渚 (国木田独歩)

提供: Wikisource
ナビゲーションに移動 検索に移動

本文[編集]

K生が転地先から親友のT君へ送った手紙を集めて『なぎさ』と題したのである。『渚』には種々のものが漂着するか、どうせろくな物はない。おまけことごときれっぱしで満足なしろものひとつもないという意味である。転地先が海岸だからでもある。
K生の病気は呼吸器病だ。熱の有る時と無い時とある。手紙は無い時は書くが熱が出て来ると中止してそのまま封じてしまう。だからいよいよ要領を得ていない場合がある。


一 里芋[編集]

今日が落ちかかってから散步に出た。がけの上のこおくを出ると野はさびしい。家の前のこみちは人一人通らない。畑はこのごろ刈り尽されて眼界がにわかに広くなった気がする。広い広い野原が秋のすえさびしく天外のやまに接している。
生きるか死ぬか解らない病人が一人ぶらぶらとこの野末を步いている。それが僕だ。かわいそうにあおじろい顔をして深いためいきすらえしないで、とりとめのない事を思いながら步いている。それが僕だ。
電信柱のあたましか見えなかった県道をいそがしそうにゆききする人や車が小さく黒く見えるようになった。日暮だからそれもちらりほらりだ。
三坪ばかりのさといもばたけみちばたにあった。まわりおかぼあわが刈り取られて、こればかりが黒い土から畑らしく残っている。そよ吹く風もなく方幾里の野はしんとしておる中に、この畑のいもの葉は、ふらふらと動いておるハートがたを引延したような広い葉が相並んで左右に頭を振ておる様は器械仕掛のようだ。思うに吹かじと見ゆる秋風は低く地に潜んで流れておるのであろう。僕はちょっとたちどまってこれを見ていたが
いやだいやだと畑のいも
かぶり振り振り子が出来る
といううたを思い出した。なぜそんないやな里歌を思いだしたかと責めたって仕方がない。そこに「畑の里芋」が步いて来る。
十八九の娘が何か口の中で僕にあいさつして行き過ぎたくさかごしょってふるてぬぐいかぶってはだしである。丸顔であいきょうはあるが並のいなかむすめだ。
この「いも」の身の上を僕の聞いているだけ話すときわめて簡単である。今年の春、この里から五六里離れたなにむらから二人の娘と、一人の若者がこの里へ流れこんだ。
「何故又たそのかけおち者といっしょになって飛び出したのだろう」
「何故ですか」と家のつんぼは気のない返事をする。
「二人で一人の男にほれていたのじゃないか」
「そうかも知れません」
「それならやつは捨てられたのだ。可愛そうに」
「なアに平気な者です」
「まさか平気でもあるまい。可愛そうに」と僕はしきりと可愛そうがっても婆さんは澄したもので
「だってもう腹がふくれて来たじゃアありませんか」と言った。
僕はこの時初めてこのが妊娠しておることを知たのだその後気をつけて見ると腹が膨くれておるように見えるが、だ眼に余る程ではない。
要するに三人でかけおちして、間もなくこの娘だけこの里に取残され、今更我が村にも帰りにくいというので僕が今住んでおる別荘の世話をしておる何屋に頼み雇人同様に使われているのである。そして何時の間にかはらんだ。そしてその親芋は誰であるか僕は知らなかった。
僕は散步から帰って婆やさんに
「ネ婆やさん、そら何屋のこれサ」と腹の膨れておるてまねをして「あれは何と言ったけね、名は」
「お菊やんですか、それがどうかしましたか」と笑いながらしりあがりの言葉で聞いた。
「今其処でつたが仲々愛嬌のある眼元をしておるね」
「今夜おもらいに来ましたらだんなさまがそう言ったと喜こばしてりましょう」
それから僕はゆうめしを食いながらお菊の相手はどんな男だと聞くや婆やさんは初のうちは笑って言わなかったが僕が「それじゃア僕が言ってみせようか、何屋のこれだろう」と親指を出したのでびっくりしてそれを打消し、とうとう白状して了った。
無論はっきりしたことは言えないがお菊やんの相手は二人あるらしい。その一人はふねわかいもので一人は或百姓の隠居だということである。
行末はどうなるだろう。こういう女はその場に臨んでゆきづまると思いきつたことをするものである。もし二人の男に捨てられたらはとばの鼻から飛び込み兼ねない可愛そうにこういう女は自殺のじゅつを知っておるけものだ。それも優しいこひつじだからみじめだ。――と僕は感ぜざるを得ない。
つかれたからもう筆をめるが、今僕が書いてる中にそら、湯殿でお菊の声がきこえる。つんぼの婆やさんと何事か面白ろそうにとちなまりで話しておる……。

二 単調[編集]

