若菜集

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こゝろなきうたのしらべは

ひとふさのぶだうのごとし

なさけあるてにもつまれて

あたゝかきさけとなるらむ


ぶだうだなふかくかゝれる

むらさきのそれにあらねど

こゝろあるひとのなさけに

かげにおくふさのみつよつ


そはうたのわかきゆゑなり

あぢはひもいろもあさくて

おほかたはかみてすつべき

うたゝねのゆめのそらごと


一 秋の思



  秋


秋は

  秋は来ぬ

ひとはは花は露ありて

風の来てく琴の音に

青きぶどうは紫の

自然の酒とかはりけり


秋は来ぬ

  秋は来ぬ

おくれさきだつあきぐさ

みなゆふじものおきどころ

笑ひの酒を悲みの

さかづきにこそつぐべけれ


秋は来ぬ

  秋は来ぬ

くさきももみぢするものを

たれかは秋に酔はざらめ

ちえあり顔のさみしさに

君笛を吹けわれはうたはむ


  初恋


まだあげめしまへがみ

りんごのもとに見えしとき

前にさしたるはなぐし

花ある君と思ひけり


やさしく白き手をのべて

林檎をわれにあたへしは

うすくれなゐの秋の

人こひめしはじめなり


わがこゝろなきためいきの

その髪の毛にかゝるとき

たのしき恋のさかづき

君がなさけみしかな


林檎畑のの下に

おのづからなるほそみち

が踏みそめしかたみぞと

問ひたまふこそこひしけれ


  狐のわざ


庭にかくるゝ小狐の

人なきときによるいでて

秋の葡萄の樹の影に

しのびてぬすむつゆのふさ


恋は狐にあらねども

君は葡萄にあらねども

人しれずこそ忍びいで

君をぬすめるわが


  髪を洗へば


髪を洗へば紫の

をぐさのまへに色みえて

足をあぐればはなとり

われにしたがふぜいあり


目にながむればあやぐも

まきてはひらくえまきもの

手にとる酒はうまざけ

若きうれひをたゝふめり


耳をたつればうたがみ

きたりてたまふえを吹き

口をひらけばうたびとの

一ふしわれはこひうたふ


あゝかくまでにあやしくも

熱きこゝろのわれなれど

われをし君のこひしたふ

その涙にはおよばじな


  君がこゝろは


君がこゝろはこほろぎ

風にさそはれ鳴くごとく

あさかげきよはなぐさ

しき涙をそゝぐらむ


それかきならすたまごと

一つの糸のさはりさへ

君がこゝろにかぎりなき

しらべとこそはきこゆめれ


あゝなどかくは触れやすき

君が優しき心もて

かくばかりなるわがこひに

触れたまはぬぞうらみなる


  かさのうち


ふたりしてさすひとはり

傘に姿をつゝむとも

なさけの雨のふりしきり

かわくもなきたもとかな


顔と顔とをうちよせて

あゆむとすればなつかしや

ばいかの油くろかみ

乱れてにほふ傘のうち


恋のひとあめぬれまさり

ぬれてこひしき夢の

染めてぞ燃ゆるもみうらの

雨になやめる足まとひ


歌ふをきけば梅川よ

しばしなさけを捨てよかし

いづこも恋にたはぶれて

それちゅうべえの夢がたり


こひしき雨よふらばふれ

秋の入日の照りそひて

傘の涙をさぬ

手に手をとりて行きて帰らじ


  秋に隠れて


わが手に植ゑし白菊の

おのづからなる時くれば

一もと花のゆふぐれ

秋にかくれて窓にさくなり


  知るや君


こゝろもあらぬあきどり

声にもれくる一ふしを

        知るや君


深くもめるあさじほ

底にかくるゝしらたま

        知るや君


あやめもしらぬやみの夜に

しづかにうごく星くづを

        知るや君


まだきも見ぬをとめごの

胸にひそめる琴の

        知るや君


  秋風の歌

さびしさはいつともわかぬ山里に

    尾花みだれて秋かぜぞふく


しづかにきたる秋風の

西の海より吹き起り

舞ひたちさわぐしらくも

飛びて行くへも見ゆるかな


ゆふかげ高く秋は黄の

きりこずゑの琴の

そのおとなひを聞くときは

風のきたると知られけり


ゆふべにしかぜ吹き落ちて

あさ秋の葉の窓に入り

あさ秋風の吹きよせて

ゆふべのうづら巣にかく


ふりさけ見ればあをやま

色はもみぢに染めかへて

しもばをかへす秋風の

そらかがみにあらはれぬ


すずしいかなや西風の

まづ秋の葉を吹けるとき

さびしいかなや秋風の

かのもみぢにきたるとき


道を伝ふるばらもん

西に東に散るごとく

吹きただよはす秋風に

ひるがへり行くかな


あさばうちふるわしたか

あけくれそらをゆくごとく

いたくも吹ける秋風の

はねに声あり力あり


見ればかしこし西風の

山のの葉をはらふとき

悲しいかなや秋風の

秋のももはを落すとき


人はつるぎふるへども

げにかぞふればかぎりあり

舌はときよをのゝしるも

声はたちまち滅ぶめり


高くもはげし野も山も

いぶきまどはす秋風よ

世をかれ/″\となすまでは

吹きもむべきけはひなし


あゝうらさびしあめつち

つぼうちなる秋の日や

落葉と共にひるがへ

風のゆくへを誰か知る


  雲のゆくへ


庭にたちいでたゞひとり

しゅうかいどうの花を分け

空ながむれば行く雲の

さらに秘密をひらくかな


  小詩二首


    一


ゆふぐれしづかに

     ゆめみんとて

よのわづらひより

     しばしのがる


きみよりほかには

     しるものなき

花かげにゆきて

     こひを泣きぬ


すぎこしゆめぢを

     おもひみるに

こひこそつみなれ

     つみこそこひ


いのりもつとめも

     このつみゆゑ

たのしきそのへと

     われはゆかじ


なつかしき君と

     てをたづさへ

くらきよみまでも

     かけりゆかん


    二


しづかにてらせる

     月のひかりの

などか絶間なく

     ものおもはする

さやけきそのかげ

     こゑはなくとも

みるひとの胸に

     忍び入るなり


なさけはくとも

     なさけをしらぬ

うきよのほかにも

     ちゆくわがみ

あかさぬおもひと

     この月かげと

いづれか声なき

     いづれかなしき


  強敵


一つの花にちょうくも

小蜘蛛は花をまもり顔

小蝶は花に酔ひ顔に

舞へども/\すべぞなき


花は小蜘蛛のためならば

小蝶のまひをいかにせむ

花は小蝶のためならば

小蜘蛛の糸をいかにせむ


やがて一つの花散りて

小蜘蛛はそこに眠れども

つばさも軽き小蝶こそ

いづこともなくうせにけれ


  別離

人妻をしたへる男の山に登り其

