オウム真理教事件・麻原彰晃に対する判決文/chapter twenty
[Ⅸ B18事件について]
〔弁護人の主張〕
1 被告人は,D6のカルマを清算させるため,B18の首を素手で絞め失神させた後直 ちに蘇生方法を講じれば,B18は怖い思いをし,これに懲りて悪業を犯さなくなるだろうと 考え,D6に対し,その意図を伏せて,「素手でB18の首を絞めれば帰してやる。」旨告げ たにすぎず,B18の殺害を指示してはいない。
被告人は,しばらくして物音などが途絶えたので,D6のカルマ落としの行為が終了した と思い,「蘇生させろ。」と指示したが,既にB18は死亡していた。B18の死亡は,D6の 行為に対し,B18が激しく反抗したため,その場にいた弟子たちがD6の行為に加功した 結果発生したものである。被告人は,弟子たちに対し,B18にビニール袋を被せろとかロ ープを使って首を絞めろなどD6に協力させる旨の指示はしていない。
2 被告人は,B18の死体の取扱いについては,予期しないB18の死亡による驚きと失 意のため,A6に対し,「あとは任せる。」とだけ告げてその場から去ったのであり,被告人 には死体損壊の認識も共謀も存在しない。
〔当裁判所の判断〕
1 関係証拠によれば,動かし難い事実として,①A6,A7,A14ら被告人の弟子たち 及びD6が共謀の上,平成6年1月30日未明,第2サティアン3階の尊師の部屋において,D6が,B18に対し,ロープを巻いてその頸部を絞め,B18を窒息死させて殺害した こと,②A6,A41ら被告人の弟子たちが共謀の上,同日,第2サティアン地下室におい て,B18の死体をマイクロ波焼却装置の中に入れ,これにマイクロ波を照射して加熱焼 却したことのほか,③D6は,平成6年1月30日午前5時ころ,D8の車でe1村の教団施 設を出て帰宅し,手荷物だけを持って自宅から逃げ出し,ホテルを転々とした後,秋田県 内のアパートに身を隠したこと,④被告人は,その後,D6が道場に出てこないことから, その所在を調査させてD6が秋田県にいることを突き止めた上,同年2月中旬ころ,A6ら 弟子たちにD6を連れ戻すよう指示し,A6,A7,A28,A35,A22,A14,A33,A41, A42らは,被告人の指示に基づき,秋田に向かい,A28とA22がD6に会って説得して 連れて帰り,説得できなければ全員で力ずくで連れ帰ることとしたが,A28らがD6の居 住するアパートに行った際,D6により警察に通報されたため,同人を連れ戻すことに失 敗したこと,⑤D6は,その夜のうちにそのアパートを出てホテルを転々としたり海外に行く などし,帰国後も教団に見つからないように注意して暮らしていたことを認めることができ る。
2 次に,被告人がA6,A7ら弟子たちやD6に対し,B18を殺害することを指示したか どうか,被告人がA6やA41ら弟子たちに対し,B18の死体を焼却することを指示したか どうかについて判断すると,関係証拠(各認定事実の後の括弧内に記載した証拠は,同 事実を認定した主たる証拠)によれば,次の事実を認めることができる。その認定に供し た証拠の信用性が高いことについては後記3のとおりである。
(1) 被告人は,判示第1の犯行に至る経緯4のとおり,A20が運転しA1の同乗する被 告人専用車両で,第6サティアンを出発した直後,「今から処刑を行う。」と言った(A20の 公判供述)。
(2) 被告人は,判示第1の犯行に至る経緯6のとおり,尊師の部屋で,A6,A7,A28, A20,A35及びA40に対し,「これからポアを行うがどうだ。」と言って,B18及びD6を殺 害するつもりであることを話すと,弟子たちは,いずれも賛意を表し,あるいは,同調した (A20の公判供述)。
(3) 判示第1の犯行に至る経緯8のとおり,被告人は,尊師の部屋に呼び入れたD6に 対し,「おまえは帰してやるから安心しろ。ただし条件がある。それはおまえがB18を殺す ことだ。それができなければおまえもここで殺す。」などと言って,B18を殺害することを指 示し,D6は,悩んだ末,これを承諾した(D6,A20及びA41の公判供述)。
(4) 被告人は,判示第1の犯行に至る経緯9のとおり,その後,弟子たちによりロープが 準備され,これで首を絞めて殺害する方法に変更してはどうかという提案がされてこれを 了承し,その際,B18が催涙ガスを使ったことを指摘してB18に催涙スプレーを掛けるよ う指示し,催涙スプレーがB18に使用され催涙ガスが室内に拡散して窓が開けられた 際,「なんで窓を開けるんだ。閉めろ。」と指示した(D6,A20及びA41の公判供述)。
