オウム真理教事件・麻原彰晃に対する判決文/chapter twentytwo
[XⅠ VX3事件について]
〔弁護人の主張〕
1 A46が,VX3事件を実行する際,B20,B21及びB5に掛けた注射器中の液体は, VXではなく,また,殺傷力を有するものでもない。
2 被告人は,そもそも,教団で生成したとされるVXに殺傷力があることを認識していな かった。
3 VX3事件は,A28やA7ら弟子たちが被告人に無断で計画し実行したものであり, 被告人は,A28やA7ら弟子たちに対し,B20,B21及びB5を殺害する旨を指示したこ とはなかった。
〔当裁判所の判断〕
第1 弁護人の主張1(被害者3名に掛けた液体がVXであるか否か)に対する判断
1 B5VX事件においてB5に掛けた液体について
(1) 関係証拠によれば,次の事実が認められる。
ア A46が,平成7年1月4日午前10時30分ころ,B5にVXを掛けた際,VXは,B5の 後頸部及び同人の着用していたジャンパーの後ろ襟元に掛かった。
イ B5は,液体を掛けられたことに気付かないまま帰宅したが,昼食後,多量の発汗, 全身けいれん等の状態に陥ったため,同人の妻が救急車を呼び,同日午後1時53分こ ろ,救急隊がB5方に到着した。その際,B5は,全身のけいれんや筋肉の硬直,多量の 発汗や唾液等の分泌がみられ,痛み刺激を加えるとかろうじて目を開ける程度の意識状 態であった。
同人は,同日午後2時25分ころ,昏睡状態でE24病院に搬送され,やがて呼吸停止 状態となり,瞳孔は右眼が直径5㎜,左眼が直径7㎜で,若干散瞳傾向がみられ,対光 反射はない状態であったため,C22医師は,直ちに気管内挿管をして人工呼吸器を装 着した。B5は,約1時間後,両眼の瞳孔が1.5㎜に縮瞳し,急激に徐脈の状態になり, 重篤な状態になったことから,硫酸アトロピンが投与され,徐脈は改善されたものの昏睡 状態のままで縮瞳も続いた。なお,同人から農薬臭はなかった。
同月5日の時点における同人の血液中のコリンエステラーゼ値は14IU/リットル(同病 院の計測による正常値は245~470IU/リットル)と低値であったことから,C22医師 は,これまでのB5の症状等を総合し,有機リン中毒と判断し,呼吸器管理に加え,硫酸 アトロピン及びジアゼパムの投与を行ったところ,同人は,徐々にコリンエステラーゼ値が 改善し,意識状態も同月6日には回復の兆候が見られ,同月10日には意思の疎通もで きるようになり,同月18日退院した。 なお,C22医師は,公判において,B5の症状について有機リン中毒と診断するが,そ の症状はVX中毒と考えると非常によく説明することができる旨述べている。
ウ 警視庁科学捜査研究所(以下「警視庁科捜研」という。)薬物研究員C1が,B5の着 用していた前記のジャンパーにVX及びその分解物が付着しているか否かについて,G C/MS(EI法,CI法)の手法により鑑定をした結果,そのジャンパーの襟部分からVXの 加水分解物であるメチルホスホン酸モノエチル及びその加水分解物であるメチルホスホ ン酸を検出した。
(2) 上記認定のとおり,①A46に液体を掛けられた後B5に現れた種々の症状やそれに 対する治療の内容,効果等は,その症状がVX中毒によるものと考えると非常によく説明 し得ること,②A46に液体を掛けられたB5のジャンパーの襟部分からVXの加水分解物 であるメチルホスホン酸モノエチルやその加水分解物であるメチルホスホン酸が検出され たこと,③後記のとおり,その液体は,A24が判示の3工程から構成されるVXの生成方 法に基づきVXを造ろうとして生成した物質であること,④その液体は,B5にVXを掛けろ という被告人の指示に基づき,A14が用意してA46がB5に掛けたものであることなどを 併せ考えると,A46がB5に掛けた液体は,VXを含有する溶液か純粋なVXのいずれか であり,しかも,殺傷力を有するものであることは明らかである。
