万葉集/第五巻

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第五巻


[歌番号]05/0801

[題詞](令反<或>情歌一首[并序] / 或有人 知敬父母忘於侍養 不顧妻子軽於脱屣 自称<倍>俗先生 意氣雖揚青雲之上 身體猶在塵俗之中 未驗修行得道之聖 蓋是亡命山澤之民 所以指示三綱更開五教 遣之以歌令反其<或> 歌曰)反歌

[原文]比佐迦多能 阿麻遅波等保斯 奈保<々々>尓 伊弊尓可弊利提 奈利乎斯麻佐尓

[訓読]ひさかたの天道は遠しなほなほに家に帰りて業を為まさに

[仮名]ひさかたの あまぢはとほし なほなほに いへにかへりて なりをしまさに

[左注](神龜五年七月廿一日於嘉摩郡撰定 筑前國守山上憶良)

[校異]歌 [西] 謌 [西(訂正)] 歌 / 奈保 -> 々々 [類][紀][細]

[事項]作者:山上憶良 国司 逃亡民 儒教 教喩 道教 福岡 枕詞 地名 神亀5年7月21日 年紀

[訓異]ひさかたの[寛],

あまぢはとほし,[寛]あまちはとほし,

なほなほに[寛],

いへにかへりて[寛],

なりをしまさに[寛],


[歌番号]05/0810

[題詞]大伴淡等謹状 / 梧桐日本琴一面 [對馬結石山孫枝] / 此琴夢化娘子曰 余託根遥嶋之崇<巒> 晞o九陽之休光 長帶烟霞逍遥山川之阿 遠望風波出入鴈木之間 唯恐 百年之後空朽溝壑 偶遭良匠散為小琴不顧質麁音少 恒希君子左琴 即歌曰

[原文]伊可尓安良武 日能等伎尓可母 許恵之良武 比等能比射乃倍 和我麻久良可武

[訓読]いかにあらむ日の時にかも声知らむ人の膝の上我が枕かむ

[仮名]いかにあらむ ひのときにかも こゑしらむ ひとのひざのへ わがまくらかむ

[左注]なし

[校異]蠻 -> 巒 [紀][細][温] / 歌 [西] 謌 [西(訂正)] 歌

[事項]作者:大伴旅人 創作 藤原房前 贈り物 老荘 朝隠 書簡 対馬 琴賦 天平1年10月7日 年紀

[訓異]いかにあらむ[寛],

ひのときにかも[寛],

こゑしらむ[寛],

ひとのひざのへ,[寛]ひとのひさのへ,

わがまくらかむ,[寛]わかまくらせむ,


[歌番号]05/0811

[題詞](大伴淡等謹状 / 梧桐日本琴一面 [對馬結石山孫枝] / 此琴夢化娘子曰 余託根遥嶋之崇<巒> 晞o九陽之休光 長帶烟霞逍遥山川之阿 遠望風波出入鴈木之間 唯恐 百年之後空朽溝壑 偶遭良匠散為小琴不顧質麁音少 恒希君子左琴 即歌曰)僕報詩詠曰

[原文]許等々波奴 樹尓波安里等母 宇流波之吉 伎美我手奈礼能 許等尓之安流倍志

[訓読]言とはぬ木にはありともうるはしき君が手馴れの琴にしあるべし

[仮名]こととはぬ きにはありとも うるはしき きみがたなれの ことにしあるべし

[左注]琴娘子答曰 / 敬奉徳音 幸甚々々 片事覺 即感於夢言慨然不得止黙 故附公使聊以進御耳 [謹状不具] / 天平元年十月七日附使進上 / 謹通 中衛高明閤下 謹空

