渚 (国木田独歩)

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本文[編集]

K生が転地先から親友のT君へ送った手紙を集めて『渚(なぎさ)』と題したのである。『渚』には種々のものが漂着するか、どうせろくな物はない。加之(おまけ)に悉(ことごと)く断片(きれっぱし)で満足な代物(しろもの)は一個(ひとつ)もないという意味である。転地先が海岸だからでもある。
K生の病気は呼吸器病だ。熱の有る時と無い時とある。手紙は無い時は書くが熱が出て来ると中止してそのまま封じて了(しま)う。だから愈々(いよいよ)要領を得ていない場合がある。


一 里芋[編集]

今日太陽(ひ)が落ちかかってから散步に出た。断崖(がけ)の上の孤屋(こおく)を出ると野は淋(さび)しい。家の前の村道(こみち)は人一人通らない。畑はこの頃(ごろ)刈り尽されて眼界が俄(にわか)に広くなった気がする。広い広い野原が秋の末(すえ)寂寥(さび)しく天外の連山(やま)に接している。
生きるか死ぬか解らない病人が一人ぶらぶらとこの野末を步いている。それが僕だ。可愛(かわい)そうに蒼白(あおじろ)い顔をして深い嘆息(ためいき)すら得為(えし)ないで、取留(とりとめ)のない事を思いながら步いている。それが僕だ。
電信柱の尖頭(あたま)しか見えなかった県道を忙急(いそが)しそうに往来(ゆきき)する人や車が小さく黒く見えるようになった。日暮だからそれもちらりほらりだ。
三坪ばかりの里芋畑(さといもばたけ)が路傍(みちばた)にあった。周囲(まわり)の陸稲(おかぼ)や粟(あわ)が刈り取られて、こればかりが黒い土から畑らしく残っている。そよ吹く風もなく方幾里の野は森(しん)としておる中に、この畑の里芋(いも)の葉は、ふらふらと動いておる心臓形(ハートがた)を引延したような広い葉が相並んで左右に頭を振ておる様は器械仕掛のようだ。思うに吹かじと見ゆる秋風は低く地に潜んで流れておるのであろう。僕はちょっと佇立(たちど)まってこれを見ていたが
いやだいやだと畑の里芋(いも)は
かぶり振り振り子が出来る
という里歌(うた)を思い出した。何故(なぜ)そんないやな里歌を思いだしたかと責めたって仕方がない。其処(そこ)に「畑の里芋」が步いて来る。
十八九の娘が何か口の中で僕に挨拶(あいさつ)して行き過ぎた草籠(くさかご)を背負(しょ)って古手拭(ふるてぬぐい)を冠(かぶ)って跣足(はだし)である。丸顔で愛嬌(あいきょう)はあるが並の田舎娘(いなかむすめ)だ。
この「里芋(いも)」の身の上を僕の聞いているだけ話すと極(きわ)めて簡単である。今年の春、この里から五六里離れた某村(なにむら)から二人の娘と、一人の若者がこの里へ流れこんだ。
「何故又たその駈落(かけお)ち者と一同(いっしょ)になって飛び出したのだろう」
「何故ですか」と家の聾(つんぼ)は気のない返事をする。
「二人で一人の男に惚(ほれ)ていたのじゃないか」
「そうかも知れません」
「それなら彼奴(やつ)は捨てられたのだ。可愛そうに」
「なアに平気な者です」
「まさか平気でもあるまい。可愛そうに」と僕は頻(しき)りと可愛そうがっても婆さんは澄したもので
「だって最早(もう)腹が膨(ふく)れて来たじゃアありませんか」と言った。
僕はこの時初めてこの娘(こ)が妊娠しておることを知たのだその後気をつけて見ると腹が膨くれておるように見えるが、未(ま)だ眼に余る程ではない。
要するに三人で駈落(かけおち)して、間もなくこの娘だけこの里に取残され、今更我が村にも帰り悪(にく)いというので僕が今住んでおる別荘の世話をしておる何屋に頼み雇人同様に使われているのである。そして何時の間にか妊(はら)んだ。そしてその親芋は誰であるか僕は知らなかった。
僕は散步から帰って婆やさんに
「ネ婆やさん、そら何屋のこれサ」と腹の膨れておる手真似(てまね)をして「あれは何と言ったけね、名は」
「お菊やんですか、それがどうかしましたか」と笑いながら尻上(しりあが)りの言葉で聞いた。
「今其処で逢(あ)つたが仲々愛嬌のある眼元をしておるね」
「今夜お入浴(ゆ)を貰(もら)いに来ましたら旦那様(だんなさま)がそう言ったと喜こばして遣(や)りましょう」
それから僕は夕飯(ゆうめし)を食いながらお菊の相手はどんな男だと聞くや婆やさんは初の中(うち)は笑って言わなかったが僕が「それじゃア僕が言ってみせようか、何屋のこれだろう」と親指を出したので喫驚(びっくり)してそれを打消し、とうとう白状して了った。
無論判然(はっきり)したことは言えないがお菊やんの相手は二人あるらしい。その一人は漁船(ふね)の若者(わかいもの)で一人は或百姓の隠居だということである。
行末はどうなるだろう。こういう女はその場に臨んで行塞(ゆきづま)ると思いきつたことをするものである。もし二人の男に捨てられたら防波堤(はとば)の鼻から飛び込み兼ねない可愛そうにこういう女は自殺の術(じゅつ)を知っておる獸(けもの)だ。それも優しい小羊(こひつじ)だから猶(な)おみじめだ。――と僕は感ぜざるを得ない。
疲労(つかれ)たから最早(もう)筆を擱(と)めるが、今僕が書いてる中にそら、湯殿でお菊の声がきこえる。聾(つんぼ)の婆やさんと何事か面白ろそうに土地訛(とちなまり)で話しておる……。