君の手紙を見ると色々な事が言いたくなる。しかし口から耳へでないからもどかしく感ずるばかりだ。
この三四日晴天続きで病人には幸福である。ひいずるよりひいるまでえんめぐって日光がさしこむから随分温暖である。温暖は僕に取って何よりのやくじだ。ただとうふうが太平洋からしきりなしに吹きつけるから壮健者はともかく僕は外出が困難である。海浜に居て風のない日を求めるのは求める方が無理かも知れない。
霧は絶無だ、空気は澄みきっておる。近郊には林を見受ない、ただ見渡す限り平板な畑が際限なく連なっているばかり。かくて海も単調、おかも単調、これがこの地の特色とでも言おうか。とてもみなみの国の海岸のように参らない伊豆半島の如くこうれいの半腹を無心の雲がゆうゆう浮動するなど思いも及ばぬことだ。さればとて又むさしの郊外のぞうきばやしおもむきなど薬に為たくも無い。
単調又た単調!
びょうまんたる太平洋をながめ入れば実に単調その物である。その広大なるだけそれだけ単調の感が深い。そして更に単調なる大空が無際限の色をその上にたれて、水と空と相呼応しているのを眺めては、ついに宇宙その物の単調を思わざるを得ない。
単調は『氷結せるエクニテイー』の声だ。単調は死滅だ。実に人をして消魂にえざらしむる。神秘!神秘!ここにおいて人が神秘にゆいつにげみちを求めるのは是非もない事だと僕は思う。

三 田舎町[編集]

僕の家にくろぬりの深い写真箱がある。多分君も見たことがあるはずだ。種々の写真がごったいれてある。そのうちに田舎町らしい所を縦にった写真がある。何時ごろからこの写真が僕の――というよりか家の写真箱に入っているのか知らないが、僕が写真箱をひっかき廻すごとにちょいちょいと沢山の写真の中から現われて僕の眼に触れる僕は気にも止めず、しみじみ手に取って見たこともなかった。
ところがここに転地する前の晩、写真箱を持ち出してこれまでに遊んだことのある名所や温泉や海岸などの写真をり出して見ていると例の田舎町の写真が出て来た。
古いのでいくらか変色しているがしかはっきりしている。初めて手に取ってく見た。どこだかまるで解らない。何しろ僕の知らないところだ。やなみそろっていないがそれでも町の姿は出来ている。
この写真こそ今度僕が初めて来たこの地の町であったという訳ではない。そうではない。この写真を見た時の心持ときのうの夕暮に初めて此処の町を散歩した時の心持と同じであったというのである。
僕は写真を見て色々の感想にふけった、間近の家の軒下に一人の男がたっている。往来はさびれて人ッ子一人かよっていない。既に写真である以上、てんがいちかく、何処かにこの町がげんそんしているに相違ない。しかし僕とは何の縁もない。縁がないだけ、つくづくとながめ入れば入るほど言い知れぬ懐かしい心持が加わって来る。写真を横にしても縦にしても、隠れた家の見えるはずはないがしかも僕はどうかして軒先しか見えない家をく見た心地がした。冬ならば雪も降ろう雨の日はびしかろう。夜は軒先にともしびもちらつくだろう。あの男は今も生きているだろうか、など思いつづけた。
然るに僕がこの地に来て一月以上にもなるがきのうの夕暮、いわゆかわたれ時に初めて町を散步してみた。どてらの上に帯をしめたままで、別荘を出てしばらくゆうやみに立っていたが、ふと坂をおりる気になって今までは庭先から眼の下にのみ見ていた此処のまちはずれに出た。町とは名のみでこぼこしたいしはらみちはさんで家が並んでいるばかりである。道の両側にこみぞがあって家の前に人が通るだけの板が渡してある。僕は何思うともなくこの町の入口に立ていた。この時僕の心にしんみりしのびやかに流れこんだ心持はすなわちかの写真を見た時の心持と同じであった。かれは写真、これは実物、しかも僕が全然、この一団のじんかんには縁もゆかりもないことは同じである。これが過去千年の昔であろうと、た渦巻きかさなるかうんたにまに眠る町であろうと同じである。時も場所も無関係である。ただ此処に血あり肉あり、生あり死あり、恋あり恨ありなげきありよろこびある人の世が僕の前によこたわっているのである。げてえいごうの海に落ちゆくせいせいよよの人生の流の一支流が僕の前に横たわっているのである。
僕はのそりのそりと步いた。写真でないからどの家でも見られる。軒先に立って暮れゆく空をぼうぜんと眺めている男も居た。
小さな石橋を渡ると右へはいる狭い横道がある。突然女の叫ぶ声がそのあいだから聞えた。声を限りにののしわめいているらしい。僕は思わずその横道に入った。
此処まで書いて来たが、もう疲れ果てたから簡単にする。
年頃五十ばかりのきちがいがただ一人叫ぶのであった。
「畜生!恩知らず、悪党、ばかおやじ!」これだけの事を繰返し繰返し怒鳴っていたのである。
そして僕が別荘に帰って見ると一人の老人がたずねて来ていた。この老人が狂女のいわゆる悪党の恩知らずであった。
詳しいことは次便に申上げる。風が出て海が鳴っている――。

この作品は1926年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。