女の家を望み見てうたへるうた


たれかとゞめんたびびと

あすはくもまに隠るゝを

誰か聞くらん旅人の

あすは別れと告げましを


きよき恋とやかたがひ

われのみものを思ふより

恋はあふれてにごるとも

君に涙をかけましを


ひとづま恋ふる悲しさを

君がなさけに知りもせば

せめてはわれをつみびと

呼びたまふこそうれしけれ


あやめもしらぬしや身は

くるしきこひのひとやより

罪のしもとをのがれいで

こひて死なんと思ふなり


たれかは花をたづねざる

誰かはいろに迷はざる

誰かは前にさける見て

花をまんと思はざる


恋の花にもたはむるゝ

ねたみちょうの身ぞつらき

二つのはねもをれ/\て

つばさの色はあせにけり


人の命を春の夜の

夢といふこそうれしけれ

夢よりもいや/\深き

われに思ひのあるものを


梅の花さくころほひは

はすさかばやと思ひわび

蓮の花さくころほひは

はぎさかばやと思ふかな


待つまも早く秋は

わが踏む道に萩さけど

にごりて待てるわが恋は

清きうらみとなりにけり


  望郷

寺をのがれいでたる僧のうたひ

しそのうた


いざさらば

これをこの世のわかれぞと

のがれいでては住みなれし

みてらくりしらかべ

眼にもふたたび見ゆるかな


いざさらば

住めば仏のやどりさへ

ほのほいへとなるものを

なぐさめもなき心より

流れて落つる涙かな


いざさらば

心の油濁るとも

ともしびたかくかきおこし

なさけは熱くもゆる火の

こひしきちりにわれは焼けなむ

〈[#改段]〉


二 六人のをとめ



  おえふ


をとめぬるおほかたの

われはゆめぢを越えてけり

わが世の坂にふりかへり

いくやまかはをながむれば


みづしづかなる江戸川の

ながれの岸にうまれいで

岸の桜のはなかげ

われはをとめとなりにけり


みやこどりく大川に

流れてそゝぐかはぞひ

しろすみれさくわかぐさ

夢多かりしわが身かな


雲むらさきのここのへ

大宮内につかへして

せいりょうでんの春の

月の光に照らされつ


雲をちりばなみ

かすみをうかべ日をまねく

玉のうてなおばしま

かゝるゆふべの春の雨


さばかり高き人の世の

かがやくさまを目にも見て

ときめきたまふさま/″\の

ひとりのころものをかげり


きらめきむるあかぼし

あしたの空に動くごと

あたりの光きゆるまで

さかえの人のさまも見き


あまつみそらを渡る日の

影かたぶけるごとくにて

の夕暮に消えて行く

ひいでし人のはても見き


春しづかなるみそのふ

花に隠れて人を

秋のひかりの窓に

夕雲とほき友を恋ふ


ひとりの姉をうしなひて

大宮内のかど

けふ江戸川に来て見れば

秋はさみしきながめかな


桜のしもは黄に落ちて

ゆきてかへらぬ江戸川や

流れゆく水静かにて

あゆみは遅きわがおもひ


おのれも知らず世をれば

若きいのちに堪へかねて

岸のほとりの草を

ほほゑみて泣く吾身かな


  おきぬ


みそらをかけるあらわし

人のをとめの身に落ちて

花の姿にやどかれば

あらしかわき雲に

あまかけるべきすべをのみ

願ふ心のなかれとて

くろかみ長き吾身こそ

うまれながらのめしひなれ


ふようさきの身とすれば

なみだは秋の花の露

をごとさきの身とすれば

うれひは細き糸の音

いまさきの世は鷲の身の

処女にあまるつばさかな


あゝあるときは吾心

あらゆるものをなげうちて

世はあぢきなきあさぢふ

茂れるやどと思ひなし

身はすべもなきこほろぎ

よるのぐさにはひめぐり

たゞいたづらにをたてて

うたをうたふと思ふかな


いろにわが身をあたふれば

処女のこゝろ鳥となり

恋に心をあたふれば

鳥の姿は処女にて

処女ながらもそらの鳥

あらわしながら人の身の

あめつちとに迷ひゐる

身の定めこそ悲しけれ


  おさよ


うしほさみしきあらいそ

いはかげわれは生れけり


あしたゆふべのしろごま

ふるさと遠きものおもひ


をかしくものに狂へりと

われをいふらし世のひとの


げに狂はしの身なるべき

この年までのをとめとは


うれひは深く手もたゆく

むすぼほれたるわがおもひ


流れてあつきわがなみだ

やすむときなきわがこゝろ


みだれてものに狂ひよる

心を笛のに吹かん


笛をとる手は火にもえて

うちふるひけりとをの指


にこそかわくちびる

笛をたづぬるふぜいあり


はげしく深きためいきに

笛のをだけや曇るらん


髪は乱れて落つるとも

まづ吹き入るゝいき


力をこめし一ふしに

つげのさしぐし落ちてけり


吹けば流るゝ流るれば

笛吹き洗ふわが涙


短き笛のふし

長きおもひのなからずや


七つのこころ声を得て

をこそきかめうたがみ


われよろこびを吹くときは

鳥もこずゑをとゞめ


いかりをわれの吹くときは

を行く魚もふちにあり


われかなしみを吹くときは

ししも涙をそゝぐらむ


われたのしみを吹くときは

虫も鳴くをやめつらむ


愛のこゝろを吹くときは

流るゝ水のたち帰り


にくみをわれの吹くときは

散り行く花もとどまりて


よくおもひを吹くときは

心のやみひびきあり


うたへうきよの一ふしは

笛の夢路のものぐるひ


くるしむなかれわが友よ

しばしは笛のに帰れ


落つる涙をぬぐひきて

静かにきゝね吾笛を


  おくめ


こひしきまゝに家を

こゝの岸よりかの岸へ

越えましものと来て見れば

千鳥鳴くなり夕まぐれ


こひには親も捨てはてて

やむよしもなき胸の火や

びんの毛を吹く河風よ

せめてあはれと思へかし


かはなみ暗く瀬を早み

流れていはくだくるも

君を思へば絶間なき

恋のほのほかわくべし


きのふの雨のをやみなく

みかさや高くまさるとも

よひ/\になくわがこひの

涙の滝におよばじな


しりたまはずやわがこひは

はなとりの絵にあらじかし

かがみかたち砂の文字

梢の風の音にあらじ


しりたまはずやわがこひは

ををしき君の手に触れて

ああくちべにをその口に

君にうつさでやむべきや


恋は吾身のやしろにて

君は社の神なれば

君のつくゑの上ならで

なににいのちをささげまし


くだかば砕けかはなみ

われに命はあるものを

河波高く泳ぎ行き

ひとりの神にこがれなん


心のみかは手も足も

吾身はすべてほのほなり

思ひ乱れて嗚呼恋の

ちすぢの髪の波に流るゝ


  おつた


ほの見ゆる春の夜の

すがたに似たるわがいのち

おぼろおぼろちちはは

二つの影と消えうせて

世にみなしごの吾身こそ

影より出でし影なれや

たすけもあらぬ今は身は

