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明治大学の主義

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本文

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明治大学の主義(岸本校長演説)
本篇は明治大学講話会に於て、岸本校長が主として新学生に対し、本学の主義方針を示されしものにして、記者が其の大要を筆記せしものに係る、茲に録して会説に代ゆ、若し誤謬脱漏等あらば、責一に記者に在り、校長を累する勿くして可なり(記者識)

我明治大学は諸君の稔知せる如く明治法律学校の進歩変形したるものにして創立以降二十三年の歴史を有する明治法律学校の組織を一変し随て其名称を一変したるは偶然の投機心に非すして実に已むを得さるの結果に出つ而して諸君は此改革後の明治法律学校即ち新明治大学の最初の学生にして先月より開始したる新学年は明治大学の最初の学年なるを以て此際にて諸君に対し改革の理由即ち明治大学創建の理由を述へ併せて本学の主義方針を述ふることは甚だ必要なるヘしと信す

外観完美なる官立学校あるに更に私立学校を設くることは何の必要に出つるや官立学校の校数不足は設備不十分にして学生の全数を収容し得さるか為に之を補はんとして私立学校は設立さるゝに非す私立学校は官立学校と全く異なる特色を有し随て特別なる存在の必要を有するなり

元来官立学校と私立学校とは互に長短あり固より私立は全く官立に勝ると断言し得さると共に又官立は全く私立に勝るとも断言するを得す敷地の広き建築の大なる器具図書等の備はれる又紀律の厳なる凡そ此等形式上の事項は官立固より概して私立に勝るヘし然れとも学問の独立、自由を保ち自治の精神を養ひ人格の完成を謀ることは私立却て官立に勝ること是れ余輩の私言に非すして実に一定の輿論なり

既に学校と云へは命令服従の関係あることは当然にして官立私立の間に区別なし然れとも官立の学校は殆と純然たる官庁なるを以て此関係は私立に比すれは一層厳重ならさるを得す而して服従は固より人の美徳の一なるを以て学生に飽くまて服従を強ゆることは必しも非難すへからさるも我日本に在りては数百年来封建の余弊として人々服従の観念極めて強く其結果は往々依頼心を生するの弊に陥れること諸君の現に知悉する所の如し故に此の如き国民に対して学生時代に更に服従を強ゆることは頗る其宜しきを得さる所にして益弊風を助長するものたり此が矯正策としては十分独立の思想を養ひ自立自尊の気象を養はさるヘからす而して此点に於て官立学校勝れるか私立学校勝れるかは諸君の明能く之を判断すへし

以上は極めて簡略主要の一点を挙けしに止まるも官立学校以外に私立学校か特に存在の必要を有し特に独得の長所を有し随て一国教育上私立学校の重要なること殊に今日の我日本に於て重要なることを知るに足るヘし

更に法律政治経済等の学問に関しては私立学校の一層必要にして有益なることは復多言を要せさるヘし蓋し此等の学問は殊に政府の痛痒を為すこと緊接なるを以て官立学校に於ては多少政府の干渉牽制を被ふること勢の免れさる所なるに私立学校に至りては其恐毫も無く天空海濶自由に其信する所の学説を研究し主張し得れはなり本学の前身たる明治法律学校か官立の法科大学あるに拘はらす去る明治十四年に早く既に卒先して設立せられたるは一に此か為なり

斯くて我明治法律学校は法学の普及か個人の為め国家の為め甚た急務なるを信し専ら速成を旨として其普及に務め来りしか星霜茲に二十余年、時勢日に進み普通教育亦日に洽く而して我法学普及の目的も亦多少其緒に就きしを以て更に本学の程度を高め組織を大にし一面には従来と同じく法学の普及に付全力を尽くすと同時に一面には又十分普通学の素養ある法学者を養成せんと欲し昨年以来其準に着手し日に継くに夜を以てし今年夏季に至り諸般の準備略成りしを以て茲に断然之を実施し名称も亦明治大学と改称したりしなり但形而下の準備即ち校舎の新築、図書館の拡張等は目下尚汲々経営中に係り未た成功を得さるも是れ亦遠からず其功を奏すべきなり