(5) 被告人は,判示罪となるべき事実第1のとおり,D6がB18の頸部を絞めている間, A14からB18の脈拍の有無について報告を受け,D6に対しB18の頸部を更に絞め続 けるよう指示し,判示第2の犯行に至る経緯のとおり,B18の死亡をA14に確認させた (D6,A20及びA41の公判供述)。
(6) 被告人は,判示第2の犯行に至る経緯のとおり,A6と相談の上,第2サティアン地 下室にあるマイクロ波焼却装置でB18の死体を焼却することとし,A6にその焼却を指示 する(A20の公判供述)とともに,A42,A43及びA41の3名に対し,A6の指示に従って B18の死体を処理するよう指示し(D6,A20及びA41の公判供述),D6を帰す際に,同 人に対し,B18の殺害について口止めをした(D6及びA20の公判供述)。
(7) A7及びA28は,その後,被告人からD6をD8の車まで送るよう指示を受け,第2サ ティアンからワゴン車でD6を第6サティアン付近で待っているD8のもとに送り届けた際, D6に対し,「とにかく1週間に1度は道場に来い。来ないとこちらから行くぞ。」と念を押し た後,「父親には『母親を助けにいったが,母親の具合が悪いというのはB18の勘違いで 実際は母親の病気はかなりよくなっていてもうすぐ退院できるんだ。B18はここで被告人 ともう1回話をして修行をやる気になったから教団に残ることになったんだ。』ということを 言いなさい。」とうその話をするよう指示した(D6の公判供述)。
3 上記2の認定に係るD6,A20及びA41の各公判供述の信用性について検討する と,まず,これらの各公判供述は,いずれも被告人がB18の殺害及びその死体焼却を指 示した状況等につき,具体的かつ詳細に述べられたものであり,事柄の核心部分につい てよく合致し,相互にその信用性を補強し合っている。のみならず,そこで述べられてい る内容は,一連のB18事件の事実経過,すなわち,①D6は,B18に誘われ,B18と共 にD7を連れ出すために第6サティアンに侵入した際,教団信者に捕らえられ,第2サティ アンに連行されたこと,②D6は,第2サティアン3階の尊師の部屋において,被告人と話をした後,被告人の前で,数名の教団信者の手を借りながらB18の頸部をロープで絞め 続けて殺害したが,その間その場にいた教団信者のだれからもD6の行為を制止される こともなく,その後においても,被告人から「これからは,また,入信して週1回は必ず道場 に来い。一生懸命修行しなさい。」と言われるにとどまり格別D6がB18を殺害したことに ついてしっ責されることなく家に帰ることを許されたこと,③D6は,それにもかかわらず, 帰宅直後,教団との接触を断つために自宅を出て行方をくらまし,そのため,教団から所 在を突き止められ無理やり連れ戻されそうになったこと,④他方,B18の死体はB18が殺 害された後,直ちに,第2サティアン地下室でマイクロ波焼却装置により焼却されたことな どの事態の推移について,非常によく説明し得ている自然で合理的なものである。
また,A20の公判供述にある「第6サティアンを出発した直後被告人が『今から処刑を 行う。』と言った」ことの根拠について,A20は,公判で,「被告人が第6サティアンを出た 際,『今から処刑を行う。』と言っていたので,第2サティアンに着いた際車の中で待機し ていると後でしかられるかと思い,自分はどうしたらいいか尋ねると,被告人から一緒に上 に来てくれと言われたことから,被告人専用車両のベンツの向きを変えることなく,直ちに 車から降りて階段を駆け上がった。」旨の説明を加えているところ,他方で,A20は,公 判で,「被告人が,A6から,B18の死体を焼却するのに人手が欲しい旨頼まれた際に, 『警備の者がいるんじゃないか。』と言い,それに対して私がA42とA43が表にいると思う 旨答えたが,そのことを知っていたのは第2サティアンに着いたときにベンツの方向転換 を彼らに頼んだからである。」などと供述しており,これらの一連のA20の供述は,A20 が,第6サティアンを出発する際,被告人が「今から処刑を行う。」と言うのを聞いたため, 第2サティアンに着いた際被告人に,自分はどうしたらいいか尋ねると,一緒に上に来て くれと言われたことから,いつもは自らベンツの向きを変えるところ,その余裕がなかった ためその方向転換を表にいたA42やA43に頼み,それゆえに,被告人が,A6から,B1 8の死体を焼却するのに人手が欲しいと言われた際に,「警備の者がいるんじゃないか。」 と言ったのに対して,A42とA43が表にいると思うと答えることができたという事実の経過 をよく説明し得ているのであり,その供述の信用性は高いというべきである(弁護人は,A 20の上記公判供述について,「ベンツの向きの入れ替え作業をしないまま被告人と一緒 にベンツから降りて第2サティアンに入っていくことはベンツの運転手として絶対にな い。」旨のA35の公判供述を根拠として種々論難するが,もとより採用することができな い。)。