(3) なお,弁護人は,B5の血清中からフェニトロチオンが検出された旨のC23作成の有 機リン系農薬検査成績に基づき,B5がフェニトロチオンを摂取した可能性を否定すること ができない旨主張する。
関係証拠によれば,B5から平成7年1月4日に採取した血清中からフェニトロチオンが 検出されたものであることが認められる。しかしながら,他方,その濃度は18.3μg/ミリリ ットルであり,マウスに関する文献から推定すると,フェニトロチオンの50%乳剤を四,五 百ミリリットルくらい飲まないと出ない極めて高い数値である上,文献によれば,フェニトロ チオンを摂取して死亡した者の摂取後5時間くらいの時点におけるその血中濃度が16 μg/ミリリットルであるところ,C23の検査結果はそれを上回っていること,同日B5の体調 が急変する前に同人がフェニトロチオンその他の有機リン系農薬を摂取したことをうかが わせる事情が全くないこと,B5の治療に当たった医師も,B5の身体から農薬臭を全く感 じなかったこと,C23自身も自己の検査結果に疑問を抱いていたこと,科警研警察庁技 官C2において,同日B5から採取された血液のうち血清を除いた部分や翌1月5日にB5 から採取された血清等について鑑定した結果,いずれからもフェニトロチオンやその分解 代謝物である4-ニトロ-m-クレゾールを検出しなかったことが認められるのであり,こ れらの事実のほか,上記(1)(2)の事実等を併せ考慮すると,C23もその可能性を肯定す るとおり,鑑定資料と比較対照をするために標準品のフェニトロチオンについても鑑定資 料と同様に抽出等の作業を行っており,その過程でフェニトロチオンの付着したピペット の先端や手袋等が鑑定資料のガラス器具等に触れるなどして鑑定資料中にフェニトロチ オンが混入汚染し,それゆえに,元々鑑定資料中にフェニトロチオンが含有されないにも かかわらずこれが検出されるに至ったものと認めることができる。
したがって,弁護人の上記主張は採用することができない。
(4) また,弁護人は,前記のC1研究員の鑑定の手法及び推論過程について種々論難 してその鑑定結果には疑問があると指摘し,B5に掛けられた物質は,A14が平成6年1 2月31日にA31から受け取った,VXの前駆体であるエチルメチルホスホノクロライドであ る可能性が極めて高い旨主張する。
しかしながら,関係証拠によれば,C1研究員の前記鑑定の手法及び推論過程には格 別疑問を差し挟むような事情があると認められず,その鑑定結果に誤りがあるとはいえな い。
また,関係証拠によれば,①A24は,平成6年11月30日ころ,A6からVX塩酸塩では なくVXを50g至急生成するように指示を受け,A31に2-(N,N-ジイソプロピルアミノ) エタンチオールを準備させるなどしてA31とVX約50gを含有する二百数十㏄の溶液(V X溶液)を生成し,A6から分留しなくてもよいと言われ,分留することなくVX溶液をその まま容量250㏄の耐熱ねじ口瓶に入れ,中に入っている液体がVXであることが分かるよ うな表示をしたラベルをそのねじ口瓶に貼ったこと,②A19が,そのVX溶液の中から若 干量を注射器2本に吸引してこれをA14に渡し,そのVX溶液がB20VX事件に使われ たこと,③その後,A24はA6からそのVX溶液の効果があることが分かった旨聞いたこ と,④A7は,同年12月20日ころ,D15にVXを掛けるよう指示を受けた際,A24からVX 溶液の入れられた瓶を受け取ったこと,⑤A24は,同月25日,A6からVXを室温くらい で固化させたい旨を聞き,VXと何らかの溶媒を混ぜて固化させようと考え,そのためにま ずVXを生成しようとして,前回VX溶液を生成したのと同じ工程でA31と共にVXを含有 する溶液を生成した後,さらに,分留をして純粋なVX約50gを生成し,その一部は固化 実験で使用されたり,A6により一部持ち出されたりするなどし,同月31日には,残った四 十数gの純粋なVX(以下「純粋VX」という。)