是より本学の教育方針を略述せん

小学校の初等教育すら注人主義、詰め込み主義を非とし開発主義を必要とするは教育上既に異論なき所にして大学に於ける専門教育の固より然らざるべからさるは論を俟たず蓋し教師の教ふる所を一より十まで尽く生呑して詳に暗誦記憶せしむるは到底不能の事たるのみならず仮令之を記憶し暗誦するも限ある時間に於ける限ある授業を記憶せるのみにては殆ど実用を為さず之を消化し応用するが如きは決して望むべからず是れ注人主義の非なる所以なり元来真の学問とは他人より授けらるべきものに非ずして自ら学び得しものならざるべからず只初より突然自ら之を知らんと欲するも亦不能の事たるを以て学校教育は単に其針路を示し其鎖鑰を授くるに過ぎず諸君が或目的地に赴かんとするも岐路に臨みて左右東西を知らさるとき教師は単に其左すべきか右すべきか西か東かを教ふるのみ諸君は教師により方向を知り得べく而して目的地に達するには諸君自ら歩行せざるべからず更に他の例を取れは学校は知識の宝庫たるか如きも知識の宝庫は無形にして他に在り教師は単に其宝庫の鍵を諸君に授くるに過ぎす諸君は鍵を得て直ちに知識其物を得る能はず其鍵によりて庫を開き堆積せる知識を取出すことは諸君自ら其労を取らざるべからず学校教育なるものは此の如く知識を学生に注入するに非ずして却て学生の知識を開発するに過ぎず諸君が最後の教育者、最上の教育者は諸君自身たることを記憶せんことを要す

本学は以上の主義よりして妄に時間を多くし試験規則を厳にし其他種々の強制を設け強て諸君の手を執りて高処に上らしむることを為さず只務めて諸君が自ら高処に上るの便路を開き諸君を助けて上らしむるの方針を取れり即ち本学の主義は開発主義にして又自由討究主義なり此主義の実行に現はるゝものは本学々則なり

其一・・は学則第三十三条に依り本学は在学期限を三学年に限定せず三学年以上六学年以下と為したり是れ勿論落第者にも適用すれども本旨は落第者の為に非ず諸君をして十分に自由討究を得せしめむ為め自ら予め在学年限を定めて或は三年或は五年六年とし或は全学科を十分に精研し或は特に或一二科のみを精研する等の便を得せしむ而して年限の長短は一に諸君の自由にして本学は妄に関渉せざるなり

其二・・は学則第十条により選択科目を設けしこと是なり該条に明なる如く民刑訴訟法破産法の三科目と経済学財政学の二科目とは其両者を併せ学ぶも其二種中の一のみを何れか択ひて学ぶも亦諸君の自由とせり元来此数科目は固より尽く必要科目にして経済学者たらんとする者にも訴訟法破産法の必要なるは当然にして又単純の法律学者たらんとする者にも経済学財政学の知識の欠くべからざるは当然なり故に注入主義の論よりすれば二種共に強制して修めしむることを要するも科目を多くして諸君の負担を重くし妄に之を強制することは教育上決して得策に非ず故に例へば判検事弁護士たらんとする者は経済財政は比較的不必要として之を修めざるを得又経済上の目的を有する者は比較的不必要の破産法訴訟法を欠くことを得べし但予め届出づることは固より必要なり

其三・・は学則第十三条の二個以上の独立したる同一講座を置くこと是なり是れ目下現に実行中の刑法に於ける岡田古賀二講師の二講座の如き即ち其一例にして二講師の意見は頗る相異なるを以て本学は学生に強いて何れか一方のみに従はしむるの非を信し故さらに二講師に嘱して各別に同一の講座を担任せしめ諸君をして各其信する所に従つて研究せしめんと欲するものにて此一事の如き我邦には他校に未た其例を見さるものに係り自由討究の精神を貫徹するに付ては最も有益のことゝ信す

