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徳川実紀/御實紀成書例

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御實紀成書例

恭しく編修する所の歷朝實紀は。史局の日錄を根據とし。かたはら内外の簿籍をかねとり。また家傳の正しきも參考する所あり。されど明曆より前は日錄多半毀ちたり。よりて西城日記および世につたふる殘編斷帙をさぐり。家牒野史をもてこれを補ひ。彼是を校正し虛實を審定して。漸く一代の大體をなす。しかれどもなを遺脱を免るゝ事を得難し。猶この後證とすべきものを得ば。其遺闕を補正すべきなり。

一體例は我朝文德三代の實錄をもとゝし。漢土にては唐の順宗實錄と明清の實錄をもて標準とす。されば古今宜を殊にし和漢制異なれば。ひたすら皇朝のさまにもならひがたく。又漢土の制はことさら遵用しがたき事共多し。いたづらに虛文浮辭を學び。事實にもどるべきにあらず。よりて彼是を斟酌して。別に成書例一篇をつくりて卷首に冠す。

一御一代の始に。御幼年よりの御才德御昇進の次第等を略記するは。順宗以來實錄の體によれり。東照宮御紀は開卷の第一なれば。まづ當家發祥の緣故をしるし。それより御軍陣の次第を略記し。慶長八年將軍宣下に至り。はじめて編年の躰をなせり。台德廟の御紀も粗これにおなじ。

一御一代御政蹟の巨細こと〴〵く記載せば。汗牛充棟にもいたるべければ。何事も一々しるすことを得がたし。よりてたゞ其大事を載て小事ははぶく。されどまた瑣義末事たりとも。大政の得失にあづかりしことはこれを洩さず。其他御善行御嘉言の簿錄。又は口碑につたへて後の御模範ともなるべき事はあつめて附錄とす。

一附錄も東照宮の御言行諸書に載る所。眞僞錯雜し玉石混淆すれば。今是を正史に比較して。疑しきを袪し正しきを採れり。卷首に御幼年より薨御までの御言行を年月にしたがひて統紀し。其餘は事類を分ちて記載し。瑣細の御事は卷末に附して雜事の部とす。享保の附錄も大略同樣なり。但國躰古今殊別なれば。附錄の躰も又かならずしも同じき事を得ず。其他歷朝の附錄御遺事闕佚して類を分つにおよばざるは。其事の大小輕重につき順叙してこれを錄す。

一將軍宣下。御轉任。御兼任。御元服。御婚禮。御新喪。御法會のごとき大禮にいたりては。歷世其儀注を載たり。其他每年元旦佳節の拜賀。嘉定玄猪の式などよりして。すべて年ごとに定りし殿中の行事は。御一代のはじめの年に載て其翌年よりこれを略す。もし例に異なる事あればまた其よしを記す。但し定例のうちにも。每年出さざればかなはざる事あるはこの限にあらず。たとへば京大坂在番の番頭番士。ならびに宇治採茶の御暇歸府のごときは。初年にしるして其後ははぶく。祖宗御三世の間は日記闕たれば。採茶の事も所見にしたがひてしるす。京坂の御目付のごときは。其人々を年每にあらためてさゝるれば。定例の番順と異なるをもて。年々に之をいだすの類なり。

一京都に進せらるゝ御使。また京都より下さるゝ御使。また日光久能の御宮の御使。紅葉山。寬永增上の兩寺御參詣御代參のごときは。每年定りしことなりといへども。これ尊々の大義にあづかれば瑣細の事までもこれを略せず。されど又京都にて所司代御使して事はてしなどは。江府の記錄に載せざるあれば略しぬ。こゝには府より御使立られしのみを書す。

一三家三卿へ下さるゝ御使賜物等。これまた親々の大義にかゝはりし事なれば洩さず。されどそれも御能によりての御使。又は每年御鳥下され。暑寒御尋の御使などはいふまでもなき定例なれば。其はじめにのみしるして後はみな略せり。是天朝ならびに御祖廟より差等して省書するとしるべし。されど祖宗御三代の間は。三家をはじめ諸大名諸有司までの賜物。又は饗膳御茶たまはりし事共も。皆定例にあらざるは詳に書して繁芿をいとはず。

一日光門跡增上寺方丈のもとに下さるゝ御使賜物等。これまた御祖墳の地なるをもて波及せし所なればこれをもらさず。されど月每定りし御祈禱の布施または符籙獻るごときは。はじめにのみしるして後ははぶけり。

