春の夜の夢

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本文[編集]

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妻が亡くなってから、子供たちがいろんな花を謙吉の机の上を飾るようになった。今は紫の木蓮(もくれん)の花が挿(さ)してある。数日前、彼の末子が持ってきたときは、黒紫色の大きな蕾(つぼみ)であった。葉のない枝先に、大きさは少しずつ違っているが三輪の相似形(そうじけい)の蕾だけがついているのは、何だか取ってつけた感じで、趣(おもむき)のないようにも思われたが、天鷲絨(びろうど)のような蕾の中に湛(たた)えられた、黒々とさえ見える紫の色の深さに、いかにも咲こうとするものの瑞瑞(みずみず)しい力が感じられ、謙吉には花の咲くのが待たれもした。
二三日、春寒の日が続き、蕾には特に目立った変化は起らなかった。あるいはこれほどの大きさの花になると、水分だけでは、花を開くことは難しいのではなかろうか。すると、植物にとって、花を開かせるということは、精いっぱいの行いのようにも思われ、濃い紫を湛えたまま、咲き悩んでいるような、花の営みが哀れでもあった。
しかし、前日あたりから、春の暖気が回復すると、蕾はきゅうに成長を始めだした。蕾というものが温度にどんなに敏感かということは、一番小さい蕾までが、姉蕾の後を追うように、みるみる大きくなって行くのでも判るようである。夕方近く、姉蕾のふっくらと脹(ふく)らんだ花弁の先がわずかに破れた。謙吉には、あるいは鰥夫男(やもめ)の妄想かと思われたが、これほどの大きな蕾が開くのは、何となく艶かしいものだ。小娘がちらっと膝頭を覗(のぞ)かせたような含羞(がんしゅう)の色さえも感じられる。
翌朝、書斎に入ると、木蓮の花は一輪、みごとに咲いていた。紫の蕾のことよりは、幾分裾濃(すそご)に色を薄めた花弁は八枚、二弁は並んで高く、その両側の二弁は低く、他の四弁は中ぐらいに開き、太い雌蘂(めしべ)を中心に、褐色のブラッシのような雄蘂はそれを取り囲んでいる。他の一輪も、紫の楕円体(だえんたい)を二つに切断したような、こっぽりとした花弁を重ねて、花先を開き、一番小さかった蕾も、今は大きく脹らんだ。
自然が創(つく)るものは、どうしてこうも美しい均整を描くのであろう。柔い反(そり)を持った舟形の、八枚の花弁の排列は葉のない枝先に、いかにも伸びやかに、紫の袖を舞い飜(ひるがえ)しているようでもあった。しかしこの花の重厚な色調のゆえか、軽々しさや、感傷の色は少しもなく、今は蕾のことの含羞もない。高い色香は感じられるが、卑しい感じはいささかもない。
何か、謙吉の頭に、聯想(れんそう)のゆおなものが浮かんだように思った。しかし不思議なことには、それが何であるか、謙吉はすぐには思いだせなかった。形のない、仄(ほの)かな匂いのようにも思われた。が、花弁のつけ根のあたり、花も濃く、花肉も厚い、その張りの強さに目が止まったとき、ふと、奏子の、あの豊かな腰の線を思いださせなかったとは言いきれない。もはや五十にも近い年配でありながら、いかにも鰥夫暮しのあさましさとも思われ、謙吉は急いでペンを取りなおした。
それからどれあだけの時間が経ったろう。静かであった。庭には、春昼の光の中に、八重(やえ)山吹(やまぶき)が絢爛(けんらん)と咲き乱れているのに、謙吉は一人、まるでそんな自分の姿まで見失ってしまっていたかと思われるほど、静かであった。そのとき、玄関の開く音がして、人の訪ねる声がしたのである。女の声であった。
謙吉は立って、玄関に出た。納戸茶(なんど)茶(ちゃ)の羽織を着た奏子が、そこに立っていた。あまり意外な出来事に、何だかまだ夢の覚めきらぬような、彼の寝呆け目に、奏子の姿はひとしおくっきりと美しかった。
「近日、お国の方で御納骨なさるように伺いましたので、お別れに寄せていただきましたの」
奏子は彼の亡くなった妻の、義理の復(また)従姉妹(いとこ)にあたる。つまり、今年九十二になるという奏子の老祖母は、妻の養家、八里家の出なのである。
「それはどうも。恐縮でした。さあ、どうぞ」
奏子は、以前踊りを教えたこともあるという人らしく、綺麗(きれい)な腰つきで玄関に上り、いつものように心持胸を張った姿勢で、座敷に通った。
「お線香、上げさせていただきます」
奏子は大きな果物の籠を遺骨の前に供(そな)え、水晶の数珠(じゅず)を掛けて拝(おが)んだ。赤い珊瑚(さんご)の母珠が一つ、いかにもこの人らしく艶しかった。
「了誓さんと申しますの。御隠居さまがおつけになったのでございますか。おとくさんらしい、いいお名前ですこと」
謙吉の妻の法名は、葬儀の後、彼の母が郷里の寺の院主と計(はか)って、つけたものであったから、奏子には初めてだった。奏子は数珠をかけた手を合わせたまま、しばらく後向きの体を動かさなかった。部屋の隅の薄暗さの中に、奏子の青みさえ湛えているかと思われる耳裏(みみうら)から、襟もとへかけての、艶々(つやつや)しい肌理(きめ)の白さが、浮き上っているようだった。奏子は鈴を一つ鳴らして、頭を下げた。きゅうに揺れ乱れた線香の、あの匂いが謙吉の方へ漂ってきた。
