埃及マカリイ全書/第三十五講話

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第三十五講話[編集]

<< きゅう「スボタ」としん「スボタ」のこと。 >>

一、 かみモイセイをもてあたへたるほうりつかげおいて、「スボタ」におのおのあんしんして、いちすなからんことをめいたまへり。しかれどもこはしゅたましひにあたへらるるしんじつなる「スボタ」のしょうたり、かげたるなり。けだしづべきけつねんよりすくはるるをたまはりたるたましひは、すべてあんこくなるおこなひむなしうし、これよりゆうて、しんじつなる「スボタ」をしゅくし、しんじつなるあんそくをもてきゅうせんとするなり。けだしかしこにはしょうてき「スボタ」においてからだきゅうそくしたれども、たましひかんけいあくへきとにつながれたり、しかれどもしんじつなる「スボタ」はよこしまなるサタナねんむなしうし、これよりきよまりて、しゅえいえんあんそくよろこびとにおいあんそくせんとするたましひしんじつなるあんそくなり。

二、 とうかみげんなるどうぶつも「スボタ」においきゅうそくせんことをめいじて、うしをばひつようおもきをはせてかず、にはくびきせざりき、けだしどうぶつえきをまぬかれてきゅうそくしたり、かくのごとしゅきたりてしんじつえいえんなる「スボタ」をたまひてほうけつなるねんくびきふてくるしみ、ふぎおこなひしひおこなところたましひあんそくせしめたり、なんとなればたましひざんにんなるぎゃくしゅれいとなりて、かれつかへたるによる、ゆえにかれをそのになやすからざるくびきとむなしきけつなるねんとよりまぬかれしめ、ふぎおこなひじゅうやくをかれよりだつし、けつなるねんくるしめられたるかれやすんぜしめたり。

三、 けだししゅひとあんそくにまねきていへり、『およろうするものおよおもきをになものわれきたれ、われなんぢやすんぜしめん』〔マトフェイ十一の二十八〕。さればじゅうじゅんにしてきたところたましひかれおもくるしむるけつなるねんよりやすんぜしむべくして、たましひはもろもろのほうむなしうし、しんじつにしてかいなるかつせいなる「スボタ」をしゅくし、もいはれざるよろこびとたのしみのれいしんてきまつりしゅくし、じゅんけつなるこころもつじゅんけつにしてかみよろこばるるつとめをおこなはん。これしんじつにしてかつせいなる「スボタ」なり。ゆえにわれらもこのあんそくり、づべくしてあくなるかついたづらなるねんむなしうせられんことをかみいのらん、かくのごとくなればじゅんけつなるこころによりかみにつかふまつりて、せいしんまつりしゅくするをん。さればこのあんそくものさいはひなるかな。こうえいはかくのごとあはれみれたまひしちちせいしんよよす。アミン。