憲法調査会報告書の概要/第二章
第二章 憲法調査会がとりあげた問題点
[編集]‐日本国憲法再検討の問題点‐
調査会は、日本国憲法の制定の経過およびその運用の実際についての調査の段階を終えた後に、これらの調査の結果を基礎に、次の段階における検討審議の対象とすべき問題点を整理して、「問題点要綱」を作成し、以後の審議は同要綱に掲げられた問題点について行なわれた。それらのうち、主要なものを、若干の説明を付して掲げることとする。
一 基本的問題点
[編集]- (一) 日本の将来のためにいかなる憲法が最もふさわしいか。
- (二) 日本国憲法は、運用の経験その他から見て日本の国情に合致しているか。
- (三) 日本国憲法制定の経過をいかに評価すべきか。
これらの三つの問題点は、日本国憲法の各条項の問題を検討するに先立つて、その基礎にある基本的な問題点としてとりあげられたものであつた。
すなわち、第一の問題点が特に重要であるのは、日本国憲法について現に生じている多くの問題をも単に目前の問題として、または実際的・技術的な観点からながめるのではなく、現代における世界の諸憲法の動向ともにらみ合わせて、真に日本の将来のためにはどのような憲法が望ましいかという、いわゆる前向きの姿勢に立つて考えるべきであるとするにある。
第一の問題点は、このように、日本のあるべき理想憲法を考え、それに照らして日本国憲法をながめようとするものであるのに対して、第二の問題点は、日本国憲法は、その約一七年の運用の実際に照らして、日本の国情に合致しているかどうかという観点からこれを検討しようとするものである。ここで「日本の国情」といわれているものは、日本の歴史・伝統・国民性等からくる日本の特色を指すと同時に、また、今日の日本をめぐる国際情勢の実状や、国内における政党政治の実状、さらには民主主義に対する国民意識の水準の実状などをも含む。すなわち日本国憲法をこれらの条件のもとにおいてながめ、この憲法が現実にどのようにはたらいているかを明らかにし、そこから、はたして日本国憲法は改正を必要とするか、それとも改正は必要ではなくそれを維持しつつ、むしろその運用の改善をはかるべきかが問題となる。
調査会は、日本国憲法運用の実際について、約四年を費して、綿密な調査を行なつたのであつたが、そこで明らかとなつた事実を材料とし、あらためてそれを、日本国憲法が日本の国情・実情に合致しているかという観点からながめなおそうというのが、この第二の問題点が掲げられた理由であつたといえよう。
最後に、第三の問題点は、いうまでもなく、日本国憲法が敗戦の結果、連合国の占領のもとにおいて制定されたという経過の問題である。すなわち、日本国憲法が占領下、連合国総司令部・マツカーサー元帥の強い指導と圧力との下に制定されたということは事実であり、そこに、この憲法を「マツカーサー憲法」・「占領憲法」・「押しつけ憲法」であるとし、したがつて、占領の終了・独立の回復をみた今日において、日本国民の自由な意思に基づき新たに「自主憲法」を制定すべきであるという主張が、日本国憲法の再検討または改正の主張として強く展開されてきたことは周知のところである。しかしそれは同時に、また、右のような「マツカーサー憲法」論が改正論のいわばスローガンとして用いられることとなり、それが改正論と改正反対論との対立を、ややもすれば感情的な対立と化せしめたことともなつたということができる。
調査会は、この点にかんがみて、その調査の第一の段階において、日本国憲法の制定経過に関し、きわめて詳細な実証的調査を行なつた。その調査の結果としての「憲法制定の経過に関する小委員会報告書」は、制定の経過に関してすでに従来なされている内外の調査研究の成果を取り入れるとともに、さらに新たに重要な内外の資料を収集し、それらを検討してこの憲法成立の由来をできる限り正確に明らかにすることに努めたものであり、これにより従来、必ずしも十分に明らかでなかつた事情を解明しえたところも決して少なくなかつた。しかし、この調査は、歴史的事実を明らかにすることを主眼とするものであり、この制定過経の事実から改正論を導き出すべきかどうかという問題には直接に触れてはいない。すなわち、この事実をどのように評価するか、すなわちその事実から、前に掲げたような改正論を導き出すべきかどうかの問題は、さらに次の段階の審議の問題として残されていたのであつた。この第三の問題点は、右の問題に関するものである。
二 前文・各章等の重要問題
[編集]日本国憲法の基本的問題に続けて、調査会は、前文および第一章天皇から第一〇章最高法規に至るまでの各章の問題をとりあげた。またそれと関連して、各章の問題以外の問題として、新たに憲法上に規定すべき事項がないかということも問題となつた。さらに、これらとともに、憲法の解釈と運用のあり方はいかにあるべきかという問題および新たに規定を設けるべき事項があるかどうかと関連して、憲法の編別はいまのままでよいか、またその規定の詳しさの程度および文章・表現はいまのままでよいかという問題もとりあげられた。
「問題点要綱」に掲げられたこれらの問題点の主要なものは、次のとおりであつた。