「お国へは、いつごろお帰りでございますの」
「なかなかお尻が上りませんのでね。数日中には帰りたいと、思っているのですが」
「そうでございますか。お間に合って、私、嬉しゅうございました。まあ、綺麗なお花ですこと。木蓮でございますの」
謙吉は、瞬時、目の置き場に当惑した。いかにも素知らぬ風を裝おうとする不自然さであった。しかし奏子は膝の上に、もみ色の袖口を返し、ピースの箱を取りだして、器用な手つきで、その一本に火を点けた。きゃしゃな指先に挾(はさ)まれた吸い口が、もう赤く染(そ)まっている。そんなことまでが、ひとりいの謙吉には、ひどく珍しいことのように思われた。
「皆さん、学校ですの。お静かでございますのね」
「静かすぎて、かえっていけないんです。どうかすると、魂とでもいうようなものが、無断ですうっと抜けて行くような感じでしてね」
奏子は黙って頷(うなず)いた。
「ちょっと、お待ちください。お茶でも沸かしてきますから」
「ほんとにおかまいなく、いえ、私、お沸かしいたしますわ」
「とんでもない。台所は真黒け、むちゃくちゃでしてね。足袋(たび)なんか、たちまち黒色と変じますからね」
この人には、どんな苦労も染みないかと思われるような、奏子の白い足袋の色を、謙吉は思い浮かべていた。きっちちりと足に合った、というより足の形そのままのような奏子の足袋であった。
「そうですか」
片膝立てた、奏子は、ためらいながら腰を下した。謙吉は台所へ行き、荒々しい音を立てて薪(まき)を割り、馴れた手つきで火を燃した。
「やはりいけませんわ。殿方(とのがた)に、そんなこと」
破(やぶ)れ団扇(うちわ)を持ったまま、謙吉が振り返ると、奏子は障子に添って立っていた。奏子は足袋を脱いでいた。
「だめ、だめ、そら、こんな字が書けるくらいですもの、足が真黒になってしまいます」
綺麗な奏子の素足(すあし)だった。白い、というよりも指先から土ふまずのあたりにかけて、思いも寄らぬおど、紅色を差していた。が、その薄紅色の、血が透いているかと思われるような清らかさは、やはり奏子の肌理(きめ)の白さによるのであろう。まるで何かが匂っているようだった。その足は、謙吉にとって、今初めて見る、奏子の体の一部分であった。不意に、謙吉はその足の上を踏んでみたい衝動(しょうどう)にかられ、あわててばたばたと団扇を煽いだ。
「今度の所は、お台所がとても狭いものですから、私も縁側へ焜炉(こんろ)を出して、ばたばたやってますの」
「しかし御親戚だそうで、お祖母さんは御安心でしょう」
「ええ、お祖母さんは賑(にぎや)かなので、御機嫌がいいのですけれど、子供が大勢で、私、ほんと困っています」
戦争中、老祖母の生家である、八里の家へ疎開(そかい)していた奏子たちは、終戦後、偶然謙吉と同じ町に部屋が得られて引き移ってきたのであった。ところが、奏子の夫である杉崎は、昨年の暮、商用で、関西へ行ったきり、その消息を絶ってしまったのである。ちょうど、謙吉の妻が亡くなったころのことで、八里の家人の話によると、杉崎はある事業に失敗し、多額の借銭ができ、横領のような不正のこともあって、きゅうに姿を隠したらしい由(よし)であった。その上、杉崎には大きな子供のある妻があって、奏子の籍(せき)は入っていない、との話でもあった。
しかし、謙吉の妻が亡くなった前後、始終彼の家へ手伝いにきていた奏子の顔には、少しもそんな暗さは感じられなかった。いつも薄く化粧(けしょう)をして、華(はな)やかな応対ぶりに変りはなかった。謙吉はときどきそんな奏子を不思議な目で眺(なが)めることもあった。あるいは、項(うなじ)のあたりに覗(のぞ)かせる肌着など真白く、そんな私生活の曇(くも)りを他人に知られるのを、極度に嫌う、潔癖(けっぺき)のゆえかとも思われた。しかし、この二月、約束の期限が切れ、部屋の立ち退きを迫られた時、奏子は八里の家人にこんなことを漏(も)らした由である。
「志村さんのお部屋、貸していただけないかしら。そうすれば、志村さんのお世話をしてさしあげられますし」
「さあ、今のところでは、そんなお気もないようですがね」
そう答えておいた由を、八里の家人から告げられたとき、謙吉は愚かにも微かな胸のときめきを禁じられなかったのであるが、同時に、そんないかにも無造作な奏子に、ふと感情の痴呆(ちほう)とでもいうようなものが感じられもしたのである。
「さあ、沸きました。どうぞ」
「あら、私、結局ぼんやり立ってたばかり」
奏子は座敷の隅に跼(かが)んで足袋を履(は)いた。何か美しい恰好(かっこう)だった。
「けっこうなお茶でございますわ」
奏子はいかにも作法どおり、茶碗を掌(てのひら)の上に乗せて、茶を飲んだ。
「郷里の茶なんです。私らの田舎では宇治は茶所(ちゃどころ)、茶は政所(まんどころ)と言って、自慢しているのです」
「御自慢だけのことありますわ。こくがございますのね」
「で、やはり、お店お出しになってるんですか」
「お店だって、かわいらしい屋台なんですのよ。それでもお客さんもぼちぼち来てくださしますし、どうにかやって行けますわ」
「そうですか。女の方って、えらいもんだなあ。そうして、やはり、杉崎さんからは消息がないんですか」
