最上川

提供: Wikisource
ナビゲーションに移動 検索に移動



本文[編集]

いろはにほへとちりぬるをわかよたれそつねならむ、と知りながら、有為の奥山今日越えず、浅き夢見て、酔痴るる。

[編集]

悌吉は、素子が処女であることを知り、やはり彼女との結婚は思ひ止まらねばならない、と思つた。彼女の清浄な体が、却(かへ)つて心の重荷となるやうにも感じとれたし、二十四を頭に五人の子供のある悌吉が、素子にそんなことを望むのは、惨酷(ざんこく)なことのやうにも思はれた。悌吉は、素子への手紙を書くことにした。


先日は失礼しました。
夕風に、木木の若葉が揺れ、緑色の波の底でお話してゐたやうな気がします。心の中まで洗はれたやうな、清清しい夕でした。あなたの暖いお心づくしも、忘れられません。
しかし、今日まで種種考へましたが、その時もお話したやうに、私はやはり思ひ止まらなければならないと思ひます。無垢(むく)なあなたに比べると、私は心身とも、あまりにも汚れに汚れ、最早、行き暮れた感じでさへもあります。あなたの瑞瑞(みずみず)しい命が、私にはもつたいないのです。
私はさういふ考へから、どれだけ逃げたいと思つたか知れません。しかし逃げてはなりません。私は私の、この疲れきつたやうな心身を正視しなければなりません。私は、妻を亡くした哀しさに、甘えてゐたやうです。私は私の無礼な申出を撤回することに決心しました。万事、お許し下さい。
お気が向いたら、遊びにお出で下さい。大抵、在宅してゐます。草々


最後の一句、書いてはならないか、と思ひながら、書いてしまつた。何か重荷を下したやうでもあり、未だに、心が残るやうでもあつた。
悌吉は手紙を封筒に入れ、宛名を書き終つたけれど、子供達は皆学校へ行き、彼一人なので、投函に行くことは出来ない。悌吉は手紙を机の上に置いたまま、ぼんやりと肘(ひぢ)を突いてゐた。
庭の木木は毎年成長して、緑の蔭を深めて行く。葉漏れの光線が硬質の葉に当つて、緑の空洞の中に、螺鈿(らでん)を嵌(は)めたやうである。風も無く、静かだつた。悌吉の坐つてゐ部屋は緑色に染つたやうな静けさの中に、ひとり坐つて、いつか自分をさへ見失つてしまひさうであつた。しかし悌吉には、やはりかうしてゐることが、いかにも自分の場所を得たやうにも思はれた。清潔に、このまま消え失せてしまへるやうにも、錯覚したのだ。
夕方、学校から帰つて来た末子に、悌吉はその手紙を投函させた。直ぐ素子から返事が来た。


雨がようやく晴れた日にお手紙を頂きました。頂けるのか、頂けないのか、だんだん心配になり出した日に。
先生が一番問題にしていらっしゃること、それが私には大へんつらいことです。何故かというと、先生が考えていらっしゃるのと、全然反対な恐れを私は抱いているのですもの。あの時もお話ししましたように、丁度紺(こん)の木綿を、水にくぐらしたり、身につけたりしていると、紺の色も美しく冴えて、却って丈夫ですけれども、反物のまま何十年もしまっておくと、色は濁り、いつのまにか繊維の組織が自然に冒されてひどくもろいものになってしまうでしょう。丁度私はそのようなものではないかと、気がひけて、私こそそうしたことの考えから逃げたいと思います。だから先生もそれを仰言(おつしや)ってはなりません。
今日はよいお天気で、ビルの三階の窓から、麻布や赤坂の高台の木立ちが、ひどく間近に見えます。雨上りのせいでしょうか。
そのうち、ぜひお邪魔させて頂きます。