前文
[編集]- 1 前文は、憲法を制定する日本国民の自由な意思の自主的な表明としてふさわしいか。
- 2 前文は、日本国民の日本国に対する認識、旧憲法下における体験とそれに対する反省とを正しく表明しているか。
- 3 前文は、戦禍と敗戦から国家再建へと立ち上がつた日本の国政の基本原則、国際平和への理想、国際的地位への念願等を適切に表現しているか。
- 4 日本国憲法施行一五年の今日、この間の経験のうちに生じた日本国民の意思の動向について、新たに表明する必要はないか。
- 5 日本国民の当面している現在および将来の世界情勢をいかに認識し、これにいかに対処すべきかについて、新たな意思を表明する必要はないか。
- 一般に憲法には前文が付されるのが例であるが、前文とは、その憲法を制定するに至つた由来、制定者の決意、その憲法の基本精神などを宣言するものである。このような観点からみた場合に、日本国憲法の前文は、日本国民の意思・決意を正しく表明したものとみるべきかどうか。また、そこに述べられているところは日本の憲法の基本精神としてふさわしいものであるかどうか。
この五項目は、いくつかに分けてはいるが、いずれも右のことを問題として掲げたものであり、すべて相互に関連している。
すなわち、日本国憲法の前文は、相当に長文のものであるが、まず、日本国民が「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意して」この憲法を制定するということを述べ、次に、民主主義が「人類普遍の原理」であり、この憲法はこの原理に基づくものであることを述べ、さらに、「恒久の平和」を念願し、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と述べ、また、「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等な関係に立たうとする各国の責務であると信ずる」と述べている。そして、最後に、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」との一句で結んでいる。
この前文の内容は、一言でいえば、平和主義と「人類普遍の原理」としての民主主義の宣言であるといつてよいのである。そして、それらの精神や原理はあくまで正しいものであり、また日本国民が敗戦の犠牲をはらつてはじめて獲得したものであるとし、それらはあくまで堅持すべきであるとする考え方からは、この前文は改めるべきではないという意見が主張される。
しかし、反面、これに対して、この前文は日本国民の自主的な意思・決意の表明というよりは、むしろ敗戦に打ちひしがれ、連合国の占領下にあつた日本国民の意思を表明したものであり、また戦勝国に対する敗戦国のいわば詫び証文あるいは謝罪文ともいうべき印象を与えるものであり、したがつて独立回復後の今日、それを日本国民の真に自主的な意思を堂々と表明するものに書き改めるべきであるという主張が、改正論の側からはその基本的な論拠として主張されてきた。また、この前文における平和主義はあまりにも理想主義的であり、また特に日本の安全と生存をもつぱら平和愛好国民への信頼にのみ依存させていることは独立国としての自主性に反するものであるとし、したがつて、独立国家の理念に基づく自主的防衛の体制を備えるべきであるとする考え方も、改正論の基本的な主張となつてきていた。また、この前文が、いたずらに「人類普遍の原理」のみを強調し、日本の歴史・伝統に基づく日本固有の原理を軽視するものであるとする主張も、改正論に多くみられる主張である。
前文に関して、ここに掲げられた五つの項目があげられているのは、右のような見解の対立点を示したものであり、次の第一章天皇以下の各章の重要問題の前に、これらの点をとりあげる必要があるとしたものである。
これらの問題は、また、前に掲げた三つの基本的問題と同じ問題であるということもできる。
すなわち第一の項目は、基本的問題としてのこの憲法の制定経過をどう見るかという問題と結びつく。また、第二および第四の項目は、同じく基本的問題として掲げられていた。この憲法が日本の国情に合致するかという問題に関連する。そして第三および第五の項目は、日本の将来のためにいかなる憲法が望ましいかという問題に関連するといえよう。
また、この五項目には掲げられてはいないが、日本国憲法の前文の文章は冗長であり、力強さに欠け、またその文章表現が正しい日本文、日本語の体裁をなしていないという意見も強い。そしてこの意見はまた、何よりもこの憲法の成立の経過、すなわちそれが総司令部の手になつた英文の原案をもととして起草されたことの結果であるとして主張されるのが例である。
天皇
[編集]- 1 天皇制は、国民主権と調和しうるか。
- 2 国民主権の下における天皇の地位は、現行のままでよいか。
- 3 天皇は、国会、内閣等の政治機構との関係で、いかなる役割を果たすものであるべきか。
