中国童話集 (佐藤春夫) おそろしい古井戸の話

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おそろしい古井戸(ふるいど)の話[編集]

むかし、唐(とう)の天宝(てんぽう)という年号のころ、陳仲躬(ちんちゅうきゅう)という人がおりました。この人は金陵(きんりょう)の町の資産家(しさんか)で、めずらしい宝物(ほうもつ)などもたくさんに持っていたのでしたが。世の常(つね)の金持ちとはちがってこれという悪い金使いをするでもなく、毎日毎日一室に閉(と)じこもって好(す)きな勉強をしているのでした。
ところがこの金陵(きんりょう)の町はあまり繁華(はんか)な所ではないので思うように読みたい書物も手に入りません。いつの世でも同じことで勉強するにはやはり便利(べんり)な土地がよかったのです。そこで陳仲躬(ちんちゅうきゅう)は故郷(ふるさと)はなれて唐(とう)の都、洛陽(らくよう)の清花里(せいかり)という所に家を一けん借(か)りて仮(かり)の住まいを定めたのでした。
この家のやしきのうちに大きな古井戸(ふるいど)がありましたが、この古井戸(ふるいど)はよく人が落ちて死ぬというのです。それが一度や二度ではないということなのです。仲躬(ちゅうきゅう)はこの話を聞き知っているにはいたのですが、みんなが気持ちを悪くするといけないと思ってうちの人には教えないでいました。そして知らぬふうをして毎日読書に余念(よねん)がなかったのでした。
ひと月あまりは何事もなくすみました。ある朝のことでした。となりのうちから十ばかりの女の子がいつものように水をくみに来たのです。見ると水をくんでしまってもなかなか持ち帰ろうとはしません。ふしぎだなと思っていると、はっと思うまにその女の子はこの古井戸(ふるいど)の中へ落ちこんでしまったのです。たいへんなさわぎになりました。たくさんの人が集まって来ていろいろとしてみたのでしたがなんといっても深さも知れない井戸(いど)のことです。その晩(ばん)までかかっても死がいさえも見つけ出せなかったのでした。
こういうことがあってからは仲躬(ちゅうきゅう)もその井戸(いど)にたいして平気ではいられなくなりました。そしてある日、勉強にもあいたので庭に出て来て、ふとその井戸(いど)をうかがってみたのでした。ものすごいほど深いその井戸(いど)はその上でないか音をさせるとかあんかあんひびきを立てて地上から水面までのそのうつろな部分で鳴りわたるのでした。その水面へはにぶい日の光がようやく届(とど)ているだけで、はっきりとはわかりません。こうしてなに心なく水の面(おもて)を見ている仲躬(ちゅうきゅう)の目にあやしくも映(うつ)るものがありました。それは年ごろ十七、八ぐらいかと思われる美しい女の子の顔なのです。ふしぎなことがあればあるものだなと思いながら、よくよく見つめるとそのむすめはあでやかにほほえみながらはずかしそうに赤いそでで顔をかくしました。そのあでたかなことはこの世のものとは思われないほどなのです。仲躬(ちゅうきゅう)はぼんやりとなってしまって、ふらふらと井戸(いど)へはいりたいような気持ちになりましたが、はっと気がつきました。そしてこいつのために多くの人がこの井戸(いど)の中へ引きこまれるのだな、とつぶやきながらもう見返りもしないでさっさと家へはいってしまったのでした。
その翌月(よくつき)から洛陽(らくよう)の付近(ふきん)はたいへんなひでりがいく月か続(つづ)いて田畑のものはかれ、悪病ははやって、人びとの苦しみはひととおりではありませんでした。しかしこのような大ひでりの中にも仲躬(ちゅうきゅう)の家の井戸(いど)の水はすこしもかれないのでした。
ところがある日、どうしたものかあんなひでりにさえすこしも減(へ)らなかったこの井戸(いど)の水がまるでぬけ穴(あな)でもできたかのようにどんどん減(へ)ってほとんど水がすこしもないくらいになってしまったのです。仲躬(ちゅうきゅう)はあやしいことに思っていました。すると表で案内(あんない)をこう者がありました。「私は敬元穎(けいげんえい)という者ですがご主人にお目にかかりたいのです」と言うのです。
