ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第11巻/ヨハネス・カッシアヌス/十二の書/第7巻/第6章
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ヨハネス・カッシアヌスの十二の書
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第7巻。
貪欲の精神について。
第6章
[編集]一度貪欲という悪を認めてしまうと、それを追い払うのはなんと難しいことか。
ですから、この悪は誰にとっても取るに足らない、あるいは取るに足らないものと思わないでください。なぜなら、この悪は簡単に避けられるのと同じように、一度誰かを捕らえてしまったら、それを治すための手段を講じるのをほとんど許さないからです。
貪欲(金銭欲)は罪の巣窟であり、「あらゆる悪の根源」であり、絶望的な悪への誘因となります。使徒パウロが言うように、「貪欲(Covetousness)」、つまり金銭への愛は「あらゆる悪の根源である」のです[1]。
脚注
[編集]- ↑ 1テモテ 6:10
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