日本国憲法の定める天皇制は、一言でいえば、国民主権のもとにおける象徴天皇制とよばれている。すなわち、第一条は、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と規定している。
また、日本国憲法においては、このような象徴としての天皇の地位にともなつて、天皇はその権能についても、「国政に関する権能を有しない」ものとされ、しかも憲法上厳格に限定されている「国事行為」もすべていわば儀礼的、形式的な性質のものに限られている。
ここに掲げられている三つの問題点は、いずれもこのような天皇制の基本的なあり方に関するものである。
すなわち、日本国憲法は、国民主権を宣言し、ただしこの国民主権のもとにおける象徴天皇制という形において日本に伝統的な天皇の制度は存続させたのであるが、そもそも、日本固有の天皇制は国民主権という原理と共存、調和させることができるという性質のものなのであろうか。これが第一の問題点とされている。
次に、国民主権の下における天皇という基本的なあり方は認めるとしても、「象徴」という文字は天皇の地位を示すものとして適当であるかどうか。また、この点と関連して、天皇の権能が、現在のように、国政には関係しない儀礼的、形式的な国事行為に限られていることは適当であるかどうか。もとより天皇がみずから政治を行なうべきではなく、内閣などの助言によるべきは当然であつても、通常の立憲君主国の君主と同様に、形の上では天皇みずからの名において一定の国政上の権能を有するものとすべきではないかどうか。ここに掲げられている第二、第三の問題点は、この点に関するものである。
戦争の放棄
[編集]- 1 第九条は現行のままでよいか。
- 2 改正を考える場合には、その基本的方向は何か。
第九条は、次の四つのことがらを定める。(一)国際紛争解決の手段としての戦争放棄すること (二)単に「戦争」にとどまらず、「戦争」以外の広い意味での「武力の行使」や「武力による威嚇」までも放棄すること (三)「陸軍空軍その他の戦力」を保持しないこと (四)国の交戦権を認めないこと。そしてこの結果、戦争や軍備にともなういろいろの事項、たとえば宣戦・講和の手続、軍の組織・編成の制度、軍人の権利義務の規定、国民の国防または兵役の義務、戦時の非常事態に関する特別の制度、特に国民の権利義務に対する特例などについては、この憲法は何ら明文の規定を設けていない。
以上のことは、前文で宣言された平和主義の理想をうけたものであり、徹底した平和主義であるといわれ非武装主義ともよばれるものである。
この第九条を改正すべきかどうかが、憲法改正問題の中心の論点であり、また改正論議の発端は第九条論議であつたといつてもよい。また憲法改正問題がきわめて強い政治的対立の様相を呈しているのも、特にこの第九条に関してである。
すなわち第九条をどうするかという問題は、たとえば自衛隊や日米安全保障条約は第九条に違反しないかどうかというような問題でもあるが、根本的には、日本の防衛をどうするかという問題であり、またそれは世界平和の動向、国際情勢の現状をどう判断するかという問題でもあり、現代における一国の防衛のあり方をどう考えるかという問題でもある。
このような観点から、調査会は、この憲法の運用の実際を調査する段階において、第九条については、(一)その成立の経緯 (二)戦後における防衛問題の推移 (三)日米安全保障条約の成立と改定 (四)安全保障制度の発展と現段階 (五)現代における防衛のあり方 (六)現代における防衛組織のあり方 (七)第九条解釈の諸問題など、広い観点から第九条をめぐる諸問題を全体としてとりあげたのであつた。
ここに掲げられている三つの問題点は、これらの検討の後に、第九条は改正すべきかどうか、また改正すべきであるとすればその基本的方向はどこに置かれるべきかを問題としたものである。
国民の権利及び義務
[編集]- 1 国民の権利および義務に関する諸規定について、世界人権宣言等をも参照して、再検討する必要はないか。
- 現に定められている権利および義務のほか、さらに拡張して新設すべきものはないか。また、憲法上の規定としては削除すべきものはないか。
- 2 基本的人権の限界を公共の福祉等の一般的概念で示すのがよいか、または各種の人権について、個別的に規定するのがよいか。
- 3 家族の共同生活に関する原則および家庭生活の保護について、規定を設ける必要はないか。
日本国憲法の第三章「国民の権利及び義務」は、基本的人権の尊重ということを基本原理として、第一〇条から第四〇条に至るきわめて詳細な規定を設けている。ここに基本的人権というのは、要するに人間が人間として生まれながらに有する権利のことであり、国家の権力といえども国民の基本的人権を不当に侵害することは許されず、むしろ国家の任務は国民のこの基本的人権を守りかつ増進することにあるというのが、近代国家の基本思想をなしている。日本国憲法はこのような基本的人権の原理を平和主義・国民主権とともにその基礎に置いたのである。
