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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第11巻/ヨハネス・カッシアヌス/十二の書/第7巻/第4章

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ヨハネス・カッシアヌスの十二の書

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第7巻。

貪欲の精神について。

第4章

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創造主を責めることなく、私たちには何らかの生まれつきの欠点が存在すると言えるのです。


では、これらの衝動は創造主によって私たちに植え付けられたものだとすれば、私たちがその衝動を誤って乱用し、有害な目的に転用し、悔い改めや過ちの矯正ではなく、この世の役に立たないカインによって悔い改めを求めるとしても、あるいは少なくとも、自分自身に対してではなく(そうすれば利益になるだろうが)、神の戒めに逆らう同胞に対して怒るとしても、創造主は責められるべき存在とは思われないでしょう。なぜなら、私たちに善良で有用な目的のために与えられた鉄の場合、誰かがそれを悪用して罪のない人々を殺害したとしても、創造主が幸福に暮らすという善良で有用な目的のために用意した鉄を、人が他者を傷つけるために使ったからといって、その金属の創造主を責める人はいないからです。


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原文:

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翻訳文:

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