一万石より上の人々參覲就封のごとき。その初年にのみ書す。されど三家溜詰の人々はこの限にあらず。その他は首座の人の姓名を記し餘は略す。されど故ありておほやけより滯府命ぜられしは記す。但し看病のため就封のいとま賜はり。又は滯府の御ゆるしありしは。私のことに屬すといへども。こと〴〵くしるしてもらさず。遠國の奉行等赴任のいとま賜はるもこれに准じ。初度のみ記して後は略し。故あるをばこと〴〵く記す。

一皇朝の實錄五位以上の卒日略傳を附し。漢土の實錄は八省諸郡守の如き又卒日に小傳を錄せり。今布衣より上の諸官人。卒日に傳を立むとすれば事しげきにたへず。よて万石より上の人をかぎりて。其子に家ゆづりし日に傳をしるす。祖宗御三代の間は諸大名の襲封月日詳ならざるもあれば。卒日に傳を出せしもあり。又万石以下といへども。殊更武功の輩。又は搢紳家の有識。或は高名の宿儒。をよび御歸依の釋徒等。すべて非常の輩はその傳を出せしもまゝあり。

一初見は布衣より上の子どもより姓名を出す。そが下はたゞ人員のみを擧ぐ。家督の拜謁は万石より上といへども。御刀獻ずるほどの人のみを書しその他はのせず。跡目は布衣より上の人のみ姓名を書きて其下は人數のみをのす。國初御二代は布衣以下といへども。初見家督分地等こと〴〵く載たり。是國初史籍闕佚多ければ。遍く記して遺漏なきを欲するが故なり。緣組養子などは數多ければこれを記載するにたへず。よりて葭莩の親あるよりを記して衆人はみな略す。是等政治の得失にもかゝはらず。ことに煩碎にして卷帙のかさなるをいとひてなり。されど故ある養子はこと〴〵く記す。

一有司の黜陟はさらなり。增秩辭職等は。見參ゆりたる御家人より記載すべけれども。是又繁多なれば。やむことを得ず布衣より上の人のみを錄す。されど新に職を設られしか。又は處士庶人より材藝もて新に召出されしなどは。特別なれば錄す。

一番入は其人員のみを錄して姓名に及ばず。皇朝の實錄六位以下人員のみ書す例なり。これも御二代は姓名をしるせり。内外の職をならぶるときは。外廷を先とし内班を次とす。

一和漢の實錄人の姓名を記すに必位署を冠しむるといへども。今書する所は萬石より上は姓名のみ記して。必ず國持城主等をもて其人の品格をわかち。萬石より下は職名をしるす。其内止事を得ずして。萬石より上にても少老は職名を加ふ。これ宿老と混ずるをもてなり。すべて姓を稱せず家號を用ゆるは。武家の制おのづからことなればなり。

一此書はすべて武家の制によて天朝の事に混ぜざれば。書法も別に一體をなせり。萬石以上のうち國持城主領主をもて家格を三つにわかち。又その品秩は四品以上。萬石以上。布衣以上。御目見以上と四段にわかち。各そのことにより。甲の事は何以上より書し。乙の事は何以下より記さずといふ體例を立て。古今制をことにし公武の體まち〳〵なる事を知らしむ。たとへば卒日に傳をかくるは萬石より以上にかぎり。御役替は布衣以上にかぎり。養老の賜は見參の人より以上にかぎるの類これなり。

一京都より出し宣命位記はさらにもいはず。異國より奉りし書表。又は成し下さるゝ御書等其文詞を載すべしといへども。今の制秘して示さゞる事ゆへしばらく明錄の例によりこれをかく。水火豐歉等の事諸國より報告するなどもまたおなじ。其内世にいちじるしき事は載るもあり。

一若君伴讀の人定られし。または武藝の師命ぜられしは御蒙養の要なれば。つまびらかに記して後の範とす。

一每年近習諸番の士の騎射。步射。乘馬。其他武藝及び徒士の水練御覽をはじめ。南部仙臺の馬御覽。幷に其事により兩家臣に賜物。又は御鷹野の御得物供奉して鳥射し番士に賜物あるが如きは。當時講武の盛意より出でし事なれば。煩瑣といへども常に記して遺さず。一林氏の講書又は儒臣醫員書籍を編みて獻じ。或は家藏の書を献じ。詩文獻ずることき。皆崇聖右文の寓する所。ゆへに重複をいとはずしてこれを載す。

一昌平坂の學舍。寬政より前はいまだ官に歸せずといへども。其時既に御興學のはしをひらき。文治の一助をなすにたりしかば是を書す。神田の醫學もこれに傚ふ。測量所にあづかりし事も亦敬天授時の一端なればこれを書す。

