新約全書馬可傳福音書
- 註: この文書ではルビが使用されています。ここでは「単語」の形で再現しています。一部の古いブラウザでは、ルビが正しく見えない場合があります。
以下[千七百三]
これ神の子イエス、キリストの福音の始なり
二
預言者の錄して視よ我なんぢの面前に我使を遣さん彼なんぢの前に其道を設くべし
三
野に呼る人の聲あり云く主の道を備へ其徑すぢを直せよと有が如く
四
ヨハ子野に於てバプテスマを施し罪の赦を得させんが爲に悔改のバプテスマを宣傳たり
五
ユダヤの全國およびエルサレムの人々かれに來りて各その罪を認ハしヨルダンといふ河にてバプテスマを受
六
ヨハ子は駱駝の毛衣を着腰に皮帯をつかね蝗蟲と野蜜を食へり
七
かれ宣傳けるは我より勝れる者わが後に來らん我ハ屈て其履の紐を解にも足ず
八
我ハ水をもて爾曹にバプテスマを施しゝが彼は聖霊をもてバプテスマを施すべし
九
當時イエス、ガリラヤのナザレより來りヨルダンにてバプテスマを受
十
頓て水より上れるとき天開れ靈鳩の如く其上に降るを見たり
十一
又天より聲ありて云ふなんぢは我が愛子わが悦ぶ所の者なりと
十二
斯て靈ただちにイエスを野に往しむ
1十三
かれ四十日野に在てサタンに試られ獣と共にをれり天の使等これに事ぬ
十四
ヨハ子の囚れし後イエス、ガリラヤに至り神の國の福音を傳いひけるハ
十五
期ハ満り神の國は近けり爾曹悔改めて福音を信ぜよ
十六
イエス、ガリラヤの湖の邊を歩る時シモンと其兄弟アンデレの湖に網うてるを見る彼等は漁者なり
十七
イエス彼等に曰けるは我に從へ我爾曹を人を漁る者とせん
十八
彼等たゞちに其網を棄て之に從へり
十九
此より少し進往ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハ子の舟に在て網つくろふを見て
二十
直に彼等を召給ひしがば其父ゼベダイを傭人と共に舟に遺て彼に從へり
二一
彼等カペナウ
[千七百四]
ンに至るイエス即ち安息日に會堂に入て教を爲しに
二二
人々その教を驚き合り蓋學者の如ならず権威を有る者の如く教たまへバ也
二三
其會堂に汚たる鬼に憑たる人ありて
ニ四
喊叫いひけるは唉ナザレのイエスよ我儕は爾と何の與り有んや爾きたりて我儕を滅すか我なんぢハ誰なる乎を知すなハち神の聖なる者なり
二五
イエス之を責て曰けるは聲を發すこと勿れ其處を出よ
二六
汚たる鬼その人を拘攣させ大声に叫びて彼を出たり
ニ七
衆人みな驚き相問て曰けるは是何事ぞや是いかなる新しき教ぞや権威をもて命じければ從へり
二八
是に於てイエスの聲名徧くガリラヤの四方に播りぬ
ニ九
彼等やがて会堂を出ヤコブ及びヨハ子と共にシモン、アンデレの家に至しに
三十
シモンの岳母熱を病て臥ゐければ或人たゞちに之をイエスに告
三一
イエス往て其手をとり彼を起しければ熱たちまち去ぬ斯て其婦かれらに供事たり
三二
夕かた日の落とき人人すべての病を患へるもの鬼に憑たる者をイエスに携へ來る
三三
その邑こぞりて門に集れり
三四
イエス各様の病を患へる多の人々を醫し又多の鬼を逐出し鬼の言ことを許さゞりき蓋鬼かれを識たるに因りてなり
三五
昧爽にイエス早く起人なき所にゆき其處にて祈禱せり
三六
シモンおよび彼と共に在し者等その跡を慕ゆき
三七
彼に遇て曰けるハ衆人みな爾を尋ぬ
三八
イエス彼等に曰けるは我ハ教を宣傳るために爾曹と偕に附近の郷村へ往ん我これが爲に來れバ也
三九
イエス徧くガリラヤの國を経めぐり其会堂にて教を宣且鬼を逐出せり
四十
癩病のもの一人かれに來りて跪き求ひ曰けるハ爾もし聖意に適ときハ我を潔く爲得べし
四一
イエス憫て手をのべ彼に按て我意に適へり潔なれと
四二
言やいな直に癩病はなれ其人きよまれり
四三-四四
イエス嚴く之を戒め愼み
[千七百五]
て何をも人に告る勿れ但ゆきて己が身を祭司に見せ其潔られしためにモーセが命ぜし所の者を獻て彼等に證據をなせと言て去しめたり
四五
然ども彼いでゝ先この事を大いに言つたえへ語り廣めければイエス此後あらハに城に入がたく獨人なき所に居給ひしが人々四方より彼に來れり
數日のちイエス復カペナウンに來りしに
二
彼の室に居こと聞えけれバ直に多の人々集きたり門に立べき塲處さへもなき程なりきイエス彼等に教を宣
三
此に癱瘋を病たる者を四人に舁せイエスに來れる者ありしが
四
群衆によりて近づき難かりけれバ彼の居ところの屋根を取除き癱瘋の人を床のまゝ縋下せり
五
イエス其信仰を見て癱瘋の人に曰けるは子よ爾の罪赦されたり
六
數人の學者こゝに坐し居しが心中に謂けるハ
七
斯人ハ何故かく惡口を言か神にあらずして誰か罪を赦すことを得ん
八
イエス直に彼等が心中に斯の如き事を論ずるを自ら其心に知て彼等に曰けるハ爾曹なんぞ心中に斯る事を論ずる乎
九
癱瘋の人に爾の罪ハ赦されたりと言と起て爾の床を取て往と言と孰れ易や
十
それ人の子地にて罪を赦すの権威あることを爾曹に知せんとて遂に癱瘋の人に
十一
我なんぢに告おきて床を取なんぢの家に歸れと曰けれバ
十二
その人たゞちに起て床をとり衆人の前にいづ衆人みな駭き神を崇めて曰けるハ我儕いまだ斯の如ことを見しことなし
十三
イエスまた海邊に往しに人々みな彼に來ければ是等を教ふ
十四
此より進てアルパヨの子レビといふ者の税吏の役所に坐し居けるを見て我に從へと曰ければ彼たちて從へり
十五
