慶應義塾維持法案
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[編集]- 慶應義塾維持法案
学校を維持するに資本の要用なるは特に喋々の弁を俟たず。今都鄙の小学校を保存するも多少の費用なきを得ず。而して少しく高尚なる彼の中学校又は師範学校と称するものゝ如きは、一歳の所費少なくも四五千円多きは一万円以上なるを常とす。尚況や文部工部の大学校等に至ては毎年幾十万円の定額を要す。則ち学校の為に費本の入用なるは実際に於て明白なるものと云ふ可し。
私立学校の仕組は一種特別にしてよく費用を省くと雖ども、唯官立公立のものに比較して大に異なる迄にて、如何なる工夫を運らすも全く費用を要せずして学校を維持するの妙計ある可からず。即ち無より有を生ずるの理なきは事の最も見易きものなり。又或は私塾の生徒は月謝金を払ふが故に此金を以て塾の費用に充つ可しとも思はるれども、限ある生徒の修業金に何程の謝金を課す可きや。唯一月一二円に過ぎず。僅に塾費の一部分に用ゆ可きのみ。若しも塾の会計の出を計て其入を生徒に課せんとしたらば、凡そ日本国中一私塾の成立するものなかる可し。世間或は此計算を知らず、昔年の儒者村夫子が近隣の少年を教へて生活を為したる例を推して、開塾教授を商売営業の事と誤認し、家計の為に今日の私塾を開き其失敗を取る者亦少なからず。近くは数年来東京の諸塾を見よ。朝に開て夕にこれを閉ずる者、所在皆是なるに非ずや。結局今の私塾を維持せんとするには人の為に心身を労し又随て金を費す者あるに非ざれば叶はぬことと知る可し。
我慶應義塾は創立以来爰に二十三年を持続し、其間には様々世の変遷にも逢ひ、維新の騒乱の如ぎは最も困難なる時なりしかども、甞て之に動揺することなく、弾丸雨中の声を絶たず、兵乱漸く定ると雖ども都下の学士は四方に放じて行く所を知らず、政府の旧大学も未だ興らず、文部省も未だ立たず、全日本国中苟も安んじて洋書を講ずるものは唯一所の慶應義塾ありしのみ。爾後引続き今日に至るまで学生を教育すること三千余人、新陳代謝学成り塾を去て或は今日社会の表面に立つ者も尠なからず。去れば本塾も亦聊か世に益したるものと云ふも妨なきことならん。
然るに本塾には最初より些少の資本あることなし。以て二十余年を維持したるは不可思議に似たれども、其実際は第一、塾の教員役員たる者、給料を取ること極て薄く、或は無給の者もありて大に費用を減ず(本塾教員の給料少きは七八円より多きは三十円にして、五十円なる者は時として有れども甚だ稀なり。此教員が他の諸学校に奉職すれば、必ず月給百五十円以下少なきも二十五円に下らず。普通の人情より論ずれば本塾に教員の留る可き理なしと雖ども、其然らざるものは年来一種義塾の習慣と云ふも可なり)。第二、教員役員の数を減じて其働を増し、会計を綿密にして言ふ可らざる程の節倹を守り、其法外形は甚だ寛にして事実は極て厳に行はれ、教場も庶務も一切情実友誼を以て結合す、亦以て費用を省く。第三、社中金力の余計ある者は直接間接に之を捐てゝ塾費を助く。以上三箇条は皆法を以てす可らず、情を以て成るものにして、以て此不思議の成跡を致したることなり。仮に此塾を官立のものとして之を維持したらんには、他の実例に照らして毎年費す所少なくも三万円に下らざる可し。即ち二十三年に六十九万円を費す可き筈なるに、甞て些少の資金を要せざりしは朋友結合の力も亦大なりと云ふ可し。
右の事情を以て今日までは之を維持したりと雖ども、恐る可きは時勢の変遷にして、近来は物価も日に騰貴し塾費の増加するは固より弁を俟たず。去り迚其割合を生徒の謝金に課す可きに非ず。又長き歳月に教員役員の面々も生涯活計の不足に安んじて、遂には人の為に身の負債を重くし或は産を傾るの時を待つ可きにも非ず。依て今の計を為し此を永久に維持せんとするには、唯爰に一法あるのみ。即ち同志社中各其家産の厚薄に従ひ、応分の醵金を為して其費用を助くることなり。而して現今此塾を此儘に維持するには、従来の如く生徒より月謝金を集めて其不足を補ふに左の金額を要す。
一、金四百円 毎月
今の教員役員の給料を増し、世間普通の給料に比較して之と同等に至らざるも、凡そ三分の二若しくは四分の三を給し、又塾舎尋常の修繕費に用るものなり。
一、金千円 毎年
塾に属する千坪余の建物を区分して、毎年一部分づゝ大に修繕を加へ又は新に建築し、庭園の体裁をも有形に保存する為に用るものなり。
右の計算に従へば毎月四百円と、外に毎年千円にして、即ち一年五千八百円、一月四百八十三円なり。之を集るの法即今五万八千円の資金あれば其一割の利子を以て足る可きなれども、一時に此大金を得るは難きことならん。依て其時を延ばして亦其金額をも増し、七万円を集るものとして、一時に出金するも随時に出金するも各其人の都合に任して、随時の出金は即今其金額を記し、満五年の中に之を払入るゝものとす。而して二法の中其何れに従ふは、都て本人の都合に任すべし。
我輩の所見の大概は前上の如し。故に今同社諸君と協力の上、前記所要の金額を醵集し、自今永遠我慶應義塾維持の方法を定て、以て社中の安心を求めんと欲するなり。依て諸君に於ても我輩と意見を同ふせらるゝならば、其同意を表し、各其住所姓名と其出す可き金額とを記して回答あらんことを乞ふ。
明治十三年十一月廿三日