== 時計用法解說の箴 ==
時計の起原や遠く予聞く西曆紀元八百年間伊太利に於て始めて之を創造す然れとも其製作甚だ麁造にして亦其用を爲すや不便なり爾後智工の士輩出し奇を究め便を計り一千百年の初めに至り新奇補正所ありて遂に今日の旺盛家々壁に掛け人々袖中に藏め勤務の朝退營生の作息醫師の脉度勞逸の程限滊車船舶の運轉航海の用に至るまで須臾も缺く可からざる器なり然るに往々其精を競ひ良を擇び漫然時を消過し精を競ひ良を擇ぶの心果して何に在るや人に誇るの具を爲すに過ぎず昔者元主製する刻漏を明の高祖に進る者あり明祖曰く萬機の務を廢し心を是に用る是の作無益有害なる者なりと今世果して分陰を事業に惜み此機に負かざる者果して幾人かある庶機は要時を誤らず刻を虛ふせず貴重の要器を徒に玩弄視して無用に歸せしめんと云爾
明治十有九年四月 澁谷史春識
一 予此業に從事する茲に數年固陋寡聞未嘗て得る所無しと雖も見聞實驗せし所を編述し且つ諸書より抄譯して以て此編を成す固より杜撰誤謬を免れず看官敎を垂予が爲に訂すあらば幸甚
一 此編は時計職に從事する諸君の爲にせず專ら購求所有する人の爲めに編輯するものなれは最も解し易きを旨とし簡約只常に注意の要旨を說く匠氏の見るに至ては自ら其書あり就て見るへし
一 書中地名は右傍に=を施し人名は―を用ひ物名には「」を附て之を區別す
== 時計用法解說目錄 ==
○時計を購求際の注意
○時計を所有する人の心得
○各地に由て時刻の差違ある事項
○自鳴鐘及ひ時辰鏢の運動
○時計の原由
○擺子自鳴鐘 俗にさけぶりと云
時計を購求んと欲せは先つ器械の精功最上を選擇み必す善良の品を求むへし不良なる時計は器關の部分に於て職工注意を加へず其組立粗造にして且部分一種毎に上等の品を用ひす初めより一時の用に供れば足るの積を以て素より麁客に製作せしものなり(俗に仕入物)と云ふ盖は何れの品にても有へきことにて製造者の常なり倂しなから要求者の値の廉なるを主として品物を擇まざる者あるに原因するものなり故に購求者此弊を止むる時は製造者に於て自ら精密機巧に至るへし是れ購求者の自ら招く所なり故に他日時計の損傷を來すの速も之を時計職に責る能はづ又屢時計を修覆ときは其修覆料が嵩み遂に最初廉にて求めたる時計も高價の品と同一に至る而して其舊に復し充全に修覆こと難し
時辰鏢は時計製造中極めて精密なるものにして僅に一インチ以上二インチ半以内にて錯辨たる器械數車を組立該車の運轉に依りて時を計るものなれど特に用法に注意を加へざる可らず且又馬上及び車上に携帶るときは其動搖き甚だしき故に器械頓る堅牢なる品を所持すべし
不良時計は彈機强して機關の運動するとき其音烈しきものなり故に此烈しき音の時計を求むるときは果して速く不整屢修理を加へさる可からず
又種々の名稱を附て其名に由り品等を異にするの習慣ありて爲めに素人を欺こと多し例は「コロノメートル」といふ時計は原と最上の品に名けしものなれとも職工の惡弊より樞要の機關を普通の品を以て搆成する者ありて中には不良の品あり因て一槪に其名稱に執着て品の上下を分つこと勿れ此等の惡計を免んと欲せば必ず信用ある時計商に行きて多分の金を抛ち求むべし
今や各國製造の時計を經驗に左の圖の如く種々の大小形あれとも大抵十七型十八型を用ゆ然れとも姑く十六型の大さを最も小なる時計と定め十八型を銀時計の最も中なる分と定む此十八より廿一型の時計は器械も至て堅固にして運動の連續久しく保ち不整の懸念なし實に重寶の品なり然りとゆゑとも購求者の好に依て區々たる故 存意たるへし我輩はたた老母心より出したる儘を述る者なり上に述る如き
[第一圖省略]