斯てイエスその家にて食する時おほくの税吏罪ある人々イエスおよび弟子と共に坐せり是等の者許多ありてイエスに從ひぬ
十六
學者とパリサイの人かれが税吏および
[千七百六]
罪ある人と共に食するを見て其弟子に曰けるハ何ゆゑ税吏罪ある人と共に食飮する乎
十七
イエス聞て彼等に曰けるハ廉強なる者ハ醫者の助を需ず唯病ある者これを需わが來しハ義人を召ために非ず罪ある人を召て悔改させんが爲なり
十八
ヨハ子の弟子およびパリサイの人つねに断食することありけれバ彼等イエスに來りいひけるハヨハ子の弟子とパリサイの弟子は断食するに爾の弟子ハ何ゆゑ断食せざる乎
十九
イエス彼等に曰けるハ新郎の朋友その新郎と共にをる間に断食することを得べき乎かれら新郎と共にをる間ハ断食することを得じ
二十
將來かれら新郎とらるゝ日きたらん其日にハ断食すべきなり
二一
新しき布を舊衣に縫つくる者あらじ若し然せバ其新に補へるもの舊を綻バして其破かへって惡なるべし
二二
亦あたらしき酒を舊き革嚢にいるゝ者あらじ若し然せば新酒は其嚢を破裂て酒もれいで革嚢も亦壞るべし新酒ハ新しき革嚢に盛べきもの也
二三
偖イエス安息日に麥の畠を通りしに其弟子あゆみつゝ麥の穂を摘はじめけれバ
ニ四
パリサイの人彼に曰けるハ彼等安息日に爲まじき事をするハ何故ぞ
二五
イエス答けるハダビデ及び從に在し者の乏くして飢しとき行たる事を未だ讀ざる乎
二六
即ち祭司の長アビアタルのとき神殿に入て唯祭司の外ハ食まじき供物のパンを食かつ偕に在し者にも與たり
ニ七
また彼等に曰けるは安息日ハ人の爲に設られたる者にして人ハ安息日の爲に設られたる者に非ず
二八
然バ人の子ハ安息日にも主たる也
イエスまた會堂に入しに一手枯たる人ありけるが
二
衆人イエスを訴んとして彼ハ此人を安息日に醫すや否を窺へり
三
イエス手枯たる人に曰けるハ中に立よ
四
また衆人に曰けるハ
[千七百七]
安息日にハ善を行と惡を行と生るを救と殺すと孰をか爲べき彼等黙然たり
五
イエス怒を含て環視し彼等が心の頑硬なるを憂ひ手枯たる人に爾の手を伸よと曰けれバ彼その手を伸しゝに即ち他の手のごとく愈たり
六
パリサイの人いでゝ如何してかイエスを殺さんと直にヘロデの黨に相謀りぬ
七
イエスその弟子と共に海邊に退しに多の人々ガリラヤより彼に從へりまたユダヤ
八
エルサレム、イドマヤ、ヨルダンの外またツロとシドンの邊より多の人々イエスの行し事を聞て彼に群り來る
九
イエス人々の群衆に因て擁なやまさるゝ事
十
是イエス數多の人々を愈しゝに因て凡て病ある人々手にて彼に捫んとて擁逼しが故なり
十一
また汚たる鬼かれを見て其前に俯伏さけびて爾ハ神の子なりと曰しを
十二
イエス彼等に我を揚すこと勿れと嚴く戒めたり
十三
イエス山に登て其意に適ふ所の者を召しかば來りて彼に就り
十四
是に於て十二人を立て己と偕に置また教を宣傳る爲に遺し
十五
かつ病を醫し鬼を逐出すの権威を授く
十六
乃ちシモンをペテロと名け
十七
ゼベタイの子ヤコブと其兄弟ヨハ子この二人をボア子ルゲと名く之を譯バ雷の子なり
十八
又アンデレ、ピリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス、アルパヨの子ヤコブ、タッダイ、カナンのシモン、
十九
又イスイカリオテノのユダ此ハイエスを賣しゝ者なり
二十
此等の者家に入しに多の人々また來り集けれバ食する暇もなかりき
二一
}その親屬きゝて彼ハ狂気せりと言て之を拏んとて來る
二二
又エルサレムより下れる學者等も彼ハベルゼブルに憑れたり且鬼の王に藉て鬼を逐出すなりと曰り
二三
イエス彼等を召び譬を以て曰けるはサタンハ何でサタンを逐出し得んや
ニ四
もし國おのれに悖て分爭ハゞ其國立べからず
二五
[千七百八]
また家おのれに悖て分爭ハゞ其家立べからず
二六
若サタン己に悖り起て分爭ハゞ彼たつ可からず反て終なるべし
ニ七
誰にても勇士の家に入て其家具を奪んとせバ先勇士を縛らざれバ奪ふこと能ハじ縛りて後その家を奪ふべし
二八
われ誠に爾曹に告ん人の凡の罪の瀆す所の褻瀆ハ赦るべけれど
ニ九
聖霊を瀆す者ハ限なく赦さる可からず限なき刑罰に干らん
三十
斯いへるは人々イエスを惡鬼に憑たりと言しが故なり
三一
その兄弟と母と來りて戸外にたち人を遣してイエスを呼しむ
三二
多の人々イエスを環て坐したりしが彼に曰けるハ見よ爾の母と兄弟戸外に在て爾を尋ぬ
三三
イエス答て曰けるハ我母わが兄弟ハ誰ぞや
三四
斯て側に坐する人々を環視して曰けるハ我母わが兄弟を見よ
三五
それ神の旨に從ふ者ハ是わが兄弟わが姉妹わが母なり
イエスまた海邊にて教訓を始しに多の人々かれに集りけれバ彼舟に乗て坐し凡の人々ハ海に沿て岸に立り
2
かれ譬をもて多の事を彼等に教ふ教て曰けるハ
3
聽よ種播もの播んとて出
4
播るとき或種ハ路の傍に遺しが空の鳥きたりて之を食へり
5
或種ハ土うすき磽地に遺しが土深からねバ直に萌出たれど
6
日出しかバ曝れ根なきが故に枯たり
7或種ハ棘の中に遺しが棘そだちて之を蔽けれバ實を結バざりき
8
また或種ハ沃壤に遺しが其苗はえいでゝ蕃り實を結ること或ハ三十倍或ハ六十倍あるひは百倍せり
9
また彼等に曰けるハ耳ありて聽ゆる者ハ聽べし
10
衆人の居ざりし時イエスの側に在し者と十二弟子と此譬を問しかバ
11
