オウム真理教事件・麻原彰晃に対する判決文/chapter twentyone
[Ⅹ B19事件について]
〔弁護人の主張〕
本件当時教団施設に毒ガス攻撃が行われており,被告人は,少なくともその旨信じて いたものであるが,女性信者熱傷事件が発生し,その水の化学分析の結果イペリットが 検出されたことから,公安警察等のスパイにより教団の生活用の水に毒ガスが混入され たものと思い,そのスパイ捜しをさせたところ,教団の生活用の水を運搬する作業に従事 していたB19についてポリグラフ検査で陽性反応が出た旨の報告を受けたため,A7に 対し,B19がスパイであるかどうか,B19がスパイである場合に毒ガスを混入させた背後 関係はどうかについて調査を指示しただけであって,拷問によりB19を自白させることや B19を殺害することを指示したことはないし,B19の死体の焼却についても一切指示した ことはない。
本件は,スパイの摘発を任務とする自治省の大臣であるA7が,拷問をしてでもB19を 自白させたいとの責任感から,被告人の上記調査の指示を,場合によっては拷問を加え てでも自白させることと勝手にそんたくしてB19に拷問を加え,ついには同人を死に追い やったものである。
〔当裁判所の判断〕
1 まず,弁護人は,本件当時教団施設に毒ガス攻撃が行われており,そのような事実 がないとしても,少なくとも被告人は教団が毒ガス攻撃を受けていたと信じていた旨主張 する。
しかしながら,判示のとおり,被告人は,平成5年10月25日以降,説法で,家族や弟子 に頭痛,吐き気等の症状が出たが,これは第2サティアンがイペリットガスのようなびらん 性ガスや,サリン,VXのような神経系の毒ガスが混ざった物で長期にわたり攻撃された 結果としての現象であるなどと述べているところ,このように何者かが,長期にわたり,イ ペリットのようなびらん性毒ガスや,サリン,VXのような神経系の毒ガスが混合した毒ガス を教団施設に対し噴霧して攻撃しているということ自体,荒唐無稽で到底信用することが できない。むしろ,被告人は,以前から,A19やA24らに対し,ボツリヌス菌や炭疽菌等 の細菌兵器や,サリン,イペリット等の化学兵器の研究,培養・生成等を指示し,その進 ちょく状況等について報告を受け,種々の菌類,中間生成物やサリン等が教団施設で培 養,生成されて存在していることや,教団施設においてそれらの菌類や化学物質に由来 する種々の異臭事件が発生したことなどを熟知しており,e1村の教団施設内の教団信者 らに体調の変化が見られたならば,まずもって,上記の培養,生成等に由来するのでは ないかと疑ってしかるべきである。そうであるのに教団が国家権力等をはじめとする敵対 組織から毒ガス攻撃を受けているなどという到底信用できない説法をしたのは,教団の 武装化を推進していた被告人が,信者らに体調の変化が見られたことを逆手にとり,教 団における生物兵器や化学兵器の製造等を隠ぺいするとともに,教団信者の危機意識 を高め,国家権力等に対する敵がい心をあおるために話をすりかえたものと見るのが自 然である。また,仮に第6サティアンの生活用の水にイペリットが混入されたのであれば, 女性信者熱傷事件だけでなく第6サティアンに居住する多数の教団信者に同様の被害 が生じたであろうことは,被告人においても容易に思い及ぶことであるにもかかわらず,な お,女性信者熱傷事件の原因が,タンクローリーで第6サティアンに水を運搬する作業に 従事していたB19がスパイとして第6サティアンの生活用の水にイペリットを混入したこと であると考えるのは,教団が毒ガス攻撃を受けていたと信じる者の発想としても不自然かつ不合理といわざるを得ない。
そうすると,本件当時教団施設に毒ガス攻撃が行われた事実も,被告人が教団が毒ガ ス攻撃を受けていたと信じていた事実もなく,判示のとおり,教団が毒ガス攻撃を受けて いるというのは被告人の創作したうその話であることは明らかである。
