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東北方言とアイヌ語

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東北方言とアイヌ語 畫報生

十一月廿に日午後六時より帝國大學に言語學會の例會あり。講演中『東北の方言とアイヌ語に關し法科大學助敎授中田薰氏の述べたるところを左に紹介す 仙台高等學校に長く敎鞭を取り又全國に植物採集のため旅行したる遠藤理學士より東北語のアイヌ語に近しと考へらるゝもの二十四語を送附し來り參考に供せられたる內二十語は慥に建久の價値ありと信じ茲に提供し說明す(イ)コガ、東北にて大桶の事なり然れ共古書こしよは榼にコガと訓じ桶也と譯され、上總邊にては四斗樽を四斗コガ、風呂桶をフロコガと云ひ、四國邊にては酒樽をコガと云へば、東北に限る語とは言はれじ、然しアイヌ語にて大桶をコンカイと云ふは語源同じと信ぜらる(ロ)ワツパ、東北にては曲物の箱を言ふ、アイヌ語にては丸形まるがたの箱は凡てワツパと云ふ(ハ)カイテ、東北にては特殊のいかりをのみ云へと、アイヌにては錨全體を總稱してカイタと云ふ、(ニ)ケリ雪降ゆきふりに穿く藁靴なり、アイヌは之をケイレと云ふ(ホ)キツ、越後にて貯水器ちよすゐき風呂桶ふろをけなどを言へとアイヌにては水桶みづをけに限りキツチと云ふ(ヘ)チツコバツコおきなうばを言ふ、然れ共名詞めいしの後にコをつけ、ナベツコ、カメツコといふ如く、ヂ、バにコをつけたりと見ば不思議ならず然れ共アイヌにては翁媼をヂツコ、バツコと云ひ全く類音るゐおんなり、(ト)チヤペ、愛らしき猫を言ふ、アイヌにては猫をチヤペと云ふ(チ)ツトコ 越後にて土產をいふ、然れ共元來越後にては語尾にコを附けざる習なればツト(土產)の國語にコをつけしとは言ひ難からん、矢張り方言かたことなるべし、アイヌにてはちいさき包物をツツッコと云ひ、小包を締ることをツツッコ、カラと云ふ、類音るゐおんなり(リ)チプ 通船をいふ、アイヌ又同じ、(ヌ)ベンサイ 日本型帆前船をいふ、アイヌはベンサイといふ(ル)マキリ 普通なる方言にて小刀の事なり、アイヌ又同じ(オ)ベコ ぎうの事なり、栃木ではベーコと云ふ、アイヌはベコともベケともいふ、類音るゐおんなり(ワ)ホイト 乞食こじきを云ふ、馬琴の書に佐渡にて乞食をホイトと云ふはむかし順德院じゆんとくゐん土佐とさに流され玉ひし時隨臣等悉く零落れいらくして乞食の如くなりしかば島人しまびと之を呼ぶに布衣人卽ちホイトと言へるにはじまる 又高野山かうやさんにて杜鵑が歸る季節きせつおくれて雀に養はれ居るをホイトと云へり云々うんぬんとあれば昔より日本に在りしか、然れ共アイヌにてはネダルことをホイトキと云ふ、同音、同意の心地ここちす(カ)ヒカタ 西南風せいなんふうをいふ、北越の語と限らず、萬葉にもあり、アイヌは西南風せいなんふうをピカタといふ(ヨ)ケーシキ 雪搔ゆきかきを云ふ、アイヌはカスケプ、又はカシメケプといふ、(タ)ダンベ 女子の陰部を云ふ、アイヌにてはタムペと云ふ、同じく女子ぢよしに限れり、然れ共又物といふをタムペと云ふ、憚りて言へる語にはあらざるか、所により男子の陰部いんぶをダンベと云へり、本は男女に限らず陰部をへるならん(レ)メトヂ 岩手縣いわてけん北海道ほくかいだうなどにては河にガツパうみにメトヂといふ俚言あり靑森にては落としあなを云へり然るにアイヌのミンツチとは岩手縣いわてけんなどにふと同じく半人半獸はんじんはんじうの如き怪物を意味しミンツチサニとは怪物くわいぶつの子孫を意味し輕侮の語に用ひらる(ソ)ワラシ 子供を云ふ、和語のワランベ、ワラワなどと同音どうおんなる如し、アイヌは少年せうねんワラと云ひ、小供をワラツポ又はワツプといふ(ツ)ウナギ 鼻梁を云ふ{{読み仮名|然し國中一般に家の梁材りようざいをムナギといふ、同語の轉訛てんくわか、昔時ウナギ(鰻)をムナヂといへることは、萬葉集に家持が石麻呂を冷罵して「夏痩にムナギ食せといへるなど見ても明なり、アイヌは家の梁材をウマンギまたはウマンキといへり(ネ)アト 神佛しんぶつなど尊敬信仰する者をいふ岩手邊いはてへんにても云ふ國語こくごにて尊きをアテと云ひ貴人きじんをアテビトと云ふに見れば同語どうごか、アイヌはアトバ首領しゆりやう、上位の意に用ふ 尙ほ音調おんてうに關する建久を此上に加へなば面白おもしろき結果を得らるべし、出雲の北浜、犬吠岬いぬぼへさき一の宮の邊は越後ゑちごと其音調に於て全く同じき者あり、此三地方の關係くわんけいを硏究するも尙甚だ興味きようみあることならん云々

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