新仮名遣ひだな、と悌吉は思つた。しかし、素子は日本通信社に勤めてゐるので、職業がら、止むを得ないこととも思はれた。悌吉はいつか、素子の来る日が頻(しき)りに持たれるやうになつてゐた。
ある日、外出から帰つて来た悌吉の所へ、長男が急いで出て来て、言つた。
「見えたんです」
「誰が」
「誰がつて、素子さんがです」
「さうか」
悌吉は幾分照れ臭げに微笑した。長男も同じやうな微笑を浮かべたが、直ぐ消えた。
「僕達四人は挨拶したんですが、何故か、路子だけは出て来ないんです。さうして、僕等、シャツだとか、皆貰つたんですが、路子は、そら、あんなに、放りつぱなしにしておくんです。女の子つたら、何思つてるのか、解りやしない」
悌吉が見ると、次ぎの部屋に絹の靴下が、いかにも投げ捨てられたやうに、包み紙から飛び出てゐた。
「さうか」
「治ちやんなんかは、まだいいんですけど、僕等、でつかいのが、ぞろつと三人でせう。恰好(かつこう)がつかなかつたですよ。きつと、それこど、ギョッ、となさつたでせうよ」
悌吉の子供は男が四人、路子は唯(ただ)一人の娘であつた。
「けど、父さんの作品、読んでゐなさるから、家のことは、みな知つてなさるんだよ」
「だつて、父さん、小説とは違ひますよ」
「そりや、まあ、さうだ。すまなかつたね。しかし、まだ何もさうと決まつたわけでもないんだから、路子のことは、そつとしておかうよ、ね」と悌吉は言つた。
彼の妻が亡くなつてから、悌吉には、ただ哀しみだけの日日が続いて行つた。一日一日、そんな日がいつまで続かうとも、最早未来は空しく、思ひ出だけが、過ぎ去つた日の闇黒の中に、儚(はかな)い火を点じてゐるやうであつた。といふことは、来る日も来る日も、過去の投影に過ぎないのだ。さうしてその日も、過去を映したまま、また過去の中に過ぎ去つて行く。空しい限りとも思はれた。
しかし、幸なことには、未来を感じ得ないやうな人間には、楽しみもないと同時に苦しみもなかつた。つまり何に対しても抵抗のない、むしろ平安な日日の連続であつたとも言はれようか。
それぞれに、成長盛りの子供等は、彼等の母を失つても、誰一人涙など見せる者はなく、却(かへ)つてそんな悌吉を、何かと労(いたは)つてさへくれるのだ。従つて、悌吉は、毎日、机の前に坐つてゐればよかつた。哀しみは自然に溢(あふ)れ出て来る。それは誰に妨げられることのない、ただ彼一人の世界だつた。心安いともいへば、いはれよう。
そんな日日の、静かな水面に、自ら小石を投げ入れておきながら、思はぬ波紋のやうな、今日の出来事であつた。髪も半ば白く、皺も深く刻まれ、既に老いをさへ、感じ始めたやうな身でありながら、性懲(しやうこ)りもなく、再び愛憎の苦しみの中に、迷ひ入らうとするのであらうか。
が、不思議なことに、隣室に投げ捨てられてあつた靴下を見た瞬間、空しく帰つて行つた素子に対し、最早理性を越えた感情が湧き起つてゐたのだ。同時に、そんな路子が、いきなりかき抱いてやりたいほど、愛(いと)しくもあつたのだ。
早くも、こんな糸の縺(もつ)れが出来てゐたのか。この縺れを解くものは、ただ彼の純一な愛情より他にはないではないか。愛するといふことの苦しさが、今更悌吉んも胸を締めた。――が、果してそれは本当のことか。五十にも近い男の愛情などといふものは、そんな生優(なまやさ)しいものではない。亡い妻との初恋、或はまだ世間知らずの幼いものであつたかも知れないが、二十数年の夫婦生活、五人の子供が生れ、さうして最後に妻の永い病気と、妻の死。それをしも愛情といふならば、彼の愛情は、最早瘤(こぶ)だらけのしたたか者であるはずだ。胸を締めるどころか、海千山千の愛情の手管(てくだ)に、こんな路子を雁字(がんじ)搦(がら)みにかけることなど、いと易いことだ。或は愛情などと、口にするもをかしく、もつと不埒(ふらち)な奴なのかも知れない。
いかにもそれに相応じるやうに、永い間忘れてゐた、何かへの――むしろ彼自身の生に対してかも知れない――愛着が、彼の頭の中に死太(しぶと)い頭を持ち上げた。
悌吉はいきなり机に向かひ、今日は不在にしてゐて申し訳けなかつたが、次の日曜日には待つてゐるから是非来てこしい、由の、手紙を素子へ書くのだつた。
直ぐ、素子からは、是非伺ひたい、といふ返事が来た。
その日曜日の前日、悌吉は何気ない風を装つて、路子に言つてみた。
「明日、素子さん、見えるよ」
「素子さんて、何しに来るんです」
「別に、何しについてことないけれど、一緒に、御飯でもいただかうよ」
路子は俯向(うつむ)いたまま、返事はなかつた。しかし、あの靴下は、いつか路子の箪笥(たんす)の引出しにしまはれたやうであつた。
日曜日の午後、白いブラウスに、薄いグレーのスカート着けた素子が来た。
悌吉は殊更何も言はなかつたが、路子は彼の後に坐つて、挨拶をした。
彼の妻が亡くなつてから、炊事は子供等が交代にしてゐる。路子はその日、その当番であつた。悌吉が、その路子に呼ばれて、台所に行つてみると、路子は水色地に、胸ポケットのあたりに、すみれ色の花模様を附けたエプロンを掛けてゐる。胸の方が狭く、裾が短く拡(ひろが)つた型が、急に気取つて見えた。悌吉は、見馴れぬそんな路子の姿に、目を見張つた。
「路子ちやん、どうしたの。その、エプロン」
「をばさんに、いただいたの」
「さうか」
「素敵でせう」
「うん、とつても、よく似合ふ」
流石(さすが)に、赤く染つて行く、路子の白い顔を見詰めながら、思はず、悌吉は涙ぐんだ。


[編集]

「治ちやんは、素子さんにいただいた、開襟シャツを着て行きなさい」
「私もをばさんにいただいた靴下、履いて行かうかしら」
「しかし、暑くないかな」
「ソックスも、いただいたの。この前、いらつしやつた時」
「僕も、をばさんにいただいた白ズボン、履いて行かう」
「それがいい。もうすつかり夏だからね」
悌吉は、下の子供、二人連れて、素子とピクニックをする約束をしたのだつた。案内役は素子は引き受けた。
「お弁当は、をばさんが沢山作つて、持つて行きますからね」とも言ひ、酒に酔へば、何も覚えなくなる悌吉のことを知つてゐる素子は、次ぎのやうな親身な言葉を、紙切れに残していつたものだつた。


路子さん
治さん
時日 七月十日、十二時。
場所 新橋駅正面玄関。(汽車の出入り口)
1 ストがおこって電車が危いとき、
2 雨が降っていたときは、
残念ですけれど、駄目ね。