を,耐熱ねじ口瓶に入れて保管していたこ と,⑥A14は,同日,A24のいるX1棟に赴き,A24又はA31に対し,VXをくれということ が分かるような言い方で神通力をくれなどと言って,渡された瓶の中に入っている液体か ら若干量を注射器に吸引するなどし,それがB5VX事件に使用されたことが認められる。 そして,これらの認定事実によれば,同日,X1棟にはVXについてはVX溶液入りのねじ 口瓶と純粋VX入りねじ口瓶の両方があったか,純粋VX入りねじ口瓶があったかのいず れかであり,A24及びA31はいずれもVX溶液及び純粋VXの両方の生成にかかわった ものであることからすると,A14からVXをくれということが分かるように言われて同人に渡 した物は,渡した者がA24であろうとA31であろうと,VX溶液入りねじ口瓶か純粋VX入 りねじ口瓶のいずれかであったことは明らかである。なお,A24は,公判で,VX溶液を生 成した後寝て起きてみたらVX溶液入りねじ口瓶がなくなっており,その後一切見たことは ない旨供述するが,上記認定事実(特に④)に照らし,信用することができないというべき である。
したがって,弁護人の上記主張は採用することができない。
(5) 以上のとおりであるから,B5に掛けた液体が殺傷力を有するVXではない旨の弁護 人の前記主張は採用することができない。
2 B20VX事件においてB20に掛けた液体について
(1) 関係証拠によれば,次の事実が認められる。
B20は,平成6年12月2日午前8時30分ころ,その後頭部付近にA46によりVXを掛け られた後,自宅に戻ったが,間もなく激しい吐き気を催して数回おう吐し,意識不明の状 態に陥るなどしたことから,D9が救急車を呼び,同日午前10時27分ころ,救急隊が到 着した。その際のB20は,仰向けになって倒れ,瞳孔は右眼が1㎜と縮瞳し,対光反射も 鈍く,痛み刺激を与えるとかろうじて手足を動かすような反応を示す意識状態であった。 B20は,酸素吸入を施されながら,同日午前10時48分,E35病院救命救急センターに 搬送されたが,その際,意識状態はそのまま変わらず,手足を突っ張って硬直した状態 であり,瞳孔は左眼1㎜と縮瞳し,対光反射がなく,下顎呼吸であり,そのまま放置してお くと窒息の危険があるので,C24医師は,気管内捜管をして人工呼吸器を装着し,また, 高血圧に対する降圧剤の投与等を行ったところ,全身状態が改善したため,同月8日一 般病棟に移った。B20の血液中のコリンエステラーゼ値は,同月9日においても0.42 (同病院の計測による正常値は0.56~1.31)と低い数値を示していたが,その後徐々 に数値が改善していった。なお,B20は,病院に搬送された際,農薬臭はなく,また,1 時間でも発見が遅れていれば,あるいは,直ちに適切な処置が施されなければ死亡する 可能性のある重篤な状態であった。
C24医師は,公判において,B20の症状について,これがVXによるものだとするなら ば,急激な意識障害,瞳孔の不調,縮瞳,コリンエステラーゼ値の低下,呼吸の失調など をよく説明することができる,一過性脳虚血発作ではこのような状態にはならない旨述べている。
(2) 上記認定のとおり,①B20は,A46に液体を掛けられた後,短時間のうちに急激に 上記の種々の症状が生じ,直ちに適切な処置がとられていなかったならば死亡していた 可能性のある重篤な状態に至ったこと,②そのような症状は,VX中毒によるものと考える と非常によく説明し得ること,③さらには,前記のとおり,その液体は,A24が,VX塩酸塩 ではなくVXを造れと指示されて,判示の3工程から構成されるVXの生成方法に基づき VXを造ろうとして生成したVX溶液であり,B5VX事件に使用されたものと同じものか,少 なくとも,B5VX事件に使用されたものと同じ工程で生成されたものである(ただし,分留 はしていない。)こと,④また,後記のとおり,B20にVXを掛けろという被告人の指示に基 づき,A14やA19が用意してA46がB20に掛けたものであることなどを併せ考えると,A 46がB20に掛けた液体は,VXを含有する溶液であり,しかも,殺傷力を有するものであ ることは明らかである。