イエス彼等に曰けるハ神の國の奥義を爾曹にハ知ことを賜へど他の者にハ凡て譬を以てす
12
是かれら視とき視ても見ず聽とき聽ても聰らず心を改めて其罪のゆるしを得ざらん爲なり
13
また彼等
[千七百九]
に曰けるハ爾曹この譬を知ざるか然バ如何して凡の譬を識ことを得んや
14
それ播者ハ教を播なり
15
道の播れて路の傍に遺しものハ人道を聽しとき直にサタン來て其心に播れたる道を奪取なり
16
また磽地に播れたるものハ人道を聽とき直に喜びて之を受
17
然ども己に根なきが故たゞ暫時のみ後道の爲に患難あるひハ迫害に遇ときハ忽ち礙く者なり
18
又棘の中に播れたるものハ人ことバを聽ども
19
此世の思慮と貨財の惑また各様の情欲いり來りて道を蔽により終に實を結ざる者なり
20
沃壤に播れたるものハ人道を聽て之をうけ或ハ三十倍あるひハ六十倍あるひハ百倍の實を結ぶ者なり
21
また彼等に曰けるハ燈を持來て斗の下あるひハ牀の下に置もの有んや之を燭臺の上に置ならず乎
22
隠て明瞭にならざるハなく藏て露れざる者ハなし
23
耳ありて聽ゆる者は聽べし
24
また彼等に曰けるハ聽ところを愼めよ爾曹が度る所の量をもて爾曹も度らるべし聽たる爾曹にハなほ加られん
25
それ有る者ハなほ與られ無有者ハ有る者をも取るゝ也
26
また曰けるハ神の國ハ人種を地に播が如し
27
日夜起臥する間に種はえいでゝ成長ども其然る故を知ず
28
それ地ハ自から實を結ぶものにして初にハ苗つぎに穂いで穂の中に熟したる穀を結ぶ
29
既に熟バ穫時いたるに因て直に鎌を入さする也
30 また曰けるハ神の國ハ何に比へ何の譬を以て之を喩ん
31 一粒の芥種のごとし之を地に播ときハ百様の種より微けれど
32 既に播て萌出れば百様の野菜よりハ大くかつ巨なる枝を出して空の鳥その蔭に棲ほどに及なり
33 イエス彼等の聽得ところに循ひ多かゝる譬をもて教を彼等に語れり
34 譬に非ざれバ彼等に語らずイエスその弟子と共に居るとき彼等に悉く之を解聽せり
35 偖
[千七百十]
その日の夕暮イエス彼等に向の岸に濟れと曰けれバ
36 弟子たち衆人を歸らせイエスの舟に在しを其まゝ之と偕に濟れり又他の小舟もともに往り
37 時に颶風おこり浪うちこみて殆ど舟に滿
38 イエス艄のかたに枕して寢たりしが弟子かれの目を醒して曰けるハ師よ我儕が溺るゝをも顧み給ハざる乎
39 イエス起て風を斥め且海に靜りて隱かに爲と曰けれバ風やみて大に和たり
40 斯て彼等に曰けるハ何故かく懼るゝや爾曹なんぞ信なき乎
41 彼等甚しく懼れ互に曰けるハ風と海さへも順ふ是誰なるぞ耶
[1] かれら海を濟てガダラ人の地に着
2 舟よりイエスの上れるとき惡鬼に憑れたる人たゞちに墓間より出て彼に遇
3-4 この人ハ墓間を居處とせり屢次桎梏を鏈をもて繋ども鏈をうちきり桎梏を打碎により之を繋うる者なく亦誰も之を制し得もの無りき
5 夜も晝も恒に山と墓間に於て喊叫また石をもて己が身に傷つけぬ
6 彼はるかにイエスを見て趨より之を拜し
7 大聲に呼りけるハ至上神の子イエスよ我なんぢと何の與り有んや我神に託て求ふ我を苦むること勿れ
8 是イエス惡鬼に人より出よと曰しに因てなり
9 イエス彼に爾の名ハ何と問しに答けるハ我儕おほきが故に我名をレギヨンと云
10 切に此土地より我儕を逐出す勿れとイエスに求たり
11 茲に多の豕の群山に草を食ゐたりしが
12 凡の惡鬼かれに求て我儕を遣て豕に入せよと曰けれバ
13 イエス直に彼等に許せり汚たる鬼その人より出て豕に入しかバ約そ二千匹ほどの群はげしく馳くだり山坡より海に落て海に溺ぬ
14 牧者ども逃ゆきて此事を邑また郷村に告けれバ衆人其ありし事を視んとて出
15 イエスに來りて惡鬼に憑れたる者すなハちレギヨンを持た
[千七百十一]
りし人の衣服をつけ慥なる心にて坐し居けるを見て懼あへり
16 此事を見し者ども惡鬼に憑れたりし者の事を彼等に告けれバ
17 頓てイエスに其境を出んことを求ぬ
18 イエス舟に登んとせしとき惡鬼に憑たりし者ともに居んことを求けれども
19 イエス許ずして彼に曰けるハ爾の家に歸り親屬に往て主の爾に行し大なる事と爾を恤みし事を告よ
20 彼ゆきてイエスの己に行たまへる大なる事をデカポリスに言揚しけれバ衆人みな駭きあへり
21 イエス舟に乗て復海の彼岸に濟しに大勢の人々彼に集るイエスハ海に近をれり
22 會堂の宰ヤイロといふ人きたりイエスを見て其足元に伏
23 切々に求いひけるハ我いとけなき女死る瀕になりぬ之を救ん爲に來りて手を彼に按たまへ然バ女ハ生べし
24 イエス彼と共に往とき衆多の人々彼に従ひて擁あへり
25 爰に十二年血漏を患たる婦あり
26 此婦おほくの醫者の爲に甚だ苦められ其所有をも盡く費しけれども何の益もなく轉て惡かりしが
27 イエスの事を聞て群集の中より彼の後に來その衣に捫れり
28 是その衣にだに捫らバ愈るべしと曰バなり
29 斯て血の漏ること直にとまり既に疾いえしと其身に覺たり
30 イエス自ら能力の己より出たるを知おほぜいの人々を顧みて曰けるハ我衣に捫りし者ハ誰なる乎
31 弟子かれに曰けるハ群集の人々の爾に擁あふを見て我に捫りし者ハ誰ぞと曰たまふ乎
32 イエスこの事を行る婦を見んと環視しけれバ
33 婦おそれ戦慄おのが身にせられし事をしり來て彼の前に俯伏ことゞゝく實情を告
34 イエス彼に曰けるハ女よ爾の信なんぢを救り安然にして往なんぢの疾いゆべし