[校異]止黙 [矢][京] 黙止

[事項]作者:大伴旅人 創作 藤原房前 贈り物 老荘 朝隠 書簡 対馬 天平1年10月7日 年紀

[訓異]こととはぬ[寛],

きにはありとも[寛],

うるはしき[寛],

きみがたなれの,[寛]きみかたなれの,

ことにしあるべし,[寛]ことにしあるへし,


[歌番号]05/0812

[題詞]跪承芳音 嘉懽交深 乃知 龍門之恩復厚蓬身之上 戀望殊念常心百倍 謹和白雲之什以奏野鄙之歌 房前謹状

[原文]許等騰波奴 紀尓茂安理等毛 和何世古我 多那礼之美巨騰 都地尓意加米移母

[訓読]言とはぬ木にもありとも我が背子が手馴れの御琴地に置かめやも

[仮名]こととはぬ きにもありとも わがせこが たなれのみこと つちにおかめやも

[左注]謹通 尊門 [記室] / 十一月八日附還使大監

[校異]閤 [紀] 閣 / 空 [西(訂正)] 言 / 歌 [西] 謌

[事項]作者:藤原房前 大伴旅人 書簡 天平1年11月8日 年紀

[訓異]こととはぬ[寛],

きにもありとも[寛],

わがせこが,[寛]わかせこか,

たなれのみこと[寛],

つちにおかめやも,[寛]つちにおかめいも,


[歌番号]05/0813

[題詞]筑前國怡土郡深江村子負原 臨海丘上有二石 大者長一尺二寸六分 圍一尺八寸六分 重十八斤五兩 小者長一尺一寸 圍一尺八寸 重十六斤十兩 並皆堕圓状如鷄子 其美好者不可勝論 所謂p尺璧是也 [或云 此二石者肥前國彼杵郡平敷之石 當占而取之] 去深江驛家二十許里近在路頭 公私徃来 莫不下馬跪拜 古老相傳曰 徃者息長足日女命征討新羅國之時 用茲兩石挿著御袖之中以為鎮懐 [實是御裳中矣] 所以行人敬拜此石 乃作歌曰

[原文]可既麻久波 阿夜尓可斯故斯 多良志比咩 可尾能弥許等 可良久尓遠 武氣多比良宜弖 弥許々呂遠 斯豆迷多麻布等 伊刀良斯弖 伊波比多麻比斯 麻多麻奈須 布多都能伊斯乎 世人尓 斯咩斯多麻比弖 余呂豆余尓 伊比都具可祢等 和多能曽許 意枳都布可延乃 宇奈可美乃 故布乃波良尓 美弖豆可良 意可志多麻比弖 可武奈何良 可武佐備伊麻須 久志美多麻 伊麻能遠都豆尓 多布刀伎呂可儛

[訓読]かけまくは あやに畏し 足日女 神の命 韓国を 向け平らげて 御心を 鎮めたまふと い取らして 斎ひたまひし 真玉なす 二つの石を 世の人に 示したまひて 万代に 言ひ継ぐかねと 海の底 沖つ深江の 海上の 子負の原に 御手づから 置かしたまひて 神ながら 神さびいます 奇し御魂 今のをつづに 貴きろかむ

[仮名]かけまくは あやにかしこし たらしひめ かみのみこと からくにを むけたひらげて みこころを しづめたまふと いとらして いはひたまひし またまなす ふたつのいしを よのひとに しめしたまひて よろづよに いひつぐかねと わたのそこ おきつふかえの うなかみの こふのはらに みてづから おかしたまひて かむながら かむさびいます くしみたま いまのをつづに たふときろかむ

[左注](右事傳言那珂<郡>伊知郷蓑嶋人建部牛麻呂是也)

[校異]歌 [西] 謌 [西(訂正)] 歌

[事項]作者:山上憶良 伝説 鎮懐石 神功皇后 福岡 古事記 地名

[訓異]かけまくは[寛],

あやにかしこし[寛],

たらしひめ[寛],

かみのみこと[寛],

からくにを[寛],

むけたひらげて,[寛]むけたひらけて,

みこころを[寛],

しづめたまふと,[寛]しつめたまふと,

いとらして[寛],

いはひたまひし[寛],

またまなす[寛],

ふたつのいしを[寛],

よのひとに[寛],

しめしたまひて[寛],

よろづよに,[寛]よろつよに,

いひつぐかねと,[寛]いひつくかねと,

わたのそこ[寛],

おきつふかえの[寛],

うなかみの[寛],

こふのはらに[寛],

みてづから,[寛]みてつから,

おかしたまひて[寛],

かむながら,[寛]かむなから,

かむさびいます,[寛]かむさひいます,

くしみたま[寛],

いまのをつづに,[寛]いまのおつつに,

たふときろかむ,[寛]たふときろかも,


[歌番号]05/0814

[題詞](筑前國怡土郡深江村子負原 臨海丘上有二石 大者長一尺二寸六分 圍一尺八寸六分 重十八斤五兩 小者長一尺一寸 圍一尺八寸 重十六斤十兩 並皆堕圓状如鷄子 其美好者不可勝論 所謂p尺璧是也 [或云 此二石者肥前國彼杵郡平敷之石 當占而取之] 去深江驛家二十許里近在路頭 公私徃来 莫不下馬跪拜 古老相傳曰 徃者息長足日女命征討新羅國之時 用茲兩石挿著御袖之中以為鎮懐 [實是御裳中矣] 所以行人敬拜此石 乃作歌曰)

