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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/高名な人々について/ゲンナディウス/第62章 助祭カッシアヌス

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第62章

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カッシアヌス[1]は、スキタイ人で、コンスタンティノープルでヨハネ大司教によって助祭に叙任され、マルセイユで長老を務め、男子修道院と女子修道院の2つを設立し、それらは今も残っている。彼は経験に基づいて、力強い言葉で、あるいはもっとはっきり言えば、言葉の裏に意味があり、話の裏に行動があるように書いた。彼は、あらゆる種類の修道士のための実践的な指示の分野全体を、次の著作で網羅した。服装について、また祈りの規範と詩篇の朗唱の慣習について(これらはエジプトの修道院で昼夜問わず朗唱される)、3巻。1つの『修道規則』、8巻。8つの主要な罪の起源、性質、および救済について、各罪について 1巻。彼はまた、エジプトの教父たちとの対話を次のようにまとめた。修道士の目的と信条について、分別について、神への奉仕の三つの召命について、肉体と霊との戦い、霊と肉体の戦いについて、すべての罪の本質について、聖人の虐殺について、心の移ろいやすさについて、支配者について、祈りの本質について、祈りの持続時間について、完全性について、貞潔について、神の保護について、霊的な事柄の知識について、神の恩寵について、友情について、定義すべきか否かについて、三つの古代の修道士と最近出現した第四の修道士について、共同生活者と隠修士の目的について、悔い改めにおける真の満足について、五旬節の断食の免除について、夜の幻覚について、使徒たちの「私がしたい善はせず、したくない悪を行う」という言葉について、苦行について、そして最終的に、後にローマ司教となる助祭レオの要請により、彼はネストリオスに対する7巻の書物、すなわち主の受肉に関する書物を著し、これを書き終えると、テオドシウス帝とウァレンティニアヌス帝の治世下、マルセイユで執筆活動と生涯を終えた。


脚注

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  1. ヨハネス・カッシアヌスは450年に死去した。
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