35 イエスこの事を言をるうちに會堂の宰の家より人々來りて曰けるハ爾の女すでに死たり何ぞ師を煩ハす乎
36 イエス直
[千七百十二]
に其告る所の言をきゝ會堂の宰に曰けるハ懼るゝ勿たゞ信ぜよ
37 イエス、ペテロとヤコブ及その兄弟ヨハ子の外ハ誰にも共に往ことを許さゞりき
38 既に會堂の宰の家に來りて人々の忙亂いたく哭泣を見る
39 入て彼等に曰けるハ何ぞ忙亂かつ哭や女ハ死るに非たゞ寢たる耳
40 彼等イエスを哂笑ふイエス凡の人々を出し女の父母とその從へる者等を率つれ女の臥たる所に入
41 女の手を執て之に曰けるハタリタクミ之を譯バ女よ我なんぢに命ず起よといふ義なり
42 直に女おきて行めり彼は年十二歳なり彼等はなハだ駭きぬ
43 イエスこの事を人に知する勿れと嚴く戒め又女に食物を與よと命じたり
[1] イエス此を去て故郷に到しに其弟子も彼に從ひぬ
2 安息日に及けれバ會堂にて教をはじむ衆人これを聞て奇み曰けるハ如何して此人に斯のごとき事あるか誰より此知慧を授られて如此ふしぎなる事をも其手より行か
3 彼ハ木匠に非ずやマリアの子ヤコブ、ヨセ、ユダとシモンの兄弟にして其姉妹も此に我儕と共に在に非ずや遂に人々彼に礙けり
4 イエス彼等に曰けるハ預言者ハ其故郷その親戚その室家の外に於ハ尊バれざることなし
5 イエス彼處にて患者に手を按たり彼たゞ數人を醫しゝ外ふしぎなる事を行こと能ざりき
6 また彼等の信ぜざるを奇み遂に諸郷を經巡て教をなせり
7 イエス十二の弟子を召て彼等を二人づゝ遣さんとして之に惡鬼を逐出す権威を授け
8 且かれらに命じけるハ一の杖の外ハ旅の用意に何をも携なかれ旅袋糧食また金をも携ず
9 たゞ履をはき二の衣をきる勿れ
10 また彼等に曰けるハ何處にても人の家に入バその所を去までハ其處に居
11 凡て爾曹を接ずなんぢらに聽ざる者にハ其處を去とき
[千七百十三]
證のため足下の塵を拂へ我まことに爾曹に告ん審判の日いたらバソドムとゴモラハ此邑よりも却て易かるべし
12 弟子たち出て人々に悔改む可ことを宣傳へ
13 また多の惡鬼を逐出し又多の病る者に膏を沃て醫しぬ
14 イエスの名播りけれバヘロデ王これを聞て曰けるハバプテスマを施しゝヨハ子死より甦れる故に奇異なる能をなす也
15 或人ハ之をエリアなりといひ或ハ往昔の預言者の如き預言者なりと曰
16 ヘロデ之を聞て曰けるハ是わが首斬し所のヨハ子也かれ死より甦りたる也
17 曩にヘロデその兄弟ピリポの妻ヘロデヤの事に因て人を遣しヨハ子を捕て獄に繫げり蓋ヘロデが彼の婦を娶しを
18 ヨハ子諫て爾兄弟の妻を納ハ宜からずと曰るに因てなり
19 ヘロデヤ彼を怨て殺さんと欲しかど能ざりき
20 ヘロデハヨハ子を義かつ善なる人と知て彼を敬ひ彼を保護かれに聞て多の事を行ひ且喜びて彼に聽ことをせり
21 斯てヘロデその誕生の日もろゝゝの大臣千人の長およびガリラヤの尊き人々に享宴をなせる機會の日いたりけれバ
22 ヘロデヤの女きたりて舞をなしヘロデと其席に列れる人々を樂ましむ王その女に曰けるハ何にても我に求へ爾が望ところの者ハ我なんぢに與ふべし
23 又彼に凡そ爾が求るものハ我が領分の半に至るとも爾に與んと誓ふ
24 女いでゝ其母に何を求べき乎と曰けれバ母乃ちバプテスマのヨハ子が首と曰り
25 女たゞちに急ぎ王にきたり求てバプテスマのヨハ子が首を盆に載て卽時に我に賜へと曰
26 王甚だ憂けれども既に誓たると同席の者の故とをもて之を拒むことを欲ず
27 王たゞちにヨハ子の首を携來れと命じて兵卒を遣しけれバ彼ゆきて獄に於て之を斬
28 其首を盆にのせ携來りて女に與ふ女ハ之を其母に與たり
29 ヨハ子の弟子等この
[千七百十四]
事を聞て來り其屍を取て墓に葬りぬ
30 使徒等イエスに集りて行へる事と教し事とを悉く彼に告
31 イエス彼等に曰けるハ爾曹衆を避て我と偕に暫く寂寞ところに往て休むべし是往來のもの多して食する暇も無りしが故なり
32 かれら人を避舟にて寂寞ところに往り
33 其往を見て衆人おほくイエスをしり諸邑より歩行にて趨り彼等の往んとする所へ先ち往てイエスに集れり
34 イエス出て多の人を見に彼等ハ牧者なき羊の如き者なるに因て之を憫み許多の事を教はじめぬ
35 時すでに暮景になりけれバ其弟子かれに來いひけるハ此ハ寂寞ところにして時も既晩し
36 衆人の食ふべき物なきが故に其自ら四周の郷村に往てパンを市んが爲に彼等を去しめ給へ
37 イエス答けるハ爾曹これに食を與よ弟子かれに曰けるハ我儕ゆきて銀二百のパンを市かれらに與て食しむ可か
38 イエス彼等に曰けるハパンハ幾何ある往て視よ彼等みて其數をしり五のパンと二の魚ありと答ふ
39 イエス衆の人を組々にして青草の上に坐しめよと命じけれバ
40 或ハ百人或ハ五十人づゝ列坐せり
41 イエスその五のパンと二の魚をとり天を仰ぎ謝してパンをわり弟子に與て人々の前に陳しむ又二の魚を毎人に分與ぬ
42 衆人みな食て飽
43 そのパンと魚の餘屑を拾しに十二の筐に盈たり
44 パンを食たる男およそ五千人なりき
45 直にイエスその弟子を強て舟に乗むかふの岸なるベテサイダへ先わたらしめ己ハ衆人を歸しむ
46 衆人を歸しゝのち祈禱の爲に山に往り
47 日暮て舟ハ海の中に在イエスハ獨り陸に居り
