竹取物語 (日本兒童文庫)

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たけとりものがたり

 むかし、いつのころでありましたか、たけとりのおきなといふひとがありました。ほんとうのさぬきみやつこまろといふのでしたが、まいにちのようにのやまたけやぶにはひつて、たけつて、いろものつくり、それをあきなふことにしてゐましたので、ぞくたけとりのおきなといふとほつてゐました。ある、いつものようにたけやぶんでますと、いつぽんみようひかたけみきがありました。ふしぎおもつてちかよつて、そっとつてると、そのつたつゝなかたかさんずんばかりのうつくしいをんながゐました。いつもみなれてゐるやぶたけなかにゐるひとですから、きっと、てんとしてあたへてくれたものであらうとかんがへて、そのうへせてかへり、つまのおばあさんにわたして、よくそだてるようにいひつけました。おばあさんもこのたいそううつくしいのをよろこんで、かごなかれてたいせつそだてました。

 このことがあつてからも、おきなはやはりたけつて、そのおくつてゐましたが、きみようなことには、おほくのたけるうちにふしふしとのあひだに、おうごんがはひつてゐるたけつけることがたびありました。それでおきないへしだいゆうふくになりました。
 ところで、たけなかからは、そだかたがよかつたとえて、ずんおほきくなつて、みつきばかりたつうちにいちにんまへひとになりました。そこでをとめにふさはしいかみかざりやいしようをさせましたが、だいじですから、いへおくにかこつてそとへはすこしもさずに、いよこゝろれてやしなひました。おほきくなるにしたがつてをとめかほかたちはますうるはしくなり、とてもこのせかいにないくらゐばかりか、いへなかすみからすみまでひかかゞやきました。おきなにはこのるのがなによりのくすりで、またなによりのなぐさみでした。そのあひだあひかはらずたけつては、おうごんれましたので、つひにはたいしたしんだいになつて、いへやしきおほきくかまへ、つかひなどもたくさんいて、せけんからもうやまはれるようになりました。さて、これまでついをとめをつけることをわすれてゐましたが、もうおほきくなつてのないのもへんだとづいて、いゝづけおやたのんでをつけてもらひました。そのなよたけかぐやひめといふのでした。そのころならはしにしたがつて、みつかあひだだいえんかいひらいて、きんじよひとたちや、そのほかおほくのなんによをよんでいはひました。
 このうつくしいをとめひようばんたかくなつたので、せけんをとこたちはつまもらひたい、またるだけでもておきたいとおもつて、いへちかくにて、すきのようなところからのぞかうとしましたが、どうしてもすがたることができません。せめていへひとつて、ものをいはうとしても、それさへつてくれぬしまつで、ひとはいよんでさわぐのでした。そのうちで、よるひるもぶっとほしにいへそばはなれずに、どうにかしてかぐやひめつてこゝろざしせようとおもねつしんかごにんありました。みなくらゐたかみぶんたふとかたで、ひとりいしつくりのみこひとりくらもちのみこひとりうだいじんあべのみうしひとりだいなごんおほとものみゆきひとりちゆうなごんいそのかみのまろでありました。このひとたちはおもだてをめぐらしてひめれようとしましたが、たれせいこうしませんでした。おきなもあまりのことにおもつて、あるときひめむかつて、

