ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第11巻/ヨハネス・カッシアヌス/十二の書/第8巻/第9章
ヨハネス・カッシアヌスの十二の書
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第8巻。
怒りの精神について。
第9章
[編集]私たち自身に向けられるべき怒りについて。
そして、ある者たちは健全な方法で「怒る」ように命じられていますが、それは自分自身に対して、そして湧き上がる悪い思いに対してであって、「罪を犯してはならない」、つまり、悪い結末に至らせてはならないのです。最後に、次の節は、この意味をより明確に説明しています。「心の中で言うことを、寝床で悔いなさい。」[1]つまり、突然の神経質な興奮が襲ってきたとき、心の中で何を思っても、健全な悲しみをもってそれを正し、矯正し、いわば安息の床に横たわり、助言の穏やかな影響によって、怒りのあらゆる雑音や騒動を取り除きなさいということです。最後に、聖なる使徒は、この聖句の証を用いて「怒っても罪を犯してはならない」と述べた後、「怒りのままに日が沈むことのないようにし、悪魔に場所を与えてはならない」と付け加えました[2]。 正義の太陽が私たちの怒りの上に沈むのは危険なことであり、私たちが怒るとすぐに心の中で悪魔に場所を与えてしまうのであれば、なぜ彼は「怒っても罪を犯してはならない」と、上で私たちに怒るように命じているのでしょうか。彼が明らかに言いたいのは、自分の欠点や気性に怒りなさい、そうしないと、もしあなたがそれらを黙認するなら、正義の太陽であるキリストがあなたの怒りのためにあなたの暗い心に降りかかり始め、キリストが去った後、あなたがたの心の中に悪魔に場所を与えてしまうかもしれない、ということではないでしょうか。
脚注
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