[原文]阿米都知能 等母尓比佐斯久 伊比都夏等 許能久斯美多麻 志可志家良斯母

[訓読]天地のともに久しく言ひ継げとこの奇し御魂敷かしけらしも

[仮名]あめつちの ともにひさしく いひつげと このくしみたま しかしけらしも

[左注]右事傳言那珂<郡>伊知郷蓑嶋人建部牛麻呂是也

[校異]<> -> 郡 [西(右書)][紀][細][温]

[事項]作者:山上憶良 伝説 鎮懐石 神功皇后 福岡 古事記 地名

[訓異]あめつちの[寛],

ともにひさしく[寛],

いひつげと,[寛]いひつけと,

このくしみたま[寛],

しかしけらしも[寛],


[歌番号]05/0815

[題詞]梅花歌卅二首[并序] / 天平二年正月十三日 萃于帥老之宅 申宴會也 于時初春月 氣淑風梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香 加以 曙嶺移雲 松掛羅而傾盖 夕岫結霧鳥封縠而迷林 庭舞新蝶 空歸故鴈 於是盖天坐地 <促>膝飛觴 忘言一室之裏 開衿煙霞之外 淡然自放 快然自足 若非翰苑何以攄情 詩紀落梅之篇古今夫何異矣 宜賦園梅聊成短詠

[原文]武都紀多知 波流能吉多良婆 可久斯許曽 烏梅乎乎<岐>都々 多努之岐乎倍米[大貳紀卿]

[訓読]正月立ち春の来らばかくしこそ梅を招きつつ楽しき終へめ[大貳紀卿]

[仮名]むつきたち はるのきたらば かくしこそ うめををきつつ たのしきをへめ

[左注]なし

[校異]歌 [西] 謌 [西(訂正)] 歌 / 役 -> 促 [矢][京] / 詩 [細](塙) 請 / 利 -> 岐 [紀][細]

[事項]梅花宴 作者:紀男人 琴歌譜 太宰府 福岡 天平2年1月13日 年紀 地名 植物 宴席

[訓異]むつきたち[寛],

はるのきたらば,[寛]はるのきたらは,

かくしこそ[寛],

うめををきつつ,[寛]うめをおりつつ,

たのしきをへめ[寛], 日本の元号、令和の選定元

[歌番号]05/0816

[題詞](梅花歌卅二首[并序] / 天平二年正月十三日 萃于帥老之宅 申宴會也 于時初春令月 氣淑風和梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香 加以 曙嶺移雲 松掛羅而傾盖 夕岫結霧鳥封縠而迷林 庭舞新蝶 空歸故鴈 於是盖天坐地 <促>膝飛觴 忘言一室之裏 開衿煙霞之外 淡然自放 快然自足 若非翰苑何以攄情 詩紀落梅之篇古今夫何異矣 宜賦園梅聊成短詠)

[原文]烏梅能波奈 伊麻佐家留期等 知利須義受 和我覇能曽能尓 阿利己世奴加毛[少貳小野大夫]

[訓読]梅の花今咲けるごと散り過ぎず我が家の園にありこせぬかも[少貳小野大夫]

[仮名]うめのはな いまさけるごと ちりすぎず わがへのそのに ありこせぬかも

[左注]なし

[校異]なし

[事項]梅花宴 作者:小野老 太宰府 福岡 天平2年1月13日 年紀 宴席 地名 植物

[訓異]うめのはな[寛],

いまさけるごと,[寛]いまさけること,

ちりすぎず,[寛]ちりすきす,

わがへのそのに,[寛]わかへのそのに,

ありこせぬかも[寛],


[歌番号]05/0817

[題詞](梅花歌卅二首[并序] / 天平二年正月十三日 萃于帥老之宅 申宴會也 于時初春令月 氣淑風和梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香 加以 曙嶺移雲 松掛羅而傾盖 夕岫結霧鳥封縠而迷林 庭舞新蝶 空歸故鴈 於是盖天坐地 <促>膝飛觴 忘言一室之裏 開衿煙霞之外 淡然自放 快然自足 若非翰苑何以攄情 詩紀落梅之篇古今夫何異矣 宜賦園梅聊成短詠)