新橋駅で降り、飴と果物を買つて、悌吉が駅の正面玄関へ急ぐと、そこに麻の上衣、だんだら縞(しま)のビーチシャツに、焦茶(こげちや)のボヘミヤンネクタイを締めた、素子が立つてゐた。
「遅くなつたかな」
「いえ、私も今着いたばかりですの」
「さて、どちらへ、行くのでせう」
「では、まゐりませう」
怪訝(けげん)顔(がほ)の悌吉を促して、素子は歩き出した。汐留(しほどめ)駅の前を過ぎ、なほ少し行つて、右に曲つた。
「あそこですの」
素子の指さす方を見ると、夏空の下に、緑の森蔭がしつとりと、その影を掘割りの水に映してゐた。
「浜離宮の跡ですのよ」
「ほう、こんな所に、こんな所が、あうたんですかね。ちつとも知らなかつた」
両側に石垣だけの残つてゐる、入口を入つて行くと、幾本かの松の大樹が、崖の上から、見事に枝を垂れ下げてゐた。
「このお堀で、徳川時代に、将軍が鴨猟(かもれふ)をしたのよ」
庭園の中を流れてゐる掘割りを、素子は子供等に差し示した。
「泥鰌(どぢやう)なんかを見せびらかしておくと、鴨が海から一列に並んで、やつて来るのですつて。そこを網かなんかで、捕るのですよ」
「見せびらかすは、よかつた」
悌吉がさう言ひ、二人は声を合はして笑つた。
やがて悌吉達は、鈍色(にびいろ)の水を湛(たた)へた池の畔(ほとり)に出た。海に近いらしく、潮の香を含んだ浜風が吹いて来、舟のモーターの音も聞こえてゐた。さつきまでの、都会の騒音は、不思議なほど、全然聞こえて来なかつた。
悌吉達は楓(かへで)の老樹の蔭の下に、素子の心遣ひのハンカチや、風呂敷を敷いて、腰を下し、素子は、大きな、白い握り飯の弁当を開くのだつた。
「山形のお米?」
「ええ、さうですの」
山形は素子の郷里である。悌吉は何といふこともなく、感慨めいたものが湧いた。
「沢山、召し上れね」
素子はさう繰り返し、路子や、治の膝の上の竹の皮に、手作りのおかずを載せたりした。路子も、治も、すつかり満腹の様子だつた。悌吉は新橋で買つて来た白桃などを、素子に進めたりもした。
食事を終ると、治は楓の木の上に登つたり、路子は水際へ手を洗ひに行つたりしては、直ぐ悌吉の所へ走り帰つて来た。
「路子さん、これね」
素子は鞄(かばん)の中から、赤い縁どりのあるハンカチを取り出して、路子の胸ポケットに挾んだ。
「これは、治さん。先生のは、ありません。これで我慢していただけますか知ら」
素子は悌吉のポケットに、治のと同じ、薄い緑色の縁どりのあるハンカチを挾んだ。
「まあ、お父さん。急にハイカラ」
「よし、帰つて、兄ちやん達、驚かせてやらうかな」
悌吉は笑ひながら、ハンカチの先を撮(つま)み出した。
「お疲れになつたでせう。お休みになつたら」
悌吉が、さう言はれるままに、横にならうとすると、急いで手に持つてゐた上衣を、彼の頭の下にあてがふやうな素子だつた。
「蟻がゐて、いけませんわ」
素子は、悌吉の胸の上の蟻を、そつと撮んで、捨てた。海の方から、絶えず涼しい風が吹いてゐた。
「厳しい父でしたの」
さう言つて、素子は子供の頃の話をした。
(少女の素子はいつも稚児髷(ちごまげ)に結つてゐた。が、素子は一度お下げにしてみたくて仕方なかつた。そんなある時、一里ほど離れた叔母の所へ使ひにやらされた。素子は、途中、鎮守の宮の森の中で、稚児髷を解いて、お下げにした。嬉しく、素子は跳(は)ねながら、叔母の所へ行つた。
「あのなす、お前んどこの素ちやんが、太子さんどこで、お下げに直してゐたでえ」
誰かが、彼女の父にさう告げたやうであつた。それから一時間ほど後、わざわざ母がやつて来て、彼女はまた稚児髷に結ひ直されるのだつた)
「そんな父が、破産して、その後、中気になつたのでせう。それでゐても、なかなか気が折れず、気の毒な父でしたわ」
「それで、ずつと、あなたが働いて、家計を支へて来たのですか」
「ええ、弟達は学校を出ると、直ぐ兵隊でせう」
「苦労したんだなあ」
「私、けれど、苦労などとは、ちつとも思つたことありません」
子供達はいつどこへ行つたのか、その姿は見えなかつた。鵜(う)であらう。首を長く伸した黒い鳥が、二羽三羽、飛んで行く。
「何でせう。あの鳥」
「鵜ですかね。首が長いでせう」
「さう、つまりあれが磯の鵜の鳥なんですのね」
瞬間、悌吉は、時も、所も、自分も、消えてしまつたやうな、虚脱の中に堕(お)ちて行つた。亡くなつた妻と同じやうな会話を交はしたことを思ひ出したからである。
知多半島の野間で。その時、子供等はどうしてゐたのか、彼は妻と二人きりで海岸を歩いてゐた。塒(ねぐら)へと急ぐ鵜の群れが、二羽三羽と、すこしづつの間隔をおきながら、絶えなかつた。
「あれ、何の鳥でせう」
「鵜だよ。磯の鵜の鳥、日暮に帰る、の鵜だよ」
「さう、あれが鵜ですか」
青海波(せいがいは)の模様の浴衣(ゆかた)を着た妻は、空を見上げて、立つてゐた。
「父さん、海の方へ行きませうよ」
治がさう言ひながら、駈け帰つて来た。その後から、路子が含み笑ひの顔をして、走つて来た。
あの頃、治は三つくらゐであつたらうか。すると路子は六つだつたことになる。
「ボートあるんです。をばさん、ボートに乗りませうよ」
「治さん、ボート漕げるの」
「僕、とつても巧いんですよ」
「さう。まゐつてみませうか」
素子は後を片づけ、二人は子供達を先にして、海岸の方へ歩いて行つた。
「路子さん、あれ、かたばみよ、御存じ」
素子は、草叢(くさむら)のなかの鴇色(ときいろ)の花を指差して、路子に教へた。路子は走つて行き、その花を摘んだりもした。
コンクリートの高い岸壁の下に、さまざまな塵屑(ちりくず)を浮かべて、潮は満ちてゐた。風が、素子と路子のスカートを、あふいだ。体格の大きい素子は、胸を張り、暫く海に向かつて、立つてゐた。
が、ふと振り返ると、その辺の灌木(くわんぼく)の茂みの中には、あちらにも、こちらにも、日傘や風呂敷で日除(ひよ)けを作り、幾組もの男女が露骨な姿態で坐つてゐた。中には、二つの体を並べ、顔を合はせて、寝転んでゐたりもした。
「なかなか、盛観ですね」
「日曜だからですわ。いけませんでした」
「しかし、考へれば、僕等だつてその一組ですからね。年を取つてゐるだけに、子供等をだしになんかして、余計図図しいのかも知れませんよ」
「あら、いやな先生」
素子は彼女にもなく、赤く顔を染めた。治が走り帰つて来て、言つた。
「そら、ボートに乗つてるでせう。をばさん、乗りませうよ」
「でも、乗り場は、ここにはありませんのよ。外へ出なくつちや、駄目ね」
「ぢや、外へ出ませうよ」
「先生が少しお疲れのやうですけれど」
「ちえつ、つまんないの。乗らうよ、をばさん」
「子供といふものは、自分で何かしなければ、面白くないのですね。見て楽しむといふやうなことは出来ない。しかし、治はすつかりあなたに甘えちまつてゐますね。ぢや、出ませうか」
走り去つて行く治の後姿を見ながら、悌吉はさう言つた。が、軽い疲れを覚えないわけではなかつた。
街に出ると、アスファルトの照り返しが、俄(にわか)に激しい暑気を感じさせた。魚市場の悪臭も胸を突いた。
貸ボートの看板のある石段を、悌吉は降りて行つた。流石(さすが)に、水際だけの涼しさはあつた。ボートには三人以上は乗れないといふので、悌吉が残ることになつた。
素子と路子を乗せ、治はいかにも得意気に漕ぎ出して行つた。素子と路子は、時時悌吉の方へ振り返つて、手を振つたりしてゐたが、やがてボートは彼の視界から去つてしまつた。
軽い疲労おためか、悌吉は自分ながら、ふと眠つてゐたのではないか、と思ひ返すやうな、無感覚状態のまま、木の腰掛けに坐つてゐた。時時、進駐軍の兵などの乗つた、大型のモーターボートが走り過ぎ、その後に大きな波を起した。だぶりだぶりと、岸を打つ波音の中に、空のボートが揺れてゐるのを、見るともなく見てゐると、悌吉は、自分の体も、ともにゆらゆらと揺られてゐるやうに思はれるのだつた。