「そんなもの、ありませんわ」
奏子の口許(くちもと)に微(かす)かに冷笑が浮かんだようだった。あるいは謙吉の愚かな質問に対する冷笑だったかもしれない。しかしそんな笑いもすぐ消えた。奏子の顔には、今はけろりと、いかにもその厭(いや)な語感のように、どんな感情の痕(あと)も残されてはいなかった。
「この御時節でしょう。あんな小っぽけな屋台店でも、一揃(ひとそろ)え揃えるの、苦労しましたのよ」
「そら、大へんだったでしょう」
春の季節らしい薄色の襟元に、ふと謙吉の目が上ったとき、そこに奏子の白い膩(あぶら)のにじんだような喉があった。奏子は何か堂々とさえ見えた。奏子はそれほど肥満しているわけではなかったが、綺麗に着こなされた着物の下に女の体が盛り上っているようだった。奏子はそんな自分の体に確信を持っているのだ、謙吉にはふとおう思われた。
奏子はけっして媚(なまめ)いた風姿などを、他人に見せるような女ではなかった。むしろ異性に対しては少しの隙(すき)も見せないような、いつも取りすました身ごなしでさえあった。が、それは古風な女たちが持っていた、たんある女の身だしなみにすぎないのではなかろうか。これはこれ、あれはあれ、奏子の肉体は、着物の下で、もっと不敵に、もっと大胆に生きていたのかもしれない。
そうでなければ、いかに妻子があったとしても、十年近く、夫婦の生活を伴(とも)にした杉崎の没落(ぼつらく)を、こんなに無表情に見過すことができるものだろうか。そのころは、金払いの綺麗な、羽振りのよい杉崎だったともいうではないか。
奏子は八里の家人に、店を持つために、六万円近くを要したと告(つ)げた由である。八里の家人は、新しい旦那さまでもできたのでしょうか、と謙吉に言っていた。
すると、この美しい体も、九十二の老祖母を抱えた、女ひとり生きるための、白い資本にすぎなかったのか。あるいは白痴(はくち)のような豊麗(ほうれい)さかもしれないとも思われた。しかしそんな奏子には妻を亡くしたといって、いつまでも目を腫(は)らしているような爺むさい謙吉の姿は、さぞ笑止(しょうし)なものに見えたであろう。
「志村さんも、ぜひいらっしてくださいましよ。お気ばらしにもなりますわ」
「ありがとう。そのうちに伺(うかが)います」
「それでは、私、これで失礼いたしますわ。お祖母さまがお待ちかねでしょうから」
「そうですか。わざわざ恐縮でした」
奏子はふたたび遺骨の前に坐り、線香を立てて、手を合わせた。やがて奏子は立ち上り、謙吉に軽く会釈(えしゃく)した。その一礼した体の線と、白足袋を一歩、二歩、踏み出した体の線との間には、なんのよどみもなく、綺麗な連続線を描いていた。つまり、いかにもすうっといった感じで、奏子は玄関のほうへ歩いて行った。謙吉は急いでその後に従った。女の化粧の匂いが鼻を撲(う)った。
奏子を見送って、謙吉が帰ってくると、書斎には線香の煙が緩(ゆる)い輪を描いて流れ、その灰皿には赤く染った吸殻(すいがら)が二つ、転がっていた。


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謙吉の友人、A君の話。
以前、彼は一匹の牝犬を飼っていた。発情期になると、近所の手前もあり、昼間は家の中に繋(つな)いでおいた。すると、どこからともなく数匹の牡犬が集ってきて、家の前に列んでいるのである。次ぎの日も、次ぎの日も、朝から牡犬どもは、列んでいる。どの犬にも同じように、尻は地につけていたが、前肢(まえあし)を張って、前方を見据(みす)えていた。ところが、犬どもの列んでい順序にいつ見ても変りがないことに気がついた。最前方の牡犬は見るからに逞(たくま)しく、その犬と犬との間隔まで、いかにも犬どもの力に正比例しているように思われた。最後方の奴はどんな奴かと、見てみると、それは見覚えある、近所の老犬だった。薄茶色の毛並みにも艶がなく、脂のついた目も濁(にご)っていた。しかし、その老犬も同じように前肢を張って、一心に前方を見据(みす)えていた。
「やっぱり。苦笑だったかね」
そのころは、妻も健在だった謙吉は、軽い気持で聞いてみた。
「ちょっと、哀れでないこともなかたが、やっぱり苦笑ものだよね」
と、A君はやはり苦笑した。
試みに、彼は竹箒(たけぼうき)を持って、追ってみた。犬どもはいっせいに尻を上げ、軀をくの字に曲げながら、老犬まで同じように歯を剥(む)いて、低く唸(うな)った。そんな老犬に、たいした感情は持てなかった。
ところが、数日後、ふと見ると、犬どもはいつもと同じ順列で、少しも変りない恰好をして列んでいるのに、最後の老犬は変な恰好をして、横たわっていた。老犬は死んでいたのである。調べてみるとなんの疵痕(きずあと)もない。また、犬どものどの顔にも、そんな乱れた相はなく、いつものとおりの秩序を保った顔であった。
列を乱せば、咬(か)み殺される。その命が惜しいのではない。その目的を失うことが惜しいのだ。数日の間、老犬は文字どおり飲まず食わず、列の最後に列んでいた。が、この募(つの)り勝る一念に、老犬はとうとう余命のすべてを焼つくし、ばったりえおその場に倒れてしまったのに、相違ないという。
「徒労だったね」