(3) 以上のとおりであるから,B20に掛けた液体が殺傷力を有するVXではない旨の弁 護人の前記主張は採用することができない。
3 B21VX事件においてB21に掛けた液体について
(1) 関係証拠によれば,次の事実が認められる。
ア B21は,平成6年12月12日午前7時過ぎころ,A46にVXを掛けられた際,首筋に 注射針を刺され,痛みを感じたことから,逃走するA7らを追い掛けたが,間もなく二百数 十m離れた路上に倒れ,警察からの連絡で救急隊が到着した同日午前7時27分ころに は,うつぶせになって倒れており,痛み刺激に対して全く反応を起こさない意識不明の状 態で,心肺は停止し,瞳孔は左眼2㎜で縮瞳状態であり,対光反射はなく,血中酸素飽 和度は65%(正常人の場合は98~100%)と低値を示した。B21は,救急隊により人工 呼吸と心臓マッサージを同時に行う心肺蘇生法を施されながら,同日午前7時51分こ ろ,E21病院特殊救急部に搬送された。
B21は,病院に搬送された際,依然として意識はなく心肺停止状態であり,また,気管 内捜管後において瞳孔は左右共1㎜程度の縮瞳であった。B21は,同病院で心臓マッ サージと人工呼吸が実施されて約15分ないし20分後,心臓が動き始め,上半身に著し い発汗が見られたが,意識は戻らなかった。B21から翌13日朝採取された血液中のコリ ンエステラーゼ値は166U/リットル(同病院の計測による正常値は2700~5600U/リ ットル)と著しく低い数値であった。B21については入院後しばらくして胃洗浄が行われた が有機リン中毒特有のにおいはなく,胃液の性状等は有機リンのものではなかった。担 当のC25医師は,B21について突然心停止に至る原因となり得るような特段の健康上の 問題を発見することができなかった。B21は,意識の戻らないまま,同月16日脳死状態 に陥り,同月22日心停止となり死亡した。
なお,C25医師は,公判で,B21の死因はVX中毒と考えて矛盾しないとするのみなら ず,コリンエステラーゼ値の低下,縮瞳,心拍再開後の大量の発汗,心臓や脳に異常の ないこと,通勤途中突然倒れてしまったことなどB21の上記症状からすると,VX中毒以 外考えられないと供述している。
イ 大阪府警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員C26は,同月12日にB21から 採取した血清に薬毒物含有の有無等について,GC/MS(EI法,CI法)の手法により鑑 定をした結果,同血清から,生体内におけるVXの解毒的代謝産物である二つの化合 物,すなわち,2-(ジイソプロピルアミノ)エチルメチルサルファイド及びメチルホスホン酸 モノエチルを検出した。
(2) 上記認定のとおり,①A46に液体を掛けられた後B21に現れた上記の種々の症状 は,その症状がVX中毒によるものと考えると非常によく説明し得ること,②B21の血清か ら,生体内におけるVXの解毒的代謝産物である上記(1)イの二つの化合物が検出された こと,③さらには,前記の認定に照らすと,その液体は,A24が判示の3工程から構成さ れるVXの生成方法に基づきVXを造ろうとして生成した物質であるVX溶液である可能 性が極めて高いこと,④その液体は,B21にVXを掛けろという被告人の指示に基づき, A14が用意してA46がB21に掛けたものであることなどを併せ考えると,A46がB21に 掛けた液体は,殺傷力を有するVXを含有する溶液であることは明らかである。
