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オウム真理教事件・麻原彰晃に対する判決文/chapter six

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Ⅵ B6サリン事件(殺人未遂)

(平成8年3月5日付け追起訴状記載公訴事実第1の事実)

[犯行に至る経緯]

 1 B6(昭和32年1月17日生)は,昭和55年に司法試験第2次試験に合格し,昭和56 年から2年間の司法修習(第35期)を経て,昭和58年4月,横浜弁護士会に弁護士登録 して弁護士業務を始め,昭和63年4月には自宅のある神奈川県大和市内に法律事務所 を開設した。B6弁護士は,B2弁護士一家が行方不明となった平成元年11月,オウム真 理教被害対策弁護団に入り,平成2年以降,教団の出家者や自動車等の把握に努め, e1村での教団をめぐるトラブルの担当者となり,教団を相手方とする民事訴訟等の代理 人として活動するなどした。

 また,B6弁護士は,平成5年7月ころから,教団信者の親族から依頼を受け,在家信徒 の出家をやめさせこれを脱会させるために,オウム真理教被害者の会のB5会長の長男 である元教団出家信者のD4らの協力を得るなどして当該教団信者に対するカウンセリン グ活動を行い,平成6年5月ころまでの間に12人くらいの教団信者にカウンセリングを行 い,ほぼ全員が脱会した。B6弁護士は,カウンセリングの際には,教団の実態や教えの 矛盾に関する様々な話をした上で,同弁護士自身が実際に蓮華座を組んだまま跳び上 がった瞬間を撮影した,いかにも空中浮揚をしているように見える写真を示し,被告人の 空中浮揚の正体を暴いて被告人が最終解脱者ではないことを分からせるようにし,脱会を決意した信者については,その代理人となって,教団あてに詳細な脱会通知書を内容 証明郵便で送付し,被告人が当該信者に対し著しく不安をあおって出家させようとした上 借金までさせてPSI等の種々の費用を支払わせるなどの違法行為に及んだとして,民法 95条の錯誤無効等を主張し同信者の支払った金員の返還を求めるなどした。

 なお,平成3年11月ころ,第2上九の入口通路部分の境界をめぐり教団と地元農協との 間で争いがあり,一度打ち込まれた杭を教団側が抜いたため,住民がユンボを使って杭 をもう一度打ち込んだ。教団側は,その際,そのユンボが教団出家信者に当たったとし て,教団幹部である弁護士のA10が原告である同出家信者の訴訟代理人となり,富士 吉田簡易裁判所に対し,前記住民を被告として損害賠償請求訴訟を提起した。B6弁護 士は,被告代理人の一人として加わり,中心となって訴訟活動を行ったが,平成4年8月 ころ,同裁判所から1万4000円の支払を命じる一部敗訴判決を受けたため,被告側が, これを不服として,甲府地方裁判所に控訴した。B6弁護士は控訴人の訴訟代理人とな り,A10が被控訴人の訴訟代理人となって,控訴審の手続が進められ,その第8回口頭 弁論期日が平成6年5月9日午後1時15分に指定された。

 2 被告人は,A10らから,このようなB6弁護士の訴訟活動や教団信者に対する出家 阻止,脱会のためのカウンセリング活動等について報告を受けていたが,オウム国家の 建設に向け大量の出家信者の獲得に精力的に努めている時期に,前記のB6自身の空 中浮揚の写真により被告人自身の空中浮揚の正体を暴き教団の実態等を明らかにする などして在家信徒の出家阻止,脱会のための活動を活発化させているB6弁護士をこの まま放置することはできず,教団の活動の妨げとなる同弁護士を排除する必要があるも のと考え,平成6年5月上旬までに,同弁護士の殺害を決意するに至った。