[原文]烏梅能波奈 佐吉多流僧能々 阿遠也疑波 可豆良尓須倍久 奈利尓家良受夜[少貳粟田大夫]

[訓読]梅の花咲きたる園の青柳は蘰にすべくなりにけらずや[少貳粟田大夫]

[仮名]うめのはな さきたるそのの あをやぎは かづらにすべく なりにけらずや

[左注]なし

[校異]なし

[事項]梅花宴 作者:粟田人上 必登 太宰府 福岡 天平2年1月13日 年紀 宴席 地名 植物

[訓異]うめのはな[寛],

さきたるそのの[寛],

あをやぎは,[寛]あをやきは,

かづらにすべく,[寛]かつらにすへく,

なりにけらずや,[寛]なりにけらすや,


[歌番号]05/0818

[題詞](梅花歌卅二首[并序] / 天平二年正月十三日 萃于帥老之宅 申宴會也 于時初春令月 氣淑風和梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香 加以 曙嶺移雲 松掛羅而傾盖 夕岫結霧鳥封縠而迷林 庭舞新蝶 空歸故鴈 於是盖天坐地 <促>膝飛觴 忘言一室之裏 開衿煙霞之外 淡然自放 快然自足 若非翰苑何以攄情 詩紀落梅之篇古今夫何異矣 宜賦園梅聊成短詠)

[原文]波流佐礼婆 麻豆佐久耶登能 烏梅能波奈 比等利美都々夜 波流比久良佐武[筑前守山上大夫]

[訓読]春さればまづ咲くやどの梅の花独り見つつや春日暮らさむ[筑前守山上大夫]

[仮名]はるされば まづさくやどの うめのはな ひとりみつつや はるひくらさむ

[左注]なし

[校異]なし

[事項]梅花宴 作者:山上憶良 孤独 太宰府 福岡 天平2年1月13日 年紀 宴席 地名 植物

[訓異]はるされば,[寛]はるされは,

まづさくやどの,[寛]まつさくやとの,

うめのはな[寛],

ひとりみつつや[寛],

はるひくらさむ[寛],


[歌番号]05/0819

[題詞](梅花歌卅二首[并序] / 天平二年正月十三日 萃于帥老之宅 申宴會也 于時初春令月 氣淑風和梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香 加以 曙嶺移雲 松掛羅而傾盖 夕岫結霧鳥封縠而迷林 庭舞新蝶 空歸故鴈 於是盖天坐地 <促>膝飛觴 忘言一室之裏 開衿煙霞之外 淡然自放 快然自足 若非翰苑何以攄情 詩紀落梅之篇古今夫何異矣 宜賦園梅聊成短詠)

[原文]余能奈可波 古飛斯宜志恵夜 加久之阿良婆 烏梅能波奈尓母 奈良麻之勿能怨[豊後守大伴大夫]

[訓読]世の中は恋繁しゑやかくしあらば梅の花にもならましものを[豊後守大伴大夫]

[仮名]よのなかは こひしげしゑや かくしあらば うめのはなにも ならましものを

[左注]なし

[校異]なし

[事項]梅花宴 作者:大伴三依 太宰府 福岡 天平2年1月13日 年紀 宴席 地名 植物

[訓異]よのなかは[寛],

こひしげしゑや,[寛]こひしきしゑや,

かくしあらば,[寛]かくしあらは,

うめのはなにも[寛],

ならましものを[寛],


[歌番号]05/0821

[題詞](梅花歌卅二首[并序] / 天平二年正月十三日 萃于帥老之宅 申宴會也 于時初春令月 氣淑風和梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香 加以 曙嶺移雲 松掛羅而傾盖 夕岫結霧鳥封縠而迷林 庭舞新蝶 空歸故鴈 於是盖天坐地 <促>膝飛觴 忘言一室之裏 開衿煙霞之外 淡然自放 快然自足 若非翰苑何以攄情 詩紀落梅之篇古今夫何異矣 宜賦園梅聊成短詠)

[原文]阿乎夜奈義 烏梅等能波奈乎 遠理可射之 能弥弖能々知波 知利奴得母與斯[笠沙弥]

[訓読]青柳梅との花を折りかざし飲みての後は散りぬともよし[笠沙弥]