(3) なお,弁護人は,上記のC25医師の公判供述やC26技術吏員の鑑定結果の信用 性等について種々論難するが,関係証拠によれば,C25医師の公判供述に,格別同医 師の判断結果に影響を及ぼすような不合理な点はうかがわれないし,C26技術吏員の 前記鑑定の手法や推論過程にも何ら疑問を差し挟むような事情があるとは認められず, その鑑定結果に誤りがあるとはいえない。
(4) 以上のとおりであるから,B21に掛けた液体が殺傷力を有するVXではない旨の弁 護人の前記主張は採用することができない。
第2 弁護人の主張2(VXの殺傷力の認識の有無)及び弁護人の主張3(被告人の指示 ないし共謀の有無)に対する判断
1 関係証拠によれば,判示VX事件に至る経緯,第1ないし第3の事実中,A28,A 7,A14,A46,A47及びA45の6名(判示実行メンバー6名)が共謀の上,B20,B21 及びB5を殺害しようと企て,同人らにVXを掛けて,B21をVX中毒により死亡させて殺 害し,B20及びB5に対してはVX中毒の傷害を負わせたにとどまり殺害の目的を遂げな かったことを優に認めることができる。
2 次に,被告人がA28やA7らに上記の各殺害行為を指示したか否かについて判断 すると,関係証拠(各認定事実の後の括弧内に記載した証拠は,同事実を認定した主た る証拠)によれば,次の事実を認めることができる。その認定に供した証拠の信用性が高 いことについては後記3のとおりである。
(1) 被告人は,判示VX事件に至る経緯1(3)のとおり,平成6年9月中旬ころ,A7らに対 し,第1次B6VX事件の実行を指示した(A7の公判供述)。
(2) 被告人は,判示VX事件に至る経緯1(4)のとおり,同年10月中旬ころ,A28に対し, 第2次B6VX事件の実行について指示した(A28の公判供述)。
(3) 被告人は,判示VX事件に至る経緯4のとおり,同年11月26日ころ,A7及びA28 らに対し,第1次B20事件の実行について指示した(A28及びA7の公判供述)。
(4) 被告人は,判示VX事件に至る経緯5のとおり,第2次B20事件の実行の前に,A7 から,実行役をA28からA46に変更することについて確認を求められてこれを了解した (A7の公判供述)。
(5) 被告人は,判示VX事件に至る経緯7のとおり,A28,A7,A46らから第2次B20事 件の報告を受けた際に,ねぎらいの言葉を掛け,A46には「この毒液はVXという最新の 化学兵器だ。」などと話し,また,A28らに対し,B20にVXを掛けた結果について確認し ていないことをしかり,至急B20の状態を確認するよう指示した(A28,A7及びA46の公 判供述)。
(6) 被告人は,判示VX事件に至る経緯9のとおり,同年12月1日ころ,A7に対し,B20 VX事件の実行について指示した(A7の公判供述)。
(7) A28及びA7らは,B20VX事件後,B20方の電話を盗聴し,同人の親族間の会話 内容から,B20が急に苦しがって吐き,そのときにあごが外れたかもしれないことや,B20 がE35病院に搬送され集中治療室にいることなどを知った。
そこで,A28は,被告人から携帯電話に電話が掛かってきた際,被告人に対し,VXを うまく掛けたこと,救急車がきたこと及びB20が集中治療室にいることについて暗号で伝 え,続いて,A7が,被告人に対し,B20の容体についてあごが外れた,仰向けになって おう吐していたなどと暗号を使わないでそのまま報告すると,被告人から「電話でそんな ことを言うな。」と言われ,電話を切られた。