若きひじりに救はれて

人なつかしきまへがみ

をとめとこそはなりにけれ


若きひじりののたまはく

時をし待たむ君ならば

かの柿の実をとるなかれ

かくいひたまふうれしさに

ことしの秋もはや深し

まづその秋を見よやとて

聖に柿をすゝむれば

そのくちびるにふれたまひ

かくも色よき柿ならば

などかは早くわれに告げこぬ


若き聖ののたまはく

人の命のしからば

ああかの酒を飲むなかれ

かくいひたまふうれしさに

酒なぐさめの一つなり

まづその春を見よやとて

聖に酒をすゝむれば

夢の心地に酔ひたまひ

かくも楽しき酒ならば

などかは早くわれに告げこぬ


若き聖ののたまはく

道行き急ぐ君ならば

迷ひの歌をきくなかれ

かくいひたまふうれしさに

歌も心の姿なり

まづその声をきけやとて

一ふしうたひいでければ

聖はたまも酔ひたまひ

かくも楽しき歌ならば

などかは早くわれに告げこぬ


若き聖ののたまはく

まことをさぐる吾身なり

道のまよひとなるなかれ

かくいひたまふうれしさに

なさけも道の一つなり

かゝるおもひを見よやとて

わがこの胸に指ざせば

聖は早く恋ひわたり

かくも楽しき恋ならば

などかは早くわれに告げこぬ


それ秋の日の夕まぐれ

そゞろあるきのこゝろなく

ふと目に入るを手にとれば

雪より白き小石なり

若き聖ののたまはく

智恵の石とやこれぞこの

あまりに惜しき色なれば

人に隠して今もはなたじ


  おきく


くろかみながく

    やはらかき

をんなごころを

    たれかしる


をとこのかたる

    ことのはを

まこととおもふ

    ことなかれ


をとめごころの

    あさくのみ

いひもつたふる

    をかしさや


みだれてながき

    びんの毛を

つげをぐし

    かきあげよ


あゝつきぐさの

    きえぬべき

こひもするとは

    たがことば


こひて死なんと

    よみいでし

あつきなさけは

    がうたぞ


みちのためには

    ちをながし

くにには死ぬる

    をとこあり


治兵衛はいづれ

    恋か名か

忠兵衛も名の

    ために


あゝむかしより

    こひ死にし

をとこのありと

    しるや君


をんなごころは

    いやさらに

ふかきなさけの

    こもるかな


小春はこひに

    ちをながし

梅川こひの

    ために死ぬ


お七はこひの

    ために焼け

高尾はこひの

    ために果つ


かなしからずや

    清姫は

へびとなれるも

    こひゆゑに


やさしからずや

    さよひめ

石となれるも

    こひゆゑに


をとこのこひの

    たはぶれは

たびにすてゆく

    なさけのみ


こひするなかれ

    をとめごよ

かなしむなかれ

    わがともよ


こひするときと

    かなしみと

いづれかながき

    いづれみじかき

〈[#改段]〉


三 生のあけぼの



  草枕


夕波くらくく千鳥

われは千鳥にあらねども

心のはねをうちふりて

さみしきかたに飛べるかな


若き心のひとすぢ

なぐさめもなくなげきわび

胸の氷のむすぼれて

とけて涙となりにけり


あしはを洗ふ白波の

流れていはを出づるごと

思ひあまりて草枕

まくらのかずの今いくつ


かなしいかなや人の身の

なきなぐさめをたづ

道なき森に分け入りて

などなき道をもとむらん


われもそれかやうれひかや

のずゑに山にたにかげ

見るよしもなき朝夕の

光もなくて秋暮れぬ


おもひも薄く身も暗く

残れる秋の花を見て

行くへもしらず流れ行く

水に涙の落つるかな


身をあさぐもにたとふれば

ゆふべの雲の雨となり

身をゆふあめにたとふれば

あしたの雨の風となる


されば落葉と身をなして

風に吹かれてひるがへ

朝のきぐもにともなはれ

よる白河を越えてけり


道なき今の身なればか

われは道なき野を慕ひ

思ひ乱れてみちのくの

みやぎのにまで迷ひきぬ


心のやどの宮城野よ

乱れて熱きわが身には

日影も薄く草枯れて

荒れたる野こそうれしけれ


ひとりさみしき吾耳は

吹く北風をこと

悲み深き吾目には

いろなき石も花と見き


あゝひとりみかなしさ

味ひ知れる人ならで

たれにかたらん冬の日の

かくもわびしき野のけしき


都のかたをながむれば

空冬雲におほはれて

身にふりかゝるたまあられ

そでの氷と閉ぢあへり


みぞれまじりの風つよ

小川の水の薄氷

氷のしたに音するは

流れて海に行く水か


いてはかぜもたのもしく

雲に隠るゝかさゝぎよ

光もうすきさむぞら

なれも荒れたる野にむせぶ


涙も凍る冬の日の

光もなくて暮れ行けば

人めも草も枯れはてて

ひとりさまよふ吾身かな


かなしや酔ふて行く人の

踏めばくづるゝ霜柱

なにを酔ひ泣く忍び

声もあはれのその歌は


うれしや物のきて

野末をかよふ人の子よ

しらべひく手も凍りはて

なにかどづけの身のはて


やさしや年もうら若く

まだ初恋のまじりなく

手に手をとりて行く人よ

なにを隠るゝその姿


野のさみしさに堪へかねて

霜と霜との枯草の

道なき道をふみわけて

きたれば寒し冬の海


朝はうみべの石の

こしうちかけてふるさとの

都のかたを望めども

おとなふものはなみばかり


暮はさみしきあらいそ

うしほを染めし砂に伏し

日の入るかたをながむれど

きくるものは涙のみ


さみしいかなや荒波の

岩にくだけて散れるとき

かなしいかなや冬の日の

うしほとともに帰るとき


たれか波路を望み見て

そのふるさとを慕はざる

誰か潮の行くを見て

この人の世ををしまざる


こよみもあらぬ荒磯の

砂路にひとりさまよへば

みぞれまじりの雨雲の

落ちて潮となりにけり


遠く湧きくる海の音

慣れてさみしき吾耳に

怪しやもるゝものの

まだうらわかき野路の鳥


ああめづらしのしらべぞと

声のゆくへをたづぬれば

緑のはねもまだ弱き

それもはつねうぐひす


春きにけらし春よ春

まだ白雪の積れども

若菜のえて色青き

こゝちこそすれ砂の


春きにけらし春よ春

うれしや風に送られて

きたるらしとや思へばか

梅がぞする海の


磯辺に高きおほいは

うへにのぼりてながむれば

春やきぬらんしののめ

しほ遠き朝ぼらけ


  春



   一 たれかおもはむ


たれかおもはむうぐひす

涙もこほる冬の日に

若き命は春の夜の

花にうつろふ夢の