48 風逆ふに因て弟子等の舟を掉に勞たるを見て暁の四時ごろイエス海の上を履きたり彼等を過んとせしに
49 弟子その海を履るを見て變化の物ならんと意ひ叫びたり
50 蓋弟子みな之を見て
[千七百十五]
懼しが故なりイエス直に彼等に語りて曰けるハ心安かれ我なり懼るゝこと勿れ
51 遂に舟に登しかバ風やみぬ彼等心の中に駭き異めること甚し
52 是その心の愚頑に因てパンの奇跡をも覺ざりし也
53 既に濟ゲ子サレといふ地に到て舟泊せり
54 彼等舟より出しに頓て人々イエスを知て
55 徧く其四方の地へ馳ゆき病る者を床の儘にて舁ひイエスの在す處々を聞出して之に就り
56 凡そイエスの至るところ或ハ邑あるひハ村その街市に病る者を置て彼に其衣の裾にだに捫らせ給へと求り乃ち捫るほどの者ハみな愈たり
[1] パリサイの人と或學者たちエルサレムより來りてイエスの前に集り
2 彼の弟子の中に潔らざる手即ち盥ざる手にてパンを食する者ありしを見て之を責めたり
3 蓋パリサイの人とユダヤの人々ハみな古の人の遺傳を守りて其手を潔あらハざれバ食せず
4 市より歸きたりて盥ざれバ亦食せず此ほか杯椀鍋および牀を洗など多端の遺傳を受守れり
5 是に於てパリサイの人と學者等イエスに問けるハ爾の弟子ハ何ゆゑ古の人の遺傳に遵ハずして盥ざる手を以てパンを食する乎
6 イエス答て彼等に曰けるハイザヤハ僞善者なる爾曹を指てよく預言せり其錄しゝ言に此民ハ唇にて我を敬へども其心ハ我に遠かり
7 人の誡を教と爲て徒らに我を拜すと曰り
8 夫なんぢらハ神の誡を棄て人の遺傳を守れり卽ち鍋、杯を洗おほく此の如き事を行ふ
9 また彼等に曰けるハ爾曹ハ實に己の遺傳を守んとて能も神の誡を棄る者なり
10 モーセ曰けるハ爾の父母を敬へ又父あるひハ母を詈る者ハ殺るべしと
11 然ど爾曹ハ曰もし人父あるひハ母に對て爾を養ふべき物ハコルバン卽ち禮物なりと曰バ事ずとも可と
12 而して人の其父
[千七百十六]
あるひハ母の爲に何をも行事を爾曹許ず
13 斯なんぢらハ其教る所の遺傳をもて神の道を廢うす又おほく此類の事を行ふ
14 イエスまた衆庶を召て彼等に曰けるハ爾曹みな我言を聞て悟れ
15 外より人に入ものハ人を汚すこと能ハず然ど人より出るものハ人を汚す也
16 聽ゆる耳ある者ハ聽べし
17 イエス衆庶を離れて室に入しに其弟子たとへの意を問ければ
18 彼等に曰けるハ爾曹もなほ悟ざるか凡そ外より人に入ものゝ人を汚し能ハざる事を知ざる乎
19 蓋その心に入ず腹に入て厠に遣すなハち食ふ所のもの潔れり
20 又曰けるハ人より出るものハ是人を汚す
21 人の心より出るものハ惡念、姦淫、苟合、兇殺、
22 盗竊、貪婪、惡慝、詭譎、好色、嫉妒、謗讟、驕傲、狂妄なり
23 是等の惡行ハみな内より出て人を汚すもの也
24 イエス此を去てツロとシドンの境にゆき家に入て人に知れざらん事を欲しが隱れ得ざりき
25 そハ惡鬼に憑たる幼き女を有る婦イエスの事を聞て來り其足下に伏たるに因てなり
26 この婦ハサイロピニケに生れしギリシャの者なりしが惡鬼を其女より逐出し給ハん事をイエスに求り
27 イエス彼に曰けるハ先兒女に飽しむべし兒女のパンを取て犬に投るハ善らず
28 婦こたへて曰けるハ主よ然されども犬も案の下に在て兒女の遺屑を食ふ也
29 イエス婦に曰けるハ此言に因て歸れ惡鬼ハ爾の女より出たり
30 婦その家に歸しに惡鬼既に出て牀に女の臥たるを見る
31 イエス、ツロとシドンの地を去てデカポリスの地を過ガリラヤの海に至れり
32 人々聾の訥る者をイエスに携來りて手を按給ハん事を求けれバ
33 イエス衆人を離れ之を外へ携ゆき指を其耳にさしいれ又唾して其舌に捫り
34 且天を仰て嘆じ其人に對てエッパタと曰これを譯バ啓よとの義なり
35 直に其耳ひらけ舌
[千七百十七]
の絡ゆるみて正く言へり
36 イエス之を人に告る勿と彼等に戒むれバ戒むるほど益 言揚しぬ
37 衆人はなハだしく駭きて曰けるハ此人の行し所ことゞゝく善あるひハ聾を聽えさせ或ハ啞者を言ハしめたり
[1] 當時あつまれる人々甚だ多りしが何の食物も有ざりけれバイエス其弟子を召て曰けるハ
2 我この多の人々を憫む既に三日われと共に居しゆゑ今なにも食物なし
3 もし飢しまゝ其家に歸さバ途間にて憊ん其中に遠處より來れる者あれバ也
4 その弟子かれに答けるハ此野にて何處よりパンを得この人々を飽しめん乎
5 イエス彼等に問けるハパン幾何あるや七と答ふ
6 イエス人々に命じて地に坐せしめ七のパンを取て謝し之をわり人々の前に陳しめんが爲その弟子に與けれバ卽ち人々の前に陳り
7 また小き魚を些須もてり之をも祝して人々の前に陳と曰
8 人々これを食て飽その餘屑を七の籃に拾り
9 之を食る者おほそ四千人なり乃ちイエス之を歸しぬ
10 イエス直に其弟子と共に舟に乗てダルマヌタの方に往しに
11 パリサイの人いでゝ彼を試んがため天よりの休徴を求めて詰はじむ
12 イエス心の中に深く歎息して曰けるハ此世の人なんぞ休徴を求るや誠に我なんぢらに告ん休徴ハ此世の人に必ず與られじ
13 イエス彼等を離れて復舟に乗むかふの岸に濟れり
14 さて弟子パンを携ふることを忘たゞ一のパンのみ舟に有き
15 イエス彼等を戒めて曰けるハ戒心してパリサイの人の麪酵とヘロデの麪酵を愼めよ
16 弟子たがひに論じて曰けるハ是パンを携へざりし故ならん