「まったくの徒労だよ。夜になると、家の犬を放してやるんだが、第三番目くらいまでがようやくで、老犬などは思いも寄らないんだからね」
「そうか、見ているだけなのか。しかし考えようによっては、夢を抱いて昇天(しょうてん)したようなものだね。それが夢であるか、ないかは判らないが、まあ、そう思っておいたほうが、少くとも後味はいいようだね」
そのとき、謙吉はそう言ったように覚えているのであるが、いつまでもその話が忘れられないところからすれば、それほど後味のよい話ではなかったのかもしれない。
去年の三月、謙吉の妻は脳溢血(のういっけつ)で倒れた。左半身不随(ふずい)、手足を捥(も)ぎ折られながら、ようやく死地から逃げ帰ったような妻の枕許に坐って、死というものがこんなに身近く迫っていたのかと、謙吉は思わず腕を組んで考えたものだった。日ごろから、酒を嗜(たしな)む謙吉はこの病気を恐れないではなかった。しかしそれは観念だけのことで正直に言えば、まだまだ高をくくっていたのだ。それが、思いも寄らぬ妻の上に、不意に一撃を加えたのだ。きたな、と思わずあたりを見廻わすような思いだった。
「奥さま、どうかしましたか」
当時、買い物籠(かご)を提(さ)げた謙吉に、店の主人がよく言った。
「中風になりましてね」
「えっ、あの奥さまが。そんなお年でもなし、痩(や)せてもいらっしゃったじゃありませんか」
「それに、血圧も低かったんです」
「そりゃ、まったく旦那の身替りですよ」
そうかもしれない。あいつはたしかに自分を狙(ねら)っていたのだ。それが、誤って、あの長い爪の生えた毛むくじゃらの手を、妻の体にかけてしまったのに相違ない。とにかくあいつは身近かに迫っている。
麗(うらら)かな春の陽も、謙吉の顔には、無気味に生暖かった。庭には躑躅(つつじ)や、八重山吹や、花公方(くぼう)の花が咲き乱れていたけれど、謙吉は不意にあいつの気配を背後に感じたこともあった。
ところが、そんなある朝、近所に住んでいる友人、B君の令嬢が玄関に立って、言うのだった。
「亡(な)くなりました」
「えっ、Bさんがですか」
「いえ、母です。昨夜、脳溢血で亡くなりました」
謙吉はそのときの気持をなんと説明すればよかったろう。呆然ともした、狼狽(ろうばい)もした。呆(あき)れはて、舌打ちも一つ二つしてみた。B夫人とは、一昨日、路上で謙吉は出会っていたのである。しかしなにをしてみてもむだであった。
南窓の木々の葉が、美しい緑の蔭を投げている一室で、婦人は薄化粧をして、目を瞑(つむ)っていた。
いかにも一撃といった感じだった。老若男女、手当りしだい、あいつは有無(うむ)を言わさず襲いかかる。おおかた、懐手などして、何喰わぬふうに歩き廻っているのだろう。が、摺(す)れ違いざま、くるりと向きなおって、いきなりがんとやるのだ。神出鬼没(しんしゅつきぼつ)、しかもごく気まぐれな奴に相違ない。すると、妻の場合も、けっして撃ち間違いではなかったのだ。今もあいつは執拗(しつよう)に妻の体に喰いついているのかもしれない。ちょっとの油断もあってはならないとも思われた。
心臓弁膜症による脳軟化症で、治療の方法がない由を告げられた謙吉は、以来、妻の病床を書斎の机の傍に移し、妻の看病に、一種の昂奮(こうふん)さえ感じていた。まるで彼の愛情だけが、妻の体に掛けられたあいつの手を、振り払うことのできる、唯一(ゆいいつ)の方法であるかのように。
しかし一時快方に向かったかと思われた、彼の妻の病状も、秋のころから、ふたたび悪くなって行った。一度、あいつに見込まれた以上、もはや油断するも、しないも、ないことだった、病気が再発した彼の妻は、意識不明のまま、ずるずるとあいつの手に引き摺(ず)りこまれて行ってしまった。
謙吉は冷えて行く妻の手を握っていた。とうとうあいつのものとなってしまった、その手は、いかにもあいつの手そのもののように、冷たかった。しかしたとえそれがあいつの手そのものであるとしても、謙吉は今はそれを振り払おうとは思わなかった。
生来の楽天家というか、感傷家というか、謙吉は幼年のころから人の心というものが無性に懐しく、今まで死にたいと思ったことは一度もなかった。それどころか、死のあの刹那(せつな)のことを思うと、自分ながら少し厭らしいほどの恐怖に襲われ、急いでそんな理念から逃げだすのが常であった。もちろんそれは死そのものが実感されたのではなく、死に伴(ともな)う感傷にすぎなかったから、彼は容易(ようい)に逃げだすことができたのである。つまり謙吉は死そのものをわがこととしては考えられなかったし、思いたくもなかったのである。
あいつは、妻が亡くなってからも、謙吉の周囲をうろうろしていたようであった。あるいは、それ以来、妻を呑んでしまった、死という無限な奴と、謙吉は絶えず向き合っていた。とも言われよう。地獄か、極楽か、どちらかは知らないが、とにかくそんな途方(とほう)もない奴だった。そんな奴と向き合っていると、自分の姿などあんまりにたわいなく、今にも消えてなくなってしまいそうであった。しかし妻を失って、自分まで腑抜(ふぬ)けのようになってしまった謙吉には、それほどの恐怖も起らなかった。むしろ、妻が陥(おちい)っている、無限とかいうものの中を覗(のぞ)いてみたいような、戯(たわむ)れ心さえ起ってくるのだった。もはや、自分に未来はない、という感じが強かった。