右のような基本原理の上に、日本国憲法が保障する権利・自由の種類は旧憲法におけるものよりも著しく増加している。また、司法上の人権、特に刑事手続における被疑者や被告人の権利についてきわめて詳細な規定を設けて保障している。さらに、たとえば生存権(第二五条)、労働者の権利(第二八条)など、いわゆる二〇世紀的な社会権が新たに保障されている。
次に、これらの基本的人権の保障の方法としては、旧憲法のように法律の範囲内で保障するという方法ではなく、憲法自身によつて保障された基本的人権は法律によつても制限しえないという考え方がとられ、その意味では絶対的・無条件的に保障されているという形をとつている。ただ、その場合に、日本国憲法は、「公共の福祉」という観念を掲げ、基本的人権は国民が「濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」(第一二条)と定め、また「公共の福祉に反しない限り、最大の尊重を必要とする」(第一三条)としている。そしてこの「公共の福祉」からの正当な理由が認められる場合には、法律によつて基本的人権の制限を定めることは認められるのではあるが、それがはたして「公共の福祉」に該当するかどうかについては、裁判所が判断するものとしている。裁判所特に最高裁判所の違憲立法審査権の制度(第八一条)がここで重要な意味をもつのである。
ここに掲げられている三つの問題点は、いずれも右のような第三章の基本的な特色に関連する問題である。
すなわち、第一の項目は、第三章が保障している権利・自由および業務の種類・範囲について、さらに再検討する必要がないかどうかについてである。「世界人権宣言」というのは一九四八年国際連合が採択したものであり、現代国家の憲法がそなえるべき人権宣言のモデルともいうべきものであるが、それらに照らしてみて、さらに増加すべきもの、あるいは憲法上には詳細な規定を設けることはせず法律に譲るべきものがないかどうか、がとりあげられた。
第二の問題点は、「公共の福祉」に関するものである。すなわち「公共の福祉」ということばは抽象的であり漠然としているとし、さらに明確なことばで、基本的人権の限界、その制限の根拠を示すことが必要ではないかどうかという問題である。この点は、特に、日本国憲法が、基本的人権は絶対的に保障されているという印象を与えるような規定のしかたをしているために、自由の行き過ぎ、権利の乱用の風潮が著しく、正当な理由があつて権利や自由を法律により制限しようとする場合にも、それは違憲であるという反対論が主張されることが少なくないことを理由として述べられることが多いわけである。
第三の問題点は、家族ないし家族制度に関するものである。すなわち日本国憲法は特に家族生活について、「個人の尊厳」、「両性の本質的平等」に基づかなければならないことを規定した(第二四条)。この結果、日本の伝統的な制度とされていた「家」の制度ないし「家族制度」は根本的に改革された。そしてこの点に関して、それは日本の伝統的な家族制度の美風を破壊するものであるという意見や、古い家族制度の復活はなすべきではないが、家族の共同生活や家庭生活の原則について新たな規定を設けることが必要であるという意見などが改憲論議の一つの焦点となつてきていたのであつた。
国会
[編集]- 1 国会が国権の最高機関であるという規定は、現行のままでよいか。現行のままとしても、国会の地位・権能に関する他の規定との関連で考慮すべき点はないか。
- 2 国会は両院制をとるべきか、一院制をとるべきか。
両院制をとるとしても、衆議院の優越は現行のままでよいか。衆議院の優越を認めるとしても、参議院の組織および権能は、現行のままでよいか。
日本国憲法の定めている政治機構の基本原則は、一言でいえば、国民主権に基づく民主主義的政治機構であるわけであるが、その特色は、三権分立主義をとりながら、国会を「国権の最高機関」(第四一条)たる地位に置くところの国会中心の政治機構であるということができる。
すなわち、日本国憲法は、立法権は国会、行政権は内閣、司法権は裁判所に、それぞれ属するという体制をはつきりととつており(第四一条・第六五条・第七六条)、この点では三権分立主義を明確に示しながら、これら三機関のなかにおいて、国会を「国権の最高機関」たる地位に置き、特に国会と内閣との関係の面では議院内閣制をとり、内閣は国会に対して責任を負うこととし(第六六条第三項)、内閣総理大臣は国会が指名するとともに(第六七条第一項)、国会の権限を拡大強化した。しかし、それと同時に、国会と裁判所との関係においては、国会の制定した法律が憲法に適合しないかどうかを審査する権限、すなわち違憲立法審査権を裁判所に与えた(第八一条)。
次に国会の組織としては、両院制をとり、かつ、衆議院のみならず参議院も公選議員によつて構成されるものとした(第四三条)。また、両院制ではあつても、衆議院と参議院との権限の面では、衆議院が優越する。すなわち法律案の議決(第五九条)、予算の議決(第六〇条)、条約の承認(第六一条)および内閣総理大臣の指名(第六七条第二項)については、参議院が反対しても結局は衆議院の議決によつて国会の議決が成立することになる制度が定められている。
ここに掲げられている二つの問題点は、右の二つの特色に関するものである。