あゝよしさらばうまざけ

うたひあかさん春の夜を


梅のにほひにめぐりあふ

春を思へばひとしれず

からくれなゐのかほばせに

流れてあつきなみだかな

あゝよしさらば花影に

うたひあかさん春の夜を


わがみひとつもわすられて

おもひわづらふこゝろだに

春のすがたをとめくれば

たもとににほふ梅の花

あゝよしさらばこと

うたひあかさん春の夜を


   二 あけぼの


くれなゐ細くたなびけたる

雲とならばやあけぼのの

       雲とならばや


やみをでては光ある

空とならばやあけぼのの

       空とならばや


春の光をいろどれる

水とならばやあけぼのの

       水とならばや


はとまれてやはらかき

草とならばやあけぼのの

       草とならばや


   三 春は来ぬ


春はきぬ

  春はきぬ

はつねやさしきうぐひすよ

こぞにわかれを告げよかし

谷間に残る白雪よ

葬りかくせこぞの冬


春はきぬ

  春はきぬ

さみしくさむくことばなく

まづしくくらくひかりなく

みにくゝおもくちからなく

かなしき冬よ行きねかし


春はきぬ

  春はきぬ

浅みどりなるにひぐさ

とほきのもせゑがけかし

さきてはあかはるばな

きぎこずゑを染めよかし


春はきぬ

  春はきぬ

かすみよ雲よゆるぎいで

氷れる空をあたゝめよ

花のおくる春風よ

眠れる山を吹きさませ


春はきぬ

  春はきぬ

春をよせくるあさじほ

あしかれはを洗ひ去れ

霞に酔へるひなづる

若きあしたの空に飛べ


春はきぬ

  春はきぬ

うれひのせりの根を絶えて

氷れるなみだ今いづこ

つもれる雪の消えうせて

けふの若菜とえよかし


   四 眠れる春よ


ねむれる春ようらわかき

かたちをかくすことなかれ

たれこめてのみけふの日を

なべてのひとのすぐすまに

さめての春のすがたこそ

また夢のまのふぜいなれ


ねむげの春よさめよ春

さかしきひとのみざるまに

若紫の朝霞

かすみのそでをみにまとへ

はつねうれしきうぐひすの

鳥のしらべをうたへかし


ねむげの春よさめよ春

ふゆのこほりにむすぼれし

ふるきゆめぢをさめいでて

やなぎのいとのみだれがみ

うめのはなぐしさしそへて

びんのみだれをかきあげよ


ねむげの春よさめよ春

あゆめばたにのわらびの

したもえいそぐがあしを

かたくもあげよあゆめ春

たえなるはるのいきを吹き

こぞめの梅の香ににほへ


   五 うてや鼓


うてやつづみの春の音

雪にうもるゝ冬の日の

かなしき夢はとざされて

世は春の日とかはりけり


ひけばこぞめの春霞

かすみの幕をひきとぢて

花と花とをぬふ糸は

けさもえいでしあをやなぎ


霞のまくをひきあけて

春をうかゞふことなかれ

はなさきにほふ蔭をこそ

春のうてなといふべけれ


こちょうよ花にたはぶれて

優しき夢をみては舞ひ

ふてはそでもひら/\と

はるの姿をまひねかし


緑のはねのうぐひすよ

梅の花笠ぬひそへて

ゆめしづかなるはるの日の

しらべを高く歌へかし


  小詩


くめどつきせぬ

わかみづを

きみとくまゝし

かのいづみ


かわきもしらぬ

わかみづを

きみとのまゝし

かのいづみ


かのわかみづと

みをなして

はるのこゝろに

わきいでん


かのわかみづと

みをなして

きみとながれん

花のかげ


  明星


浮べる雲と身をなして

あしたのそらに出でざれば

などしるらめや明星の

光の色のくれなゐを


朝のうしほと身をなして

流れて海に出でざれば

などしるらめや明星の

みてかなしききらめきを


なにかこひしきあかぼし

むなしきあまの戸を出でて

深くも遠きほとりより

人の世近くきたるとは


うしほの朝のあさみどり

みなそこ深き白石を

星の光にかし見て

朝のよはひを数ふべし


野の鳥ぞやまかは

ゆふべの夢をさめいでて

細くたなびくしのゝめの

姿をうつす朝ぼらけ


さよには小夜のしらべあり

朝には朝のもあれど

星の光の糸の

あしたのことしづかなり


まだうら若き朝の空

きらめきわたる星のうち

いと/\若き光をば

なづけましかば明星と


  潮音


わきてながるゝ

やほじほの

そこにいざよふ

うみの琴

しらべもふかし

もゝかはの

よろづのなみを

よびあつめ

ときみちくれば

うらゝかに

とほくきこゆる

はるのしほのね


  酔歌


旅と旅との君や我

君と我とのなかなれば

酔ふてたもとうたぐさ

めての君に見せばやな


若き命も過ぎぬ

楽しき春は老いやすし

が身にもてるたからぞや

君くれなゐのかほばせは


君がまなこに涙あり

君が眉にはうれひあり

かたく結べるその口に

それ声も無きなげきあり


名もなき道をくなかれ

名もなき旅を行くなかれ

かひなきことをなげくより

きたりてうまき酒に泣け


光もあらぬ春の日の

独りさみしきものぐるひ

悲しき味の世の智恵に

老いにけらしな旅人よ


心の春のともしび

若き命を照らし見よ

さくまを待たで花散らば

かなしからずや君が身は


わきめもふらで急ぎ行く

君のゆくへはいづこぞや

ことはなさけのあるものを

とゞまりたまへ旅人よ


  二つの声


   朝


たれか聞くらん朝の声

ねむりと夢を破りいで

あやなす雲にうちのりて

よろづの鳥に歌はれつ

天のかなたにあらはれて

東の空に光あり

そこにときありはじめあり

そこに道あり力あり

そこに色ありことばあり

そこに声あり命あり

そこに名ありとうたひつゝ

みそらにあがり地にかけり

のこんの星ともろともに

光のうちに朝ぞ隠るゝ


   暮


たれか聞くらん暮の声

霞のつばさ雲の帯

煙のころも露のそで

つかれてなやむあらそひを

闇のかなたに投げ入れて

夜のつかひかはほり

飛ぶ間も声のをやみなく

こゝに影ありまよひあり

こゝに夢ありねむりあり

こゝに闇ありやすみあり

こゝにながきあり遠きあり

こゝに死ありとうたひつゝ

草木にいこひ野にあゆみ

かなたに落つる日とともに

色なき闇に暮ぞ隠るゝ


  哀歌


    中野逍遙をいたむ

『秀才香骨幾人憐、秋入長安夢愴然、琴台旧譜壚前柳、風流銷尽二千年』、これ中野逍遙がしゅうえんじゅうぜつの一なり。逍遙字は威卿、小字重太郎、予州宇和島の人なりといふ。文科大学の異材なりしが年わづかに二十七にしてうせぬ。逍遙遺稿正外二篇、みな紅心の余唾にあらざるはなし。左に掲ぐるはかれの清怨を写せしもの、『寄語残月休長嘆、我輩亦是艶生涯』、合せかゝげてこの秀才を追慕するのこゝろをとゞむ。


