- 1903年(明治36年)10月18日に開催された第1回明治大学雄弁会の概況を記録したもの。
- 出典 『明治法学』第63号(明治法学会、1903年11月8日発行)
◎雄弁会の組織
今回本学専門科各学年生及高等予科生有志の発起にて、明治大学雄弁会を組織し、毎月一回以上、木学大講堂に開会して、弁論の練習を為すことゝなり、左の如く役員を選定したり
△顧問 岸本辰雄 △会長 鵜澤總明
△幹事 伊藤傅蔵 岩田唯雄 林雄一郎 大亦楠太郎 田中健男 土屋勝之助 中田梶太 重岡悅三
斯くて同会は客月十八日午後一時より其第一回を開会せしに、会長鵜澤總明氏、名誉会員江間俊一氏の出席あり、只遺憾なりしは顧問岸本校長の旅行中にて欠席せられたる一事なりき、当日の概況左の如し
大亦楠太郎氏は発起人を代表して登壇、快弁よく『雄弁会創立の趣意』を述べ、雄弁家たらんと欲せば、弁を練ると共に自己の品性を修養せざるべからず、品性の修養は雄弁会の第一義なりと宣言し、楠本芳太郎氏は、吾人は『誠実』を旨とせざる可らずとて、世上の軽薄漢を罵倒し、口調真率にしてよく感動を与へ、北里雄平氏は『吾人の理想とすべき成功』とて、世の所謂成功は予の取ざる所なりとの意見を述ぶ、松尾孝憲氏は『吾人の不平』とて、満腔の不平を訴へ、岩田唯雄氏は流暢の弁もて『法律家としての成功』は巷間の所謂成功に非ざると共に、宗教家の唱ふるが如き消極的の成功にも非ずとて、法律道徳の見地より立論し、万丈の気焔を吐けり、次に江間俊一氏登壇、老練の弁、氏が今回の寃罪によりて被りたる災害と、得たる教訓と、又今後に於ける態度とに就て胸襟を披瀝し、大に聴者の同情を引きしが、氏は大に雄弁会の組織に賛意を表し、今後十分の力を尽くすべきを誓はれたり、斯くて土屋勝之助氏は『練弁の必要』伊藤謙次郎氏は『国力の伸張は実業にあり』と演し、吉村安次郎氏は『賭博を論じて骨牌税法に及ぶ』と専門的演題の下に滔々述べ終り、近藤龜太郎氏は『試補の待遇を統一すべし』とて、私立学校出身試補の為に万丈の気啗を吐しは喝采なりき、最後に鵜澤会長は壇に登り『団体進化論』と演題を掲ぐ、演題既に奇抜、立論雄大、理義明晰、加ふるに氏の雄弁を以てしたれば聴者は恰も酔へるが如く、満場拍手大喝采の裡に散会せり、次回の開会は本月十五日(第三日曜)にて、岸本校長、高橋秀臣の両氏出演せらるべしと(一会員記)
この作品は1931年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。
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