[仮名]あをやなぎ うめとのはなを をりかざし のみてののちは ちりぬともよし

[左注]なし

[校異]なし

[事項]梅花宴 作者:沙弥満誓 太宰府 福岡 天平2年1月13日 年紀 宴席 地名 植物

[訓異]あをやなぎ,[寛]あをやなき,

うめとのはなを[寛],

をりかざし,[寛]をりかさし,

のみてののちは[寛],

ちりぬともよし[寛],


[歌番号]05/0831

[題詞](梅花歌卅二首[并序] / 天平二年正月十三日 萃于帥老之宅 申宴會也 于時初春令月 氣淑風和梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香 加以 曙嶺移雲 松掛羅而傾盖 夕岫結霧鳥封縠而迷林 庭舞新蝶 空歸故鴈 於是盖天坐地 <促>膝飛觴 忘言一室之裏 開衿煙霞之外 淡然自放 快然自足 若非翰苑何以攄情 詩紀落梅之篇古今夫何異矣 宜賦園梅聊成短詠)

[原文]波流奈例婆 宇倍母佐枳多流 烏梅能波奈 岐美乎於母布得 用伊母祢奈久尓[壹岐守板氏安麻呂]

[訓読]春なればうべも咲きたる梅の花君を思ふと夜寐も寝なくに[壹岐守板氏安麻呂]

[仮名]はるなれば うべもさきたる うめのはな きみをおもふと よいもねなくに

[左注]なし

[校異]なし

[事項]梅花宴 作者:板持安麻呂 太宰府 福岡 天平2年1月13日 年紀 宴席 地名 植物

[訓異]はるなれば,[寛]はるなれは,

うべもさきたる,[寛]うへもさきたる,

うめのはな[寛],

きみをおもふと[寛],

よいもねなくに[寛],


[歌番号]05/0841

[題詞](梅花歌卅二首[并序] / 天平二年正月十三日 萃于帥老之宅 申宴會也 于時初春令月 氣淑風和梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香 加以 曙嶺移雲 松掛羅而傾盖 夕岫結霧鳥封縠而迷林 庭舞新蝶 空歸故鴈 於是盖天坐地 <促>膝飛觴 忘言一室之裏 開衿煙霞之外 淡然自放 快然自足 若非翰苑何以攄情 詩紀落梅之篇古今夫何異矣 宜賦園梅聊成短詠)

[原文]于遇比須能 於登企久奈倍尓 烏梅能波奈 和企弊能曽能尓 佐伎弖知流美由[對馬目高氏老]

[訓読]鴬の音聞くなへに梅の花我家の園に咲きて散る見ゆ[對馬目高氏老]

[仮名]うぐひすの おときくなへに うめのはな わぎへのそのに さきてちるみゆ

[左注]なし

[校異]なし

[事項]梅花宴 作者:高丘 高田 高橋 高向 高屋 高安 高 高麗 老 太宰府 福岡 天平2年1月13日 年紀 宴席 地名 植物 動物

[訓異]うぐひすの,[寛]うくひすの,

おときくなへに[寛],

うめのはな[寛],

わぎへのそのに,[寛]わきへのそのに,

さきてちるみゆ[寛],


[歌番号]05/0851

[題詞](後追和梅歌四首)

[原文]和我夜度尓 左加里尓散家留 宇梅能波奈 知流倍久奈里奴 美牟必登聞我母

[訓読]我がやどに盛りに咲ける梅の花散るべくなりぬ見む人もがも

[仮名]わがやどに さかりにさける うめのはな ちるべくなりぬ みむひともがも

[左注]なし

[校異]なし

[事項]梅花宴 追和 大伴旅人 太宰府 福岡 植物

[訓異]わがやどに,[寛]わかやとに,

さかりにさける,[寛]さかりにさける,

うめのはな[寛],

ちるべくなりぬ,[寛]ちるへくなりぬ,

みむひともがも,[寛]みむひともかも,


[歌番号]05/0861

[題詞]後人追和之<詩>三首 [帥老]

[原文]麻都良河波 <可>波能世波夜美 久礼奈為能 母能須蘇奴例弖 阿由可都流良<武>

[訓読]松浦川川の瀬早み紅の裳の裾濡れて鮎か釣るらむ

[仮名]まつらがは かはのせはやみ くれなゐの ものすそぬれて あゆかつるらむ

[左注]なし

[校異]謌 -> 詩 [類][紀][細] / 河 -> 可 [類][紀][細] / 哉 -> 武 [西(右書)][類][紀]

