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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第11巻/ヨハネス・カッシアヌス/十二の書/第8巻/第15章

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ヨハネス・カッシアヌスの十二の書

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第8巻。

怒りの精神について。

第15章

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旧律法は、怒りを行為だけでなく思考からも根絶するのです。


しかし、いくらか緩いと考えられている旧律法でさえ、「心の中で兄弟を憎んではならない」、また「あなたの市民の害悪を心に留めてはならない」[1]、そして「悪行を記憶に留める者の道は死に至る」[2]と、同じことを戒めているのに、なぜ私たちは福音書や使徒の教えにこれ以上時間を費やす必要があるのだろうか。ここでも、悪行は行為だけでなく、心の中の思考においても抑制されていることがわかる。なぜなら、憎しみは心から完全に根絶されなければならない、そして、悪行に対する報復だけでなく、悪行の記憶そのものも根絶されなければならないと命じられているからである。


脚注

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  1. レビ記 19:17, 18
  2. 箴言 12:28 (LXX)。
この文書は翻訳文であり、原文から独立した著作物としての地位を有します。翻訳文のためのライセンスは、この版のみに適用されます。
原文:

この作品は1931年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。

 
翻訳文:

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