    思君九首     中野逍遙


思君我心傷    思君我容瘁

中夜坐松蔭    露華多似涙


思君我心悄    思君我腸裂

昨夜涕涙流    今朝尽成血


示君錦字詩    寄君鴻文冊

忽覚筆端香    窻外梅花白


為君調綺羅    為君築金屋

中有鴛鴦図    長春夢百禄


贈君名香篋    応記韓寿恩

休将秋扇掩    明月照眉痕


贈君双臂環    宝玉価千金

一鐫不乖約    一題勿変心


訪君過台下    清宵琴響揺

佇門不敢入    恐乱月前調


千里囀金鶯    春風吹緑野

忽発頭屋桃    似君三両朶


嬌影三分月    芳花一朶梅

渾把花月秀    作君玉膚堆


かなしいかなや流れ行く

水になき名をしるすとて

今はた残るうたほご

ながきうれひをいかにせむ


かなしいかなやするすみ

いろに染めてし花の木の

君がしらべの歌の音に

薄き命のひゞきあり


かなしいかなやさきの世は

みそらにかゝる星の身の

人の命のあさぼらけ

光も見せでうせにしよ


かなしいかなや同じ世に

生れいでたる身を持ちて

友のちぎりも結ばずに

君は早くもゆけるかな


すゞしきまなこつゆを帯び

ぶどうのたまとまがふまで

その面影をつたへては

あまりにねたき姿かな


同じときよに生れきて

同じいのちのあさぼらけ

君からくれなゐの花は散り

われ命ありやへむぐら


かなしいかなやうるはしく

さきそめにける花を見よ

いかなればかくとゞまらで

待たで散るらんさける


かなしいかなやうるはしき

なさけもこひの花を見よ

いと/\清きそのこひは

消ゆとこそ聞けいと早く


君し花とにあらねども

いな花よりもさらに花

君しこひとにあらねども

いなこひよりもさらにこひ


かなしいかなや人の世に

あまりに惜しきざえなれば

やまひちりかなしみ

死にまでそしりねたまるゝ


かなしいかなやはたとせの

ことばの海のみなれざを

磯にくだくるたかじほ

うれひの花とちりにけり


かなしいかなや人の世の

きづなも捨てていななけば

つきせぬ草に秋は来て

声も悲しき天の馬


かなしいかなやを遠み

流るゝ水の岸にさく

ひとつの花に照らされて

ひるがへり行くひとはぶね

〈[#改段]〉


四 深林のしょうよう、其他



  深林の逍遙


力をきざこだくみ

うちふる斧のあとを絶え

春のくさばなほりもの

のみにほひもとゞめじな

いろさま/″\の春の葉に

あをひとふであともなく

ちえにわかるゝあかくす

おのづからなるすがたのみ

ひのきは荒し杉直し

五葉は黒ししひの木の

枝をまじゆるしらかし

あふちは茎をよこたへて

枝と枝とにもゆる火の

なかにやさしきわかかへで


  やまびこ


ひとにしられぬ

たのしみの

ふかきはやしを

たれかしる


ひとにしられぬ

はるのひの

かすみのおくを

たれかしる


  こだま


はなのむらさき

はのみどり

うらわかぐさの

のべのいと


たくみをつくす

おほはた

をさのはやしに

きたれかし


  山精


かのもえいづる

くさをふみ

かのわきいづる

みづをのみ


かのあたらしき

はなにゑひ

はるのおもひの

なからずや


  木精


ふるきころもを

ぬぎすてて

はるのかすみを

まとへかし


なくうぐひすの

ねにいでて

ふかきはやしに

うたへかし


あゆめばらんの花を踏み

ゆけばやまもも袖に散り

たもとにまとふやまくづ

葛のうら葉をかへしては

ひかげの蔭のやまいちご

色よき実こそ落ちにけれ

岡やまつゞきくまぐま

いとなだらかに行きびて

ふかきはやしの谷あひに

乱れてにほふふぢばかま

谷に花さき谷にちり

人にしられずつるめり

せまりて暗きはざまより

やゝひらけたるみやまぎ

春はこえだのたゝずまひ

しげりて広き熊笹の

葉末をふかくかきわけて

谷のかなたにきて見れば

いづくに行くか滝川よ

声もさびしや白糸の

青きいはほに流れ落ち

若きましらのためにだに

おとをとゞむる時ぞなき


  山精


ゆふぐれかよふ

たびびとの

むねのおもひを

たれかしる


友にもあらぬ

やまかはの

はるのこゝろを

たれかしる


  木精


夜をなきあかす

かなしみの

まくらにつたふ

なみだこそ


ふかきはやしの

たにかげの

そこにながるゝ

しづくなれ


  山精


鹿はたふるゝ

たびごとに

妻こふこひに

かへるなり


のやまは枯るゝ

たびごとに

ちとせのはるに

かへるなり


  木精


ふるきおちばを

やはらかき

青葉のかげに

葬れよ


ふゆのゆめぢを

さめいでて

はるのはやしに

きたれかし


今しもわたるみやまかぜ

春はしづかに吹きかよふ

林のしょうをきけば

風のしらべにさそはれて

みれどもあかぬしろたへ

雲のはそでの深山木の

ちえだにかゝりたちはなれ

わかれ舞ひゆくすがたかな

きぎをわたりて行く雲の

しばしと見ればあともなき

高きゆくへにいざなはれ

千々にめぐれるいはかげ

花にも迷ひ石に

流るゝ水の音をきけば

山は危ふく石わかれ

けづりてなせるあをいは

砕けて落つるたきみづ

湧きくる波の瀬を早み

花やかにさす春の日の

ひかり照りそふ水けぶり

独りこけむす岩を

ふるふあゆみをふみしめて

浮べる雲をうかゞへば

下にとゞろくたきみづ

澄むいとまなき岩波は

落ちていづくに下るらん


  山精


なにをいざよふ

むらさきの

ふかきはやしの

はるがすみ


なにかこひしき

いはかげを

ながれていづる

いづみがは


  木精


かくれてうたふ

野の山の

こゑなきこゑを

きくやきみ


つゝむにあまる

はなかげの

水のしらべを

しるやきみ


  山精


あゝながれつゝ

こがれつゝ

うつりゆきつゝ

うごきつゝ


あゝめぐりつゝ

かへりつゝ

うちわらひつゝ

むせびつゝ


  木精


いまひのひかり

はるがすみ

いまはなぐもり

はるのあめ


あゝあゝはなの

つゆに酔ひ

ふかきはやしに

うたへかし


ゆびをりくればいつたびも

かはれる雲をながむるに

白きは黄なりなにをかも

もつ筆にせむいろあや

いつしか淡く茶を帯びて

雲くれなゐとかはりけり

あゝゆふまぐれわれひとり

たどる林もひらけきて

いと静かなる湖の

岸辺にさけるはなつつじ

うき雲ゆけばかげ見えて

水に沈める春の日や

それくれなゐの色染めて

むらさきとなりぬれば

かげさへあかき水鳥の

春のみづうみ岸の草

深き林や花つゝじ

迷ふひとりのわがみだに

ふかむらさきくれなゐ

あやにうつろふ夕まぐれ


  母を葬るのうた

うき雲はありともわかぬ大空の

    月のかげよりふるしぐれかな


きみがはかばに

    きゞくあり

きみがはかばに

    さかきあり


くさはにつゆは

    しげくして

おもからずやは

    そのしるし


いつかねむりを

    さめいでて

いつかへりこん