17 イエス之を知て彼等に曰けるハ何ぞ互にパンを携へざりし事を論ずるや未だ悟ざるか爾曹の心なほ頑か
18 目あ
[千七百十八]
りて視ざるか耳ありて聽えざる乎また覺ざる乎
19 我五千人に五のパンを擘あたへし時その餘屑を幾筐ひろひしや答けるハ十二なり
20 又四千人に七のパンを擘あたへし時その餘屑を幾筐ひろひしや答けるハ七なり
21 イエス彼等に曰けるハ何ぞ悟ざる乎
22 イエス、ベテサイダに至けれバ人々瞽者を携來りて之に手を按たまハん事を求り
23 イエス瞽者の手を執て村の外へ携出その目に唾して手を彼に按とひけるハ何か視るや
24 瞽者目を擧て曰けるハ我この人々の歩行を見に樹の如し
25 遂にイエスまた両手を彼の目に按その目を擧させけれバ乃ち愈て庶物あきらかに視たり
26 イエス彼を其家に歸らせ曰けるハ此村に入なかれ且この村人にも告る勿れ
27 イエスその弟子と共にカイザリヤ、ピリピの諸村へゆく途間にて其弟子に問て曰けるハ衆人ハ我を曰て誰とする乎
28 答けるハ或人ハバプテスマのヨハ子或人ハエリヤ或人は預言者の一人なりと曰り
29 イエス彼等に曰けるハ爾曹ハ我を曰て誰とする乎ペテロ答けるハ爾ハキリストなり
30 イエス彼等を戒めて我事を誰にも告る勿れと命じたり
31 また人の子の必ず多の苦難をうけ長老祭司の長學者どもに棄られ且殺されて三日の後に甦ることを彼等に示し始たまへり
32 明に之を示し給しかバペテロ、イエスを援て諫んとせしに
33 イエス回顧その弟子を見てペテロを戒め曰けるハサタンよ我後に退け爾ハ神の情を思ず反て人の情を思ふ
34 衆人と其弟子と共に召て彼等に曰けるハ若し我に從ハんと欲ふ者ハ己を棄その十字架を負て我に從へ
35 そハ生命を全うせんとする者ハ之を喪ひ我ため且福音の爲に生命を喪ふ者ハ之を得べけれバ也
36 もし人全世界を得とも其生命を喪ハゞ何の益あらん乎
37 また人何をもて其生命に
[千七百十九]
易んや
38 姦惡なる此世に於て我と我道を恥る者をバ人の子も亦聖使と共に父の榮光をもて來る時之を恥べし
[1] イエスまた彼等に曰けるハ我まことに爾曹に告ん此に立ものゝ中に神の國の権威をもて來るを見までハ死ざる者あり
2 さて六日の後イエス、ペテロ、ヤコブ、ヨハネを伴ひ人を避て高山に登り給ひしが彼等の前にて其容貌かハり
3 其衣かゞやき白こと甚だしくして雪のごとく世上の布漂も斯しろくハ爲能ハざるべし
4 エリヤとモーセと共に彼等に現れてイエスと語をれり
5 ペテロ答てイエスに曰けるハラビ我儕こゝに居ハ善われらに三の廬を建せ給へ一ハ主のため一ハモーセのため一ハエリヤの爲にせん
6 此ハ其謂ところを知ざりしなり彼等いたく懼しに因
7 斯て雲彼等を蔽ひ聲雲より出て曰けるハ此ハ我が愛子なり之に聽べし
8 頓て弟子環視けれバイエスと己の外ハ一人をも見ざりき
9 山を下る時にイエス彼等に命じて人の子の死より甦る迄は爾曹の見し事を人に告る勿れと曰り
10 弟子等この言を守かつ互に論じ曰けるハ死より甦ると云ハ何の事か
11 彼等イエスに問て曰けるハエリヤハ前に來るべしと學者の曰るハ何ぞや
12 イエス答て曰けるハ實にエリヤハ前に來りて萬事を復振また人の子に就てハ其各様の苦難を受かつ輕慢らるゝ事を書しるされたり
13 然ど我なんぢらに告んエリヤ既に來しに彼に就て錄されたりし如く人々意の任に之を待へり
14 イエス弟子等の所にきたり多の人々の彼等を環圍ると學者たちの彼等と論じをりしを見たり
15 衆人たゞちに彼を見て駭き趨よりて禮をなせり
16 イエス學者に問けるハ弟子と何事を論ずる乎
17 衆人のうち一人こたへ
[千七百二十]
けるハ師よ我ものいハぬ惡鬼に憑れたる我子を爾に携來れり
18 惡鬼の憑時ハ彼傾跌され沫をふき齒を切て疲勞はつる也これを逐出さんことを我なんぢの弟子に請しかど彼等能ざりき
19 イエス彼等に答て曰けるハ噫信なき世なる哉いつまで我なんぢらと共に在んや何時まで我なんぢらを忍んや彼を我に携來れ
20 彼等その子を携來りしに惡鬼イエスを見て忽ち彼を拘攣しむ彼地に仆れ輾轉て沫を出ぬ
21 イエスその父に問けるハ幾何時より如此なりしや父いひけるハ少時より也
22 惡鬼しばゝゝ之を火の中あるひハ水の中に投入て殺さんとせり爾もし爲ことを得バ我儕を憫みて助よ
23 イエス彼に曰けるハ爾もし信ずる事を得ば信ずる者に於て爲あたハざる事なし
24 其子の父たゞちに聲をあげ涙を流して曰けるハ主よ我信ず我が信なきを助たまへ
25 イエス衆人の趨集るを見て惡鬼を叱いひけるハ啞にして聾なる惡鬼よ我なんぢに命ず出て再び之に入なかれ
26 惡鬼さけびて大に彼を拘攣しめて出しかバ彼死たる者の如なりぬ人人これを既に死りと云
27 イエスその手を執て扶けれバ彼たてり
28 イエス家に入しに其弟子ひそかに問けるハ我儕これを逐出すこと能ざりしハ何故ぞ
29 イエス彼等に曰けるハ此族ハ祈禱と断食に非れバ逐出すこと能ざる也
30 彼等こゝを去てガリラヤを過この事をイエス人の知を欲ざりき
31 蓋その弟子に教て人の子ハ人の手に付され彼等に殺され殺されてのち第三日に甦るべしと曰たまふが故なり
32 其とき弟子等この言を曉らず亦問ことを恐たり
33 偖イエスカペナウンに至り室に居て弟子に問けるハ爾曹途間にて何を互に論ぜし乎
34 弟子黙然たり是途間にて互に論じ誰か大ならんとの争ありけれバ也