「たゞのひとでないとはいひながら、けふまでやしなそだてたわしをおやおもつて、わしのいふことをきいてもらひたい」
 と、まへおきして、
「わしはしちじゆうさかして、もういついのちおはるかわからぬ。いまのうちによいむこをとつて、こゝろのこりのないようにしてきたい。ひめいつしようけんめいおもつてゐるかたがこんなにたくさんあるのだから、このうちからこゝろにかなつたひとえらんではどうだらう」
 と、いひますと、ひめあんがいかほをしてこたしぶつてゐましたが、おもつて、
わたしおもひどほりのふかこゝろざしせたかたでなくては、をつとさだめることはできません。それはたいしてむづかしいことでもありません。ごにんかたわたししいとおもものちゆうもんして、それをまちがひなくつてくださるかたにおつかへすることにいたしませう」
 と、いひました。おきなすこあんしんして、れいごにんひとたちのあつまつてゐるところにつて、そのことをげますと、みないぞんのあらうはずがありませんから、すぐにしようちしました。ところがひめちゆうもんといふのはなかむづかしいことでした。それはごにんともべつで、いしつくりのみこにはてんじくにあるほとけみいしはちくらもちのみこにはとうかいほうらいさんにあるぎんきんくきしらたまをもつたえだいつぽんあべうだいじんにはもろこしにあるひねずみかはごろもおほともだいなごんにはたつくびについてゐるごしきたまいそのかみちゆうなごんにはつばめのもつてゐるこやすがひひとつといふのであります。そこでおきなはいひました。
「それはなかなんだいだ。そんなことはまをされない」
 しかし、ひめは、
「たいしてむづかしいことではありません」と、いひつてへいきでをります。おきなしかたなしにひめちゆうもんどほりをつたへますと、みなあきれかへつていへりました。
 それでも、どうにかしてかぐやひめじぶんつまにしようとかくごしたごにんは、それいろいろのくふうをしてちゆうもんしなつけようとしました。
 だいいちばんに、いしつくりのみこずるいほうさいのあつたかたですから、ちゆうもんほとけみいしはちりにてんじくつたようにせかけて、さんねんばかりたつて、やまとくにのあるやまでらびんづるさままへいてあるいしはちまつくろすゝけたのを、もったいらしくにしきふくろれてひめのもとにさししました。ところが、りつぱひかりのあるはずのはちほたるびほどのひかりもないので、すぐにちゆうもんちがひといつてねつけられてしまひました。
 だいにばんに、くらもちのみこは、ほうらいたまえだりにくといひふらしてふなでをするにはしましたが、じつみつかめにこっそりとかへつて、かねたくんでいたとほり、じようずたましよくにんおほせて、ひそかにちゆうもんたまえだつくらせて、ひめのところにつてきました。おきなひめもそのさいくりつぱなのにをどろいてゐますと、そこへうんわるくたましよくにんおやかたがやつてて、せんにちあまりもほねをつてつくつたのに、まださいくちんくださるといふごさたがないと、くじようみましたので、まやかしものといふことがわかつて、これもたちまかへされ、みこおほはぢをかいてきさがりました。
 だいさんばんあべうだいじんざいさんかでしたから、あまりわるごすくはたくまず、ちょうど、そのとしにつぽんとうせんあつらへてひねずみかはごろもといふものつてるようにたのみました。やがて、そのあきうどは、やうのことでもとてんじくにあつたのをもとめたといふてがみへて、かはごろもらしいものをおくり、まへあづかつただいきんふそくせいきゆうしてました。だいじんよろこんでしなものると、かはごろもこんじよういろのさきはおうごんしよくをしてゐます。これならばひめるにちがひない、きっとじぶんひめのおむこさんになれるだらうなどゝかんがへて、おほめかしにめかしんでかけました。ひめいちじほんものかとおもつてないしんぱいしましたが、けないはずだから、ためしてようといふので、をつけさせてると、ひとたまりもなくめらけました。そこでうだいじんもすっかりてがはづれました。
 よばんめのおほともだいなごんは、けらいどもをあつめてげんめいくだし、かならたつくびたまつていといつて、やしきうちにあるきぬわたぜにのありたけをしてろようにさせました。ところがけらいたちはしゆじんおろかなことをそしり、たまりにくふりをして、めいかつてほうかけたり、じぶんいへこもつたりしてゐました。うだいじんちかねて、じぶんでもとほうみして、たつつけしだいやさきにかけていおとさうとおもつてゐるうちに、きゆうしうほうながされて、はげしいらいうたれ、そののちあかしはまかへされ、なみかぜまれてしにんのようになつていそばたたふれてゐました。やうのこと、くにやくにんせわてごしせられていへきました。そこへけらいどもがけつけて、おみまひをまをげると、だいなごんすもゝのようにあかくなつたひらいて、
たつかみなりのようなものとえた。あれをころしでもしたら、このほういのちはあるまい。おまへたちはよくたつらずにた。ういやつどもぢや」
 とおほめになつて、うちにしようのこつてゐたものほうびらせました。もちろんひめなんだいにはふるひ、「かぐやひめおほがたりめ」とさけんで、またとちかよらうともしませんでした。
 ごばんめのいそのかみちゆうなごんつばめこやすがひるのにくしんして、いろひとそうだんしてのち、あるしたやくをとこすゝめにつくことにしました。そこで、じぶんかごつて、つなたかむねにひきあげさせて、つばめたまごむところをさぐるうちに、ふとひらたいものをつかみあてたので、うれしがつてかごおろあひずをしたところが、したにゐたひとつなをひきそこなつて、つながぷっつりとれて、うんわるくもしたにあつたかなへうへちてまはしました。みづませられてやうやしようきになつたとき
こしいたむがこやすがひつたぞ。それてくれ」
 といひました。みながそれをると、こやすがひではなくてつばめふるくそでありました。ちゆうなごんはそれきりこしたず、きやみもくははつてんでしまひました。ごにんのうちであまりものいりもしなかつたかはりに、ちえのないざまをして、いちばんむごたのがこのひとです。
 そのうちに、かぐやひめならぶものゝないほどうつくしいといふうはさを、ときみかどがおきになつて、ひとりじよかんに、
ひめすがたがどのようであるかまゐれ」
 とおほせられました。そのじよかんがさっそくたけとりのおきないへでむいてちよくしべ、ぜひひめひたいといふと、おきなはかしこまつてそれをひめにとりつぎました。ところがひめは、