その後,被告人は,杉並区u2にある教団経営の飲食店であるPの前路上に停めた被 告人専用車の中で,A28及びA7から報告を受けた際,「X6(A7),電話であごが外れた なんて露骨な表現をするな。」「電話の報告はこれからX13がやるように。」などと言った。 また,被告人は,その際,マハーバーラタに登場する主人公であるクリシュナの話をし, 「クリシュナはシヴァ神の化身で,普段はぼうっとして女と戯れて遊んでばかりいるんだ が,戦うときには相手を一気にせん滅するんだ。これはおれにそっくりだろう。」と言い,続 けて,「神々の世界に行くためにはポアしまくるしかない。」などと言った。(被告人との会 話内容について,A28,A7及びA46の公判供述)
(8) 被告人は,判示第2の犯行に至る経緯3のとおり,同月8日から同月9日にかけての 深夜,A28及びA7に対し,B21VX事件の実行について指示した(A28の公判供述)。
(9) A28は,B21VX事件後,被告人に電話を掛け,B21にVXを掛けたこと及びその 結果を確認していることを伝えると,被告人は「ああ,そうかそうか,分かった分かった。」と 答えた。その後,A28は,A45をしてB21の勤務先に電話を掛けさせ,同人が会社に出 勤しておらず病院に行っていることを確認して,ホテルE20に戻った。A28は,A46か ら,VXをB21に掛けるときに誤って注射器の針を外さず付けたまま掛けたためB21の首 筋に注射針を刺してしまったことを聞き,警察に発覚することを恐れた。
A7は,先にe1村の教団施設に戻り,B21VX事件について被告人に報告した後,A2 8及びA14も,同月12日から翌13日にかけての深夜,第2サティアン3階の被告人の部 屋で,B21にVXを掛けたことのほか,A46が間違って注射針でB21を刺したことなどを 報告した。被告人は,A14に「VXということがばれるか。」と尋ねると,A14は「大きな病 院だったらばれるんじゃないでしょうか。VX中毒というかもしれません。」と答えた。
A14は,被告人からB21の容体を確認するよう指示され,同月14日,B21方に電話を 掛けてE21病院に入院していることを聞き出した上,同病院に電話をしてB21が入院していることを確認した。(被告人との会話内容について,A28の公判供述)
(10)被告人は,判示第3の犯行に至る経緯3のとおり,A7に対し,同月30日昼ころ,B5 VX事件の実行について指示し,また,そのころ,「100人くらい変死すれば教団を非難 する人がいなくなるだろう。1週間に1人ぐらいはノルマにしよう。」などと言った(A7の公 判供述)。
(11)判示第3の犯行に至る経緯5のとおり,A28及びA7は,同月30日から同月31日に かけての深夜,A14を一緒に連れていくなどして,被告人に対し,B5VX事件の実行の 際,実行役等にVXが付着した場合の治療に不安があることから,A14が現場に行かな くていいかどうかを再度確認し,これに対して,被告人は,A14を現場に行かせない旨話 してA28やA7らを納得させた(A28及びA7の公判供述)。
(12)A28らは,B5VX事件後の平成7年1月4日午後2時ころ,Oマンションに救急車が 到着してB5が病院に搬送されたことを確認し,その後,A28及びA7は,e1村の教団施 設に戻り,同日夕方ないし夜ころ,第6サティアン1階の被告人の部屋に行き,A46がうま くB5にVXを掛けたこと,その後数時間で救急車がきたこと,B5はE24病院に収容され たはずであることなどを報告した。
被告人は,A14を呼ぶよう指示し,やってきたA14に対し,A7らの報告内容をそのまま 伝えた上,「E24病院に電話して確認してこい。X6(A7)と一緒に確認してこい。」と指示 した。
そこで,A14ら3名は,B5がE24病院に入院していることを確認した後,被告人に対 し,その旨報告した。被告人は,「E24病院なら,X12(A33)が詳しいから,調べてもら え。」と指示したほか,「B5は後悔しているだろうなあ。おれのアストラル(夢のようなビジョ ンの世界の意味)でA5さんごめんなさい,ごめんなさいと言っていたんだよ。ポアできなく ても成功だな。」などと言った。(被告人との会話内容について,A28及びA7の公判供 述)