其四・・は学則第四十六条の試験に及第せさりし者更に同一試験を受くる場合に於て最終の試験に六十点以上を得たる科目の試験を受けさることを得しむるものにして是れ妄に重きを試験に置き諸君に無用の労を重ねしむること避くるものに外ならす

其五・・は学則第三十五条の選科生にして純然学生たる資格ある者に選科生たることを許し一科目又は数科目のみの専修を許すか如き亦自由討究を奨励するの一端に外ならす

以上は顕著なる実例を挙けしに止するも要するに本学の主義は徹徹頭尾開発主義なり自由討究主義なり而して此主義の必然の結果は放任主義なり人或は放任主義は教育上不親切なるもの危険なるものと為す然れとも是れ所謂老婆心のみ怠惰なる学生に対し関渉強制するも決して其効なし既に成年に達せし大学の学生に対し試験を以て強制し規則を以て束縛し手を執り足を執り其背を鞭ちて強て講堂に入らしむるも果して其実効ありや是れ本学か放任主義を改めすして益之を執る所以なり

然れとも放任は無紀律の謂に非す諸君を放任するは諸君の自治自重を信し諸君を尊重するか為めに外ならす故に諸君にして若し自治の実なく自重の精神なく学則の寛大に甘して怠惰放縦に流るゝ如きことあらは本学は断して之を寛仮せす怠惰又は不品行にして成業の見込なき学生は速に退学処分を為すへきこと専門学校令の命する所なるのみならす学校としての責任上亦此の如き学生を在学せしむへきに非す又仮令退学迄の事なきも苟も大学々生としての品位を失墜すへき者あらは各々相当の懲戒処分を加ふることは私立学校と雖専門学校令により其権限あり決して仮借せさるヘし

終に一言すへきは本学の学科程度のこと是なり世人動もすれは官立学校を以て唯一の標準と為し私立学校の程度等にして少しく官立学校と異れは直ちに之を不完全と為す是れ誤見の甚しきものにして官尊民卑の観念より生する一弊端なり然れとも今仮に官立学校と本学とを比せんに本学の本科又は専門科に於ける法律学の程度は全く官立たる帝国大学と同一なることは明白の事実にして言を俟たす而して独り本学の高等予科は官立の高等学校に於ける大学予科と多少相異なる所あり是れ一言せさるヘからす

第一の差異は年限にして彼は三年、我は一年半即ち恰も彼の半なり然れとも是によりて修め得へき学力の差異は三年と一年半との数字の差異によりて計算すへからす学科目の取捨、授業時間の如何と教師の親切、学生自身の意気とよりすれは本学は本学の一年半か決して高等学校の三年に劣らさるヘきを信す殊に本学は最も重きを外国語に置き其時間を十八時間とせるよりすれは少くも外国語に付ては決して我は彼に劣るの理なし只彼は外国語を二国とし我は一国とせるは差異ありと雖彼か僅々三年間に二外国語を授くるは果して其実効を収め得へきや妄に多きを貪りて虻蜂取らすに至るは教育上最も避くへき事実たりと信す而して其他の普通学に至りては我の程度を以て十分なりとすへく彼れの程度は其必要果して存するや否やを疑ふ是れ予輩か我田に水を引くの僻論に非す数年来一般教育界に喧然たりし学制改革論の要旨は実に高等学校の程度に関する非難にして該改革論の主張する所の程度は恰も本学予科の程度と同一なり然らは則本学予科の程度は今日の日本に在りては全く教育界の輿論に適合し又国家の必要に適応したるものと謂ふも決して自負に非さるなり

是に於て予輩は諸君か特に私立学校を撰択せしものなることを信し諸君の意見か頗る本学の所信と相合せるを喜ふ而して諸君は其結果として私立大学々生たる特殊の名誉を思ひ随て其位置の甚た軽からす責任の甚た小ならさるを思ひ自ら尊ひ自ら重んして学業に品行に十分私立大学々生たる面目を発揮されんことを望む

関連項目

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この作品は1931年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。