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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第11巻/ヨハネス・カッシアヌス/十二の書/第9巻/第3章

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ヨハネス・カッシアヌスの十二の書

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第9巻。

憂鬱の精神について。

第3章

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憂鬱の攻撃の餌食となった魂はこれに例えられるかもしれません。


虫に食われた衣服は、もはや商業的な価値も用途もなく、また同様に、虫に食われた木は、普通の建物を飾るのにさえ何の価値もなく、火で焼かれる運命にあります。ですから、心身を蝕むような憂鬱の攻撃に襲われている魂は[1]、聖ダビデの預言によれば、天から降る聖霊の香油が、まずアロンのひげに、それから彼の裾に降り、祭司の衣服を着るのに何の役にも立ちません。「それは、頭に塗られた香油がアロンのひげに流れ落ち、衣服の裾に流れ落ちたようなものだ」と言われています[2]。また、パウロが賢明な建築家として「あなたがたは神の神殿であり、神の霊があなたがたのうちに宿っている」と言って基礎を築いた霊的な神殿の建築や装飾とも、それは何の関係もありません[3]。そして、この梁がどのようなものであるかについて、花嫁は雅歌の中で私たちに話しています。「私たちの垂木たるきは糸杉、私たちの家のはりは杉です。」[4]そして、神の神殿のためには、香りがよく、腐りにくく、経年劣化や虫食いの心配がない種類の木材が選ばれるのです。


脚注

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  1. ここでカッシアヌスは、III. ix と同様に、 itidem の代わりにtotidem を使用しています。
  2. 詩篇 132. (133.) 2.
  3. 1 コリント 3:16 ; 6:16.
  4. Cant.(雅歌) 1:16 (LXX.).
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原文:

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翻訳文:

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