中国童話集 (佐藤春夫) 維陽の十友

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維陽(いよう)の十友[編集]

むかし維陽(いよう)という所に、十人のお友だちがおりました。まるで、兄弟でもあるように仲(なか)がよかったので、維陽(いよう)の十友といえば、だれも知らない者はないくらいでした。そしてこの十人が十人とも、たいへん無欲(むよく)な者たちばかりで、金を残(のこ)そうなどとはゆめにも思ったことはないのです。そうかといってなまけているわけでもなく、朝は早くから夜はおそくまで勉強を続(つづ)けるのです。
そして月に何回か、一人の家にほかの九人の者が集まって来てはお酒を飲みます。この月は甲(こう)の家に集まることになると、来月は乙(おつ)の家に集まるというふうに順番(じゅんばん)が決まって回ってゆくのです。
長かった夏も過(す)ぎ、いつか秋も末(すえ)になって、光の弱くなった日は、すぐに西の山に落ちてゆきます。もうこのごろになると、山々の頂(いただき)は白くなってきて、いつ里のほうへもあられが降(ふ)って来るかも知れません。それでもこの近くに、崋山(かざん)というかなり高い山があって、その山の上に五、六回雪が来てからでないと、里に雪が積(つ)もらないということが言われていました。
ある日の晩方(ばんがた)から、きゅうに寒くなってきました。その晩十人はちょうど中の一人の家で炉(ろ)を囲(かこ)みながら、お酒を飲みながら、楽しく笑(わら)いさざめいていました。
するとこのとき、戸の外でだれか呼(よ)び声(ごえ)がするようです。だれだろう。こんな寒い晩(ばん)に、しかもわれわれのように外の人間にはあまり用のない人たちの所へ……と、みんなふしんに思っていると、ろくろく案内(あんない)もこわないで、ぼろぼろの着物を着て顔や手足はあかとひげでうずまったような、そしてやせたきたないおじいさんがふるえながらはいって来ました。ふつうの人でしたらしかりつけて、つき出したでしょうが、気立てのやさしい欲心(よくしん)の少ない十人のことです。かわいそうに思って、このおじいさんを部屋(へや)に入れて、いっしょにお酒を飲みました。
みんな酔(よ)いが回ってきていい気持ちになったころ、このおじいさんは、どこへ行ったともなくいなくなってしまいました。
この晩はみんな酔(よ)っていることではあるし、このきたないおじいさんのいなくなったことなどは、忘(わす)れてしまっていましたが、そののち十人が集まる日にはかならず例(れい)のきたないやせたおじいさんがやって来ては、みんなの中へ割(わ)りこみます。
ある日の集会に、そのおじいさんが言うには、
「わたしは年も取り、働(はたら)くには力はなくて、その日のくらしにも困(こま)っている者ですが、さいわいにみなさんのお仲間(なかま)にはいらせてもらってから、もう何十回となく、ごちそうになっていますが、一度でもいやな顔一つせず、よくわたしを楽しましてくださいました。ついてはこのご恩返(おんがえ)しに一度みなさんからわたしの所まで来ていただきたいものですがいかがでしょう」
と言いだしました。十人の者は、ちょっと変(へん)に思いましたが、せっかくのことをむだにするのも気のどくと思ってやくそくの日を決めて別(わか)れました。
その日が来ました。十人が一つ所に集まって待っていますと、朝早いうちにもうおじいさんはよぼよぼしながら、それでもうれしそうにやって来ます。そしてうち連(つ)れて町はずれの街道筋(かいどうすじ)を四、五里も来たかと思われましたが、十人の者はすこしも足も弱らなければ、遠いとも思いませんでした。
すると、ある土手下に一けんの草屋がありました。あたり一面はかもしのがしげって家をうずめているので、草を分けてようやく戸口に立つと、のきはかたむいていまにもたおれそうになっています。
そうでなくてさえつるべ落としと言われる秋の日です。ましてこの草の生いしげったあばら屋のことですから、もうすっかり暗くなっているのでした。
おじいさんの後ろについて、はいって行くと、だれもおるまいと思ったのにおどろきました。七、八人のこじきがとろとろと火の燃(も)える炉(ろ)を囲(かこ)んでいるではありませんか。
そしておじいさんを見るとにわかに立ってみんなていねいに威儀(いぎ)を正して命令(めいれい)を待っているようです。おじいさんはこじきに言いつけてきたない部屋(へや)ながら、そうじをさせすげのむしろをしかせまん中にこわれかかった机(つくえ)とも、テーブルともつかぬものを置いて、さて十人の者を輪(わ)にすわらせます。
やがて湯げのぼうぼう立つものを大きな大きなさらにのせて持って来ました。見るとおよそ十才ばかりになったかと思われる子どもをむしたようなものです。その肉はただれて、耳も目も手足も半ば落ちているのです。十人の者のおどろきはひとかたではありませんでした。
「せっかくお招待(しょうたい)してもなにもありません。どうぞごえんりょなしにあがってください」
と勧(すす)めますが、みんな顔をおおうて、食べようとする者はありません。中にはおこってにげ帰った者もありました。
おじいさんは、うまそうにして食べていたが、やがて満腹(まんぷく)になったのでしょう。こじきに言いつけて持ち去らせました。こじきらも子どもたちがお母さんからお菓子(かし)でも分けていただくときのように、さもうれしそうにわいわい言いながら入れ物を何人もして持って行ってすみのほうでしゃぶりだしました。
そこで、おじいさんがみんなに言うには、
「ただいまみなさまにお勧(すす)めしたものは、じつはにんじんなのです。にんじんといっても、ただのにんじんとはちがいますよ。何百年となくけわしい山峡(やまかい)に生えていたものなので、こんなものは二度と手に入るものではありません。わたしはあなたがたへのお礼にと思ったから、いままで食べないで今晩(こんばん)を待っていたのに、だれ一人食べてくださるかたもありません。しかし、これもいたしかたがありません。しかし、これを少しでも食べてもらえればみなさんも仙人(せんにん)になれたのになあ」
としまいにはひとり言のように言います。みなの者はいまさらのように悔(く)いましたが、もうこじきたちが食ってしまってすこしもありません。
おじいさんは言い終わってから、こじきたちを呼(よ)び寄(よ)せ、そばにあったつえを取り、かれらの頭の上で二、三回ふったかと思うと、いままであんなにきたなくてくさかったこじきが、みるみる美しい乙女(おとめ)になった者もあり、かわいい童児(どうじ)になった者もあります。そしておじいさんを取り巻(ま)くと、だんだんと月の出の明るい天にのぼって行きました。十人の者が気のついたころにはかたむきかかった家もなくなっていて、てんでに思い思いの場所を取ってただぼんやり野原にすわっているのでした。