べつによいきりようでもありませぬから、おつかひにふことはごめんかうむります」
 とねて、どうすかしても、しかつてもはうとしませんので、じよかんめんぼくなさそうにきゆうちゆうかへつてそのことをまをげました。みかどさらおきなごめいれいくだして、もしひめみやづかへにさしすならば、おきなくらいをやらう。どうにかしてひめいてなつとくさせてくれ。おやで、そのくらゐのことのできぬはずはなからうとおほせられました。おきなはそのとほりをひめつたへて、ぜひともみかどのおことばしたがひ、じぶんたのみをかなへさせてくれといひますと、
「むりにみやづかへをしろとおほせられるならば、わたしえてしまひませう。あなたのおくらゐをおもらひになるのをて、わたしぬだけでございます」
 とひめこたへましたので、おきなはびっくりして、
くらゐいたゞいても、そなたになれてなんとしよう。しかし、みやづかへをしてもなねばならぬどうりはあるまい」
 といつてなげきましたが、ひめはいよしぶるばかりで、すこしもきいれるようすがありませんので、おきなのつけようがなくなつて、どうしてもきゆうちゆうにはあがらぬといふことをおこたへして、
じぶんいへうまれたこどもでもなく、むかしやまつけたのをやしなつただけのことでありますから、きもちもせけんふつうひととはちがつてをりますので、ざんねんではございますが……」
 とおそつてまをへました。みかどはこれをきこされて、それならばおきないへにほどちかやまべみかりのみゆきをするふうにしてひめくからと、そのことをおきなしようちさせて、きめたひめいへにおなりになりました。すると、まばゆいようにかゞやをんながゐます。これこそかぐやひめちがひないとおぼしておちかよりになると、そのをんなおくげてきます。そのそでをおとりになると、かほかくしましたが、はじめにちらとごらんになつて、いたよりもびじんおぼされて、
げてもゆるさぬ。きゆうちゆうくぞ」
 とおほせられました。

わたしがこのくにうまれたものでありますならば、おみやづかへもいたしませうけれど、さうではございませんから、おれになることはかなひますまい」
 とひめまをげました。
「いや、そんなはずはない。どうあつてもれてく」
 かねてしたくしてあつたおこしせようとなさると、ひめかたちかげのようにえてしまひました。みかどおどろかれて、
「それではもうれてはくまい。せめてもとかたちになつてせておくれ。それをかへることにするから」
 と、おほせられると、ひめはやがてもとすがたになりました。みかどいたかたがございませんから、そのはおかへりになりましたが、それからといふもの、いままで、ずいぶんうつくしいとおもつたひとなどもひめとはくらべものにならないとおぼすようになりました。それで、ときお手がみやおうたをおおくりになると、それにはいちへんじをさしげますので、やうこゝろなぐさめておいでになりました。
 さうかうするうちにさんねんばかりたちました。そのとしはるさきから、かぐやひめは、どうしたわけだか、つきのよいばんになると、そのつきながめてかなしむようになりました。それがだんつのつて、しちがつじゆうごやなどにはいてばかりゐました。おきなたちがしんぱいして、つきることをめるようにとさとしましたけれども、
つきずにはゐられませぬ」
 といつて、やはりつきじぶんになると、わざえんさきなどへなげきます。おきなにはそれがふしぎでもあり、こゝろがゝりでもありますので、あるとき、そのわけをきますと、
いままでに、たびはなししようとおもひましたが、ごしんぱいをかけるのもどうかとおもつて、けることができませんでした。じつまをしますと、わたしはこのくににんげんではありません。つきみやこものでございます。あるいんねんがあつて、このせかいてゐるのですが、いまかへらねばならぬときになりました。このはちがつじゆうごやむかへのひとたちがれば、おわかれしてわたしてんじようかへります。そのときはさぞおなげきになることであらうと、まへからかなしんでゐたのでございます」
 ひめはさういつて、ひとしほりました。それをくと、おきなきちがひのようにしました。
たけなかからひろつてこのとしつきだいじそだてたわがを、だれむかへにようともわたすものではない。もしつてかれようものなら、わしこそんでしまひませう」
つきみやこちゝはゝすこしのあひだといつて、わたしをこのくにによこされたのですが、もうながとしつきがたちました。みのおやのこともわすれて、こゝのおふたりしたしみましたので、わたしはおそばはなれてくのが、ほんとうにかなしうございます」
 ふたりおほなきにきました。いへものどもゝ、かほかたちがうつくしいばかりでなく、じようひんこゝろだてのやさしいひめに、いまさらながのおわかれをするのがかなしくて、ゆみづのどとほりませんでした。
 このことがみかどのおみゝたつしましたので、おつかひをくだされておみまひがありました。おきないさいをおはなしして、
「このはちがつじゆうごにちにはてんからむかへのものるとまをしてをりますが、そのときにはにんずをおつかはしになつて、つきみやこひとつかまへてくださいませ」
 と、ねがひしました。おつかひがかへつてそのとほりをまをげると、みかどおきなどうじようされて、いよじゆうごにちるとたかのしようしようといふひとちよくしとして、ぶしにせんにんつてたけとりのおきないへをまもらせられました。さて、やねうへせんにんいへのまはりのどてうへせんにんといふふうてわけして、てんからりてひとしりぞけるはずであります。このほかいへつかはれてゐるものおほぜいぐすねいてつてゐます。いへうちをんなどもがばんをし、おばあさんは、ひめかゝへてどぞうなかにはひり、おきなどぞうめてとぐちひかへてゐます。そのときひめはいひました。
「それほどになさつても、なんのやくにもちません。あのくにひとれば、どこのもみなひとりでにいて、たゝかはうとするひとたちもえしびれたようになつてちからません」