[編集]

「先生、こんなの」
出張の帰途、郷里へ立ち寄り、写真などを持ち帰つた素子は、それを悌吉に示すのだつた。
稚児(ちご)わつかに、白い前掛をした幼い素子が、椅子に腰掛け、素足を二つ、宙に浮かべてゐる写真であつた。
「こりや、いい。幾つぐらゐだつたのかな」
「確か裏に書いてありましたわ。五つでしたか」
裏を見ると、「大正五年旧三月沢上村山田佐野素子 五歳」と、古風な書体で書いてあつた。
「小学校と、女学校の頃のもの、どうしたのか、一枚もありませんの。その代り、こんなの一冊だけ残つてゐました。私の自由詩」
素子は古い「赤い鳥」の、自分の自由詩の載つてゐる所を開いて、悌吉に見せた。


日 和
佐野素子(十四歳)
しづかな日和(ひより)だと
何にもないのに、
みんな笑つてる。
けしの花のほこりが
となりの花へとんだよ。


秋の昼
秋の昼、
何にも音しない庭のすみに、
草花がまつかよ。
「昼だよう」とお母さんをよばうか。
農家の庭、罌粟(けし)の花の傍に、前掛の下に手を入れた少女の立つてゐる、さし絵が入れられてあつた。
「いいぢやないか。なかなかうまいよ
「ここにもありますの」
素子は別の頁(ページ)を開いた。


最上川(もがみがは)の夕暮
さらさらと
さざら波、
夕月が光つて、
釣る人が二人かへるよ、
あしの葉をわけて、
「いい月だよ」と言うてゐる。
橋の上に真白な洋傘(かうもり)
すうときて
月に光つてすぼめた。