一年七十以上のもの老疾にて職を免ずるとき褒賜せらるるは。始て嚴有院殿御代に見ゆれど定例に非ず。享保よりこのかた養老の御盛意にて恩典となされしなれば。小吏厠役に至るまでも記載せんと欲すといへども。其數多くしてこと〴〵くのするにいとまなければ。見參の御家人より上のみを出す。其他の事はみな布衣以上の人より記し。此事にかぎり其下に及びしは。養老の盛典を擴充せしめしなり。

一何によらず事を命ぜられ又は物賜はる類は。布衣より上を記し其下は省きけれど。例に異なる事にて。其人にかぎり功業を見るべきは。下吏といへどもこれを載す。もし數人にて一事をなし得たる時は。重職の姓名のみ書て屬吏は職名のみを記す。屬吏の職名のみ出せるは。重職の人あづからざる事としるべし。

一黜罰かうぶるは懲惡の事なれば。見參の御家人より上は皆書す。下吏厠役にいたりてはこれを略す。赦行はれしは下が下といへどその人員を書す。仁政のひろく及ばむ事を專とすればなり。

一出家社人等は。靈牌所の別當職等にて朝に關係せしは書し。其他は故あるのみを記す。法親王及び攝家門跡など應接の事は。天朝を敬禮したまふ一端なれば。一々にこれを記す。

一大禮ありて萬石より上の人々一同に物獻ずるは。其定れる日に係く。故有てその日獻らず後日に獻るは省く。恩謝の使奉りしなども。ゆへあるはしるし其他ははぶく。

一朝鮮琉球の使臣朝見。阿蘭人入貢御覽をはじめ。海外に係はる事は一々記してもらさず。

一孝子順孫又は特異の行ひありて褒顯せられしは。賤者といへども是を書す。その略傳を載るは明錄の例なり。

一天朝の御卽位。立坊。立后。大甞會。改元など。みな江府にて其事仰出さるゝ日に其事をのす。改元にはそれによりし奏表の類を書す例といへども。是等みな天朝の事にして。府にあづからざる事なれば錄せず。

一法令條約等その事大なるは全文を錄す。武家諸法度のごときこれなり。不時に仰出さるゝ條約は。その大要を刪修して錄す。

一大禮に前導の人の姓名を出すは明錄の體なり。御太刀御刀御沓の役を記すは此ちなみに出せしなり。松平美濃守吉保が私撰の書の例を用ゆ。

一盜賊考察を命ぜられし事を記すは。三代實錄檢非違使の事をのせし例なり。火災の地巡視の事を記すは。類によてかたはらに及びたるなり。

一銀山の役採藥の人を命ぜられしは。三代實錄の例によて書しぬ。

一日蝕星宿の兩犯。大火洪水など。すべて天變地妖の類は。野史傳記にみゆる所もその證あるは記して。和漢實錄の體にしたがふ。城下の火災は大火のみを記して。史局日錄の載る所といへども瑣々たるははぶく。

一一年の結尾に戸口田賦の惣計を書し。租税免除等の事もつとも記載すべきなれど。これは今の法秘してつたへざる事なれば。やむ事を得ずしてもらす。

一禁裡仙洞女院春宮ならびに我が歷世の御諱。幷御臺所若君の御生母等は平頭に書す。御宮靈廟の類もこれに同じ。されど禁裡仙洞の造營修理をはじめ。其御方々の御附。ならびに御宮靈廟等の別當職命ぜらるゝの類は闕字とし。其他御庶子の類よりはみな闕字に及ばず。御院號のごとき若君御臺所御生母にのみ殿の字をもて稱し。其他は御近族といへどもみなはぶけり。

一御一代の末卷。文德錄は葬埋の日までを記し。光孝錄は崩日にとゞまり葬日を載せず。ともに一代の體を成さざるに似たり。今さだめて御喪禮御追贈の日にて筆をたつ。されど御葬禮の日より御追贈の日にいたるまでの間。嗣君の御事にあづかりしはみな書せずして本編に出す。既に吉保が私記も此例なり。

一御隱退ありしは。清和陽成の二錄讓位の日にて筆をとゞめ其餘を記さず。御一代の終りをつくさゞるの遺憾あり。今舊唐書玄宗記の例によりて。御隱退より薨ぜらるゝまでの事ども。その槪略を記して遺漏の憾なからしむ。

一本書は出典を注せずといへども。副本に至りては每條の下悉く原書の名を出す。附錄のごときも又同し。但享保以下の附錄は近代の事なれば。專ら仰高錄享保錄等に據れりといへども。舊家の遺傳。故老の口碑に得しもの多ければ。一々に注せんも煩碎に過れば。をしなべて是を略す。