明治元訳新約聖書(大正4年)/帖撒羅尼迦人後書

提供: Wikisource
ナビゲーションに移動 検索に移動
Wikisource:宗教 > 聖書 > 明治元訳新約聖書 (大正4年) > 帖撒羅尼迦後書(元訳大正4年)
  • : この文書ではルビが使用されています。ここでは「ルビ」の形で再現しています。一部の古いブラウザでは、ルビが正しく見えない場合があります。

しんやくぜんしょしとパウロテサロニケびとおくれるのちのふみ

第一章[編集]

パウロシルワノテモテわれらちゝなるかみおよびしゅイエス キリストあるテサロニケびとけうくわいふみおく
ねがはくはわれらちゝなるかみおよしゅイエス キリストよりなんぢらめぐみやすきうけ



きゃうだいわれらなんぢらについつねかみかんしゃすべきなりこれかなうことなりそはなんぢらなんぢらかつなんぢらおのゝゝたがひあいすることあつなりたれバなり
このゆゑわれらなんぢらのためかみけうくわいなかほこそはなんぢらせめなやみなかありしのびしんかうたもてばなり
これかみたゞしきさばきしるしなりなんぢらをしてかみくにためなやみうく
そはなんぢらになやみくはふものにはなやみむくい
なやみうくなんぢらにはわれらともやすきうることをむくゆるはかみたゞしきことなればなりこのことしゅイエスほのほうちにてそのちからつかひたちともてんよりあらはれんときにあり


すなはかみしらざるものおよびわれらしゅイエス キリストふくいんしたがはざるものむくいあた
かれらしゅかほそのいきほひえいくわうよりはなれてかぎりなくほろぶばつうけ
そのときすなはしゅきたりてそのせいとよりえいくわうをうけすべてしんじゃよりほまれそのひなりなんぢらわれらあかししんずるものなり
十一 これついわれらつねになんぢらためいのるはわれらかみなんぢらをしてめしうくべきものとなしまたちからなんぢらすべてよきねがひしんかうわざじょうじゅせしめんことなり
十二 これわれらのかみしゅイエス キリストめぐみよりわれらしゅイエスなんぢらのうちあがめられまたなんぢらかれありあがめられんためなり

第二章[編集]

きゃうだいわれらしゅイエス キリストきたたまふことおよわれらかれもとあつまることについてはわれらねが
なんぢらあるひはれいによりあるひことばよりあるひはおくれるにたるふみよりしゅ
[二千十六]
すできたるとてこゝろうごかしかつさわぐことなからんことを
たれなにのはふてするともなんぢらあざむかるゝことなかそはさきにみちはなるゝことなくかつつみひとすなはほろびこあらはるゝことなくバそのひきたらじ
かれすべかみとなふものまたひとをがところものてきこれよりすぎおのれたふとくしかみみやしてみづかかみなりとするいた
われなんぢらうちありしときこのことかたりしをなんぢらきおくせざる
かれをしてそのときいたりてあらはれしめんためいまかれをおさふものなんぢらしる
それふはうかくれたるものすでにはたらけりいまこれをおさふるもののぞかるゝまでかくれをり
そのときいたりてふはうものあらはるべししゅイエスそのくちいきかれほろぼさんそのきたるときあらはところえいくわうかれはいせん
かれサタンはたらきしたがひてさまゞゝいつはりなるちからしるしふしぎなるわざ
かつふぎすべてまどはしあらはれかのほろぶるものうちあるなりそはかれらまことあいするのあいうけずしてすくひざるものなればなり
十一 このゆゑかみかれらがいつはりしんぜんためまどひをしてかれらうちはたらかしむ
十二 これすべまことしんぜずふぎこのものつみさだめんとてなり


十三 しゅあいせらるるきゃうだいなんぢらためわれらつねかみかんしゃすべきなりそはかみはじめよりなんぢらえらまことしんずることゝれいきよめかうむることによりすくひしめたまへバなり
十四 かみわれらのふくいんなんぢらこのさいはひまねたまへりなんぢらをしてわれらしゅイエス キリストえいくわうしめんためなり
十五 このゆゑきゃうだいなんぢらかたたちかつあるひわれらことばあるひはわれらふみよりをしへうけたるつたへかたまもるべし
十六 ねがはくはわれらしゅイエス キリストおよわれらちゝかみすなはちわれらあいかつめぐみよりかぎりなきなぐさめよきのぞみあたふもの
十七 なんぢらこゝろなぐさすべてよきわざよきことばなんぢらかたくせんことを


第三章[編集]

をはりわれこれをいふきゃうだいなんぢらわれらのためいのしゅことばをしてとくひろまりさかえうくることなんぢらうちごとくならしめ
またわれらをしてよこしまなるあくにんよりすくはるゝことそハひとみなしんずるものといふにあらざればなり
されしゅまことなるものなりかれなんぢらをかたくしなんぢらまもりてかのあしきひとよりすくは
なんぢらわれらのめいずることいますでにおこなのちまたこれおこなのちまたこれおこなはんことをしゅよりしんずるなり

ねがはくハしゅなんぢらのこゝろかみあいキリストしのびみちびたまはんことを


きゃうだいわれらしゅイエス キリストよりなんぢらめいわれらよりうけたるつたへしたがはずしてみだりあゆすべてきゃうだいとほざかるべし
なんぢらみづからいかにしてわれらならふべきをしるそれわれらなんぢらのうちありみだりなることなさ
またひとのパンをあたひなしにしょくすることなくたゞひとわづらはせざらんためらうくるしみをしてひるよるわざなせ
これわれらけんゐなきがゆゑあらずたゞみづからかたとしなんぢらをしてならはしめんためなり
われらなんぢらうちありしときひともしわざなすことをこのまずバしょくすべからずとなんぢらめいじたり
十一 それなんぢらうちわざなさずしてもっぱよじつとみだりなることおこなものありとわれらきゝたり
十二 われらかくごとものしづかわざなしおのれのパンをしょくせんことをわれらしゅイエス キリストよりめいかつすゝ
十三 きゃうだいぜんおこなひてうむことなか
十四 もしこのふみいへわれらことばしたがはざるものあらばこれはずかしめんためそのひとしるしてあひまじはることなか
十五 されかれてきとせずきゃうだいごとこれいさむべし
十六 ねがはくはへいあんしゅつねになにごとよらなんぢらへいあんたまはんことをねがはくはしゅなんぢらともあらんことを
十七 われパウロづからふでとりやすきをとふふみごとにこれしるしとすかけるはかくごと
十八 ねがはくはわれらしゅイエス キリストめぐみすべてなんぢらともあらんことをアメン

新約全書帖撒羅尼迦後書 終