孤独は無我夢中に遁走する

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本文[編集]

孤独は無我夢中に遁走する
萩原恭次郎

赤んぼはまだ母胎の匂ひを放つてゐる
女は死体と疲労のまざつた顔を上げてゐる
地震で割れた壁に女の心臓は血をなくしてはりついてゐる

大きな黒い扉が開いた
手と足をむき出した妊婦がうなつてゐる
硝子窓がピリピリゆれる
知らない男の瞳が
ぢつと天上の隅に見つめてさがつてゐる
扉がドダーンとしまる
看護婦が血によごれた手で馳け出した

パクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパク
赤んぼは夜の空気を吸つてゐる
トタン屋根からドタリ摺り落ちた首
孤独は無我夢中に遁走する

解題[編集]

作者:萩原恭次郎

底本:萩原恭次郎『死刑宣告』日本図書センター〈愛蔵版詩集シリーズ〉(2004年3月25日初版第1刷発行) ISBN 978-4-8205-9599-1

表記について:旧仮名遣いは初版本(1925年10月18日発行、長隆舎書店)のまま、漢字は常用漢字に改めてある。