ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第10巻/著作/信仰について/第2巻/第14章
聖アンブロシウス
信仰について 第2巻
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第14章
[編集]裁き主の判決が下され、反対者たちの反論が検討され、そして控訴の余地のない判決の確定性が証明された。
123. 我々はキリストにどのような判決を期待するだろうか。それは分かっている。では、キリストはどのような判決を下すのだろうか。いや、キリストはすでに判決を下した。それは我々の手中にある。「すべての者は、父を敬うように、子を敬いなさい。子を敬わない者は、子を遣わした父をも敬わない。」[1]
124. もし判決に納得できないなら、父に訴え、父が下した判決を取り消しなさい。父には、自分とは異なる子がおられると言いなさい。父はこう答えるであろう。「では、御子に『我々のかたちに、我々に似せて人を造ろう』と言ったわたしは、偽りを言ったことになるのか。」[2]
125. 御父に、あなたは御子を創造されたと告げよ。すると父はこう答えるであろう。「それなら、なぜあなたは、被造物だと思っていた方を崇拝したのか?」
126. 御父に、あなたは御自身よりも劣る御子をもうけられたと告げよ。すると父はこう答えるであろう。「私たちと比べてみなさい。そうすれば分かります。」
127. 御子を信じるべきではないと父に告げなさい。すると彼はこう答えられるでしょう。「わたしはあなたに言ったではないか。『これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である。これに聞きなさい』」[3]。「彼に聞きなさい」という言葉は、「父が持っておられるものはすべてわたしのものである」と言われるときに、彼に聞きなさい」[4]でなければ、何を意味するのでしょうか。使徒たちはこれを聞きました。「彼らは顔を地に伏せ、非常に恐れた」[5]と書いてあるとおりです。もしイエスを告白した者たちが地に倒れたのなら、イエスを否定した者たちはどうなるのでしょうか。しかしイエスは使徒たちの上に手を置いて、彼らを起こされました。あなたがたが否定した栄光を見ないように、あなたがたを伏せさせておられるのです。
128. ですから、子が罪に定める者は、父もまた罪に定めるということを心に留めましょう。ですから、私たちは父を敬うのと同じように子を敬いましょう。そうすれば、子によって私たちは父のもとに来ることができるのです。
脚注
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