坂本龍馬の手紙/慶応3年10月22日付陸奥宗光宛

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  此書や加七来りて
  是非手紙かきて、陸奥
  先生に送りくれよと、
  しきりにそふだんゆへ、
  目前ニしたゝむ、かしこ。
御案内の沢やの加七と申候
ものゝ咄、 是ハ御手下のひしや;某が聞得所なり。
度〻小弟ニ参り相談
致し候。某故ハ仙台の国
産を皆引受候て、商法
云云の事なり。小弟が手
より金一万両出セとの
こと也。上件を是非
と申相願候間、商法
の事ハ陸奥に任
し在之候得バ、陸奥さへ
ウンといへバ、金の事を
ともかくもかすべし。
然る右よふの大金を
スワというて出すものに
てなし。よく/\心中ニも
わかり候よふ、陸奥
に咄し致しくれ候よふ
と申聞候所、加七曰ク、
仙台の役人及河内
の郷士ら相会し候
得バ、加七が自から下坂
と云わけニハまいらず
ゆへ、陸奥先生義早〻上京の上、右人々に
御引合奉願候との事
なり。此上よく御考合可被成候。
 小弟ガ論ニ竊ニ大兄
 に言、目今御かゝり
 の丹波丹後の一件
 云々大坂四ツ橋大仏や門前
 御談の事万不可被忘、
 十分右の所に御心
 お御用第一なり。
右のよふ御用心、
先は早〻頓首。
   十月廿二日    龍
    元二郎先生
         御本