ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第3巻/テオドレトス/教会史/第4巻/第21章
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教会史
第4巻
[編集]第21章
[編集]コンスタンティノープルでは、アリウス派の兵士たちが敬虔な長老たちを船に乗せ、バラストも積まずに海へと追いやり、さらに別の船に兵士を乗せて長老たちの船に火をつけるよう命じた。こうして彼らは海と炎の両方と戦いながら、ついに深海へと救出され、殉教者の冠を勝ち取った。
アンティオキアでウァレンスは相当の期間を過ごし、キリスト教の名の下に異教徒、ユダヤ人、その他あらゆる者が福音に反する教義を説くことを完全に容認した。こうした誤謬の奴隷たちは異教の儀式を行うにまで至り、こうしてユリアヌス帝の治世後、ヨウィアヌス帝によって鎮められた欺瞞の炎が、今やウァレンスの許しによって再び燃え上がった。ユダヤ人、ディオニュソス、そしてデメテルの儀式は、敬虔な統治下において隅で行われるようなものではなく、フォルムで奔放に振る舞う人々によって執り行われるようになった。ウァレンスは使徒の教義を信奉する者以外には敵視しなかった。まず彼は彼らを教会から追い出し、高名なヨウィアヌス帝は彼らに新しく建てられた教会も与えた。そして、彼らは山の崖の近くに集まり、雨、雪、寒さ、猛暑など、あらゆる天候の攻撃に耐えながら、賛美歌で主を称え、神の言葉を楽しんだが、彼らにはこの貧弱な保護さえ与えられず、彼らを遠く広く散らすために軍隊が派遣された。
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