仲躬(ちゅうきゅう)が出て見るとおどろいたことにその人は以前(いぜん)に彼(かれ)が井戸(いど)の中に映(うつ)っているのを見た女と顔かたちがすこしもでぃがわないのです。そして美しい着物を着ておしろいをつけているのです。仲躬(ちゅうきゅう)はたずねました。
「あなたはなぜそんなあでやかな姿(すがた)をして多くの人を井戸(いど)におとし入れておぼれさすのでしょう」
するとこの元穎(げんえい)という女はこう答えたのでした。
「ご不審(ふしん)はごもっともですけれどしかしけっしてわたくしが人を殺(ころ)すのではありません。あの井戸口(いどぐち)に一ぴきの大きな毒竜(どくりゅう)がいるのです。この毒竜(どくりゅう)はずっとむかしの漢(かん)の代からあそこに住んでおりました。そして初(はじ)めのうちはちょっとした小さい井戸(いど)であったのをあの竜(りゅう)がだんだんとうがってあんなに深いものにしたのでした。いったいこの洛陽(らくよう)には五ひきの毒竜(どくりゅう)がいます。あの井戸(いど)の竜(りゅう)はその五ひきのうちの一ぴきなのです。彼(かれ)は天の太一神(たいっしん)のそば付(づ)きの竜(りゅう)と親しいのでそれらがいろいろとかばってくれるので太一(たいち)の神がおめしになることがあってもなにかにかこつけてどうしても天へ上がらないのです。そしてこの地上に止まっていて人の血を吸(す)っているので、漢(かん)のときから数えるとあの毒竜(どくりゅう)のいけにえになった人は三千七百人もあるのです。どんなひどいひでりにでも水がかれないのはこの竜(りゅう)がいるからなのでした。わたしは唐(とう)の初(はじ)めにこの井戸(いど)の落ちたのです。そしてそれ以来(いらい)竜(りゅう)に使われて多くの人をまどわしては井戸(いど)に引き入れて竜(りゅう)が血を吸(す)ううのにまかせるのです。どうか竜(りゅう)にとらわれているわたしの身にご同情(どうじょう)ください。きのうのことでした。この世界じゅうの竜神(りゅうしん)が太一神(たいっしん)の所へ全部集まることになりました。そして昨晩(さくばん)の子(ね)の刻(とき)にあの竜(りゅう)も天へ上がりました。それがために井戸(いど)の水はなくなったのです。もう三日もすれば竜(りゅう)はあの井戸(いど)へ帰って来ます。ですからいまのうちにあなたにぜひお願(ねが)いしてわたしを救(すく)っていただきたいと思ってまいったのです。それはべつにむずかしいことはないのです。ただだれにでも言いつけてこの三日のうちに井戸(いど)をさらっていただければそれでけっこうなのです。その代わりこの願(ねが)いをかなえてくだされば、失礼(しつれい)ですがあなたが一生のあいだのくらし向きに必要(ひつよう)なものなどはけっしてご不自由(ふじゆう)はかけません」
と言い終わるが早いかすっと消えていなっくなってしまいました。仲躬(ちゅうきゅう)ははさっそく男たちに言いつけて井戸(いど)の中をほり返さしましたが、なにもこれといってふしぎなものは出ません。しかしだんだんほってゆくとくわの先にかちりと当たるものがあります。手に取ってみるとはばが七、八寸(すん)もあるかと思われる古びた鏡(かがみ)で裏(うら)に敬元穎(けいげんえい)と書いてありました。仲躬(ちゅうきゅう)はさっそくこれを洗(あら)い清(きよ)めてりっぱにみがいて香(こう)をたいてはこに納(おさ)めておきました。しばらくすると以前(いぜん)の元穎(げんえい)というふしぎな女がはいって来て、仲躬(ちゅうきゅう)が鏡(かがみ)を入れたはこの前に端座(たんざ)してていねいに頭を下げて言うのでした。