35 イエス坐して其十二を召かれらに曰
[千七百二十一]
けるハ若し首たらんと欲ふ者ハ凡の人の後となり且すべての人の使役とならん
36 また孩提を取て彼等の中に立て之を抱き彼等に曰けるハ
37 凡そ我名の爲に斯のごとき孩提の一人を接る者ハ卽ち我を接るなり又われを接る者ハ卽ち我を接るに非ず我を遣しゝ者を接るなり
38 ヨハ子彼に答て曰けるハ師よ我儕に從ハざる者の爾の名に托て惡鬼を逐出せるを見しが我儕に從ハざる故これを禁たり
39 イエス曰けるハ其人を禁る勿れ蓋わが名により異なる能を行ひて輕易しく我を誹得る者ハあらじ
40 我儕に敵たハざる者ハ我儕に屬者なり
41 爾曹をキリストに屬者として我名の爲に一杯の水にても爾曹に飲する者ハ我まことに爾曹に告ん其人ハ賞を失ハざる也
42 また凡そ我を信ずる小子の一人を礙する者ハその首に磨を懸られて海に投入られん方その人の爲になほ善るべし
43 若し爾の一手なんぢを礙かさバ之を斷され兩手ありて地獄すなハち滅ざる火に往んよりハ殘缺にて永生に入ハ爾の爲に善こと也
44 彼處に入ものゝ蟲つきず火きえず
45 若なんぢの一足なんぢを礙かさバ之を斷され兩足ありて地獄すなハち滅ざる火に投入られんよりハ跛にて永生に入ハ爾の爲に善なり
46 彼處に入ものゝ蟲つきず火きえず
47 もし爾の一眼なんぢを礙かさバ之を抉いだせ兩眼ありて地獄の火に投入られんよりハ一眼にて神の國に入ハ爾の爲に善なり
48 彼處に入ものゝ蟲つきず火きえず
49 蓋すべての人ハ鹽をつくる如く火を以せられ凡の祭物ハ鹽をもて鹽つけらる
50 鹽ハ善ものなり然ど鹽もし其味を失ハゞ何をもて之に味を加んや爾曹心の中に鹽を有て又たがひに睦み和ぐべし
[1] イエス此を去ヨルダンの外を經てユダヤの境の内に來しに多の人々また彼に集りけれ
[千七百二十二]
バ恒の如く彼等に教誨を爲たまへり
2 パリサイの人來て彼を試み問けるハ人その妻を出すハ可か
3 答て曰けるハモーセハ爾曹に何と命ぜし乎
4 彼等曰けるハモーセハ離縁状を書與へて之を出すことを許せり
5 イエス答て彼等に曰けるハモーセ爾曹の心つれなきに因て此命を爲たる也
6 然ど開闢のはじめ神人を男女に造り給へり
7 是故に人ハその父母を離その妻に合て
8 二人のもの一體と成べし然バ二にハ非ず一體なり
9 是故に神の耦せ給へる者ハ人これを離すべからず
10 室に在て弟子等また此事を問けれバ
11 イエス彼等に曰けるハ凡そ其妻を出して他の婦を娶る者ハ其妻に對して姦淫を行ふなり
12 また婦もし其夫を出して他に嫁がバ此婦も姦淫を行ふなり
13 イエスに撫れんがため人々孩提を携來けれバ弟子等その携來れる者を責めたり
14 イエス之を見て怒を含かれらに曰けるハ孩提を我に來せよ彼等を禁る勿れ神の國に居ものハ斯の如き者なり
15 誠に我なんぢらに告ん凡そ孩提の如くに神の國を承ざる者ハ之に入ことを得ざる也
16 即ち彼等を抱て手をその上に按これを祝せり
17 イエス途に出けるに一人はしり來りて跪き問けるハ善師よ我かぎりなき生命を嗣ために何を行べき乎
18 イエス彼に曰けるハ何ぞ我を善と稱や一人の他に善者ハなし即ち神なり
19 誡ハ爾が識ところなり姦淫する勿れ殺なかれ盗なかれ妄の證を立る勿れ拐騙なかれ爾の父と母を敬へ
20 答て曰けるハ師よ是みな我が幼きより守れるもの也
21 イエス彼を見て愛み曰けるハ爾なほ一を虧ゆきて其所有をうり貧者に施せ然バ天に於て財あらん而して來り十字架を操て我に從へ
22 彼この言に因て哀み憂て去ぬ彼ハ大なる産業を有る者なれバなり
23 イエス環視てその弟子に曰けるハ
[千七百二十三]
財を有る者の神の國に入は如何に難かな
24 弟子この言を驚けりイエス復こたへて彼等に曰けるハ小子よ財を恃む者の神の國に入ハ如何に難かな
25 富者の神の國に入よりハ駱駝の針の孔を穿るハ却て易し
26 弟子たち甚く駭き互に曰けるハ然バ誰か救を受べき乎
27 イエス彼等を見て曰けるハ是人には能ざる所なれど神に於ハ然らず神ハ能ざる所なけれバ也
28 是に於てペテロ彼に曰けるハ我儕一切を舍て爾に從へり
29 イエス答て曰けるハ誠に爾曹に告ん我と福音の爲に家宅あるひハ兄弟あるひハ姉妹あるひハ父あるひハ母あるひハ妻あるひハ兒女あるひハ田疇を舍る者ハ
30 この世にて百倍を受ざる者なし即ち家宅、兄弟、姉妹、母、兒女、田疇を迫害と共に受また後の世にハ窮なき生を受ん
31 然ど多の先なる者ハ後になり後なる者ハ先になるべし
32 さて彼等エルサレムに上る途間イエス弟子に先ち行けれバ彼等おどろき且おそれて從へりイエス十二を伴ひて將に己に及んとする事を彼等に告給ひけるハ
33 我儕エルサレムに上り人の子ハ祭司の長と學者等に付れん彼等これを死罪に定め異邦人に付し
34 又これを嘲弄し鞭ち唾し且これを殺さん斯て第三日に甦るべし
35 ゼベダイの子ヤコブとヨハ子、イエスに來りて曰けるハ師よ我儕が求る事を願くハ我儕に成たまへ
36 彼等に曰けるハ爾曹に我が何を成ん事を欲ふや
37 彼等いひけるハ爾榮を得んとき我儕の一人を其右に一人を其左に坐せしめよ
38 イエス彼等に曰けるハ爾曹ハ求ふ所を知ず爾曹わが飮ところの杯を飮わが受る所のバプテスマを受得るや
39 彼等いひけるハ能すべしイエス彼等に曰けるハ爾曹ハ實に我が飮ところの杯を飮また我が受る所のバプテスマを受べし
