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明治三十六年富山縣告諭第一號

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○富山縣告諭第一號

昨年(さくねん)の米作(べいさく)は稻熱病(いもちべやう)の爲(ため)に近年見(きんねんみ)ざる大不作(だいふさく)にて地主(ぢぬし)より小作人(こさくにん)まで莫大(ばくだい)の損害(そんがい)を被(かふ)むり殊(こと)に小作人(こさくにん)の困窮(こんきう)の有樣(ありさま)は氣候(きこう)の寒(さむ)きと食糧(くひもの)の乏(とぼ)しきとに依(よ)りて實(じつ)に見(み)るに忍(しの)びざる程(ほど)の境遇(ばあひ)に在(あ)るは本官等(ほんくわんら)も其被害地(そのひがいち)の一部分(ぶぶん)を實視(じつし)して深(ふか)く憫然(ふびん)に堪(た)へざる所(ところ)なりとす然(さ)れば法規(おきて)の許(ゆる)す限(かぎ)りは夫々(それ〳〵)救恤(めぐみ)の方法(しかた)は充分(じうぶん)に盡(つく)すべきも尚名目(なほめい〳〵)に於(おい)ては徒(いたづら)に是等(これら)の恩惠(めぐみ)のみに依賴(たより)せず獨立心(ひとりだちのこゝろ)を奮(ふる)ひ起(おこ)して精力(ちから)の續(つづ)かん限(かぎ)り勤(つと)め勵(はげ)み何(なに)にても職業(しごと)を求(もと)めて勞作(はたらき)を爲(な)し一日(にち)も早(はや)く窮狀(こまるありさま)を免(の)がれて活路(いきるみち)を開(ひら)き將來(ゆくすゑ)も此慘(このいた)ましき事情(ことがら)を能(よ)く記憶(おぼえ)して勤勉(はたらき)と節儉(けんやく)を努(つと)め餘力(あまり)あらば蓄積(ためること)を主(もつぱら)とし且又農作上(かつまたのうさくじやう)の事(こと)は官廳又(やくしよまた)は專門技術家(そのみちのひと)の言(いふこと)を聽(き)きて改良(よくあらためること)を爲(な)す樣注意(やうきをつけるやうに)すべし

明治三十六年二月七日
富山縣知事 李家 隆介

この著作物は、日本国の著作権法第10条1項ないし3項により著作権の目的とならないため、パブリックドメインの状態にあります。(なお、この著作物は、日本国の旧著作権法第11条により、発行当時においても、著作権の目的となっていませんでした。)


この著作物はアメリカ合衆国外で最初に発行され(かつ、その後30日以内にアメリカ合衆国で発行されておらず)、かつ、1978年より前にアメリカ合衆国の著作権の方式に従わずに発行されたか1978年より後に著作権表示なしに発行され、かつ、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(日本国を含むほとんどの国では1996年1月1日)に本国でパブリックドメインになっていたため、アメリカ合衆国においてパブリックドメインの状態にあります。