3 上記2の認定に係るA28,A7及びA46の各公判供述の信用性について検討する と,まず,これらの各公判供述は,いずれも,被告人から指示を受けた状況や,事件実行 後に被告人に報告した状況等につき,具体的かつ詳細に述べられたものであり,出来事 の核心部分についてよく合致し,相互にその信用性を補強し合っている。特に,被告人 に対する帰依心を失ってはいない一方でA28をかばうのをやめて同人の事件への関与 や役割を明らかにしようという気持ちで証言に臨んでいるA7と,かつてのグルである被告 人に対する気持ちの整理をした上で被告人の事件への関与を明らかにしようという思い で証言しているA28と,被告人に対しA28に責任を被せるようなまねは余りにもひきょう でありやめてもらいたいなどと呼び掛けるA46の三者が,被告人の指示等について一致 した供述をしていることはより一層その三者の公判供述の信用性を高めているといえる。 さらに,A28,A7及びA46の各公判供述は,その述べられている一連のVX事件の事 実経過それ自体に不自然さがないのみならず,教団の武装化の一環として信徒の拡大 と出家者の大量獲得をもくろんでいた被告人が,教団信者の出家阻止,脱会に向けて行 動しているB6弁護士,B20及びB5並びに教団の分派活動にかかわっている公安のス パイと誤信したB21らをこれ以上放ってはおけないと考え,同人らを相手としてとるであろ う行動について述べたものとして,極めて自然である。むしろ,平成6年11月には教団施 設に強制捜査が入るとのうわさがあり,平成7年1月1日には,新聞に,e1村からサリンの 残留物が検出され警察が松本サリン事件との関連を捜査している旨の記事が掲載され たという状況の中で,教団信者の出家阻止,脱会に向けて行動し,あるいは,教団に批 判的な立場にある者に対する暗殺事件を次から次へと企てることは,弟子の立場からす れば,これらの事件が教団による犯行であると疑われ,ひいては教団施設が強制捜査を 受けるに至るおそれがあって教団の存続に重大な影響を及ぼすものではないかと容易 に思い及ぶ事柄であって,教団の代表者であり,教団幹部らのグルでもある被告人に何 の断りもなく,弟子である教団幹部らが独断でこれを決定し実行することは合理性を欠 き,考え難いというべきであり,その点からも,被告人の指示,関与等を認めているA28, A7及びA46の前記各公判供述の信用性は高いというべきである。
4 以上のとおりであるから,被告人が,A28及びA7らに対し,B20,B21及びB5にV Xを掛けて同人らを殺害する旨を指示し,その殺害の実行行為をさせたことは明らかであ る。なお,被告人がB20,B21及びB5を殺害する旨指示した動機についても,判示認定 事実中の各犯行に至る経緯に判示したとおり,被告人においてB20,B21及びB5に対 する殺意を形成するに十分な事実関係を認めることができる。
したがって,前記の弁護人の主張3,すなわち,被告人が,教団幹部らに,B20,B21 及びB5を殺害する旨の指示をしたことはなく,これらVX3事件は,A28やA7ら弟子たち が被告人に無断で計画し実行したものである旨の主張は採用することができない。
5 ところで,弁護人は,B5VX事件に関して,平成7年1月1日,被告人は,教団施設 に対する強制捜査に備えるため,教団で生成したサリンやVX等の処分を指示したから, それ以降教団内にVXがあるとは思わず,VXが使用されることはないものと考えていた 旨主張する。