哀しみばかり湧(わ)き起った。向こうが、そんな途方もない奴ならば、こっちは青みだつような悲しみの量だった。謙吉はこの哀しみを、無限の孔に注ごうかとも思うのだ。まるで、そうすることによって、亡い妻の姿がふたたび地上に浮き上ってくるかのように。
謙吉がひとり机に向かっていると、哀しみは、不意に、涙となて溢(あふ)れ出た。まったく不意に、彼の遺志とは関係なく、それは一種の生理現象のようなものだった。
哀しみは、線香の匂いにも似ていると、言われようか。その中にいると、しばらくそれを忘れていることもあるが、不意により濃(こ)い匂いが、鼻のあたりに漂(ただよ)ってくる。と、ほとんど童子である。まったく待てしばしもなく、涙は堰(せき)を切って溢(あふ)れてくる。謙吉はようやく顔を被(おお)うて、机の上に泣き伏すばかりだった。
ところが、そんなある日、机の上に挿(さ)してある梅の花の香りが、ふっと謙吉の鼻を突いた。なんだろう。瞬時、謙吉は不思議な思いに堪えなかった。梅の花は数日前から、コップに挿して、机の上に置いてある。すると、今まで花の香りを感じなかったのであろうか。というより、花の香りに呼び覚(さ)まされたような、胸の中の、この甘美なものは、なんだろう。空の色よりは淡いが、蒼茫(そうぼう)とした哀しみの中に、それはなにかの芽生えのように、ぽっつりと色染まっているではないか。不思議なことには、まるでそれは「喜び」にも似た感情であった。この哀しみの中にいったいなんの喜びがあるというのであろうか。
数日後、謙吉は街に出た。ふと、買いつけの魚屋の前を通ると、いつ復員してきたのか、魚屋の主人が店頭に立っていた。彼が満州で終戦を迎え、以来、シベリヤへ送られて、足掛四年、抑留生活を送っていたことは、彼の自家(うち)への通信で知られてはいた。夫の留守を守って、いつも男勝りに立ち働いていた細君は、今日は夫の後に控(ひか)えて、きゅうに女らしく眺(なが)められた。ふと、謙吉の胸に暖いものが流れた。
「おや、お帰りなさい。おめでとう。いつお帰りでした」
「昨日、帰りました。ありがとう。留守中はいろいろお世話さまでした」
「よかったですね。それはよかった。おかみさん、嬉しいでしょう」
とたんに、細君はさっと顔を真赤に染めた。耳朶(みみたぶ)のあたり、女の命が染みて行くようなのを見ていると、不思議にも、謙吉の胸の中まで、同じ色に染まって行くように思われた。
「よかった。よかった」
謙吉は胸の中で、同じことを繰り返しながら、当もなく歩いて行った。
まぎれもなくこいつだった。あの梅の香りに誘われて、胸の中に匂いのように漂ってきたものも、たしかにこいつだった。こんな自分の中にも、こいつはまだ生きていてくれたのか。
そういえば、妻が世にあったころは、永い病気中にも、あいつから妻を守ろうと夢中になっていて、こいつのことなど考えてみる暇もなかったのだ。が、その妻が亡くなったとたん、こいつはきっと目を覚ましたのに相違ない。それにしてもこんな哀しみの心の中でさえも、好色とはこんなに甘美なものを湛えられるのであろうか。青みだつ深淵の中に漂っている、真紅の蕾のように、それは初々(ういうい)しくさえもあった。
謙吉が奏子の張りの豊かな胸のあたりを、ふと思い浮かべるようになったのも、そのころのことだった。
また、ある日、戦前は風呂屋だった、炭屋の主人が、炭を届けたついでに、玄関に腰を据(す)えての話だった。
「旦那、お淋しいことでしょう。まったく御同情いたしますよ。だけど、こりゃどうしても、後をお貰いなさらんけりゃ、いけませんよ。第一、男というものは、家内ちゅうもんがないと、とにかく老けこんじゃって、勢いが出ません。あっしに一人、よい心当りがあるんですがね。風呂屋のころのお客さんでしてね。そのころ、二千人ほどのうちのお客さんの中で、一といっても、二とは下らぬ器量(きりょう)でしたよ。いい肌でしてね。あっしらは稼業柄(しょうばいがら)、女の人の肌には目が肥えているのですが、そのあっしらでも、まったく感心させられましたよ。一度、お嫁に行ったのですが、子供ができないって、不縁になりましてね。今年、たしか四十。三十五六にしか見えませんがね。ミシンをやって、楽に暮してはいますがね。まあ、よく考えてみておいてください。いずれ、またゆっくり伺(うかが)いますからね」
ひとり机に向かっている謙吉の頭に、脱衣場の隅にしゃがんで、きっと着物を脱いだ、白い肌の、そのひとの姿が、思い描かれるようなこともあった。いかにも、人の命というものの、性懲(しょうこ)りもない、執拗(しつよう)さとも思われた。
謙吉は、妻が倒れて以来、たとえば自分の命というようなものを、試験管の中に入れて、あいつや、こいつの反応を実験しているように思われた。というより、妻の命から分解された彼の命が、厭応(いやおう)なしにそんな実験を強いられたのかもしれない。つまり妻の命から離れて、虚脱(きょだつ)したような彼の命が、意識もなく、空しく描いた波線によって、かえってあいつや、こいつの正体を見届けられたと言われよう。もっともあいつや、こいつの正体は、しょせん、まったく得体の知れぬ正体ではあったが。
