白秋詩集

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地雷爆発[編集]

 ここ青島チンタオのかたほとり、
 小春日和の日はうらら、
 向うに見ゆるはイルチス砲台、
 ドンドン、パチパチ、日本と独逸の
 いくさごっこの真最中まっさいちゅう


 折しもあれや、右手の方から大男の張三、
 村から野良のらへとふうらりしょ、
 うでの中には馬の糞籠、肩に鍬、
 出てまゐったが玉蜀黍たうきびはたけ
 左の方からこれも同じく肥満漢ふとっちょの李四、
 鋤をかついで、ふうらりしょ、
 やってまゐった出会であひがしら。
吃飯了没有チーフワンラメユー
吃了々々チーラチーラ
 一人がやっとここらさと籠を下ろせば
 一人がほいきたどっこいとまた鋤下ろし、
 ちちんぷんぷん、立ちばなし。

李爺とっつぁん今天コンティン野良のら出る、大事だいじないか。』
大事だいじない。女房テイテイ長持に入れる、娘かくす、そおれ、豚
 仏壇へ押し込むな、大事ない。』
東洋兵トンヤンピン、なかなか助平すけべいある、賽盗む、人殺す、平気あ
 る。』
『プウ、東洋大人トンヤンタアジン仁義ある。女子をなご犯すないよろしいか。』
東洋兵トンヤンピン仁義、女房テイテイ長持入れる、おまへそれたいさんをかし
 いあるないか。』
『プウ、それ東洋大人トンヤンタアジンない、徳国人たいこくじんする事ある。』
左様さやうあるか、娘汚される、井戸はまる、赤子かれる、
 それ皆徳国人たいこくじんあるか。』
『プウ、それ云ふ、ポコペンある。張三。』
『ハッハッハ、東洋大人トンヤンタアジン仁義ある。赤髯助平、ペケペケ。』
『ハッハッハ。』
『ハッハッハ。』


『張三、そののち、仕事しごと繁昌あるか。』
『なかなか、馬の糞拾ふ、これなかなかやっとこある。
 畑荒される、玉蜀黍たうきびもがれる、大根引っこぬく、蚕豆そらまめ
 むちゃくちゃ、弱るあるぞ、全く。』
左様さやうあるな。南京豆なんきんまめきのふ蒔いた、よろしいか、やっ
 と実がつく、踏みにじる、みなペケ、けふ蒔く、明日あした
 またペケ。』
『お芋、人参みなペケあるか。』
『みんなペケペケ、人参大砲の砲弾たまぽんとあたる、名誉の
 戦死ある。ハッハ。』
『ハッハ、東洋兵トンヤンピンみな人参ある。』
『ハッハッハ。』
『ハッハッハ。』


 呑気千万、玉蜀黍たうきびはたけの真ん中で、
 悠々寛々、何処を風が吹くと云ったふう
 馬の糞籠に蝿がいっぱいいたからうと、
 あたまの上に蜻蛉とんぼが留って輪姦しやうと知らぬ顔。
 向うの空ではドンドン、バチバチ。
 人殺しの砲弾たまが飛ぶ。


閑話それは休題さておき、李四、おまへけふはたけ鋤くあるか。』
仕方しかたない、また鋤く、南京豆植ゑる。みんなペケペケ、
 よろしい仕方ない。』
『仕方ない、それ莫迦ばからしい事ある。めるよろしい。』
『プウ、める、それたいさん困ることある。南京豆わたし
 の命ある、南京豆一日食べぬよろしいか、お腹ペコペ
 コ、私死ぬ、女房テイテイ死ぬ、娘死ぬ、それ東洋兵トンヤンピンみなどろ
 ぼうする、ペケペケ。』
東洋兵トンヤンピンわるい、それ云ふポコペンある、戦争わるい、
 仕方ない、おまへ畑鋤く、私一緒に鋤く、おまへ安心するよろ
 しい。』
おまへ、畑鋤いてくれるあるか、それ本当か、多謝トウシャ々々〳〵。』
『畑鋤く、おやぢ何でもない、それよしか。』
 と二人がのろくさ、鍬を取るかと思へばなんのこと。
『張三、一寸待つよろしい、私小便シャウビンするある。』
『ホウ、李四、小便シャウビンするあるか、私も小便シャウビンするある、待
 つよろしい。』
『ハッハッハ。』
『ハッハッハ。』


 一人がのそのそはたけすみこについ立てば、
 一人がまたいて行っては立ちばなし。
 ゆったりとぼたんはづす手もあとやさき。
今天コンティン好天気ハオティンキウ
很好ヘンハオ很好ヘンハオ
『いい眺望ながめあるな、ホウレ、飛行機が飛んでゆくことあ
 る。』
『ホウ、あれ飛行機あるか。』
 うっかりぽんと大男空を見あげて小便すれば、
 一人も遠い谷間の紅葉もみぢ見ながら小便すれば、
 向うの砲台、こちらの砲台、
 ドンドンパチパチ、火のいくさ


 小便すんだらまた畑。
『豆よ、豆、豆、畑の豆よ、
 南京豆、豆、豆、
 豆蒔け、豆を。』と一人がはやせば、
『豆よ、豆、豆、畑の豆よ、
 南京豆、豆、豆、
 豆蒔きや、東洋兵トンヤンピンが、
 ぴょいと出てほぢくる。』李爺リイヤが踊る。
『豆よ、豆、豆、畑の豆よ、
 南京豆、豆、豆、
 三度に一度は、
 食べなきゃペコペコ、
 生命いのち物種ものだね、南京豆、豆、豆。』


 二人そろうて畑を廻り、
 唄をうたうたり、転がって見たり、
 何処まで間抜まぬけか、方途はうづが知れない。
 そこで二人が、手ばなをかんで、
 足で蹴上けあげて、ぽんと手で受けて、
 長い辮髪とんびをくるくるあたまに巻きつけて、
 それから上衣うはぎをおぬぎになり、
 両掌りやうてにペッペとつばきを吹きかけ、
 やっとこどっこい、
 また、豆、豆、豆、
 南京豆、豆、豆。


 やっとこらさと鍬おっ取って、
 さあていよいよ本仕事ほんしごと
 張三、よしか、
 李四よ、ほいきた、
 一心不乱に向きあって、
 えいや、はっしとおがみ打ち。
 鍬がかちりと地をうつや否や、
 轟然、爆然、大紅蓮だいぐれん
 天地一面、濛々くわいくわい、
 鋤鍬ばらばら、馬の糞ばらばら、
 豆、豆、豆、豆、
 南京豆どころか、
 人間二人がめっちゃくちゃ、
 飛んでしまへば空はうらうら、日はのどか。


 ここ青島チンタオのかたほとり、
 小春日和の日はうらら、
 向うに霞むはイルチス砲台、
 ドンドンパチパチ、日本と独逸の
 人殺しごっこの真最中まっさいちゅう

この著作物は、1942年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(回復期日を参照)の時点で著作権の保護期間が著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)50年以下である国や地域でパブリックドメインの状態にあります。


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