    わがはゝよ


あからひく子も

    ますらをも

みなちりひぢと

    なるものを


あゝさめたまふ

    ことなかれ

あゝかへりくる

    ことなかれ


はるははなさき

    はなちりて

きみがはかばに

    かゝるとも


なつはみだるゝ

    ほたるびの

きみがはかばに

    とべるとも


あきはさみしき

    あきさめの

きみがはかばに

    そゝぐとも


ふゆはましろに

    ゆきじもの

きみがはかばに

    こほるとも


とほきねむりの

    ゆめまくら

おそるゝなかれ

    わがはゝよ


  合唱


   一 あんこう

はるのよはひかりはかりとおもひしを

    しろきやうめのさかりなるらむ


   姉


わかきいのちの

    をしければ

やみにも春の

    に酔はん


せめてこよひは

    さほひめよ

はなさくかげに

    うたへかし


   妹


そらもゑへりや

    はるのよは

ほしもかくれて

    みえわかず


よめにもそれと

    ほのしろく

みだれてにほふ

    うめのはな


   姉


はるのひかりの

    こひしさに

かたちをかくす

    うぐひすよ


はなさへしるき

    はるのよの

やみをおそるゝ

    ことなかれ


   妹


うめをめぐりて

    ゆくみづの

やみをながるゝ

    せゝらぎや


ゆめもさそはぬ

    なりせば

いづれかよるに

    にほはまし


   姉


こぞのこよひは

    わがともの

うすこうばいの

    そめごろも


ほかげにうつる

    さかづきを

こひのみゑへる

    よなりけり


   妹


こぞのこよひは

    わがともの

なみだをうつす

    よのなごり


かげもかなしや

    きねがは

うれひしづみし

    よなりけり


   姉


こぞのこよひは

    わがともの

おもひははるの

    よのゆめや


よをうきものに

    いでたまふ

ひとめをつゝむ

    よなりけり


   妹


こぞのこよひは

    わがともの

そでのかすみの

    はなむしろ


ひくやことのね

    たかじほを

うつしあはせし

    よなりけり


   姉


わがみぎのてに

    くらぶれば

やさしきなれが

    たなごころ


ふるればいとゞ

    やはらかに

もゆるかあつく

    おもほゆる


   妹


もゆるやいかに

    こよひはと

とひたまふこそ

    うれしけれ


しりたまはずや

    うめがかに

わがうまれてし

    はるのよを


   二 れんげぶね

しは/\もこほるゝつゆははちすはの

    うきはにのみもたまりけるかな


   姉


あゝはすのはな

    はすのはな

かげはみえけり

    いけみづに


ひとつのふねに

    さをさして

うきはをわけて

    こぎいでん


   妹


かぜもすゞしや

    はがくれに

そこにもしろし

    はすのはな


こゝにもあかき

    はすばなの

みづしづかなる

    いけのおも


   姉


はすをやさしみ

    はなをとり

そでなひたしそ

    いけみづに


ひとめもはぢよ

    はなかげに

なれがちぶさ

    あらはるゝ


   妹


ふかくもすめる

    いけみづの

葉にすれてゆく

    みなれざを


なつぐもゆけば

    かげみえて

はなよりはなを

    わたるらし


   姉


はすはにうたひ

    ふねにのり

はなつみのする

    なつのゆめ


はすのはなふね

    さをとめて

なにをながむる

    そのすがた


   妹


なみしづかなる

    はなかげに

きみのかたちの

    うつるかな


きみのかたちと

    なつばなと

いづれうるはし

    いづれやさしき


   三 ぶどうのかげ

はるあきにおもひみたれてわきかねつ

    ときにつけつゝうつるこゝろは


   妹


たのしからずや

    はなやかに

あきはいりひの

    てらすとき


たのしからずや

    ぶだうばの

はごしにくもの

    かよふとき


   姉


やさしからずや

    むらさきの

ぶだうのふさの

    かゝるとき


やさしからずや

    にひぼしの

ぶだうのたまに

    うつるとき


   妹


かぜはしづかに

    そらすみて

あきはたのしき

    ゆふまぐれ


いつまでわかき

    をとめごの

たのしきゆめの

    われらぞや


   姉


あきのぶだうの

    きのかげの

いかにやさしく

    ふかくとも


てにてをとりて

    かげをふむ

なれとわかれて

    なにかせむ


   妹


げにやかひなき

    くりごとも

ぶだうにしかじ

    ひとふさの


われにあたへよ

    ひとふさを

そこにかゝれる

    むらさきの


   姉


われをしれかし

    えだたかみ

とゞかじものを

    かのふさは


はかげのたまに

    てはふれて

わがさしぐしの

    おちにけるかな


   四 たかどの

わかれゆくひとををしむとこよひより

    とほきゆめちにわれやまとはん


   妹


とほきわかれに

    たへかねて

このたかどのに

    のぼるかな


かなしむなかれ

    わがあねよ

たびのころもを

    とゝのへよ


   姉


わかれといへば

    むかしより

このひとのよの

    つねなるを


ながるゝみづを

    ながむれば

ゆめはづかしき

    なみだかな


   妹


したへるひとの

    もとにゆく

きみのうへこそ

    たのしけれ


ふゆやまこえて

    きみゆかば

なにをひかりの

    わがみぞや


   姉


あゝはなとりの

    いろにつけ

ねにつけわれを

    おもへかし


けふわかれては

    いつかまた

あひみるまでの

    いのちかも


   妹


きみがさやけき

    めのいろも

きみくれなゐの

    くちびるも


きみがみどりの

    くろかみも

またいつかみん

    このわかれ


   姉


なれがやさしき

    なぐさめも

なれがたのしき

    うたごゑも


なれがこゝろの

    ことのねも

またいつきかん

    このわかれ


   妹


きみのゆくべき

    やまかはは

おつるなみだに

    みえわかず


そでのしぐれの

    ふゆのひに

きみにおくらん

    はなもがな