これらの点に照らすと,上記2の認定に係るD6,A20及びA41の各公判供述の信用 性は高いというべきである。
そして,上記D6,A20及びA41の各公判供述によれば,被告人がB18の殺害及びそ の死体の焼却を指示したことを優に認定することができる。
4 弁護人は,被告人の検察官調書(B乙1ないし6[書45])における「私は,D6にB18 の首を絞めさせ,柔道でいう絞め落としをして後で蘇生させることによってB18を懲らしめ るために,D6に対し,『素手でB18の首を絞めれば帰してやる。』と言っただけで,殺せと は指示していない。また,ビニール袋をB18に被せろとかロープを使って首を絞めろとい う指示は決して出していない。数分間たってから,B18の『助けてくれえ。』という声が聞こ え,その声が10秒くらい続き,その声が聞こえなくなったので,すぐに私は『生きかえ せ。』と言って,B18を蘇生させるよう命じたが,A14からB18が死んでしまったことを知ら された。私は,その後,B18の死体をどうするかについては,その部屋にいた弟子たちに 『あとは任せるよ。』と声を掛けて,すぐこの部屋を出た。」旨の供述や,第34回公判にお ける公判手続の更新の際における被告人の「私は,B18の殺害の指示はしていない。弟 子たちがその直感的なものによってB18を殺したものである。」旨の供述に基づき,前記 「弁護人の主張」のとおり,主張する。
しかしながら,被告人が捜査段階において自認するとおり,このとき現場にいた最高責 任者は被告人であり,被告人の指示以外のことをやるのであれば,当然被告人の許可を 受けなければならないのであるから,被告人が,D6に対し,素手でB18の首を絞めるよう 指示したのであれば,なぜD6がロープでB18の首を絞めて殺害したのか,しかも,なぜ そばにいた弟子たちはだれ一人としてこれを止めようとせずむしろD6にロープを渡し,こ れに加勢したのか甚だ疑問である。また,被告人は,B18の死亡を確認した後も,D6や 弟子たちに対し,被告人の指示に反してロープでB18の首を絞めて殺害したことについ てしっ責することはなかったというのも不自然である。逆に,被告人は,D6をしっ責するこ となく家に帰したにもかかわらず,道場に出てこないからといって,行方をくらましているD 6の所在を調査の上突き止め,弟子たちに無理にでも連れて帰るよう指示したというのも 不可解である。
したがって,被告人の上記供述は,B18事件の一連の事実経過に照らし,不自然不合理といわざるを得ず,信用性の高い前記D6,A20及びA41の各公判供述に照らし,信 用することができない。
5 また,A35及びA40は,公判で,被告人からはB18を殺害する旨の指示はなかった などと供述する。
しかしながら,A35及びA40は,公判で,上記の供述をするものの,被告人の指示がな かったのであれば,なぜD6が被告人の前でB18を殺害し,被告人の弟子たちもこれを 止めることなく逆にこれに加勢したのかなどその事実経過について合理的な説明をする ことができない上,A35は,被告人に対する信と帰依があることを明言し,A40は,「過去 に被告人に対して帰依をしていた。少なくともそういう状態で,てのひらを返すということ は言動ではしたくないという意思はある。被告人のいない教団には興味がないことから脱 会した。」と述べるなど,いずれも,被告人をかばい立てするために被告人に不利な供述 を回避しようとする態度が明らかであり,また,信用性の高い前記D6,A20及びA41の 各公判供述に照らし,A35及びA40の上記各公判供述は信用することができない。
6 以上のとおりであるから,被告人が弟子たちにB18の殺害及びその死体の焼却を 指示していない,あるいは,弟子たちとそのような共謀をしたことはない旨の弁護人の主 張は採用することができない。
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