第一の問題点は、国会の地位に関してである。すなわち、日本国憲法は三権分立主義をはつきりと示しておりながら、同時に国会を「最高機関」と定めているのであるが、そこに理論上の問題があるといわれてきた。すなわち、三権分立ということは国会・内閣・裁判所の三機関を相互に牽制均衡させ、そのうちのどの機関にせよ、一つの機関に権力を集中させないようにしようというねらいのものであるという考え方からすれば、国会を「最高機関」とすることは、理論的に、この三権分立主義に矛盾すると主張されることにもなる。また、実際的な問題としては、国会が「最高機関」であるというところから、国会は万能であると考えられることともなり、国会が不当に内閣や裁判所の権限に介入・干渉する傾向がないでもないともいわれてきた。さらに、他面において、裁判所が違憲立法審査権をもつているのであるから、この点に関する限り、裁判所が国会に優越するともいえるのであつて、国会を「最高機関」とよぶことは適当でないのではないかも、問題となる。第一の項目は、これらの観点から、とりあげられたものである。
第二の問題点は両院制に関するものである。すなわち、衆議院が優越し、国会の重要な権限について参議院の意思は最後には敗れるというのであれば、むしろ思い切つて一院制にしたほうがよいのではないかも、問題となりうるであろう。また、かりに両院制を維持し、また衆議院の優越も認めるとしても、参議院の構成は改める必要はないかどうか。すなわち、その場合、参議院は、結局のところ権限は弱いとはしても、批判の場・良識の府としての役割をはたすことを期待されるのであるが、いまのように、参議院議員も国民の公選によることとすれば、参議院も結局は衆議院と同様の政党構成になることとなり、批判の場・良識の府としての役割をはたすことができないとし、したがつて、衆議院との異質性を確保するために、参議院議員の公選制度を廃止するか、あるいは緩和して一部の非公選議員をも認めるべきではないかという問題は、改憲論議の当初からとりあげられてきた問題であつた。
この二つの問題点は、政治機構の基本的なあり方に関するものである。
内閣
[編集]- 1 議院内閣制を廃止し、三権分立を明確にする新たな制度に改める必要はないか。
- 2 議院内閣制を維持するとしても、改正すべき点があるか。
- 内閣総理大臣の地位および選任方法は、現行のままでよいか。
- 3 公務員の範囲および公務員制度の基本原則について、明確な規定を設ける必要はないか。
- 4 緊急事態ないし非常事態における措置について、政治機構および国民の権利の保障に特例を考慮する必要はないか。
日本国憲法は、議院内閣制をはつきりと、また詳細に規定している。一般に議院内閣制とは、内閣が国会の支持の上に存立し、したがつて、内閣は国会に対して責任を負うという制度である。この場合、国会の支持というのは、実際的には、国会の多数党ということでもある。日本国憲法は、内閣総理大臣は国会が指名し(第六七条第一項)、国務大臣の過半数は国会議員でなければならない(第六八条第一項)としているが、これは実際上は、国会の多数党が内閣を組織することになるということを意味する。また、衆議院の不信任決議がなされたときには内閣は総辞職するか、または衆議院を解散しなければならない(第六九条)とされているが、このことも、内閣が国会の多数党の支持の上に成立することを意味する。このように、議院内閣制とは、実際上は、国会の多数党を媒介として、国会と内閣とがいわば一体となるという制度でもあるわけである。
次に、内閣の内部組織については、日本国憲法は、内閣総理大臣に「首長」(第六六条第一項)という地位を与えた。すなわち内閣総理大臣は他の国務大臣よりも一段優越した地位にあるのであり、この地位から生ずる権限のうち最も顕著なものは、内閣総理大臣が他の国務大臣を任命し、かつ任意に罷免する権限(第六八条)である。このような強い権限を与えたことは、それによつて内閣の一体性を確保するためであるが、その反面、内閣総理大臣の権限が強大すぎるという意見もないではない。この意見は、特に、内閣総理大臣がその国務大臣罷免権を乱用して、不必要に内閣の改造を行なう傾向があるということを理由として主張されることが多い。
ここに掲げられた四つの問題点のうち、第一および第二のものは、議院内閣制および内閣における内閣総理大臣の首長としての地位は、いまのままでよいかという点についてである。
すなわち、第一の問題点は、日本国憲法が一方においては三権分立主義をとりながら、他方においては議院内閣制をとつていること、そして議院内閣制は国会の多数党を媒介として国会と内閣がいわば一体化する制度であつて、その意味では三権を相互に分離して権力を分散させるという三権分立主義の建て前とは矛盾するものともいえること等を理由として、むしろ三権分立主義を徹底して、議院内閣制を廃止するのも一案ではないかという問題である。すなわちそこで新たな制度といわれるのは、アメリカ的な大統領制度のことであるといつてよい。アメリカにおいては大統領と議会との関係は相互に独立である。大統領は議会によつて選ばれるのではなく、議会の議員と同様に国民によつて選挙され、また議会に対して責任を負うものでもない。議会は大統領およびその下にある各省長官に対する不信任決議によつて責任を追及することはできず、その反面、大統領は議会を解散することもできない。その結果、大統領も議会の議員も、ともにその任期の間、その地位は安定している。第一の問題点はこのような大統領制をとりいれ、内閣総理大臣を国民が直接に公選することとし、アメリカ的な大統領の地位に置くようにする必要はないかどうか、という問題である。このような提案が、「首相公選制」とよばれ、一部に強く主張されている。