   姉


そでにおほへる

    うるはしき

ながかほばせを

    あげよかし


ながくれなゐの

    かほばせに

ながるゝなみだ

    われはぬぐはん


  をさ


梭の音を聞くべき人は今いづこ

心を糸によりめて

涙ににじむもめん

やぶれしまどに身をなげて

暮れ行く空をながむれば

ねぐらに急ぐむらがらす

つれにはなれて飛ぶ一羽

あとを慕ふてかあ/\と


  かもめ


波に生れて波に死ぬ

なさけの海のかもめどり

恋のおほなみたちさわぎ

夢むすぶべきひまもなし


くらうしほの驚きて

流れて帰るわだつみの

鳥のゆくへも見えわかぬ

波にうきねのかもめどり


  流星


かどにたちでたゞひとり

人待ち顔のさみしさに

ゆふべの空をながむれば

雲の宿りも捨てはてて

何かこひしき人の世に

流れて落つる星一つ


  君と遊ばん


君と遊ばん夏の夜の

青葉の影の下すゞみ

短かき夢は結ばずも

せめてこよひは歌へかし


雲となりまた雨となる

昼のうれひはたえずとも

星の光をかぞへ見よ

たのしみのかずは尽きじ


夢かうつゝかあまがは

星に仮寝の織姫の

ひゞきもすみてこひわたる

をさとほねを聞かめやも


  昼の夢


はなたちばなそで

みめうるはしきをとめごは

まひるに夢を見てしより

さめて忘るゝ夜のならひ

まひるの夢のなぞもかく

忘れがたくはありけるものか


ゆめと知りせばなまなかに

さめざらましを世にでて

うらわかぐさのうらわかみ

何をか夢の名残ぞと

問はゞ答へん目さめては

熱き涙のかわく間もなし


  東西南北


男ごころをたとふれば

つよくもくさをふくかぜか

もとよりかぜのみにしあれば

きのふは東けふは西


女ごころをたとふれば

かぜにふかるゝくさなれや

もとよりくさのみにしあれば

きのふは南けふは北


  懐古


あまかはらにやほよろづ

ちよろづ神のかんつどひ

つどひいませしあめつちの

はじめのときをたれか知る


それおほがみあまぐも

八重かきわけて行くごとく

野の鳥ぞあづまぢ

うすひの山にのぼりゆき


日は照らせども影ぞなき

あがつまはやとこひなきて

熱き涙をそゝぎてし

みことの夢は跡も無し


やまとの国のたかいち

いかづちやまみゆきして

あまぐものへにいほりせる

くるまのひゞき今いづこ


目をめぐらせばさゞ波や

志賀の都は荒れにしと

むかしを思ふうたひと

澄めるうらみをなにかせん


春はかすめるたかどの

のぼりて見ればけぶり立つ

民のかまどのながめさへ

消えてあとなき雲に入る


冬はしぐるゝここのへ

大宮内のともしびや

さむさは雪に凍る夜の

たつのころもはいろもなし


むかしは遠き船いくさ

人のちしほの流るとも

今はむなしきわだつみの

まん/\としてきはみなし


むかしはひろき関が原

つるぎに夢を争へど

今はさびしき草のみぞ

ばう/\としてはてもなき


われいま秋の野にいでて

おくやま高くのぼり行き

都のかたを眺むれば

あゝあゝ熱きなみだかな


  しらかべ


たれかしるらん花ちかき

たかどのわれはのぼりゆき

みだれて熱きくるしみを

うつしいでけり白壁に


つばにしるせし文字なれば

ひとしれずこそ乾きけれ

あゝあゝ白き白壁に

わがうれひありなみだあり


  四つのそで


をとこのいきのやはらかき

お夏の髪にかゝるとき

をとこの早きためいきの

あられのごとくはしるとき


をとこの熱き手のひら

お夏の手にも触るゝとき

をとこの涙ながれいで

お夏の袖にかゝるとき


をとこの黒き目のいろの

お夏の胸に映るとき

をとこのあかくちびる

お夏の口にもゆるとき


人こそしらねああ恋の

ふたりの身より流れいで

げにこがるれど慕へども

やむときもなき清十郎


  天馬


   序


おいわかきしかたに

ふみに照らせどまれらなる

しきためしは箱根山

やよひの末のゆふまぐれ

南のあまをいでて

よな/\北の宿に行く

血のくれなゐの星の影

かたくななりし男さへ

星の光を眼に見ては

身にふりかゝるまがごと

天のしるしとうたがへり

そうなきに鳴くうぐひす

にほひいでたる声をあげ

さへづり狂ふをきけば

げにめづらしき春の歌

春を得知らぬをとめさへ

かのうぐひすのひとこゑに

枕の紙のしめりきて

人なつかしきおもひあり

まだ時ならぬ白百合の

まがきの陰にさける見て

つくもおきなうつし世の

こゝろの慾の夢を恋ひ

をだにきかぬひなづる

のきえのきに来て鳴けば

ねざめおうな後の世の

花のうてなに泣きまどふ

空にかゝれる星のいろ

春さきかへるなつはな

これわざはひにあらずして

よしやしるしといへるあり

なにを酔ひ鳴くはるどり

なにを告げくる鶴の声

それ鳥のうらなひて

よろこびありと祝ふあり

高きひじりのこの村に

声をあげさせたまふらん

世を傾けむよきひと

茂れるしづはるぐさ

いでたまふかとのゝしれど

誰かしるらんにひぼし

まことの北をさししめし

さみしきあしみづうみ

沈める水につるとき

名もなき賤の片びさし

春の夜風の音を絶え

村の南のかたほとり

その夜生れしの馬は

流るゝ水のあゐぞめ

あをげやさしき姿なり

北に生れしの馬の

栗毛にまじる紫は

色あけぼのの春霞

光をまとふふぜいあり

星のひかりもをさまりて

うはさに残る鶴の音や

啼く鶯に花ちれば

嗚呼この村に生れてし

馬のありとや問ふ人もなし


   をうま


あなあまぐもにともなはれ

緑の髪をうちふるひ

雄馬は人にしたがひて

箱根のみねくだりけり

胸はをどりてやほじほ

かのわだつみに湧くごとく

のどはよせくるはるなみ

飲めどもかわく風情あり

目はひさかたの朝の星

まつげは草のあさみどり

うるほひ光るひとみには

ちさとほかもほがらにて

東に照らし西に入る

天つみそらを渡る日の

朝日夕日のゆくへさへ

雲の絶間に極むらん

二つの耳をたとふれば

いとかすかなる朝風に

そよげる草の葉のごとく

ひづめの音をたとふれば

しこんの色のやきがねを

高くもたたく響あり

狂へば長きたてがみ

うちふりうちふる乱れ髪

燃えてはめぐる血のしほ

流れてをどる春の海

くれなゐの光には

ほのほいきもあらだちて

深くも遠きいななき

おほがみの住むうつばり

ちりを動かす力あり

あゝあさとりの音をきゝて

富士の高根の雪に鳴き

夕つげわたる鳥の音に

木曽のみたけいはを越え

かのあをぐもいななきて

そらよりそらいなづま

光の末に隠るべき

雄馬の身にてありながら

なさけもあつくなつかしき

あるじのあとをとめくれば

箱根も遠し三井寺や

日もあたたかに花深く

さゝなみ青き湖の

岸のこちごち草を行く

天の雄馬のすがたをば

誰かは思ひ誰か知る

しらずや人のあまぐも

歩むためしはあるものを

天馬のりておほつち

歩むためしのなからめや

見よ藤の葉の影深く

岸の若草にいでて

春花に酔ふちょうの夢

そのかげをむ雄馬には

一つのあかはるはな