あいつと、こいつとは、ちょうど夫妻のように、二者一体だ。あいつがなければ、こいつはない。こいつがなければ、あいつはない。二人は仲よく肩を組んで、いったい、いつまで走り続けて行くつもりだろう。
しかし、謙吉のこいつはすでに子供らに嗣(つ)がれているはずだ。そんな抜(ぬ)け殻(がら)のような彼の命に、それでも好色の意は甘くとも、好色そのものは、あの老耄(おいぼ)れ犬のように、哀れでもあろうか。
静かであった。子供たちはまだ学校から帰ってこない。ひとり机に向かって、謙吉はそんなことを思い続けている。その机上には、三輪の木蓮が、いかにも三人の姉妹のように、大きな紫の花弁を飜(ひるがえ)して、咲き誇っている。
「ごめんください」
彼の末子が帰ってきたのである。いつも謙吉が物売りなどに、仕事を妨げられて、弱っているのを知っている末子は、謙吉の困り顔を笑おうとの、魂胆(こんたん)であることは判っている。しかし、あんな黄色い声では欺(あざむ)きようもないのだが、こういうことというものは、欺かれてやらなければ、おもしろくないものだ。
「はい」
謙吉は立ち上って、歩きだした。が、もうそのときには、玄関で忍び笑いの声が起っていた。


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目を開くと、子供たちはもう皆学校へ行ってしまっていた。昨夜はよほど深酒をしたのであろうか。
食卓の上には、皿に蒸(む)しパンが三個、味噌汁の鍋は置いてある。すっかり冷めているだろうが、もう瓦斯は出ない。鰥夫(やもめ)暮しの味気なさは、朝食から始まるとも言われようか。新聞を畳の上に拡げ、突いて覗(のぞ)きこむ。
半白の髭(ひげ)も伸びたようだ。片手でそっと顎(あご)を撫(な)でてみる。そのときだった。白粉(おしろい)か、クリームか、そんな甘い匂いが、鼻を突いた。謙吉はあわてて手を離した。どきっと、訳もなく、胸が鳴った。が、すべては忘失の中に沈んでしまっている。というより、酒のために伸びてしまった脳は、またしてもなんの記憶も刻まなかったのだ。しかし、その匂いは、たしかに人差指と、中指との爪の間にあった。いったい、なにをしたのだろう。白々しい空白を、謙吉は凝然(ぎょうぜん)と見つめていた。
淋しかった。なにかに吸いこまれて行くように淋しかったことは覚えている。昨夜の夕食のときのことだった。謙吉はいつものように晩酌の盃を嘗(な)めていた。子供たちはかきこむような早い食事を終ると、一人去り、二人去り、とうとう彼ひとり取り残されてしまったのだ。長男は勉強室にいるらしく、煙管(きせる)を叩く音がする。二男は縁側に坐って、暮れがたい春の風情に見入っている。三男はどこかへ出て行ってしまった。長女は友だちに呼ばれ、表で立ち話をしているようだ。末子は隣室に寝転んで、例の雜本を読み耽っている。謙吉はひとり、膝を抱えて、飲み続けていた。
「時夫ちゃん、デザート買ってこないかね」
「賛成、賛成、買ってきますよ」
「なににするかね、果物か」
「アイスキャンディー、二本ずつ」
「二本ずつとは奮発だね。よし、奢(おご)るとしよう」
しかしアイスキャンディーの袋を持って走り帰ってきた末子の周囲へ、子供たちはぞろぞろと集まってきたが、アイスキャンディーを引き抜くと、両手に持って、それぞれの場所へ帰ってしまった。謙吉は、ちょうど囮(おとり)まで奪われてしまったような、悔(くや)しいほどの淋しさに襲われた。たとえ半身不随ではあっても、妻のいたころには、その枕許に坐って、いかにも愉(たの)しく、盃を乾(ほ)したものだ。
「時夫ったらね、母さんたち、新婚旅行したかって、聞きますのよ」
「そうかね」
「そりゃしたわ、って、言いますとね、感心、感心ですって」
「どう思って、そんなこと言ったんだろうねしかし考えてみると、二人で旅行したの、あのとききりだったんだね。今度、直ったら、子供らに留守してもらって、どこか温泉へでも行ってこようよ。どこがいいかな。箱根か、それとも伊豆の温泉化、そうだ、塩原がいい」
「箱根へは、子供らといっしょに行ったことがありましたね」
「そうだった。大へんな箱根行だったね。小田原へ海水浴に行っていた時、毎日雨で、傘がなくってね、永い間、風呂に入っていなかったものだからね」
「垢(あか)で、垢で、こすっても、こすっても、縒(よ)れてくるのでしょう。ふと見ると、父さんも同じでしょう。私、もう、おかしいやら、恥しいやら」
「そうだったね」
謙吉は亡くなった妻との、そんな会話まで、思い浮かべていたのだったが、まだ酔いの十分に発しない彼の頭には、亡い妻の姿は幻となっても浮かんではくれなかった。日さえなかなか暮れようとはしない。台所の西窓には、綺麗な薄金色の斜陽が当り、部屋の中はかえっていっそう明るさを増したようだ。謙吉にはサンマータイムなどというものまでが恨めしかった。
「父さん、淋しいの」
時夫がいきなり謙吉の肩の上に乗っかって両手で頬を押えた。
「ううん、淋しくなんかないよ。父さんは強いんだから」
「どうだか。とっても淋しそう。遊んであげようか」