第二の問題点は、議院内閣制を維持するとした場合にも、解散制度、その他内閣と国会との関係について改正すべき点はないか。また内閣総理大臣の首長たる地位や権限について、またその選任手続についても再検討する必要はないかどうかを問題としているのである。
次に第三および第四の問題点は、内閣の権能とも関係はするが、内閣だけの問題でもない。
すなわち、日本国憲法は、あるところでは「公務員」という広い意味のことばを用いている(第一五条)とともに、また「官吏」ということばも用い、内閣の職務として「法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること」(第七三条第四号)をあげている。この法律として重要なものが国家公務員法であり、そこには公務員制度のいろいろの原則が定められているわけである。第三の問題点は、「公務員」と「官吏」ということばの問題にも関連して、公務員の範囲を明確にするとともに、憲法上にも公務員制度の基本原則を規定する必要がないかどうかについてである。
最後に、第四の問題点は、緊急事態・非常事態の措置についてのものである。すなわち、緊急事態・非常事態の措置というものは、たとえば、通常の場合ならば法律によつて規定すべき事項であつても、その法律を制定するために国会を召集することができないという事情が生じたとき、あるいはさらに異常な場合として天災地変や戦争などの場合において、内閣が臨時に特別の措置をとることをいう。この種の制度は、国会・内閣等の権限関係および国民の権利・自由の保障について、平常の場合には認められない特例を認めることであり、各国の憲法には規定が設けられているのが普通である。
これに反して、日本国憲法には、これらの措置については、参議院の緊急集会の制度(第五四条)を規定している以外には、何らの規定を設けていない。そしてこの点が日本国憲法の重大な不備・欠陥であるという意見があるわけである。
司法
[編集]- 1 司法権の拡大強化の方針を、そのまま維持すべきか。
- 2 違憲立法の司法審査制は、現行のままでよいか。憲法裁判所を設け、または最高裁判所に憲法裁判所的性格をも与えることを考慮すべきか。
- 3 最高裁判所裁判官の国民審査制度は、現行のままでよいか。
日本国憲法のもとにおいて、司法権は最高裁判所およびその下にある下級裁判所という一系統の司法裁判所に属し(第七六条第一項)、この系統に属しない行政裁判所や軍法会議等の特別裁判所は認められない。そして最高裁判所はこの系統の頂点にあり、民事事件・刑事事件・行政事件の裁判における終審裁判所であるとともに、また、裁判以外に、最高裁判所規則を定める権限を有し(第七七条)、さらにたとえば下級裁判所の裁判官の任命について、任命権は内閣にあるのではあるが、その任命は最高裁判所の作成する名簿によらなければならないこと(第八〇条第一項)など、司法行政権をも与えられている。これは裁判所が、ただそのほんらいの任務である裁判を行なう上に独立であり、国会や内閣からの干渉を受けないだけではなく、司法行政についても自主的に裁判所自身が行なうことができるものとすることによつて、司法権・司法部の自主性を強化したものである。
さらに、裁判所は違憲立法審査権を有し、国会の制定した法律が憲法に適合するかどうかを審査することができるものとなつた。この違憲審査権によつて、裁判官、特に最高裁判所の裁判官は、いわゆる「憲法の番人」たる役割をはたすこととなつた。また、それだけに、裁判官は真に人権の擁護者、憲法の番人たるにふさわしい人物がその地位を占めていなければならないことともなる。日本国憲法が、裁判官として適格でない者に対しては公の弾劾によつて罷免するという制度を設け(第七八条・第六四条)、また特に最高裁判所の裁判官については、その任命後、国民の審査に附し、国民の投票により罷免することができるという制度(第七九条)を設けたのは、およそ公務員の地位の根拠は主権者である国民の意思に求められるという原則(第一五条)の現われであると同時に、国民の意思から遊離した最高裁判所の裁判官によつて違憲審査権が行使されるべきではないという考え方に立つものである。
ここに掲げられている三つの問題点は、右に述べた諸原則には再検討を加える必要がないかどうかに関するものである。