見えざる神のやどりあり

一つうつろふ野の色に

つきせぬ天のうれひあり

嗚呼わしたかの飛ぶ道に

高くかかれる大空の

むげんつるに触れて鳴り

をがみめがみたはむれて

照る日の影の雲に鳴き

空に流るゝみちしほ

飲みつくすともかわくべき

天馬よなれが身を持ちて

鳥のきてにほの海

はなたちばなの蔭を

その姿こそ雄々しけれ


   めうま


あをなみ深きみづうみの

岸のほとりに生れてし

天の牝馬はあづまなる

かのみちのくの野に住めり

霞にうるほひ風に

おともわびしき枯くさの

すゝき尾花にまねかれて

あれのに嘆く牝馬かな

誰かつばめの声を聞き

たのしきうたを耳にして

日も暖かに花深き

西も空をば慕はざる

誰か秋鳴くかりがねの

かなしき歌に耳たてて

ふるさとさむきとほぞら

雲のゆくへを慕はざる

白きひつじに見まほしく

きては深くやはらか

まなこの色のうるほひは

ふるさとを忍べばか

ひづめも薄く肩せて

四つのあしさへ細りゆき

そのたてがみつやなきは

あれのの空に嘆けばか

春はなとりの若草や

病める力に石を引き

夏はこくぶみねを越え

牝馬にあまる塩を負ふ

秋は広瀬のかはぞひ

もみぢの蔭にむちうたれ

冬は野末に日も暮れて

みぞれの道の泥に

鶴よみそらの雲に飽き

朝の霞の香に酔ひて

春の光の空を飛ぶ

つばさの色のねたきかな

ししよさみしき野に隠れ

道なき森に驚きて

あけぼの露にふみ迷ふ

鋭き爪のこひしやな

鹿よあきやまつまごひ

もみぢのかげを踏みわけて

谷間の水にあへぎよる

ひとみの色のやさしやな

人をつめたくあぢきなく

思ひとりしはいくとせ

命を薄くあさましく

思ひめしは身を責むる

強きくびきに嘆き

花に涙をそゝぐより

悲しいかなや春の野に

ける泉を飲み干すも

天の牝馬のかぎりなき

渇ける口をなにかせむ

悲しいかなや行く水の

岸の柳の樹の蔭の

かのにひぐさの多くとも

饑ゑたるのどをいかにせむ

身はちりひぢやへむぐら

しげれる宿にうまるれど

かなしやつちの青草は

そのなぐさめにあらじかし

あゝあまぐもや天雲や

ちりこのよにこれやこの

くつわも折れよ世も捨てよ

狂ひもいでよくびきさへ

噛み砕けとぞ祈るなる

牝馬のこゝろあはれなり

尽きせぬ草のありといふ

天つみそらの慕はしや

渇かぬ水の湧くといふ

天の泉のなつかしや

せまきうまやを捨てはてて

空を行くべき馬の身の

心ばかりははやれども

病みてはつるなみだのみ

草に生れて草に泣く

姿やさしき天の馬

うき世のものにことならで

消ゆる命のもろきかな

散りてはかなきやなぎは

そのすがたにも似たりけり

波に消え行くあはゆき

そのすがたにも似たりけり

げに世の常の馬ならば

かくばかりなるかなしみ

身のわづらひうらみ侘び

声ふりあげていななかん

乱れて長き鬣の

この世かの世の別れにも

心ばかりはしづかなる

深く悲しき声きけば

あゝかすかなるためいき

天のうれひを紫の

野末の花に吹き残す

世の名残こそはかなけれ


  にはとり


花によりそふ鶏の

つまめどりかきつばた

いづれあやめとわきがたく

さも似つかしきふぜいあり


姿やさしきめんどり

かたちを恥づるこゝろして

花に隠るゝありさまに

品かはりたるつまどり


雄々しくたけきをんどり

とさかの色もえんにして

黄なるくちばしあしけづめ

尾はしだり尾のなが/\し


問ふても見ましがために

よそほひありくつまどり

つまるためのかざりにと

いひたげなるぞいぢらしき


画にこそかけれはなどり

それにも通ふ一つがひ

霜にわびねの朝ぼらけ

雨に入日の夕まぐれ


空に一つの明星の

闇行く水に動くとき

日を迎へんと鶏の

よるつかひにぞ鳴く


露けき朝の明けて行く

空のながめをたれか知る

燃ゆるがごときくれなゐ

雲のゆくへをたれか知る


闇もこれより隣なる

声ふりあげて鳴くときは

ひとのねむりのみなめざめ

夜は日に通ふ夢まくら


明けはなれたり夜はすでに

いざつまどりと巣をでて

をあさらんと野に行けば

あなあやにくのものを見き


見しらぬとりも高に

あしたの空に鳴き渡り

草かき分けて来るはなぞ

妻恋ふらしやつまどり


ねたしや露にはねぬれて

朝日にうつる影見れば

をどりしきしろたへ

雲をあざむくばかりなり


力あるらし声たけき

かたきのさまをおそれてか

いろあるさまにぢてかや

めどりは花に隠れけり


かくと見るより堪へかねて

背をや高めしつまどり

がきも荒く飛び走り

蹴爪に土をかき狂ふ


ふでげのさきもさかだちて

ちしほにまじる眼のひかり

二つのとりのすがたこそ

これおそろしきふぜいなれ


めどりは花をけ出でて

あらそひ分くるひまもなみ

たがひに蹴合ふけづめには

ほのほもちるとうたがはる


蹴るやさがんまとそれて

はねに血しほのつまどり

敵のうがんをめざしつゝ

爪も折れよと蹴返しぬ


蹴られて落つるくれなゐの

血潮の花も地に染みて

二つのとりの目もくるひ

たがひにひるむ風情なし


そこに声あり涙あり

争ひ狂ふ四つのはね

のりに滑りしつまどり

あなたふれけん声高し


一声長く悲鳴して

あとに仆るゝ夫鳥の

はねに血潮のあけ

あたりにさける花あか


あゝあゝ熱き涙かな

あるに甲斐なき妻鳥は

せめて一声鳴けかしと

かばねに嘆くさまあはれ


なにとは知らぬかなしみの

いつかおそれと変りきて

思ひ乱れてをのみぞ

鳴くやめどりの心なく


我を恋ふらしにたてて

姿も色もなつかしき

花のかたちと思ひきや

かなしき敵とならんとは


花にもつるゝちょうあるを

鳥にえにしのなからめや

おそろしきかな其の心

なつかしきかな其のなさけ


あけみたる草見れば

鳥の命のもろきかな

火よりも燃ゆる恋見れば

てきのこゝろのうれしやな


見よ動きゆく大空の

照る日も雲に薄らぎて

花に色なく風吹けば

野はさびしくも変りけり


かなしこひしのつまどり

冷えまさりゆくその姿

たよりと思ふ一ふしの

いづれめどりの身の末ぞ


おそれを抱く母と子が

よりそふごとくかの敵に

なにとはなしに身をよする

妻鳥のこゝろあはれなれ


あないたましのながめかな

さきの楽しき花ちりて

空色暗くひとはけ

雲にかなしき野のけしき


生きてかへらぬ鳥はいざ

つまめどりかきつばた

いづれあやめを踏み分けて

野末を帰る二羽のとり


  松島ずいがんじに遊びぶどう

  きねずみの木彫を観て


ふなぢも遠し瑞巌寺

ふゆじょうようのこゝろなく

古き扉に身をよせて

ひだたくみうきぼり

葡萄のかげにきて見れば

ぼだいの寺の冬の日に

かたなかなしみのみうれ

ほられて薄き葡萄葉の

影にかくるゝ栗鼠よ

姿ばかりは隠すとも

かくすよしなしのみ

うしほにひゞくいそでら

かねにこの日の暮るゝとも

ゆふやみかけてたゝずめば

こひしきやなぞ甚五郎

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