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東洋大学昇格基金募集趣意書

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東洋大学昇格基金募集趣意書

文学博士井上円了先生は、護国愛理の精神に基き、東西の文化を融合して新日本文化を建設せむと企て、明治二十年哲学館を創立し、続て著書に講演に、これが為にその一生を捧げられたり。先生の大学設立趣旨の詩に曰ふ、日域由来三道分、真如一貫是斯文、従今富士峰頭月、照破大西洋上雲。と是れ実に本学設立の大精神なり。

哲学館は後哲学館大学となり、更に東洋大学と改称せしも、四十年来創立の精神を以て一貫し、校運益々隆盛を加へ、在学者毎年数千を算へ、已に本邦唯一の東洋学研究所として、又最も権威ある私学として、宗教に教育に倫理に、哲学に言論に、文章に将に社会事業に幾多の人材を養成して、国家に貢献し、社会に寄与したる業績の顕著なるものあり。畏くも明治大正の御代を通じて、御下賜金の恩命を蒙ること前後二回に及べるもの、蓋し所以なくばあらざるなり。

今や之を外にしては、欧洲大戦後の変革ありて、思想界の紛淆ふんこう倍々甚しく之を内にしては、大震災の創痍尚未だ癒えず、加ふるに最近財界の混乱を以てし、社会の動揺、人心の不安、殆ど底止する所を知らず。此時に当り、本学がその伝統的精神に基きて、東西の思想を統一し新日本文化の光輝を発揚するは、まことに本学のみに考へられたる、重要且つ特殊なる使命にあらずとせむや。本学は此使命を果さむかため茲に規模を拡大し、学制を改新して、大学令に拠る大学と為さむと欲し、さきに着手したる昇格事業を継きて、更に計画を新にし、陣容を整へ、以て多年の宿志を貫徹せむことを期す。

こひねがはくは同志の諸賢、本学の如き異彩ある教育機関の拡張発展が、国家の為社会の為、一日も忽にすべきにあらざるを知り、奮てこの計画を援助し、この募金に加盟あらむことを。蓋しこれ実に、本学の幸のみにあらざればなり敢て大方の諸賢にうったふ。

昭和二年四月

東洋大学々長 中島徳蔵

この著作物は、1940年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(回復期日を参照)の時点で著作権の保護期間が著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)50年以下である国や地域でパブリックドメインの状態にあります。


この著作物は、アメリカ合衆国外で最初に発行され(かつ、その後30日以内にアメリカ合衆国で発行されておらず)、かつ、1978年より前にアメリカ合衆国の著作権の方式に従わずに発行されたか1978年より後に著作権表示なしに発行され、かつウルグアイ・ラウンド協定法の期日(日本国を含むほとんどの国では1996年1月1日)に本国でパブリックドメインになっていたため、アメリカ合衆国においてパブリックドメインの状態にあります。