「おかげさまでわたくしも助かりました。あなたはわたくしの命の恩人(おんじん)です。なにをかくしましょう。わたくしはもと師曠(しこう)という鏡師(かがみし)の作った十二の鏡(かがみ)の中の七番目の鏡(かがみ)の精(せい)なのでございます。師曠(しこう)は鏡(かがみ)を作るときにその時々の月日の大きさでもって鏡(かがみ)の大きさを決めました。そしてこのわたくしは七月七日の午(うま)の時刻(じこく)に鋳(い)られた鏡(かがみ)なのです、貞観(ていかん)という年号のころ、許敬宗(きょけいそう)という人に買い取られてひじょうにたいせつにされていましたが、この許敬宗(きょけいそう)の下女に蘭苕(らんしょう)という女がいたのです。その女がなにかわけがあって主人をうらみ、敬宗(けいそう)の第一の宝(たから)であるこのわたくしをあの井戸(いど)に投げこんだのでした。このことが主人にわかると何人も何人も強い人たちがわたくしを取り返すために井戸(いど)へ下りて来ましたが、深さは深いし、それに毒竜(どくりゅう)のはく毒気(どくき)があるためにもだえ死んでしまったのでした。それからというものはわたくしは毒竜(どくりゅう)に追い使われてどんなに苦しんだかしれません。さいわいにあなたには助け出されてふたたびこの世に出ることができました。こんなうれしいことはありません」と言い終わってさてまた改(あらた)めて居(い)ずまいを正してさらに語をつぎました。
「ときにあなたは明朝からここをお立ちのきにならなければいけません。ぜひそうなさってください」
「それはまたどういうわけですか。わたくしはここへ仮住(かりず)まいするまでには相当(そうとう)の費用(ひよう)もかけていますし、ようやく落ち着いたばかりなのにまた引っこして、どこへいったい行けばよいというのですか」
と仲躬(ちゅうきゅう)が反問すると、それにはべつだん答えようともせず、ただ、
「とにかくほかのことは構(かま)いませんが身支度だけはしておいてください」
と云ってもう立ち去りかけようとします。仲躬(ちゅうきゅう)は急いでそれを引き止めて、
「あなたはいったいなんでそんなにきれいに紅(べに)おしろいをつけて女子どもをまどわすのです」とたずねてみました。
「わたしは女の姿(すがた)ばかりではありません。どんな姿(すがた)にでもなることができます。そして井戸端(いどばた)を通る人の好(この)みそうな姿(すがた)になっては通る人ごとにさそいこんで竜(りゅう)にみんな食わせていたのです」
こう言い終わるとどこへ行ったともなくその姿(すがた)は消えてしまいました。あくる朝になるとまだ早いうちについぞ見たことのない男が仲躬(ちゅうきゅう)の家の家主を連(つ)れてやって来て仲躬(ちゅうきゅう)に引っこしを勧(すす)めました。仲躬(ちゅうきゅう)はなかなか承知(しょうち)しませんでした。しかし気がついてみるとあたりの庭の様子がいままでとすこしちがうようなのです。すると見慣(みな)れない男は、「ここは徳坊(とくぼう)という所ですが、この家はあなたのもとの清花里(せいかり)のお宅(たく)とすこしも変(か)わりがないはずです。家財(かざい)道具なぞはみんなそっくりこの家へ移(うつ)しておいたのですから」
と言って一たばの紙を取り出して、「これはあなたのいままでの家の勘定書(かんじょうが)きなどですが、みんな受け取りがしてあるはずですから、おなくしにならないように願(ねが)います。また三日ののちにあの清花里(せいかり)のお宅(たく)のあたりでお目にかかりたいとぞんじますからぜひおいでください」
こう言ってまたこの男もついと消えてしまいました。やくそくの日に仲躬(ちゅうきゅう)は早くから行って待っていましたがだれも来ません。いくら待っても来ないので仲躬(ちゅうきゅう)がもう帰ろうかと思って足を返そうとしたおきでした。どこか地の底(そこ)のほうで物の鳴るような音がしだしたなと思うといきなりものすごい音を立ててあのおそろしい古井戸がくずれ落ちました。そしてそれに続(つづ)いて仲躬(ちゅうきゅう)のいままでいたやしきもつぶれてしまいました。