ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第11巻/ヨハネス・カッシアヌス/十二の書/第7巻/第9章
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ヨハネス・カッシアヌスの十二の書
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第7巻。
貪欲の精神について。
第9章
[編集]お金を持っている僧侶が修道院に留まることができない理由。
そして、放浪の資金を得て、あたかも翼を得たかのように、今や移動の準備も万端となった彼は、あらゆる命令に無礼に応じ、よそ者や来訪者のように振る舞い、改善の必要があるものは何であれ軽蔑し、侮蔑する。また、ひそかに金を隠し持っていたにもかかわらず、靴も衣服もないと文句を言い、それらがなかなか配られないことに憤慨する。そして、上官の計らいで、何も持っていないことが分かっている者に、まずこれらのものが与えられると、彼はますます激しい怒りに燃え、よそ者として軽蔑されていると考える。そして、どんな仕事にも手を出すことを良しとせず、修道院の必要上必要なあらゆることに文句を言う。そして、彼は、些細な理由で修道院の規律から外れたと思われないように、腹を立てたり怒ったりする機会をうかがう。そして、まるで自分のせいで修道院を去ったと思われないように、一人で出発することに満足せず、秘密の会合でできる限り多くの人々を堕落させることを決してやめない。しかし、厳しい天候のために旅や移動が妨げられると、彼は常に不安と焦燥に苛まれ、不満を募らせ、煽り立てることをやめない。なぜなら、修道院の悪徳や欠陥こそが、自分の出発の慰めとなり、自分の気まぐれさの言い訳になると考えているからだ。
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