ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第11巻/ヨハネス・カッシアヌス/十二の書/第8巻/第2章
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ヨハネス・カッシアヌスの十二の書
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第8巻。
怒りの精神について。
第2章
[編集]神ご自身が怒ると言われているのであれば、不正を行う人に対して人が怒ることは有害ではないと言う人たちについて。
魂のこの最も有害な病を、聖書のかなり衝撃的な解釈によって軽減しようとする人々がいるのを私たちは聞いたことがある。彼らは、不正を行う同胞に腹を立てても無害だと言う。なぜなら、神自身が、神を知らない者、あるいは知っていても神を拒絶する者に対して激怒し怒るとされているからだ、と。例えば、次の聖句がある。「そして主の怒りはその民に向かって燃え上がった。」[1]また、預言者が祈って言う、「主よ、怒りをもって私を叱責せず、不興をもって私を懲らしめないでください。」[2]彼らは人々に最も有害な罪の言い訳を与えたいと思いながら、すべての純粋さの源である神の無限性に、人間の情熱という汚点を帰しているということを理解していない。
脚注
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