「有難う。僕には、何よりの写真、見せてもらつた」
「女学校へ入つて、生意気にフランスの詩など読むやうになつてから、すつかり駄目になつてしまひました」
「さらさらとさざら波、もうその頃には、蔵王(ざわう)には雪が来てゐるだらうか」
「ええ、蔵王や、月山(ぐわつさん)や、朝日岳の頂は、もう十月になると真白になります」
「いい所だらうなあ。行つてみたくなつた」
「いいえ、どうして、ひどい所ですわ。けれど、村の人達は至つて暢気(のんき)です」
「お早う、つて、どういふの」
「早いなす、お早うす、とも言ひます」
「晩は」
「お晩です、ええお晩だなす」
「さうか」
「女子大時代のは、沢山あります。これ、誠さんのおつしやる、正にギョ、ッ的ですわね」
一際高く、素子は黒い上衣を着、手を後に組んで、級友達と並んでゐる、いかにも山形育ちらしい、野性的な姿だつた。
「外苑にて」
糸杉のある芝生を背景にして、漸(やうや)く都会の風に染みた、素子は友達と四人、華(はな)やかに笑つてゐた。
「上級生ともなれば」
素子は振袖の着物を着て、級友達と並んで、椅子に腰掛けてゐた。その大柄な体が、ひどく派手やかな感じだつた。
「女子大卒業、突如父倒れ、敢然就職、生活戦線へ」
素子はひどくおどけた調子でさう言ひ、自分で、ほ、ほ、と笑つた。
それは、黒い地色の和服を着た素子が、一人の同僚と、ビルディングの屋上に立つてゐる写真だつた。その後には、都会の街街が見下された。
「体がこんなに大きいのですもの。私、和服はいやらしいでせう」
「そんなこと、ちつともない」
「先生は洋服、ほんとにお嫌ひね。この間も、ロケットはめてて、叱られました」
「嫌ひといふわけぢやないんだが、洋服は判らないんだね。何か感覚的に実感出来ないのだよ」
「和服や、和服的なものが、ほんとにお好き、私も和服着ますけど、暫く待つて下さいね。そら、戦前は、私、ずつと和服だつたんです。ね、ビルの秋つて感じですわね。彼女、悩んでる」
さう言へば絞り模様の羽織を着た素子は、何かに堪へてゐるやうに、固く口を結んで立つてゐた。ビルディングの廊下らしく、そのメカニックな背景が一層その感じを強くした。
悌吉が次ぎに渡されたのは、いかにも慰安旅行らしく、舟に乗つた一行の中に、手拭などかぶつて坐つてゐる素子の写真であつた。
「やはり、職業婦人て、どこか哀れね。でぶでぶに太つて、おかめみたい」
「しかし、これはまたばかに颯爽(さつそう)としてゐる」
「もう大丈夫ね。オールドミス、終(つひ)に板につきにけり、ですわ」
素子が外人とインタビューしてゐた写真だつた。
「これはもつと颯爽、でせう」
「ほんとだ。どうしたの」
ちよぼ髭(ひげ)など生やし、戦闘帽子に、国民服を着た四人の男達の前に、黒い上衣に、モンペ姿の素子が、一人跪(かが)んでゐた。勝気な、引き緊まつた顔で、上衣の上に、折り返した襟(えり)の白さが、清潔な感じだつた。
「北海道です。某省の嘱託で、学徒農地開発隊の活動状況を調査に行つた時のですわ。私、北海道大好きですの。駒ケ岳の山麓、石狩川河口の村村、浜頓別(はまとんべつ)、音威子府(おとゐねつぷ)、オホツク海岸では、網走(あばしり)、猿間(さろま)湖畔へも行きました。馬にも乗りましたし、雪の中を、犬橇(いぬぞり)を走らせたこともありましたわ」
「へえ、あなた、馬に乗れるの」
「乗れますわ」
林の中で、炊煙を上げて、食事の支度をしてゐる学徒の間に立つて、何か指図してゐる、白い腕章を巻いた素子の写真もあつた。
「これはまあ、何とした」
「満州派遣団女子隊長、それこそギョ、ッね、新京ですわ」
「おいおい、一体、どこまで飛んで歩けば、いいんだらう。それこそ。飛んでもないお穣さんだ」
日章旗を持つて、縦隊に整列した女子隊員の先頭に、素子は列んでゐた。
「やれやれ、全く呆(あき)れた」
奉天の街中で写したといふ写真もあつた。
「靖国(やすくに)の母、二番目の弟が戦死した時ですの。これ、母です。これが伯母」
その後に、素子は喪服着て立つてゐた。
「涙拭ひて、少年勤労隊指導者。されど、戦、漸く利あらず。終戦、かくて、今日に到る。以上の通りでございますわ」
素子は言ひ終ると、半ば本気のやうに、半ば巫山戯(ふざけ)たやうに、両手を突いて、お辞儀をした。
「さうか」
その夜、悌吉は酒に酔ひ、素子にも酒を強いた。素子は直ぐに酔ひ、目の縁を赤くして、ともすると閉ぢようとする目を、無理に見開いてゐる風であつた。
「哀しいなんて、ちつとも哀しいことなんかございませんよ」
「人間が、まして女の人が、一生懸命生きて行く姿なんて、哀しいものだ」
「先生は何でも彼(か)でも哀しいんですのよ。ちつとも哀しかなど、ありませんよ、だ」
「だけど、あんな生活をしてて、よく今までヴァージンを通せたね。感心した」
「感心なんかすることありません。私、男の方見たつて、何ともないんですもの。社では、私のことを『木石』と申します」
「…………」
「皆、私が怖(こは)い、と言ひますわ」
「こんな素子の、どこが怖いんだらう」
「恐しがらないのは、先生だけ」
「さうか。今日のやうな写真を見ると、やはり少し恐くくなつたかな。素ちやんが、あんな凄い人とは知らなかつた」
「いや、怖いのは、先生の方。この間も、面白いことありましたの。最近、職場結婚した人があつて、その話から、部長が『さて、この次ぎは誰かな』つて、言ふから、『はあい、私』と言つて、私、手を挙げたんですの。すると、皆が『ああ、佐野さんか』と言つて、あははあははと笑つてばかりゐてね。全然、相手してもらへないの」
「さう、ぢや、面白いことがある。二人の結婚通知には、かう書かう。『私達儀、木石江効なく、遂に墓穴に入りました』とね」
「んだ」
素子は少女のやうに声を立てて笑つた。
「しかし、そんな素子が、どうしてこんな僕の所へ、来るつもりになつたの」
「そんなこと、私にだつて、解らない」
酔つた素子は、暫く考へてゐる風だつた。が、不意に無邪気な微笑を浮かべて言つた。
「魔がさしたの。いけない先生。世界でたつた一人の、いけない先生」
悌吉は、いきなりそんな素子の肩を抱き寄せ、唇を当てた。素子は目をつむつたまま、しかし拒まうとはしなかつた。
「今夜は、ここで泊りなさい」
「でも……」
「でもぢやない。泊るんだ」
「はい」
「覚悟は、いいね」
素子は俯(うつむ)いたまま、じつと一点を見詰めてゐた。が、不意に、微かに頷(うなづ)いて、聞き取りかねるやうな声で言つた。
「いいわ」
悌吉は再び激しく接吻した。今度は、素子も僅かに唇を開いて、それに応じた。宿縁あつて――悌吉は唇を当てたまま、ひどく運命的な感情に、身を任せてゐた。
三十八歳まで、処女であつた素子の体を、蒲団の中でかき抱いて、悌吉は素子の耳に囁(ささ)やいた。
「可愛い子供を生まうね。心を綺麗にしてね」
「いや、子供だけは、絶対に産まない。どうしても、産まない」
「どうして。それでは素子が、あんまりかあいさうぢやないか。最初に、僕が取り消すと言つたのも、それを考へたからぢやないか」
「いいの、いいの。私は、おとくさんのお子さん達、育てればいいの」
素子は恥しがつて、悌吉の胸に、ぐんぐんその顔を押し当てて来た。無邪気で、大きいばかりの、素子の体だつた。


[編集]