二 単調[編集]

君の手紙を見ると色々な事が言いたくなる。然(しか)し口から耳へでないから牾(もどか)しく感ずるばかりだ。
この三四日晴天続きで病人には幸福である。日出(ひいず)るより日入(ひい)るまで縁(えん)を週(めぐ)って日光が射込(さしこ)むから随分温暖である。温暖は僕に取って何よりの薬餌(やくじ)だ。但(ただ)し東風(とうふう)が太平洋から頻(しき)りなしに吹きつけるから壮健者はともかく僕は外出が困難である。海浜に居て風のない日を求めるのは求める方が無理かも知れない。
霧は絶無だ、空気は澄みきっておる。近郊には林を見受ない、ただ見渡す限り平板な畑が際限なく連なっているばかり。かくて海も単調、陸(おか)も単調、これがこの地の特色とでも言おうか。とても南方(みなみ)の国の海岸のように参らない伊豆半島の如く高嶺(こうれい)の半腹を無心の雲が悠々(ゆうゆう)浮動するなど思いも及ばぬことだ。さればとて又武蔵野(むさしの)郊外の雑木林(ぞうきばやし)の風趣(おもむき)など薬に為たくも無い。
単調又た単調!
淼漫(びょうまん)たる太平洋を眺(なが)め入れば実に単調その物である。その広大なるだけそれだけ単調の感が深い。そして更に単調なる大空が無際限の色をその上に垂(たれ)て、水と空と相呼応しているのを眺めては、遂(つい)に宇宙その物の単調を思わざるを得ない。
単調は『氷結せる永遠(エクニテイー)』の声だ。単調は死滅だ。実に人をして消魂に堪(た)えざらしむる。神秘!神秘!ここに於(おい)て人が神秘に唯一(ゆいつ)の逃路(にげみち)を求めるのは是非もない事だと僕は思う。


三 田舎町[編集]