「いいよ、いいよ。好きな御本、読んでいらっしゃい」
少し酔いが発してきた。謙吉は早その酔いさえも自覚しない。喪失(そうしつ)の世界へ逃げこんでしまいたいのだ。卑怯なことであった。しかしこのままこうして、ひとり坐っていることは、どうしても堪えられないのだ。早く自分を失ってしまいたかった。自分さえなくなってしまえば、不思議なことに、悲しみも、苦しみも、喜びも、楽しみも、すべてはかき消すようになくなってくれるのだ。極楽(ごくらく)とはまことにこのことではなかろうか。
「お風呂へ行ってきます」
長男と二男が洗面器を持って立っていた。
「ああ、行ってらっしゃい」
二人は出て行ってしまった。不意に、号泣(ごうきゅう)してしまいたいような感情が湧き起った。彼は膝を抱えて堪えた。
「飲みにでも出てみようか」
ふと、そう思ったことは、はっきり、覚えている。しかし十六になる長女と、十三の末子だけを遺して、出てゆくことはできなかった。というより、どこかへでも行けば、この空洞のような寂寥(せきりょう)がなくなるとでもいうのか。そう思ったことも、謙吉はたしかに覚えているようである。しかしその後は、ようやく暮れ初めた暮色のように、彼の記憶もようやく定かでない。
謙吉はいつものように机に向かっていたが、昨夜のその後のことは深い忘失の中に沈んでしまっているようだった。が、あの匂は、今もはっきりと指に残っているのだ。彼はあわてて、ふたたび忘失の中を彷徨(ほうこう)する。一種の恐怖にも近い感情である。
謙吉は長男が風呂から帰ってきたのを覚えていない。すると、やはりどこかへ飲みに行ったのであろうか。不意に、理由もなく、奏子、の二文字が頭に浮かんだ。そういえば、昨夜、書斎に来て、この机の引出しを開けたように思いだす。はたして、机の引出しはよく閉ってはいなかった。謙吉は急いで引出しを開けてみた。中をかき探したような形跡はあったが、この間、奏子が彼女の所の地図を書きしるした紙片は、そのままに残っていた。電車に乗った覚えなども全然ない。
月の明るい晩だったように思うのはなにゆえだろう。月の光の中に、女の脛裏(すねうら)が白かったようにも思うのだ。奏子だったのだろうか、奏子ではなかったのだろうか。しかし奏子は着物の裾(すそ)を乱して歩くような女ではない。あるいは、過日、街で彼を追い抜いて行った女の、くの字型をした白い脚の、酒中の妄想(もうそう)にすぎなかったのかもしれない。そのとき、女は彼の前を、裾を蹴(け)って歩いて行った。そのたびに、伸びやかな左脚が膝裏のあたりまで見え隠れ、その腓(こむら)にくるくると白い力瘤(ちからこぶ)の入るのも美しく、謙吉は思わずその後を追って行ったものだった。
「ごめんください」
「はい」
「ゴム靴の直しありませんか」
「はあ、ありませんでした」
「じゃ、また」
戦争中、燃料が不足したため、ちょうど毀(こわ)れかかった門を焚(た)いてしまったので、謙吉の家には門がない。そのせいか、物売りや、道を尋ねる人や、配給の人などが、じつによく来る。妻が亡くなって、こんなことまで、これほど煩(わずら)わされるものかと、謙吉は初めて気づいたほどだった。はたして、隣家の方から大きな声が聞こえてきた。
「パン券の配給です。判を持って、志村さんまで来てください」
謙吉も印を持って、玄関へ出て行った。
「お玄関、拝借(はいしゃく)します」
「どうぞ、どうぞ」
しかし主婦たちは一人来、二人来、全部終るまでにはしばらくの時間を要した。
「お米はいつごろになるでしょう」
遅配になっているのか、炊事(すいじ)は子供たちに交互に任(ま)かせているので、喰べすぎになっているのか、主食は今日一日保たないことになっていた。
「もう品物は来てるんですがね。こんなことをしているものですから、遅れるんです。上の人にね、パン屋をやってる人が多いもんだから、ついパンの方を急がせられるんです。これで二日はかかりますからね。どうです、一斤券、二斤券は、まあいいとして、前期券、後期券、パン券、パンと麺券、ですからね」
「なるほど、ややこしいんですね」
「まったくやりきれませんよ」
長い山羊(やぎ)鬚(ひげ)を生やしたとの人は、その鬚を最後にもう一度しごいえから、ようやく引き上げて行った。
その周囲があまり暗かったので、その店頭が格別鮮かに眼に映ったのかもしれない。煌々(こうこう)と輝いている燭光の下の、堆(うずたか)い黄色のボリュームは、夏蜜柑の山ではなかったろうか。赤色の短冊形のようなものは、早生(わせ)苺(いちご)の箱ではなかったか。そういえば、たしか林檎の山もあったように思われる。謙吉の頭には、そんな果物屋の印象だけが、かえって信じられないほど、鮮かに残っている。しかし、ちょうどその店頭と同じように、その前後は真暗い忘失の中に沈んでしまって、何の記憶も蘇(よみがえ)らない。昨夜のことであったのか、どこのことであったのか。
奏子の親戚は果物屋であって、奏子はその隣の空地に屋台を出した由(よし)であった。しかし、奏子好みの、おおかた紺の暖簾(のれん)などを掛けた、木の香も新しい屋台店に坐っているような、奏子の姿は、どうしても思いだせなかった。じりじりとするような隔靴掻痒(かっかそうよう)の感。しかし、その感情は、やがて一種の恐怖にも近い、絶望感にまで昂(こう)じてくる。謙吉はすっかり諦(あきら)めて、自分自身忘失の中に沈んでしまおうとする。が、いったい、何をしたのだろう。この指はいったい、何をしたのだろう。