悌吉はひとり机に向かつて、机前の庭先を眺めてゐた。こんな小庭にも、秋の色は濃く、昼も夜も、虫の音は絶えなかつた。そんな秋の日光の中に、時時、一筋の斬り疵(きず)のやうに光るのは、蜘蛛(くも)の糸であつた。
しかし悌吉は、今は亡くなつた妻のことばかりを考へてゐるのではない。むしろ、女の体といふものは、こんなに温かいものだつたかと、久し振りに味はつた女の、その素子の体が、頻(しき)りに慕ひ求められた。が、素子の来ないやうな日には、彼女を知って以来、すつかり甘えてしまつた彼の体は、却つて拗(す)ねたやうに、妻の亡い淋しさの中に、自らを追ひ入れるのだつた。或は秋の季節の故もあつたかも知れない。
「まゐりました」
夕方、靴音が停り、玄関の戸が開いて、素子の声が聞こえると、悌吉は初めて蘇(よみがへ)つたやうに生気づく。
「お帰りなさい」
悌吉は反射作用のやうに立ち上つて、玄関に素子を迎へ、そのまま食卓の前に坐つて、動かないのだ。
「山形の話をして」
悌吉はいつもきまつてさう言ひ、素子の田舎(ゐなか)話(ばなし)を聞きながら、いかにも満足さうに晩酌の盃(さかづき)を傾けるのだ。まるで、乳房を含んだ嬰児(えいじ)のやうに、他愛ないとも思はれた。
「田舎の人つて、とつても暢気(のんき)ですから」
素子は静かに語り出す。
(「いや、いや、あんどきあ、ひどがつたなあ、かがはん」
藁(わら)の焦(こ)げる高い香、湯の音。しかし彼女の母は何とも答へないやうだ。また湯の中に人の声が聞こえて来る。
「いや、ひどいもんだつだな」
「何言つてんだべ。この人あ……何がひどがつたんだあ」
「あんどきよ、ほーら、むじなあ、出たときよ」
「「ほだつてお前、あれや三十年の前の話だべな、山形さ共進会がかかつた時だからよ。馬鹿くさい」
「いや、ひどがつたでや、あいつばせめんのによ」
「…………
「あーや、ええお湯だでや、なむまいだ、なむまいだ……」)
悌吉は終始笑ひを浮かべて聞いてゐた。
ほんとだ。ほんとだ。田舎の人つて、自分の周囲のこと以外、興味を持たないんだからね。その代り、何年経つても、その興味は失はれない」
「さうですわ。まだ海を見たことのない年寄も、沢山ゐるやうな所ですからね。牛が『べこ』で、蛙が『べつき』、お玉じゃくしが『がえらご』。親から子へ、子から孫へ、、代代変りはしません」
悌吉達は、毎夜、そんなことを話しながら、時の経つのを待つ。子供達の眠り入るのを待つてゐるのだつた。
その夜も、悌吉は酒を飲みながら、素子の山形話を聞いてゐた。彼はもうよほど酔つてゐた。
(「なんだつて、ひどえつづれ頭だべ」
「この人あ、生れつきだべか」
「ほだやあ」
「なんだて、因果だなあ、おめえ」……)
素子がパーマネントをして、初めて帰省した時、往来で見知らぬ女の人に見咎(みとが)められて、交はした会話だつた。が、その時、話しながら、素子が酒瓶を戸棚の後に隠したのを、悌吉は素速く見逃さなかつた。
「お酒、もう少し飲む」
「もうありませんでしたわ。ほら、ね」
素子は別の酒瓶を持ち上げて見せた。
「駄目だよ。事、酒に関する限り、どんなに誤魔化(ごまか)さうたつて、誤魔化されないから」
悌吉は戸棚の方へ手を伸ばした。素子はその手を強く押へて言つた。
「先生、今夜はこれで止しにしませう。ね、ほんとにお体を考えて下さらなくつちや」
「うん、止すよ、酒なんか止すよ。だから、今日だからもう少し」
「お止しになんかなれませんし、お止しにならなくたつていいのですわ。ただもう少し節していただきたいの。私の父の亡くなつた病気のことを思ふと、私、ぞつとするんですもの」
「判つたよ、判つたよ。だから、今日だけもう少し」
「先生、どうしても聞いて下さらないの」
「こればつかりは、譬(たと)へどなたの頼みでもね」
悌吉は酒瓶の首を傾けて、酒をコップに注いだ。
「こんなにお願ひしてるのに」
俄(にはか)に素子の顔が歪(ゆが)み、涙が溢(あふ)れ出た。その顔を、素子は悌吉の肩に押し当てて来た。
「あなたのやうな偉い人が、酒くらゐのことで、泣くつてあるか」
「エゴイスト」
「さうだ、よくも見破つたり、その通りだ」
「私、帰ります」
「帰るつて、どこへ」
「Aへ、帰ります。私、どうしても、ゾラの、居酒屋のジェルベーズにはなりたくないわ」
「さうだ、それを、もつぺん山形弁で言つてごらんよ」
「申します。何べんでも申します。おら、ジェルベーズにはなつたくないずは」
「か、あ、いい」
悌吉はいきなり素子の肩を抱き寄せようとした。が、素子はその手を強く振り離した。
「帰ります。私、もうまゐりません」
「何だつて。来ないなんて、そんな馬鹿なこと、言ふものぢやありません」
「だつて、先生にはやはりおとくさんのやうな方がいいの。全然、私とは性質が違ふんですもの。先生は私小説。私は風俗小説。先生は貴族、私はどん百姓」
「とんでもない。貴族ぢやない。町人だよ」
「先生は新古今、私は万葉」