僕の家に黒塗(くろぬり)の深い写真箱がある。多分君も見たことがある筈(はず)だ。種々の写真が混雑(ごった)に入(いれ)てある。その中(うち)に田舎町らしい所を縦に撮(と)った写真がある。何時ごろからこの写真が僕の――というよりか家の写真箱に入っているのか知らないが、僕が写真箱を引掻(ひっか)き廻す毎(ごと)にちょいちょいと沢山の写真の中から現われて僕の眼に触れる僕は気にも止めず、しみじみ手に取って見たこともなかった。
ところが此処(ここ)に転地する前の晩、写真箱を持ち出して従来(これまで)に遊んだことのある名所や温泉や海岸などの写真を撰(え)り出して見ていると例の田舎町の写真が出て来た。
古いので多少(いくら)か変色しているが然(しか)し明亮(はっきり)している。初めて手に取って能(よ)く見た。何処(どこ)だか全然(まるで)解らない。何しろ僕の知らない場所(ところ)だ。家並(やなみ)は揃(そろ)っていないがそれでも町の姿は出来ている。
この写真こそ今度僕が初めて来たこの地の町であったという訳ではない。そうではない。この写真を見た時の心持と昨日(きのう)の夕暮に初めて此処の町を散歩した時の心持と同じであったというのである。
僕は写真を見て色々の感想に耽(ふけ)った、間近の家の軒下に一人の男が立(たっ)ている。往来はさびれて人ッ子一人通(かよ)っていない。既に写真である以上、天涯地角(てんがいちかく)、何処かにこの町が現存(げんそん)しているに相違ない。しかし僕とは何の縁もない。縁がないだけ、つくづくと眺(なが)め入れば入るほど言い知れぬ懐かしい心持が加わって来る。写真を横にしても縦にしても、隠れた家の見える筈(はず)はないがしかも僕はどうかして軒先しか見えない家を能(よ)く見た心地がした。冬ならば雪も降ろう雨の日は尚(な)お淋(さ)びしかろう。夜は軒先に燈火(ともしび)もちらつくだろう。あの男は今も生きているだろうか、など思いつづけた。
然るに僕がこの地に来て一月以上にもなるが昨日(きのう)の夕暮、所謂(いわゆ)るかわたれ時に初めて町を散步してみた。褞袍(どてら)の上に帯をしめたままで、別荘を出て暫時(しばらく)夕闇(ゆうやみ)に立っていたが、ふと坂を下(おり)る気になって今までは庭先から眼の下にのみ見ていた此処の町端(まちはず)れに出た。町とは名のみ凸凹(でこぼこ)した礫原道(いしはらみち)を挾(はさ)んで家が並んでいるばかりである。道の両側に小溝(こみぞ)があって家の前に人が通るだけの板が渡してある。僕は何思うともなくこの町の入口に立ていた。この時僕の心にしんみりと潜(しのび)やかに流れこんだ心持は則(すなわ)ちかの写真を見た時の心持と同じであった。かれは写真、これは実物、しかも僕が全然、この一団の人寰(じんかん)には縁もゆかりもないことは同じである。これが過去千年の昔であろうと、将(は)た渦巻き畳(かさ)なる夏雲(かうん)の谷間(たにま)に眠る町であろうと同じである。時も場所も無関係である。ただ此処に血あり肉あり、生あり死あり、恋あり恨あり嘆(なげき)あり喜(よろこ)びある人の世が僕の前に横(よこた)わっているのである。挙(あ)げて永劫(えいごう)の海に落ちゆく世々代々(せいせいよよ)の人生の流の一支流が僕の前に横たわっているのである。
僕はのそりのそりと步いた。写真でないからどの家でも見られる。軒先に立って暮れゆく空を茫然(ぼうぜん)と眺めている男も居た。
小さな石橋を渡ると右へ入(はい)る狭い横道がある。突然女の叫ぶ声がその間(あいだ)から聞えた。声を限りに罵(ののし)り叫喚(わめ)いているらしい。僕は思わずその横道に入った。
此処まで書いて来たが、最早(もう)疲れ果てたから簡単にする。
年頃五十ばかりの狂婦(きちがい)がただ一人叫ぶのであった。
「畜生!恩知らず、悪党、馬鹿親爺(ばかおやじ)!」これだけの事を繰返し繰返し怒鳴っていたのである。
そして僕が別荘に帰って見ると一人の老人が訪(たず)ねて来ていた。この老人が狂女の所謂(いわゆ)る悪党の恩知らずであった。
詳しいことは次便に申上げる。風が出て海が鳴っている――。

この著作物は1925年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。