[事項]作者:大伴旅人 玉島川 創作 追和 求婚 野遊び 地名

[訓異]まつらがは,[寛]まつらかは,

かはのせはやみ[寛],

くれなゐの[寛],

ものすそぬれて[寛],

あゆかつるらむ,[寛]あゆかるらむ,


[歌番号]05/0871

[題詞]大伴佐提比古郎子 特被朝命奉使藩國 艤棹言歸 稍赴蒼波 妾也松浦[佐用嬪面] 嗟此別易 歎彼會難 即登高山之嶺 遥望離去之船 悵然断肝<黯>然銷魂 遂脱領巾麾之 傍者莫不流涕 因号此山曰領巾麾之嶺也 乃作歌曰

[原文]得保都必等 麻通良佐用比米 都麻胡非尓 比例布利之用利 於返流夜麻能奈

[訓読]遠つ人松浦佐用姫夫恋ひに領巾振りしより負へる山の名

[仮名]とほつひと まつらさよひめ つまごひに ひれふりしより おへるやまのな

[左注]なし

[校異]黙 -> 黯 [古] / 歌 [西] 謌

[事項]山上憶良 鏡山 唐津 大伴佐提比古 松浦佐用姫 領布振伝説 地名

[訓異]とほつひと[寛],

まつらさよひめ[寛],

つまごひに,[寛]つまこひに,

ひれふりしより[寛],

おへるやまのな[寛],


[歌番号]05/0881

[題詞](敢布私懐歌三首)

[原文]加久能<未>夜 伊吉豆伎遠良牟 阿良多麻能 吉倍由久等志乃 可伎利斯良受提

[訓読]かくのみや息づき居らむあらたまの来経行く年の限り知らずて

[仮名]かくのみや いきづきをらむ あらたまの きへゆくとしの かぎりしらずて

[左注](天平二年十二月六日筑前國守山上憶良謹上)

[校異]米 -> 未 [類][紀][細]

[事項]作者:山上憶良 大伴旅人 太宰府 福岡 餞別 宴席 帰京 天平2年12月6日 年紀

[訓異]かくのみや[寛],

いきづきをらむ,[寛]いきつきをらむ,

あらたまの[寛],

きへゆくとしの[寛],

かぎりしらずて,[寛]かきりしらすて,


[歌番号]05/0891

[題詞](筑前國守山上憶良敬和為熊凝述其志歌六首[并序] / 大伴君熊凝者 肥後國益城郡人也 年十八歳 以天平三年六月十七日為相撲使某國司官位姓名従人 参向京都 為天不幸在路獲疾 即於安藝國佐伯郡高庭驛家身故也 臨終之時 長歎息曰 傳聞 假合之身易滅 泡沫之命難駐 所以千聖已去 百賢不留 况乎凡愚微者何能逃避 但我老親並在菴室 侍我過日 自有傷心之恨 望我違時 必致喪明之泣 哀哉我父痛哉我母 不患一身向死之途 唯悲二親在生之苦 今日長別 何世得覲 乃作歌六首而死 其歌曰)

[原文]一世尓波 二遍美延農 知々波々袁 意伎弖夜奈何久 阿我和加礼南 [一云 相別南]

[訓読]一世にはふたたび見えぬ父母を置きてや長く我が別れなむ [一云 相別れなむ]

[仮名]ひとよには ふたたびみえぬ ちちははを おきてやながく あがわかれなむ [あひわかれなむ]

[左注]なし

[校異]なし

[事項]作者:山上憶良 大伴熊凝 追悼 哀悼 行路死人 儒教 孝養 無常

[訓異]ひとよには[寛],

ふたたびみえぬ,[寛]ふたたひみえぬ,

ちちははを[寛],

おきてやながく,[寛]をきてやなかく,

あがわかれなむ,[寛]あかわかれなむ,

[あひわかれなむ][寛],


[歌番号]05/0901

[題詞]((老身重病經年辛苦及思兒等歌七首 [長一首短六首])反歌)

[原文]麁妙能 布衣遠陀尓 伎世難尓 可久夜歎敢 世牟周弊遠奈美

[訓読]荒栲の布衣をだに着せかてにかくや嘆かむ為むすべをなみ

[仮名]あらたへの ぬのきぬをだに きせかてに かくやなげかむ せむすべをなみ

[左注](天平五年六月丙申朔三日戊戌作)

[校異]なし

[事項]作者:山上憶良 仏教 儒教 老 嘆翮 子供 天平5年6月3日 年紀

[訓異]あらたへの[寛],

ぬのきぬをだに,[寛]ぬのきぬをたに,

きせかてに[寛],

かくやなげかむ,[寛]かくやなけかむ,

せむすべをなみ,[寛]せむすへをなみ,