は時計商の利を得んと欲するに非ず購求者の便と告るなり
善良なる時計と云は唯樞要なる器械の搆成の善惡に由ることなり善良なる時計の器械は徒に裝飾し外面に美麗なる彫鐫を用ひず故に素人目には却て麁造なる品に見ゆれとも不良の品は多く瑕あるものにて之を隱蔽せん爲に裝飾を加へ素人眼を眩すなり
[第二圖省略]
硝子にて製したる中蓋の時計は運動する器械作用等が外面より一目に瞭然として見ゆる故に大に便利なるものなり如何となれは中蓋を屢開き他見を許す人あり若然る時は内部の器械に塵埃が入りて車の運轉を止め大に害することあり元來此硝子蓋は支那より日本へ時好なり支那は最初歐羅巴より輸入したる節便利なるを以て一時衆人の好む所となるより輸入し節常に一人に二箇宛佩び一箇の運動休止るときは一箇を辨用し又時示針の進後を比較る爲めに一時衆人の好む所となる
[第三圖省略]
凡て時計は前に述べたる如く餘りに大に過るも宜しからず大小宜しきを取り中を得るに若かず其中なる者は前に圖を以て示したる一八型より廿一型迄の品を善とす
時計を購求るには時計職外の商店にて廉價に惑ひ善良品なりと思ひ求むるは大なる誤なり大抵其品は必ず器械等不良品なり上にも述る如く時計商も殊に世に信用を得たる店にて買ふときは決して不良品を與ふることなし此等は購求の最も注意すべきことなり
[第四圖省略]
デュボワー[注釈 1]と云へる佛蘭西の有名なる時計師が書しるせしに時計匠が二三年以降時計專賣を得たるより一層勉强して他人を欺の所業は絕てこれなきに至れりと云ふ衆人に時計の撰み方を敎導せしめ專ら購求者の便利と謀るに注意を加へること然り
時計を所有には平常に能く注意ること肝要なり第一時計は日毎に捲くへき時を妄りにせず時刻を定めて鍵を捲くべし其之を捲へき際鍵を固く握りて廻轉こと勿れ又時計の動搖よふに持て鍵と共に廻轉べからず鍵を持たる手耳を順に廻し決して逆に戾すへからず然らざれば毀傷ことあり然れども進度の都合に由て二三分時間は戾すも妨げなし捲終れは物に倚て少しも動かすべからず橫に置くときは柔かなる物の上に置へし然らざれば「テンプ」が機器を動搖し以て時に差違遲速を生すれは其時指針を等分の時に合すへし又柱に懸る時は龍頭ばかりにて懸るへからずず下に臺を置き倚せ置へし
時計は一年毎に掃除すへし就中錯節なる機器は屢油を塗換掃除を爲すへし後ち大なる毀傷をなす若し二三年も捨置く時は油粘着して車の運轉を止るなり
然る時を油の凝結したると思ひ或は火にて暖め或は油を注ぎ抔するものあり若し然る時は一時の運動を起すと雖も固より油の粘着を去らざれは直に運轉の止めるなり加之ならず其儘運動するときは車輪軋轢て終に器械の滅縮みを生ず斯の如きに至りては其修覆料も高價なる耳ならず到底舊の如く復すること難し是に於て某が拙手にて斯毀傷にせしと罪を職工に負しむるは譬えは猶患者の醫を迎へ診察を請に期を遲緩して病益重り終に不治病に至り咎を醫師に歸すると同じ
時辰鏢の器械を修覆せんには職工の巧手に命ずべし若し未熟の職工に依任ときは器械に損傷を生ずるなとあるべし
左の圖は「キーレッス、ウヲッチ」といひ鍵を用ひずして「ゼンマイ」を捲へき裝置なり其捲ところはいなる突出たる菊型の釚を旋轉し又時指針を適合するはろなる小突栓を壓へいなる菊型を廻轉すれは時指針は自由に運轉するものなりろは内空にしていより軸を通貫して内部の機器に鏈續く是世人の龍頭卷と稱するものなり此搆成は大に職工の焦思苦慮めしものなり今此裝置を汎く用ゆるなり
[第五圖省略]
時計の表面の葢は常に開き置く可からす時針に塵の入て汚穢よう必す淸潔なる衣服の中に入置くへし