「あなたは新仮名遣ひ、私はこんこちこんの旧仮名遣ひ」
「先生は二二が三にもなれば、五にもなるけど、私はいつでも二二が四」
「僕は男で、あなたは女。それでいいのだよ。愛といふものは広大無辺。あなたが千島の果から、満州まで飛び廻つてみても、つまりは孫悟空同様、慈悲の掌の上に乗つてゐるのだ。慈悲とはいつくしみ、あはれむ、と書くではないか」
「しかし、とにかく、私、帰ります」
素子は寝巻や、タオルや、歯磨や、そんな小物の類を、風呂敷に包んだ。
「素子、どうしても帰るの」
「はい、どうしても帰ります」
「ぢや、送つて上げよう。そして、今度はいつ来る」
「あら、もうまゐりません、と、私申しました」
「馬鹿、仮にも、そんなこと、言ふものぢやない」
外に出ると、路の上に、塀の上に、鮮明な輪郭の影が映り、外はこんな美しい月夜だつたのかと、びつくりするほど、明るかつた。降るといふ感じではなく、絶えず、ひたひたと寄せてゐるやうな月光だつた。屋根の甍(いらか)が、木木の葉が、濡れたやうに光つてゐる。
「いい月夜だつたんだね。少し歩いてみないか」
「はい」
悌吉は停車場とは反対の方向へ歩き出した。素子も黙つて随(つ)いて来た。
悌吉は左に折れ、右に折れ、暗い小路を通り抜け、再び広い通りの月光の中に姿を現して歩いて行つた。その後に、絶えず同じ間隔をおいた、素子の靴音が響いてゐた。しかし、彼の酔つた頭には、どうしてもその道筋が思ひ出せなかつた。彼は不意に立ち留つた。
「田圃(たんぼ)の方へ行かうと思つたのだが、道順、忘れてしまつた。帰らうか」
「はい」
二人は引き返して行つた。
「ね、家へ帰らうよ」
「いや」
「だつて、Aへの、乗り換への電車なんか、もうないよ」
不意に、月光の中をふらふらと、素子は路傍の石の上に坐り、風呂敷包の上に顔を伏せたまま、動かうとしなかつた。
広い空地があつた。溝川も流れてゐた。中天にあまりに冴(さ)え返つた月は、却(かへ)つて丸い硝子を嵌(は)めたやうに、あつけなかつた。それよりも、白い流れ雲が、空の青さへしるく、いかにも月明の実感があつた。
何のざまだ。四十八の男と、三十八の女が、一体何をしてゐるのだ。が、悌吉はそんな愚かな自分が、恥しいのではなかつた。むしろ悌吉には、自分がひどく惨酷な人間のやうに思はれてならないのだ。羽交絞(はがひじ)め、さうだ、先に路子の心を奪ひ返したやうに、今度は素子までも、愛情といふ、美しげな蜘蛛(くも)の糸で縛り上げてしまつたのだ。しかも何よりいけないことは、初めからそのことを計算してゐたのではなかつたか。
エゴイスト。さうだ、蜘蛛だ。が、赦(ゆる)してほしかつた。甘えてゐるやうだが、素子がなくては、悌吉は最早この淋しさに耐へ難いのだ。じつと石の上に坐つてゐる素子への愛情が、激しく高まつて行くのを、どうすることも出来なかつた。
「帰らう、ね」
「いや」
「こんな所で、こんなことしてたつて、どうしやうもないぢやないか」
「帰つて」
仕方なく、悌吉は人影もない道路の上に立つてゐた。その足下で、虫が鳴いてゐるのに気がついた。が、さう気がつくと、不意に、月光の中一面に、虫の声が湧き上つてゐるやうにも感じられるのだつた。
その翌日、子供達が学校へ行つてしまつた後、新聞見てゐた悌吉の後から、素子が、いきなり顔をすり寄せて来た。
「ごめんなさい」
昨夜、或はもう今朝になつてゐたかも知れない。
「負けた、負けた。たうとう負けてしまつた」と、彼の腕の中で、身悶(みもだ)えしてゐた素子の姿を、悌吉は思ひ出した。
「いや、僕が悪かつたのだ。勘弁して。しかし、もう来ないなんて、絶対に言はないこと。いいね。よい齢をして、あまり見好いことではないからね」
「はい、先生にまで、あんなことさせて、ごめんなさい」
「僕もお酒は節しよう、節しなければならない、とは思つてゐるのだが、あなたが来てくれると、ほつとしたやうな気になつて、つい度を過すやうになるし、ゐないと、ゐないで、淋しくつて、夜など、どうしやうもないんぢゃお」
「すると、結局、どちらでも同じことね」
「まあ、さういふことになるらしい」
「私、この間、心臓が幾つも幾つも、不気味な色したのが、びくびく動きながら、踊つてゐる夢を見ましたの」
「さうか。気味の悪い夢だつたね。僕も出来るだけ節することにするからね」
素子は畳の上に片手を突き、暫く顔を伏せてゐた。が、不意に激しく頭を振つて、頭を上げた。その目には、涙が浮かんでゐた。
「ああ駄目、私、もうどうしても、先生から離れられない」
「駄目なことがあるものか」
「今まで、私は思つたこと、はきはき出来る性(たち)でした。それがもう駄目。こんなこと、生れて初めてのことですわ」
「さうだらうね。昨夜からのこと、お互に、二二が四ではないやうだね」
「ええ、もう、五になつたり、九になつたり、無茶苦茶。私をこんなにしてしまつて、憎らしい人。なんて、いい方」
素子は顔を寄せて来た。その頰に、悌吉は頰をずらして、口づけした。


