折れよと蹴返しぬ
蹴られて落つるくれなゐの
血潮の花も地に染みて
二つの
の目もくるひたがひにひるむ風情なし
そこに声あり涙あり
争ひ狂ふ四つの
に滑りし の
あな
れけん声高し
一声長く悲鳴して
あとに仆るゝ夫鳥の
に血潮の に み
あたりにさける花
し
あゝあゝ熱き涙かな
あるに甲斐なき妻鳥は
せめて一声鳴けかしと
に嘆くさまあはれ
なにとは知らぬかなしみの
いつか
と変りきて思ひ乱れて
をのみぞ鳴くや
の心なく
我を恋ふらし
にたてて姿も色もなつかしき
花のかたちと思ひきや
かなしき敵とならんとは
花にもつるゝ
あるを鳥に
のなからめやおそろしきかな其の心
なつかしきかな其の
に みたる草見れば
鳥の命のもろきかな
火よりも燃ゆる恋見れば
のこゝろのうれしやな
見よ動きゆく大空の
照る日も雲に薄らぎて
花に色なく風吹けば
野はさびしくも変りけり
かなしこひしの
の冷えまさりゆく
姿たよりと思ふ一ふしの
いづれ
の身の末ぞ
を抱く母と子が
よりそふごとくかの敵に
なにとはなしに身をよする
妻鳥のこゝろあはれなれ
あないたましのながめかな
さきの楽しき花ちりて
空色暗く
の雲にかなしき野のけしき
生きてかへらぬ鳥はいざ
か か
いづれあやめを踏み分けて
野末を帰る二羽の
松島
に遊びの木彫を観て
も遠し瑞巌寺
のこゝろなく
古き扉に身をよせて
の の の
葡萄のかげにきて見れば
の寺の冬の日に
しみ ふ
ほられて薄き葡萄葉の
影にかくるゝ栗鼠よ
姿ばかりは隠すとも
かくすよしなし
の はうしほにひゞく
のかねにこの日の暮るゝとも
かけてたゝずめば
こひしきやなぞ甚五郎

この著作物は、1943年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(回復期日を参照)の時点で著作権の保護期間が著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)50年以下である国や地域でパブリックドメインの状態にあります。
この著作物は、アメリカ合衆国外で最初に発行され(かつ、その後30日以内にアメリカ合衆国で発行されておらず)、かつ、1978年より前にアメリカ合衆国の著作権の方式に従わずに発行されたか1978年より後に著作権表示なしに発行され、かつ、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(日本国を含むほとんどの国では1996年1月1日)に本国でパブリックドメインになっていたため、アメリカ合衆国においてパブリックドメインの状態にあります。