すなわち、日本国憲法のとつている司法権の拡大強化の方針は、このままでよいか。たとえば民事事件・刑事事件の裁判は最高裁判所の系統に属する司法裁判所に行なわしめるが、行政事件やその他たとえば労働事件など、通常の民事・刑事の事件とは性質を異にするものについては、別に特別裁判所を設ける必要はないかどうか。あるいは、第九条の改正とも関連するが、もしも正式の軍隊が置かれることとなる場合には、軍人の事件については特別の軍事裁判所を設ける必要はないかどうか、規則制定権を裁判所に与えているいまの制度は適切であるかどうか[1]。これらの点が第一の項目の問題点である。
次に、違憲審査制について、日本国憲法のもとにおいては、通常の司法裁判所が、そのほんらいの任務である訴訟事件の裁判を行なうにあたつて、そこに適用される法律が憲法に適合するかどうかを審査するものとされているのであるが、憲法問題については通常の司法裁判所とは別に、憲法問題だけを取り扱う憲法裁判所を設け、これに違憲審査権を与えるということも考えられる。また、いまの制度においては、最高裁判所は、通常の訴訟事件の裁判についての終審裁判所でもあり、そのために、通常の民事・刑事・行政事件の裁判に忙殺され、憲法問題に十分な時間を割く余裕がないのが実情であるといわれている。したがつて、最高裁判所とは別に特別の憲法裁判所を設けるか、または最高裁判所に憲法裁判所的な性質を一層はつきりと与えるかをも検討する必要がある。これが第二の問題点である。
最後に、最高裁判所の裁判官に対する国民審査の制度も、改憲論議の当初から、常に問題としてとりあげられてきた。すなわちこの制度のねらいは正しいとしても、実際問題として、国民は個々の裁判官の能力・思想等について十分な知識を有しないのが普通であり、したがつて、その審査にあたつてもいわばでたらめな投票を行なうのが実情であることが、いままで行なわれた数回の国民審査にあたつて、常に指摘されてきた。また、国民審査が、特定の政党や労働組合その他の団体の政治闘争の手段として利用され、その指令の下に組織票が投ぜられるという現象が著しいとも指摘されている。このような観点からは、国民審査制度は廃止するか、または何らかの別の制度に改める必要があると主張されることとなる。第三の問題点は、この点をとりあげたものである。
財政
[編集]- 国の財政処理権が国会の議決に基づかなければならないという規定は、現在のままでよいか。
国会の地位が「最高機関」にまで高められ、その権限が拡張強化されたことは、財政の分野にも当然に現われている。「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づかなければならない」という規定(第八三条)は、この憲法における財政制度の基本原則を示すわけである。
したがつて、日本国憲法の定める政治機構が国会中心に傾きすぎており、国会と内閣との関係を正しい均衡の関係に改める必要があるとする考え方からは、財政についても、内閣の権限を強化する必要があると主張されることとなる。 またこれらの問題は、特に現代国家における複雑な財政を処理するためには財政政策の総合的・統一的処理が必要であり、そのためには政府の権限と責任を重視すべきであるという理由とともに主張されることが多い。
地方自治
[編集]- 中央集権の傾向と地方自治との調整の必要ならびに広域行政の実情からみて、地方自治に関する規定は、現行のままでよいか。
日本国憲法は、民主主義の政治の一環として、地方自治を強化した。地方公共団体の組織と運営については「地方自治の本旨」に基づいて定められなければならないこととし(第九二条)、特に、地方公共団体の組織については、その長が住民の直接選挙によることとし(第九三条)、地方公共団体の自主性、独立性が強化された。
ここに掲げられている問題点は、日本国憲法の定める地方自治の基本原則に再検討の必要がないかどうかに関するものである。すなわち、地方公共団体の独立性といい、地方分権といつても、それはほんらい国すなわち中央政府からの完全な独立ということではない。特に現代国家の行政には全国的な規模と水準において統一的に行なわれなければならないものが多く、現代の地方自治は単に地方分権主義だけをとなえるものであつてはならないといわれている。すなわち、地方自治の原則は維持しながらも、当然に現代の行政に見うけられる中央集権化の要求との調整が必要なのであるが、このことは、また、今日の日本において、国土計画・地方計画・産業開発・治山治水など、地方公共団体の区域を越えて総合的になされることを必要とする、いわゆる広域行政の進展が急務とされている事情から特に重要な問題となつている。すなわち、地方公共団体、特に府県の区域が明治時代以来のままであり、今日における広域行政の範囲と一致しない場合が少なくないこととも相まつて、この狭い区域を単位とする地方自治の独立性が、国の総合的・統一的施策の有効な遂行の障害となつていることなどが広く指摘されてきた。そのため、府県の統合をはかる必要があるとする主張もとなえられており、また、地方公共団体としての府県は廃止して広い区域による国の行政区画を設ける必要があるとする主張、さらには都道府県知事の公選制を廃止し、政府の任命によるものとすべきであるという主張も、かねてからとなえられてきた。