しかしながら,①被告人は,同日,その新聞記事についてA28から知らされた以降に おいて,A28やA7らに対し,B5VX事件の実行を中止するようにとの指示をしていない こと(A28及びA7の公判供述)や,②被告人は,B5VX事件の実行後,A28及びA7か ら,同事件について報告を受けた際にも,同人らがVXを処分することなくB5VX事件を 実行したことについてしっ責することなく,「ポアできなくても成功だな。」などとその結果 についても相応に満足していたことのほか,③被告人が平成7年1月1日にしたサリンプ ラントの神殿化や保管中のサリンの処分等に関する指示は,同日の新聞朝刊に「e1村で 悪臭騒ぎがあった現場から採取された土壌からサリン残留物が検出され,警察当局が松 本サリン事件との関連等について解明に当たることになった。」旨の記事が掲載されたこ とに起因するものであり,当時B5VX事件の実行のためにs1の家に保管されていたVX を処分する趣旨のものではないと考えられることなどを併せ考慮すると,被告人は,平成 7年1月1日以後においても,B5VX事件を実行する意思を有していたことは明らかであ る。
6 また,弁護人は,そもそも被告人は教団で生成したVXに殺傷力があるとの認識を持 っていなかった旨(弁護人の主張2)主張する。
しかしながら,①被告人は,説法等において,殺傷力の高い化学兵器としてサリンと共 にVXも挙げており,一般論として,VXというものの殺傷力が高いことは認識していたこ と,②そして,被告人は,当然のことながら,そのような殺傷力を有する化学兵器としての VXを生成するようにとの趣旨で,VXの生成を指示したものであること,③被告人は,第2 次B20事件後,A28ら実行メンバーから報告を受けた際,「よくやった。」などとねぎらい の言葉を掛け,A46には「この毒液はVXという最新の化学兵器だ。」と言うなど,その効 果を確認する前において教団で生成し第2次B20事件で使用した液体が化学兵器とし てのVXであることに相応に自信を持っていたこと,④被告人は,その液体がVXとは化 学的性質の異なるVX塩酸塩であったために殺傷力がなかったことを知り,VX塩酸塩で はなくVXそのものを生成するよう指示したこと,⑤被告人は,その後,新たにVXが生成 されたことを聞き,「新しいVXができた。これでB20をポアしろ。今度は大丈夫だろう。」と 言ってB20VX事件の実行を指示したこと,⑥被告人は,B20VX事件の実行後,A28ら から,B20が,急に苦しがって吐きあごが外れるほどの状態であったことや救急車で運ば れ病院の集中治療室にいることなどVXの効果につ報告を受けてもこれを意外とするよう な様子はなく,むしろ,「神々の世界に行くためにはポアしまくるしかない。」などと言っ て,VXの殺傷力に対する自信を深めるに至ったこと,⑦被告人は,その後,B21VX事 件やB5VX事件の実行を指示したが,VXの殺傷力に対する確信を抱きこそすれ,その 自信が揺らぐことはなかったこと,⑧被告人は,B20,B21及びB5にVXを掛けるよう指 示した際,実行役等にVXが付着した場合の治療について配慮し,B20,B21に対する 実行を指示したときには治療役を同行するよう指示し,B5に対する実行を指示したときに はネブライザーでパムを吸入するか教団附属医院で治療を受けるよう指示したことなどを 併せ考えると,被告人は,教団で生成したVXの殺傷力について,B20VX事件の実行を 指示した際には,おそらく殺傷力はあるであろうという程度の認識は少なくとも有していた ものであり,B21VX事件及びB5VX事件の実行を指示した際には,B20VX事件あるい はB21VX事件の結果を踏まえ,十分な殺傷力を有することを認識するに至っていたこと を優に認めることができるのであって,もとより,被告人の指示内容等に照らすと,いずれ の事件の際にも,被告人が相手方に対する確定的殺意を有していたことは明らかであ る。
したがって,被告人は教団で生成したVXに殺傷力があることの認識を有していなかっ た旨の弁護人の主張2は採用することができない。
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