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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第11巻/ヨハネス・カッシアヌス/十二の書/第9巻/第10章

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ヨハネス・カッシアヌスの十二の書

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第9巻。

憂鬱の精神について。

第10章

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憂鬱が私たちにとって役立つ唯一のもの。


ですから、悲しみが私たちにとって有益なのは、罪を悔い改めるため、あるいは完全さへの渇望に燃えるため、あるいは将来の祝福を思い描くために、それに屈する時だけであることを理解しなければなりません。そして、このことについて、聖使徒パウロはこう言っています。「神に従う悲しみは、救いに至る悔い改めを生じさせます。しかし、世の悲しみは死を生じさせます。」[1]


脚注

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  1. 2 コリント 7:10
この文書は翻訳文であり、原文から独立した著作物としての地位を有します。翻訳文のためのライセンスは、この版のみに適用されます。
原文:

この作品は1931年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。

 
翻訳文:

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