2 そして,被告人は,教団に敵対する組織等のスパイが毒ガスを教団施設の生活用 の水に混入したものではないことを認識していたのであるから,B19をそのようなスパイで あると真実考えたこともなかったのであり,したがって,被告人は,B19が教団施設の生 活用の水にイペリットを混入したスパイでないにもかかわらず,判示の理由からそのような スパイに仕立て上げようと考え,拷問をしてでもB19を自白させようとしたことを優に認め ることができる。そのことは,被告人が,A7らから女性信者熱傷事件についてその当日 同女が湯を張った後わずかの間その場を離れたことがあった旨の報告を受けた際には, だれかが,同女がその場を離れているすきに毒ガスを混入させたか,浴室のすきまから 毒ガスをまいたのではないかなどと言っていたのに,その2日後くらいには,タンクローリ ーで教団の生活用の水を第6サティアンに運搬するB19が第6サティアンの生活用の水 に毒を混入させたらしいなどと前記のとおり到底ありそうにないことを言うに至る(A7の公 判供述)など,被告人の女性信者熱傷事件の原因に対する見方が不自然に変遷してい ることや,B19がスパイと疑われるような事情はこれまで見当たらず,B19は判示認定の 拷問を加えられても,教団の生活用の水に毒を混入したスパイであることを一貫して否定 し,拷問を加えていたA7らもB19がそのようなスパイでない可能性は高いと思っていたこ と(A7及びA20の公判供述)などからも,明らかである。
なお,弁護人は,被告人がB19をスパイに仕立て上げ,教団の生活用の水に毒物を混 入したことにしようとしたものであれば,教団信者に対し,B19がスパイであることを知らせ なければその目的を達することができないはずであるのに,被告人がB19を殺害しその 死体を焼却し,しかも,その事実を関係者以外に知らせていないのは矛盾する旨主張す る。
しかしながら,被告人はB19をスパイに仕立て上げるために強制的にでも自白させよう としたがそれができず,結局B19をスパイに仕立て上げることに失敗したことから,B19が スパイであることを公表することができなかったのであり,他方で,このような拷問を加えた 以上は口封じのために殺害するほかないと考え,B19を殺害したものであるから,弁護人 の主張は当たらない。
3(1) 次に,弁護人は,被告人は,A7に対し,B19がスパイであるかどうか,B19がスパ イである場合に毒ガスを混入させた背後関係はどうかについて調査を指示しただけであ って,拷問によりB19を自白させることやB19を殺害することを指示したことはない旨主張 する。
(2) しかしながら,まず,A7は,公判で,①被告人が,平成6年7月10日ころ,A7に対 し,強制的にでも教団の生活用の水に毒ガスを混入したことやその背後関係についてB 19を自白させるよう指示するなどしたこと(犯行に至る経緯4),②被告人が,バルドーの 導きが始まった後,A7を呼んで進ちょく状況を尋ね,強制的にB19を自白させるのをA2 0に担当させるよう指示するなどしたこと(犯行に至る経緯6),③被告人は,A7から「B19 は自白しませんが,どうしましょうか。」と聞かれ,A7に対し,B19をマイクロ波焼却装置を 使って焼却するように指示するなどしたこと(犯行に至る経緯8),④A7は,B19を殺害し た後第6サティアン1階の被告人の部屋に行き,被告人に「終わりました。」と報告すると, 被告人から「どうだったんだ。」と聞かれ,「ロープ使ってしまいました。」と答えると,被告 人から「ああそうか。何でロープを使ったんだ。」と言われ,「どうもすいませんでした。」と 言って謝ったこと,⑤その際,B19を下向したことにして,車両省大臣にその旨申し出る ことや当時B19と親しかった女性信者がB19の下向に不審を抱く懸念があったため,同 女にB19の死を知られないように,同女をロシア支部に転属させることが話し合われたこ となどについて供述する(以下,この供述を「A7供述」という。)。
(3) そこで,A7供述の信用性について検討すると,A7供述の中で被告人について述 べられている部分は,B19を教団に敵対する組織のスパイに仕立て上げ,そのスパイが 教団の生活用の水にイペリットを混入したといううその話を教団信者に知らしめることによ り,教団が毒ガス攻撃を受けているといううその話をもっともらしくすることができるなどと考 えていた被告人がとるべき行動として,あるいは,B19をスパイに仕立て上げることに失 敗した場合に被告人がとるべき事後措置として,極めて自然で合理的な内容を含む具体 的なものである。また,A7供述中,A7がA20に対し被告人の指示内容を伝えて指示し た部分は,A20がB19を拷問し殺害する際にA7から受けた指示に関するA20の公判 供述ともよく符合している。さらに,A7供述は,A33の公判供述,すなわち,「被告人が 『B19は…』と言った後,こぶしを握って親指だけ立てた状態で胸の辺りから上に首目掛けて切り上げるような動作をすると同時に『…したから。』と言うなどし,B19がポアされて しまったと解釈できるような動作をした。」旨の供述とも合致している。