[編集]

その後、素子は土曜日になつても来なかつた。その翌日の日曜日、悌吉は路子と治を連れて、素子を訪ねてみることにした。それほど素子のことが心配になつたといふよりも、何となく、郊外のあたりを歩いてみたくもなつたのだ。
幾つかの鉄橋を越えると、四辺(あたり)は秋の郊外の風景だつた。いつか空は曇り、風の中に、芒(すすき)の穂が乱れてゐた。子供達は窓に顔を寄せ、目を放たうともしなかつた。遠く来た思ひのやうでもあつた。
Aで降りると、悌吉は未知を尋ね尋ね歩いて行つた。
「をばさんてお元気ね。毎日、こんな遠くから通つていらつしやうの」
「さうだね。毎日、大へんだらうね」
「何だか降りさうですね。をばさん、お留守だつたら、弱るな」
「そしたら、弱るね」
しかし悌吉はやはり緩(ゆる)い歩度で歩いてゐた。何となく留守のやうに思はれた。が、悌吉は、こんな所を歩いてゐる自分が、いかにも不思議なやうで、留守の方が自然のやうにも思はれるのだつた。
以前、工員の寄宿舎だつたといふ、それらしい一棟(むね)の建物が目に入つた。
「あれだね。きつと」
悌吉は子供等を連れて、その中に入り、一つ一つ名札を見て歩いた。直ぐ「佐野」とだけの、木の名札が見つかつた。彼はそつと扉を開けた。
後向きに、一人の女が食事をしてゐるところだつた。その無造作な服装の故か、何だが女の大学生とでも言つた感じで、一瞬、いかにも戸迷つた悌吉は、路子の方を振り返つた。路子も怪訝(けげん)さうな顔を見上げてゐる。が、目が馴れると、やはり素子だつた。素子はまだ気付かぬらしく、無心に箸(はし)を動かしてゐる。その素子の後姿に、秋の日、女ひとりの暮し方が染み入るやうに感じられた。
「素子さん、出て来た」
「あら、先生、いらつしやつて下さつたの
「ちよつと、来たくなつて」
「路子さんも、治ちやんも、よくいらつしやったわね。朝から、すつかりお洗濯して、やつと食事してましたの」
窓の外には、大きな楠(くす)の枝に竿を渡し、それに掛けた洗濯物が、濡れ布の音を立てて、はためいてゐた。
「住宅、アプレゲールでして」
押入れがないので、蒲団(ふとん)は積み上げて、その上を毛布で覆うてあつた。しかし、素子らしく室内は綺麗に整頓されてゐた。素子は子供達には砂糖を沢山入れて、紅茶を進めたりした。
「弟からの便りでは、蔵王にはもう雪が来たやうですわ」
「さう、もう十月だからね」
「斉藤先生の歌ですの。『秋ぐもは北へうごきぬ蔵王より幾なだりたる青高原に』結城(ゆふき)先生の蔵王の歌は沢山あります。『ひむがしの蔵王の山にかたまれる夕焼雲は動かざりける』私、好きです」
「蔵王はいいだらうね。来年は、一緒に行かうね」
「ええ、行きませう。先生、こんな歌、御存じ。『最上川のぼればくだる稲舟のいなにはあらずこの月ばかり』」
「万葉かな」
「万葉のやうですけど、古今ですの。エロね」
「エロと言つても、とても健康なエロね。いかにも最上(もがみ)乙女(をとめ)と言つた感じね」
「最上川を歌つたのも沢山ありますわね」
「第一、そら、さらさらとさざら波……」
「あら、いやな先生」
「夕月が光つて、釣る人が二人かへるよ」
「まあ、覚えてゐて下さるの」
風が強くなつたらしく、楠の枝が窓ガラスの中で激しく揺れてゐた。どうやら雨が来るらしかつた。空の暗さも増した。
「ちよつと、出てまゐります。路子さんも、治さんも、直ぐにお昼にしますからね。暫く待つててね」
素子の末の弟が残して行つたといふ、アコーディオンを取り出して、子供等はさつきから喧(やかま)しい音を立てたり、その番を争つたりしてゐた。
「どうだい、どうだい、お姉さん」
「ぎんの、さばくを、はあるばると……」
どうやら歌の調子になつて行くやうだつた。悌吉は見るともなく、雑誌の頁を繰つてゐた。
「あつ、雨よ」
路子が立ち上つて、窓を開けた。風が激しく吹き込んで来、その風の中に、大粒の雨が吹き散つてゐた。悌吉は急いで洗濯物を竿(さを)ごと部屋の中に取り入れた。毛糸などもいくつもの輪にして乾してあつた。それを路子と治が、騒がしく中に入れた。
洗濯物はまだ濡れてゐたので、そのまま部屋の中に、斜に掛けた。しかし下着類なども真白く洗はせてゐて、いかにも素子らしく清らかだつた。
「をばさん、傘を持つていらつしやちゅたか知ら」
「さうだね」
雨は激しく降つて来た。が、素子はそこへ帰つて来た。
「有難う。入れて下さつたのね」
素子は下着類だけを素早く取り外すと、竿を部屋の横隅に掛け直した。
食後、白い洋服の上衣にアイロンをかけてゐる素子の、よく動く手を、悌吉はぼんたり眺めてゐた。雨はまだ強く斜に降つてゐる。治の鳴らし続けるアコーディオンの音が、却(かへ)つて単調に響いてゐる。
「路子さん、上衣にアイロンかけませう。ちよつとお脱ぎになつて、これお召しなさい。これ差し上げますわ」
草色の毛糸で編んだ、網目のジャケツだつた。路子は微笑して、それを着た。
「とつても、よく似合ふぢやない」
「似合ひますわね」
「いいなあ、いいなあ。お姉さん」
「治ちやんには、この毛糸で冬のジャケツを編んで上げます」
素子はますにひどく力を入れて言ひ、直ぐ笑ひ出した。
「そりや、素晴らしい。太い毛糸だね。暖いだらうね」
「これ、山形の家で取りましたのよ」
「さう、これをね。緬羊(めんよう)まで飼つてるの」
「私、戦争中、かういふ物に困るだらうと思つて、緬羊を二匹買ひましてね、母に頼んで飼つてもらひましたの。そして、今年は弟の番、来年は私の番、その次ぎの年は妹の番、といふやうに決めましたの。今年は三度目の私の番ですの」
「えらし、姉ちゃん、ひどく頭がいい」
「私、いつでもさういふ風にしますの。弟が田を買ふので、お金を借りた時は、アンゴラでした。兔(うさぎ)は直ぐ殖えるでしよ。直ぐ大きくなるでしよ。それを売つては、年年お金返しました。するとお給料に関係がないから、暗くならないでしよ。明るいでしよ。それに第一、確実でせう。妹の結婚日は豚公」
「感心した。これだけは、すつかりお素さんに感心した」
「ほんとに、これだけは、ですわね」
素子は嬉しさうに笑つた。
雨は次第に小降りになり、漸(やうや)く熄(や)んだ。時計は四時に近かつた。
「幸ひ雨も上つた。そろそろ帰るとしようね」
「さう、では、私、お送りしますわ。ちよつとお待ち下さいね」
素子は机の前に鏡を立てて、顔を直した。風が残りの雨を散らしながら、窓を鳴らして行つた。素子は風呂敷包みと、勤めの鞄を持つて、悌吉の前に立つた。
「お待たせしました。路子さん、これ一つ、持つてね」
「ぢや、駅まで送つてもらはうかな」
「いえ、お宅までお送りしますわ。こんな所まで来て下さつたのですもの」
「さう、家まで送つてくれるの。ありがとう」
外は雨が霽(は)れて、秋冷の気が一段と深かつた。路上には、街路樹のプラタヌスの葉が散り敷いてゐた。しかし、悌吉には喜びが、微笑となつて溢れ出すのを、どうしやうもなかつた。
電車を降りると、日はもうすつかり暮れてゐた。悌吉と素子は、途中夕食の買ひ物などして、帰つて行つた。子供等は手を取り合つて、先の方を歩いて行く。自家の前の小路の方へ曲らうとした時、素子はすつと寄り添つて来て言つた。
「先生、私、最上川なの。そんな予定ぢやなかつたのですけれど。二日ばかり早かつたのです。ごめんなさいね」
「そんなこと、いいとも、いいとも」
悌吉は素子の手を両手に包んで、強く握り締めた。
悌吉は他愛なく嬉しかつた。と言ふより、何かへ感謝したい気持で一杯だつた。心の中に、絶えず麗(うらら)かな陽が当つてゐるやうで、この世にも、こんな一刻があつたかと、静かな酔ひの廻つて行くのに任せてゐた。
初めて和服を着た素子が、彼のそばに坐つてゐるのだ。悌吉はそんな素子の姿を見まいとしても、自然に目が走り、笑ふまいとしても、勝手に微笑がこぼれ出た。
「嬉しさうですね」
「ほんと、父さん、うちやうてん」
「おごつてもらひませう」
科白(せりふ)めいた言ひ方で、三郎が言つた。
「その調子、その調子」
子供達は賑かに囃(はや)し立てた。素子は半ば艶(なまめ)かしく、子供達に対しては、半ば慎(つつ)しみ深い表情で坐つてゐた。
子供達が去つてから、素子は言つた。
「そんなに喜んでいただいて、私、嬉しいですわ。けれど、私、先生に喜んでいただきたいばかりで、和服着たのではございませんの、私、社ではてきぱきと仕事して、その代りここへ帰りましたら、先生の妻としての気持に成り切りたいと思ひまして。これから、いつも着物着ますわ」
「ありがたう。生けるしるしあり、ね」
と、悌吉は素子の耳に囁(ささや)くのだつた。

この著作物は、環太平洋パートナーシップ協定の発効日(2018年12月30日)の時点で著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)50年以上経過しているため、日本においてパブリックドメインの状態にあります。


注意: ウィキソースのサーバ設置国であるアメリカ合衆国において著作権を有している場合があるため、この著作権タグのみでは著作権ポリシーの要件を満たすことができません。アメリカ合衆国の著作権上パブリックドメインの状態にある著作物、またはCC BY-SA 3.0及びGDFLに適合しているライセンスのもとに公表している著作物のいずれかであることを提示するテンプレートを追加してください。