40 然ど我が右左に坐する事は我が予ふべきに非たゞ
[千七百二十四]
備られたる者は予らるべし
41 十人の弟子これを聞てヤコブとヨハ子を憤れり
42 イエス彼等を召て曰けるハ異邦人の君と見る者は其民を治また大なる者どもは彼等の上に權を執これ爾曹が知ところ也
43 然ど爾曹の中にては然す可らず爾曹のうち大ならんと欲ふ者は爾曹に役るゝ者とならん
44 また爾曹のうち首たらんと欲ふ者は凡の人の僕とならん
45 蓋人の子の來るも人を役ふ爲に非ず反て人に役はれ且おほくの人に代その命を予て贖とならん爲なり
46 斯て彼等エリコに至イエスその弟子と大なる群衆の人々と共にエリコを出る時テマイの子なるバルテマイといふ瞽者路の旁に坐して乞ゐけるが
47 ナザレのイエスなりと聞て呼り曰けるはダビデの裔イエスよ我を恤み給へ
48 多の人々これに緘黙と戒めけれど愈よバゝりてダビデの裔よ我を恤み給へと曰けれバ
49 イエス立止りて彼を召と命じけれバ人々瞽者を召て彼に曰けるは心を安んぜよ起イエス爾を召
50 瞽者その表衣を棄たちてイエスに來れり
51 イエス答て彼に曰けるは爾われに何を爲れんと欲ふや瞽者いひけるは主よ見なん事を欲ふ
52 イエス彼に曰けるは往なんぢの信仰なんぢを救へり直に彼みることを得イエスに從ひて路を行り
[1] かれら橄欖山のベテパゲとベタニヤに至エルサレムに近ける時イエス二人の弟子を遣さんとして
2 彼等に曰けるは爾曹對面の村に往かしこに入ば頓て人の未だ乗ざる所の繋げる驢馬の子を見べし其を解て牽來れ
3 もし誰か爾曹に何ゆゑ然する乎といふ者あらバ主の用なりと曰さらバ直に其を此に遣るべし
4 彼等ゆきて門の外の岐路に繋げる驢馬の子を見て之を解けれバ
5 其處に立る或人かれらに曰けるは此驢馬の子を解て如何する乎
6 [千七百二十五]
弟子イエスの命ぜし如く曰しかバ遂に許たり
7 弟子驢馬の子をイエス牽きたりて己が衣を其上に置ければイエスこれに乗り
8 人々おほくは其衣を路上に布あるひは樹の枝を伐て路上に布
9 かつ前にゆき後に從ふ人々呼り曰けるはホザナよ主の名に託て來る者は福なり
10 主の名に託て來る我儕の父なるダビデの國は福なり至高處にホザナよ
11 イエス、エルサレムに至り聖殿に入て盡くみまハし時すでに暮に及けれバ十二と偕にベタニヤに出往り
12 明日かれらベタニヤより出し時イエス饑たり
13 遥に葉ある無花果の樹を見てその樹に何か有んとて來りしに葉の他なにも見ざりき是無花果樹の時に非れバ也
14 イエスこの樹に對て今よりのち永久も爾の果を食ふ人あらざれといふ弟子これを聞り
15 彼等エルサレムに至りイエス殿に入てその中にをる賣買する者を殿より逐出し兌銀者の案鴿を鬻者の椅子を倒し
16 かつ器具を以て殿を過ることを許さず
17 また彼等に諭て曰けるは我室ハ萬國の人の祈禱の室と稱らるべしと錄されたるに非や然るに爾曹ハ之を盗賊の巣となせり
18 學者と祭司の長これを聞て如何してかイエスを喪さんと謀しが彼を懼たり蓋人々みな其教に駭きたれば也
19 日くれてイエス城邑を出行り
20 翌朝かれら無花果の樹を過る時その根より盡く枯たるを見る
21 ペテロ憶出てイエスに曰けるハラビ見よ詛し所の無花果樹ハ枯たり
22 イエス答て彼等に曰けるハ神を信ぜよ
23 誠に我なんぢらに告ん誰にても其心に疑ぐ事なく其いふ所の言ハ必ず成べしと信じ此山に移て海に入といはゞ其言の如く成べし
24 是故に我なんぢらに告ん凡そ祈禱の時その求ふ所のものハ必ず得べしと信ぜバ必ず得べし
25 又なんぢら立て祈禱する時もし人を憾こと有バ
[千七百二十六]
之を免せ蓋天に在す爾曹の父に爾曹も亦その誤を免されん爲なり
26 もし爾曹免さずバ天に在す爾曹の父も亦なんぢらの誤を免し給ハじ
27 彼等またエルサレムに至りイエス殿を行るとき祭司の長學者および長老等きたりて
28 彼に曰けるハ何の権威を以て此事を行や誰が此事を行べき爲に爾に此権威を與しや
29 イエス答て彼等に曰けるハ我も一言なんぢらに問ん我に答よ然バ我なんぢらに何の権威を以て之を行といふ事を告べし
30 ヨハ子のバプテスマハ天よりか人よりか我に答よ
31 彼等たがひに論じ曰けるハ若し天よりと云バ然バ何故彼を信ぜざるかと曰ん
32 もし人よりと云バ彼等民を懼たる也そは民みなヨハ子を預言者と爲に因
33 遂に答て知ずと曰イエス答て曰けるハ我も何の権威を以て之を行か爾曹に語らじ
[1] イエス譬をもて彼等に語れり或人葡萄園を樹り籬を環し酒榨をほり塔をたて農夫に租與て他の國へ往しが
2 期いたりけれバ葡萄園の果を収取ん爲に僕を農夫の所に遣しけるに
3 農夫等これを執へ打撲きて徒く返しめたり
4 また他の僕を彼等に遣しゝに農夫等これを石にてうち首に傷つけ辱しめて返しむ
5 又ほかの者を遣しゝに之をも殺せり又ほかに多く遣ししに或は撲あるひハ殺しぬ
6 爰に一人の愛子ありけるが此わが子ハ敬ふならんと曰て遂に其子を遣しゝに
7 農夫等たがひに曰けるハ此ハ嗣子なり率これを殺さん然バ産業ハ我儕の者とならん
8 乃ち執へて之を殺し葡萄園の外に棄たり
9 然バ葡萄園の主人なにを爲べきか彼きたりて農夫等を打滅し葡萄園を他の人に託ふべし
10 工匠の棄たる石ハ屋の隅の首石と成り
11 これ主の成たまへる事にして我儕の目に奇とする所なりと錄されしを未だ讀ざる乎