若し誤て時辰鏢を水中に墜せし時は器械の内部は濕氣を含む故に直に外葢を開き濃き油の壜中に浸し之を近傍なる時計職工の許へ持行へし然らされは遷延中に錆を生することあり油は石炭油を用ゆへからす燈油を善とす
○土地に由て時刻の差違あるを表す
[編集]
左の時刻表は橫濱町會所の時計を見て正午十二時の時は卽ち各差違あるを知るへし
東京――――十二時二十六秒半
同品川臺場――――十二時二十六秒
相摸劍崎――――十二時十二秒
同觀音崎――――十二時二十四秒
安房野島崎――――十二時五十八秒
下總犬吠崎――――十二時四分五十八秒
相摸三崎城ヶ島――――十一時五十九分五十二秒
奧州靑森――――十二時四分十八秒
陸前石卷港――――十二時六分二十四秒
北海道根室國辨天島――――十二時二十三分三十二秒
渡島國箱舘 ――――十二時二十四分四十四秒
伊豆神兒元島――――十一時五十七分十二秒
同下田――――十一時五十六分四十秒
淡路江崎――――十一時四十一分二十四秒
大阪天保山――――十一時四十三分十二秒
兵庫和田ヶ崎――――十一時四十二分十二秒
長門下ノ關――――十一時二十五分五十五秒
肥前伊王島――――十一時二十一分十九秒
大隅佐多の御崎――――十一時二十四分二十四秒
駿河御前崎――――十一時五十四分三十二秒
志摩鳥羽――――十一時四十九分
紀伊樫の崎――――十一時四十四分五十二秒
同鹽見崎――――十一時四十四分三十秒
同苫ヶ島――――十一時四十一分二十五秒[注釈 2]
支那北京――――午前十時十七分五十八秒
香港――――同十時八分四十秒
英吉利龍動――――同二時四十一分二十四秒
佛蘭西巴里西――――同二時五十分三十九秒
瑞西ロックル――――同三時九分二秒
魯西亞聖彼得爾堡――――同四時四十二分三十二秒
凡百の事物昔時人智蒙昧の世には其事迂回其機工拙劣にして其用を爲すや不便なり星移り物變るに隨ひ人智も益進み細大の機工精密奇巧を極め其用を爲甚だ廣し時計の如きも近世に至りて製造精密を極むと雖も往古は拙陋笑ふ可きに堪たり今其一二を擧て示し人智進度を知るの一班に供ふ
泰西に於ても往古は只大陽の出るより入るまでを晝とし大陽の地平正面に至れる時を正午とし大陽の入るより出るまでを夜となし夜は衆星の運行を見て何時たるを知る耳でありしが爾後耶蘇降生七百四十二年猶太王「アーズ」なる人大陽の光線にて物影の正斜あるに由て時を計るべき日時計なるものを創めて製造す然るに其製工たるや日出より日沒まて太陽の影を受て物影の倒に映る理由に基きて長短移轉の區別を立たるもの上の圖の如し
[第六圖省略]
是の如き一つの盤上に二十四字を畵し時指針を中點に建て正南西北の方位を直にし以て時指針の影畫[注釈 3]したる時表に映れは則ち何時たるを知るなり
其後亦水の點滴を視て時を計ることを發明するものあり其時世を辨知する能はずと雖も今其圖を上に示すへし
[第七圖省略]
其器械の構成たるや漏斗管より水を注入れ其水の壓力に由て列車の運轉を作し水を增加す水の增加るに從ひ壓力を增す故に時指針は壓力の度に由て時刻旋轉す卽ち圖の如く[を]なる筒より[い]なる漏斗型の函に[ろ]の如く水を容るれは下底の細管を貫通て[は]の如く一滴づゝ雫ち[に]の大函に注入る水の積量に隨ひ[ほ]なる長き棹を浮べ其棹の上方に細齒あり是にて[へ]なる時表板の時指針を運轉す[と]は二十四時を記したるもの[ち]は総機の木框にして[り]は[ろ]なる水の積量れば時刻に差違を生ずるが故に此小棹を浮べて以て餘れる水を[ぬ]に洩引すなり[る]は二十四時の中適當の時と合さんとするに下方より水を洩して時示針と適合せしむ
又中古傳はる時計は方臺時計柱架時計尺度時計の類にして皆人の知る所なり而て此等の時計は晝夜を十二分して一時と云ふは今の百二十分間なり
