恐怖に変色せし魂

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本文[編集]

恐怖に変色せし魂
萩原恭次郎

静思にかへる
ひとゝきの静悦を
にはかに暗く翳し
争擾し
驚動さす
ある影!
ある声!

直ちに 酒精の如く
荒々しい酷な影をひろげゆく
まなこ 光らし憤怒する
わが感情!
わが生活!

肺は病巣に
頭脳は不調和に
不均正なる爆弾のやうな赤い狂精神を
どこへもつて行つて打ちつけやうか

かくして尾をたれ
止どまらうともせず
走駆し吠ゆ
ものかなしげなるさまに
突として
頭上に叱声を聞き
怯へつゝも
憤りのがれ去る
わが感情!
わが生活!

さて今!
うろたへ
悌泣し
苦しげにも息づく悪戯を
見よ!
かの高き屋上より
インキの如く青く
たちまち黒く
石だゝみの上には
硬直の死があるを知りつゝも
衰弱せる理性を!

疲頽せし生活の夕景を
不吉なる顔し
蒼白き靄の水辺を
酔歩し横行し哄笑しゆく
恐怖に変色せし魂!
おろかしきまで
砲弾のやうに
慟哭し
咆哮したき
憤ろしき怒りも消えつかれてねむる夜半
———————
煙りなき陰欝の無数の
煙突のあたり
幾多の黒い柩車が運び出される
●●●怪獣の如き都会よ!

あゝ 白昼!
街上に立ち
煙草ふみにぢるとき
目前に雑鬧なすものは
墓樹をさはがす風の如き
人々の群れ!

見よ赤く
にはかにわが瞳は怒りに燃え
わが歩は狂暴に道を蹴りて去れども
かの黒き影!
かの黒き声!
わが街路には
目的なく
虚無の泥濘によごれ
歩の限り
ただ歩む
よろぽい歩む
哀しき興奮のみ!