一つ、時計が鳴って、後はそれきりであった。一時の鳴るというのは、変なものだ。何だか、広い海へ一滴の水を垂らしたようで、ひどくはかない。いかにも一点といった感じ。その一瞬に、もうその一瞬はありはしないのだ。それなのに、人間というものは暢気(のんき)なもので、十一時、十二時ともなると、その数を数えるさえ億劫(おっくう)に思うものだ。しかし、謙吉は立ち上って、昼の仕度にかからねばならなかった。紙屑(かみくず)を焜炉(こんろ)に詰め、その上に薪(まき)を載(の)せ、火を移して、団扇(うちわ)でばたばた煽(あお)ぐのである。それにしても何という穢(きたな)さであるのか。大根の萎(しな)びたの、葱(ねぎ)のはし、汚れた竹の皮、空マッチ箱の潰(つぶ)れたの、等々。板敷の上にはいくつもの足型がついている。しかし謙吉は目をつむっているよりほかはなかった。
蒸(む)しパンを三つ齧(かじ)って、ようやくの思いで昼食を終った謙吉は、縁側に出て、ぼんやり庭を眺めていた。向かいのチャー坊とピー坊が、棒切れを持ってやってきた。二人は双生児である。謙吉はどちらがチャー坊であるか、ピー坊であるか、いつまで経っても覚えられない。
「小父ちゃん、猫どこへ行った」
「猫?さあどこへ行ったかな」
「猫、電車に乗って行っちゃった」
「猫、電車に乗って、行っちゃった」
「そうだ、そうだ。猫は電車に乗って、行っちゃったね」
「飛んで行っちゃった?」
「うん、飛んで行っちゃったよ」
二人はいっしょに頷(うなず)いて、ふらふらと帰って行ってしまった。謙吉はしかたなく机に向かった。なぜか、月が明るかったように思われる。小さい川が流れていた。謙吉が先きに跨(また)ぎ越えた。奏子も続いて跨いだ。しかし革(かわ)草履(ぞうり)の奏子は、足に力が入らないのか、瞬間、越えかねているふうであった。謙吉は手をさしだして奏子の手を取った。瞬間、川の面に、月光にまごうような、白い影が漂ったかと思われた。しかしそれは嘘であろう。そんなはっきりとした記憶のあろうはずがなかった。するとこの白い幻のようなものは何だろう。あるいは酔いの頭に、朦朧(もうろう)と描きだされた妄想(もうそう)だっつたのかもしれない。
謙吉は机の引出しを開け、奏子の書いた地図を見てみた。「小サイ橋」と書いてあった。すると、溝川か、何か、小さい川でもあるのであろう。しかし、こんなはっきりした記憶が刻まれながら、その前後がこんな深い忘失の中に埋れているような場合は、今まで一度もないことだった。逆に、この地図の「小サイ橋」というのを覚えていて、それが、酔いに浮かんだ妄想となったのであろうか。しかし、そうすれば、昨夜はいったい、どこへ行ったのだろう。この匂いは何だろう。
ばさりと、紙が鳴ったのと、その紙の上に、紫の大きな花弁が落ちたのと、ほとんど同時だった。続いて、二弁、三弁、木蓮の大きな花弁が落ちた。謙吉は思わず吐息(といき)のような感懐(かんかい)が胸を突いた。梅や、桜の場合、そうであったように、こんな手折られた花に離層(りそう)など生じるはずはなかった。この花は、花みずからの重みに堪(た)えかねて、落花したのだろう。しかし、こんな絢爛(けんらん)と咲き誇った花が、枝の上で凋(しぼ)んでしまうより、この方が、花のためにも、さすがに快(こころよい)ことのように思われた。謙吉はきっと今にも落ちるに相違ないと、残された五弁の花弁を眺めていた。こんなみごとな均整を失った花弁がそういつまでも保っているとは思われなかった。はたしてその目の中で、紫の花弁は落ちて行った。四弁、五弁、軽い謙吉の驚きのうちに、花弁は皆落ちてしまった。枝には、残された二輪の花が、しかし何知らぬげに、咲き誇っていた。
靴音が止まり、玄関の戸が開いた。謙吉は反射的に腰を浮かせた。しかし、誰か子供が帰ってきたようだった。
長男であった。謙吉は思わず立ち上っていた。ことによると、このすっかり方角を失ってしまった、底深い忘失の中から、脱出する、何かの手がかりでも得られるかとも思われたからだ。
「お帰り。ね、父さん、何時ごろ、帰ったんだろうね」
「帰ったって、救われん。昨夜なんか、どこへも行かないじゃありませんか。それも、知らないんですか」
「そうか、そして、いったい、何をしていたんだろう」
「僕らが風呂から帰ってくると、苳子(ふきこ)と時夫を相手にして、ひどく御機嫌でしたよ。女の子はもっとおやつししなくちゃいかん、とか言って、苳ちゃんの顔に、クリームなんか塗ってられたじゃありませんか。それも知らないんですか。救われん」
「そうか。そうだったのか」
しかし、謙吉の脳には何の記憶も刻まれてはいなかった。依然(いぜん)、濛々(もうもう)と立ち上る霧のような忘失の中に包まれていた。その中に、何だかあいつとこいつが嘲笑(あざわら)っているようにも思われた。しょせんは愚かな夢であったか。

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