舶來の時計は「タイムピース」時を指すもの卽ち掛時計置時計の類にして鐘を打ざるもの「クロック」時を示し鐘を打つもの「レピートル」何時に限らず反復して時を打たしむべきもの卽ち星學上に用ひるもの「クオルトル、クロック」四分一時時計卽ち時の數幷に其四分一時十五分每に鐘を打つもの以上を總て自鳴鐘といふ
懷中に收むべきものは「レウェル、ヱスケープメント」「アンコル」機ともいふ天秤機の次に槓杆を用ゐるもの「シリンドリカル」又は「ホリゾンタル、エスケープメント」俗に「シリンドル」機といふ「キーレッス、ウヲッチ」是は鍵[注釈 4]なくして用ゆるもの卽ち龍頭卷と稱す以上を總稱して時辰鏢といふ
時辰鏢は四本の針を備ふるものありといへども通常三本の針を用ふ三本の針の中短針は時を示し長針は分時を示し小針は秒時を指し一昼夜を二十四時に分て一時を六十分一分を六十秒とす今一時間の秒数は三千六百度なるが故に一昼夜にて八万六千四百の進動なり
[第八圖省略]
右の圖は時辰鏢の裏面なり[い]は「ゼンマイ」を卷べき孔にして每日同時刻に卷を宜しとす[ろ]は表面の時指針を合さしむへき孔なり
左の圖は時辰鏢の内部の機器を示すものにして卽ち「レウェル、エスケープメント」又「アンコル」の機器なり[は]は天秤機を壓ゆるものにして一の小針ありて其両側にSFの二字を記し或はARの文字を記し時の遲速を合せしむるに用ふSRの方に小針を倚すれば遲くなりFAは速くするなり故に四五分の差違は小針を左右にして合するなり因て是を号て遲速適合針と云
[第九圖省略]
○擺子自鳴鐘 PENDULUM CLOCKS
[編集]
擺子自鳴鐘は日耳曼のデワーク氏の創製なれども未だ天秤機と両錘の作用を爲しむる術を知らず爾後伊太利の星學家ガリレオ氏焦心苦慮種々の實驗を經て終に眞の擺子自鳴鐘を製造せり然るに左の圖の如く[は]に薄鋼鉄[注釈 5]の切片を懸け擺子の左右同一に振動を起すときは此鋼鉄も亦從ひて同一に運動を生ず而して棹の長短及珠の大小に從ひ時刻に遲速を起すの作用を爲の器機に過ぎず後一千六百五十七年間和蘭人前の両說を排斥して從前の器機に尙一輪を加へ齒輪と天秤機軸とを橫に置き天秤機の下臂を下方に達せしめ之を變じて擺子と爲す此擺子を應用したる器機は天秤機の槓杆と軸との作用に由て振錘の輕きと振路の弧線の大なるを要せり故に擺子は自鳴鐘と管すへきに反て擺子を管す爾後又英國の人フーク氏の製造に係るものは運動を起す力は殊に小にして重き擺子を動かし又擺子の弧線は小にして空氣の力を受けること甚だ少くして其正しきなり卽ち圖の如く[い]なる棹に[に]なる球を繫ぎ[ほ]は薄き鋼鉄にして振動を自由ならしめ[ろ]なる腕より錨搖輪に連絡し[は]は遲速を適合すものにして是を回轉して[に]なる珠を上れは時の進度速くして是を下れは緩くするなり此理由故に棹金は緊要のものなれは振動球を懸け避の際に注意べし亦此時計を柱に懸んとする際は振動球を避置而して堅牢なる釘に掛け振動金の端に振動球を垂れ左右に運動すへし尤も前後左右を直にすべし亦此時計を下さんとするときも前の如く振動球を避して後に下すへし
[第拾圖省略]
明治十九年五月三日 版權免許
明治十九年五月 日 出版
[定價拾五錢]
大坂府平民 著者兼出版人 澁谷史春
東區北久寶寺四丁目四十番地
發賣人 大阪東區北久寶寺四丁目 前川源七郞
同 同 鹽町三丁目 前川支舖
- ↑ 底本では「トボワー」とも読めるが判読困難。
- ↑ 底本では「苦ヶ島」。
- ↑ 底本では「晝」。
- ↑ 底本では「鏈」。
- ↑ 底本では「薄綱鉄」。