「いやなあに、むかへのひとがやつてたら、ひどいはせてかへしてやる」
 とおきなはりきみました。ひめも、としよつたかたおいさきみとゞけずにわかれるのかとおもへば、おいとかかなしみとかのないあのくにかへるのも、いつこううれしくないといつてまたなげきます。
 そのうちによるもなかばになつたとおもふと、いへのあたりがにはかにあかるくなつて、まんげつじつそうばいぐらゐのひかりで、ひとけあなさへえるほどであります。そのときそらからくもつたひとりてて、じめんからごしやくばかりのくうちゆうに、ずらりとならびました。「それたっ」と、ぶしたちがえものをとつてむかはうとすると、だれもかれもものおそはれたようにたゝかもなくなり、ちからず、たゞ、ぼんやりとしてをぱちさせてゐるばかりであります。そこへつきひとそらくるまひとつてました。そのなかからかしららしいひとりおきなして、
なんぢおきなよ、そちはすこしばかりのいことをしたので、それをたすけるためにかたときあひだひめくだして、たくさんのおうごんまうけさるようにしてやつたが、いまひめつみえたのでむかへにた。はやかへすがよい」
 とさけびます。おきなすこしぶつてゐると、それにはかまはずに、
「さあひめ、こんなきたないところにゐるものではありません」
 といつて、れいくるまをさしせると、ふしぎにもかたとざしたこうしどぞうしぜんいて、ひめからだはするました。おきなめようとあがくのをひめしづかにおさへて、かたみふみいておきなわたし、またみかどにさしげるべつてがみいて、それにつきひとつてふしくすりひとつぼへてちよくしわたし、あまはごろもて、あのくるまつて、ひやくにんばかりのてんにんりまかれて、そらたかのぼつてきました。これをみおくつておきなふうふはまたひとしきりこゑをあげてきましたが、なんのかひもありませんでした。
 いつぽうちよくしきゆうちゆうさんじようして、そのいちぶしじゆうまをげて、かのてがみくすりをさしげました。みかどは、てんに一ばんちかやまするがくににあるときこして、つかひのやくにんをそのやまのぼらせて、ふしくすりかしめられました。それからはこのやまふしやまぶようになつて、そのくすりけむりはいまでもくもなかのぼるといふことであります。

この著作物は、1934年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(回復期日を参照)の時点で著作権の保護期間が著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)50年以下である国や地域でパブリックドメインの状態にあります。


この著作物はアメリカ合衆国外で最初に発行され(かつ、その後30日以内にアメリカ合衆国で発行されておらず)、かつ、1978年より前にアメリカ合衆国の著作権の方式に従わずに発行されたか1978年より後に著作権表示なしに発行され、かつウルグアイ・ラウンド協定法の期日(日本国を含むほとんどの国では1996年1月1日)に本国でパブリックドメインになっていたため、アメリカ合衆国においてパブリックドメインの状態にあります。