そして,A7は,捜査段階では,B19事件における被告人からの具体的な指示内容に ついて黙秘し,公判で供述するに至った理由について,公判において,「自分と被告人 しか謀議の場面を知っている者はいないことから,自分が言わなければ謀議の部分は明 らかにならないと考え,被告人からの具体的な指示内容については黙秘していた。私が 証言をすることによって,他の共犯者の法友の人たちで苦しむ人はいるが,被告人は空 を悟っているので,私が何を言っても苦しまないと考えた。現在も被告人は最終解脱をし た者だと信じている。被告人に対する帰依は現在もある。」旨供述しているところ,捜査段 階において,被告人のほかには自分しか知り得ない被告人に不利な事実について,被 告人をかばい立てするためにその具体的な供述を拒否したというA7の心情は理解する に難くない上,A7は証言時においても被告人に対する帰依を維持しながらも,被告人の 面前でためらいながらではあるがあえて被告人に不利益な事実を内容とする供述(A7供 述)をしたものである。
加えて,仮に弁護人が主張するように,A7が拷問をしてでもB19を自白させたいとの 責任感から,被告人の指示を,場合によっては拷問を加えてでも自白させることと勝手に そんたくしてB19に拷問を加えたものと見たとしても,更に進んでそのようなA7がなぜ被 告人に無断でB19の頸部をロープで絞めて殺害したのかを説明することは困難というほ かなく,結局A7には被告人の指示がないのにB19を殺害する動機は何ら見当たらない というべきである。
(4) これらの点に照らすと,A7供述の信用性が高いことは明らかであり,その供述に沿 う事実を認めることができる。
弁護人は,被告人がマイクロ波焼却装置の使用によってB19を殺害することができると は考えていなかった旨主張するが,被告人は,少なくとも,B18事件においてマイクロ波 焼却装置によりB18の死体を焼却したことなどからも,マイクロ波焼却装置の殺傷力を十 分認識していたのであるから,この点に関する弁護人の主張は採用することができない。
以上のとおりであるから,被告人がA7に対し,B19の殺害を指示したことはない旨の弁 護人の主張は採用することができない。
なお,前記認定によれば,被告人がマイクロ波焼却装置でB19を殺害するよう指示した のに対し,A7らはロープによる絞殺の方法でB19を殺害したものであるが,A7がB19を 殺害した後被告人にその旨の報告をした際における被告人との会話内容,A7らはB19 を殺害した後マイクロ波焼却装置を使用してその死体を焼却したこと,B18事件では被 告人の指示によりB18を絞殺した後その死体をマイクロ波焼却装置により焼却していたこ となどに照らすと,A7らによる殺害行為が被告人の指示の範囲を逸脱していたとはいえ ず,被告人がB19の殺害について共謀共同正犯としての責任を負うことは明らかであ る。
4 弁護人は,被告人はA7に対しB19の死体の焼却について一切指示したことはない 旨主張する。
しかしながら,前記認定のとおり,被告人は,A6と相談の上,B19に対し,マイクロ波焼 却装置を使うことにしたものであるところ,被告人としては,B19を殺害した後はその死体 をそのまま放置するわけにいかず罪証隠滅のために死体について何らかの措置を講じ る必要があることや,被告人は,B18事件において,B18をロープで絞殺した後,マイク ロ波焼却装置によりその死体を焼却するよう指示したことなどに照らすと,B19にマイクロ 波焼却装置を使うようにとの被告人のA7に対する指示は,同装置によりB19を殺害する のみならず,殺害後はその装置で死体を焼却することまでをも含んだものとしてされたこ とは明らかである。
したがって,弁護人の上記主張は採用することができない。
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