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ニカイア教父とニカイア後教父: シリーズ II/第1巻/エウセビオスの教会史/第5巻/第9章

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第5巻

第9章

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<< コンモドゥス帝下の司教たち>>


1. アントニヌス[1]が19年間皇帝の座にあった後、コンモドゥスが政権を握りました[2]。彼の在位1年目に、ユリアヌス[3]がアレクサンドリア教会の司教になりました。アグリッピヌス[4]が12年間その職に就いた後です。


脚注

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  1. すなわちマルクス・アウレリウス。下記、390ページの注記を参照。
  2. 西暦 180年3月17日
  3. このユリアヌスについては、エウセビオスがここで、また第 22 章以下で述べていること以外何もわかっていません。そこでは、彼は 10 年間その職に就いていたと言われています。年代記でも、彼は 10 年間司教を務めていたと言われていますが、彼の即位はマルクス・アウレリウスの治世 19 年 (ヒエロニムス版)、またはコモドゥスの治世 2 年 (アルメニア版) とされています。
  4. アグリッピヌスについては、上記第 4 巻第 19 章の注 5 を参照。


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