ここに掲げられた問題点は、これらの問題を含むものである。
最高法規
[編集]- 最高法規に関する規定は、現行のままでよいか。
日本国憲法は、特に「最高法規」と題する章を設け、この憲法が保障する基本的人権が尊重されなければならない理由(第九七条)、この憲法が最高法規であり、それに反する法律・命令等が無効であること(第九八条)、天皇および国務大臣その他の公務員はこの憲法を尊重擁護すべきであること(第九九条)等を定めている。
ここに掲げられている問題点は、「最高法規」の章ははたして必要であるか、または必要であるとしても、その各条項には再検討すべき点はないかどうかに関するものである。
すなわち、この章の諸規定は、いずれも当然の規定であるとし、特にこの章を設ける必要はないとする意見、また、たとえば第九七条の規定は国民の権利及び義務に関する第三章と重複するとする意見、第九九条には国民の憲法尊重擁護義務を規定していないのは適当でないこと等の理由から、この章は全体として削除するか、各条項を分解して他の章に移すか、あるいは必要な改正を加えたうえで存置するか、それともこの章が特に設けられた意義を高く評価してこのままとすべきか等の論議が行なわれた。
その他の問題点
[編集]- 1 新たに憲法上の規定とすべき事項はないか。たとえば
- (1) 「法の支配」に関する基本原則
- (2) 社会・経済の基本原則
- (3) 選挙の公正を保障するための憲法上の機関
- (4) 公務員の地位を保障するための憲法上の機関
- (5) 政党
- (6) 直接民主主義的諸制度
- (7) 教育の基本原則
- 2 憲法の運用の解釈について、特に国会、内閣、裁判所の関係およびその間の調整はいかにあるべきか。
- 3 現行憲法の編別および表現を改める必要はないかどうか。憲法の規定の繁簡の程度は、現行のままでよいか。
前文および各章等の重要問題のほか、新たに憲法に規定を設けるべき事項がないかという問題がとりあげられた。
右に掲げられた七つの事項は、いずれも日本国憲法には規定が欠けてはいるが、重要な事項であるから、新たに憲法上に規定すべきではないかが問題とされたものである。
また右の点とも関連して、日本国憲法に広い範囲にわたつて増補・削除等を加えるべきであるとするならば、それにともない、その章別の構成をも検討する必要がないかどうかも問題となる。ここに掲げられている第三の項目がそれである。
なお、そこに「表現」とあるのは、特に前文の文章・表現を正しい日本の文章・表現に改める必要がないかどうかの問題であるが、前文にかぎらず、全体としても、その必要があるとする意見もある。
最後に、ここに掲げられている第二の項目は、日本国憲法の解釈・運用はいかにあるべきかに関するものである。すなわち日本国憲法の運用の実際においては多くの問題が生じているとしても、それらは解釈・運用によつて解決しうるものであるか、それとも憲法を改正するのでなければ解決しえないものであるかということが、改正の要否を論ずる場合の基本的な問題の一つであるということから、およそ憲法の解釈・運用はいかにあるべきかがとりあげられた。また、憲法の解釈にあたつては、国会・内閣・裁判所によるいわゆる有権解釈が特別の重要性をもつわけであるが、これら諸機関の有権解釈のあり方についても、何らかの検討すべき点がないかどうかも問題とされた。
三 最終段階の討議においてとりあげられた問題点
[編集]以上、調査会が日本国憲法の諸問題に関する審議にあたつてとりあげた問題点を、「問題点要綱」に掲げられた主要なものについて、若干の説明を加えながらあげてきたのであるが、調査会は、これらの問題点に関する審議を終えた後において、いわば審議の最終の段階として、それらのうち特に重要な問題点を「討議に付する問題点」として整理し、最終報告書の作成にはいるに先立つて、その問題点に関する討議を行なつた。
その「討議に付する問題点」に掲げられたものは、さきの「問題点要綱」に掲げられた問題点に、さらに若干の整理・統合を加えたものである。また、新たに「現行憲法の改正に関していかなる態度をとるべきか」という問題点が加えられた。 最終段階の討議は、これらの問題点について行なわれた。この討議は、これまでの審議のいわばまとめともいうべき性質をもつものであり、その結果は、それまでの「問題点要綱」の問題点に関する審議の結果とあわせて、各部会等の報告書に掲げられている。そして最終報告書本文の第四編「憲法調査会における諸見解」は、主としてこれら各部会等の報告書を材料として作成された。
注釈
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- 裁判所の判決、決定、命令及び審判並びに行政庁の裁決及び決定で裁判に準ずる手続により行われるもの
- 上記いずれかのものの翻訳物及び編集物で、国若しくは地方公共団体の機関、独立行政法人又は地方独立行政法人が作成するもの
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