コンテンツにスキップ

教育部競売問題真相

提供: Wikisource

 最近の支那新聞には教育部が部の所有物一切(若干の歴史的重要物を除き)を自ら競売に附することに決して、既に其通告を発したとの報導が掲げられて居た。如何に財政困難の政府として種々の奇怪な現象が発生するとしても、教育部といふ如き一機関自ら競売を行ふなど云ふことは実に前代未聞の珍事である。元来北京政府の各部経費の滞り勝ちになり始めたのは九年の秋からである。而して十年の三月には国立八校の同盟罷課があり、参謀本部其他各部に時々罷業などもあり、其間政府は幾度か変つたが、何んな政府が出来ても経費は依然常に滞る一方である為め、十、十一両年中にも幾度各部員が総長と衝突したり、索薪団が大挙国務院に押しかけて総理其他の人々と大衝突を為し、時には血の雨を降らしたこともあつて、北京政府の経費不支給は、不支給が普通で、毎月支給するなどゝ云ふものがあると不思議に思はれるやうになつて来た。而して財政総長の更迭の際にも、その必要条件は各月の経費を捻出する目算があるか何うかと云ふことにあつたが、殊に本夏黎元洪氏下津後の高摂行内閣在任期間は従来より尚甚だしかつた、然し各部の人々も、新総統を選出され正式内閣でも出来たらとの望みを持つて、特に厳しい索薪も為さずに待つてゐたが新総統曹錕氏が就任しても、正式内閣は容易に出来ず、それに曹錕氏も経費準備に力を注ぐ模様も殆んどないので、各部の索薪団、殊に滞り九ケ月以上に及ぶ教育部の如きは罷業をつづけ、八校及び公立中小学校等も、事実上継続不可能の状態となり、わけても官費生を収入してゐる、男女師範学校の如きは已に賄屋からの借りが数万元になつて、各賄屋は此上賄をつゞける事は出来ないと云つてゐるので、若し此上経費の支給がなければ罷課する外方法がない状態であり、各部中交通部とか財政部其他経費の殆んど滞つてゐないものや、滞り二三ケ月位のものゝ外は、何れも休止の有様であつて、北京政府の各機関は殆んど停頓の状態にあるのであるが、教育部の如きは、特に此まゝでは到底継続出来ないので、窮余の窮策として教育部の建物及び書籍等を競売すると云ふ決議をしたと云ふのである。

 支那新聞紙の内には次の如き競売通告なるものを掲げたものさへあつた。

 教育部は政府から棄てられてしまつた、公けの事務も執れねば個人の生計も立ちゆかぬ、止むを得ぬから公文官印を国務院に返却する、受付けねば博物館に保管せしめる、四庫全書や其他特別二三のものは歴史博物館に移し、其他の書籍は競売する、部内の建物全部器具備品も一切競売する、競売の期日は追つて公布する云々。

 教育部が其建物から備品までも競売をするなどと云ふことは、教育部の独立とも云ふべきもので、これが事実とすれば北京政府は確実に内部的に破産したものであり、殊に尠いとは云つても教育部には相当に東洋文化史上に価値ある書籍を持つてゐるので、他の各部の競売などよりもより以上に多数の人々に注目されたが、之れに就て、同部社会教育司第一課長の周樹人氏は例の皮肉な口調で次の如く語つた。

 教育部が建物や書籍などを競売に附すと云ふ決議をしたと云ふ噂は私も聴いた。しかし教育部がそんな決議をしたことがない。建物から器物や書籍を競売すると云ふやうな事が出来る事か出来ない事かは少しく物の解つたものなら直ちに解ることである。けれどもそんな事を云つたものは確かにあり、新聞紙に投書でもしたものがあつたのであらう。若し競売すると云ふなら四庫全書などを売る方がまだ纏つた銭になつてよからうに、しかしあれも只広く集めてあると云ふだけでそんなに価値のあるものか何うかは疑問である。殊に筆写の際の間違ひや、清朝の都合のよいやうに改訂したのなどは寧ろ其価値を非常に落したもので例へば四庫全書が百万圓するものとしたならば、それだけの銭があつたら改悪してないものが買へると思ふ。然し之れは若し売るならと云ふ事であつて、競売など云ふ事の出来ない事は解り切つてゐるから誰も問題にしてゐるものはないのである。

 政府の各機関中で、教育部は参謀本部に次いでの欠薪の多い処で欠薪已に九ケ月に及び、部員の中には実際其生活に困つてゐるものが少くなく、中には郷里に帰つたものもあり又教育部へ出て来ることも出来ないやうな人もある。そうして最も困つてゐるのは彭允彝氏の教育総長時代即ち今年の春入部した人々で、是等の人々は未だ一度も月給は受取つて居らず、それに彭氏は居らなくなり、あゝした際に部員となつた人々であるから同情者が殆んどなく、中には部員になる為めにわざ〱郷里から出て来たものなどもあつて、此等の人々は北京に知人はなく非常に困つてゐるやうである。

 教育部員は部で時々会議を開らき、国務院に行つたり、曹氏に会つたりして、速やかに総長を任命して部の責任者を定めてくれとか、経費を速やかに支給して欲しいとか云ふてゐるが、一切埒があかぬ模様である。私自身の考へでは、そんな事をした処で仕方ないと思つて居る。だから会議が開かれる時でも一度も行つたことがない。此内閣に幾ら云つた処で、それが実行されるやうな望みは殆んどないのだから。其の為め部員の中にはあまりに埒があかぬので過激な議論をし、根本的に改革しなくてはならぬ、吾々は革命派だなどゝ云つてゐるものがあるが、真に革命を欲するなら去つて民間に入り、其処で革命を鼓吹し人民の力に依つて政府に反対すべきであるのに、依然官吏の地位にゐて、月給を支給せぬから革命家になると云つてゐるのは甚だ滑稽である。之等の人は俸給がきち〱支給されれば官吏になりすましてゐられる人で、革命家でもなんでもない。だから、そんな人の言には少しも権威がない何処の国を捜しても官吏兼革命家と云ふものはないと思ふ。官吏で革命を口にする、官吏兼革命家と云ふやうなものも、我国でなければ見られないことであり、又それは全然誤伝ではあるが、教育部の建築物から書籍の競売などゝ云ふ事も、我国でないと聞くことの出来ない事である。何にしろ、私は我国の現状に対して、真面目に考へたり語つたりする気にはなれない。

この著作物は、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定の発効日(2018年12月30日)の時点で著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)50年以上経過しているため、日本においてパブリックドメインの状態にあります。


この著作物は、1931年1月1日より前に発行された(もしくはアメリカ合衆国著作権局に登録された)ため、アメリカ合衆国においてパブリックドメインの状態にあります。