 3 被告人は,同月7日ころ,第6サティアン1階の被告人の部屋にA10,A19,A14ら を呼び,A10に対し,B6弁護士と次に会う日時場所や同人の同所までの交通手段を尋 ね,A10から,同月9日午後1時15分に甲府地裁でB6弁護士を相手方訴訟代理人とす る口頭弁論期日があるが,同弁護士はいつも自動車を運転してきているから同期日も自 動車で来るであろうと聞いた。そこで,被告人は,A10,A19及びA14に対し,サリンの 隠語である「魔法」という言葉を用いて「B6の車に魔法を使う。」と言い,さらに,第1次D3 事件で噴霧したサリンが乗用車内に流入してきた経験を踏まえ,B6の運転してくる自動 車の外部,ボンネットなどにサリンを滴下して外気の導入口を通じて車内に気化したサリ ンを流入させ,これを同人に吸入させるなどして同人を殺害することを命じ,A10,A19 及びA14はいずれも格別「魔法」の意味について聞き返すことなく,これを承諾した。

 被告人は,その際,A19及びA14に対し,サリンの代わりにA14の提案したアンモニア を使って実際に普通乗用自動車の外部に滴下して気化したものが車内に流入するのか 試してみるよう指示した。

 4 その後,A19及びA14は,第6サティアン1階リビングにおいて,B6弁護士と同人の 自動車の後部が写っている写真をA10やA28と共に見て,B6の自動車が相模ナンバ ーの三菱ギャラン(以下「B6車両」ともいう。)であることを知った。A19が,部屋から出て きた被告人にB6車両がA17の車と同車種であることを伝えると,被告人は,A17のギャ ランを実験に使うよう指示した。

 A19及びA14は,A17のギャランを借り受けた上,富士山総本部とe1村の間の山道 で,アンモニア水を同車のフロントグリル(ボンネットの先端部分)付近とフロントウインドー 付近にそれぞれ滴下し,空気循環を外気導入の状態にして同車を走行させるなどして比 較した結果,前者よりも後者のほうが車内でのアンモニア臭が強いことを確認し,同日昼 ころ,被告人にその旨を報告すると,被告人は「よし,そこでいい。」と言った。

 その場に同席していたA10は,A19及びA14に対し,甲府地裁の見取図を書き,駐車 場が表側と裏側にあり,B6弁護士は表の駐車場に駐車するであろうことを説明した。す ると,被告人は,A19及びA14に対し,「おまえらは,裏の駐車場に停めろ。裏の駐車場 から歩いていってB6の車に掛ければいい。掛けた人を後で回収しろ。」などと具体的手 順を指示するとともに,サリンをB6車両に滴下する実行役について,「A38にやらせる。 B型女性はいったんやると決めたらためらわないから。わしのほうからA38に話してお く。」などと言い,また,B6車両の駐車位置をA38らに教える役をA10の運転手であるA 37に割り当てる旨話した。

 5 A19及びA14は,同日午後,甲府地裁に車で下見に行き,その周囲を歩くなどし, 同日夜,A10が同席している第6サティアン1階の被告人の部屋で,被告人に対し,下見 の結果を報告した。

 その際,被告人は,サリンを入れる容器について,A14やA19の話を聞いて,A19の 持っているテフロン製の遠沈管を使うよう指示し,A38の服装等について,「裁判所にふさ わしい服を着せろ。お布施のものがあるだろう。倉庫のかぎを開けてそこから借りればいい。マスクとサングラスを掛けさせろ。化粧もさせろ。」などと話した上,自動車にサリンを 掛ける練習をA38にさせるよう指示し,さらに,甲府地裁に乗っていく自動車について, 「教団にお布施された車の中でまだ名義変更のされていないものを使え。ナンバーは不 自然ではない近県のナンバーを用意しろ。」などと指示した。  また,被告人は,A19から,A38の化粧や服を選ぶことなどに関してA32を使っていい か聞かれ,これを了承した。


 6 被告人は,同日夜,第6サティアン1階の被告人の部屋にA37を呼び,同人に対 し,「サマナを無理やり下向させているB6という弁護士がいる。明日もその関係で甲府で 裁判がある。B6に魔法を使う。君にはX4(A10)の車を運転してもらう。詳しいことはX5 (A19)たちに聞いてくれ。」と言って,B6弁護士の殺害に加担するよう命じ,A37はこれ を承諾した。

 7 その後,A10,A19,A14及びA37の4名は,第6サティアン1階のリビングで,打合 せをし,(1) A37がA10を乗せた車を運転し,A19とA14がA38を車に乗せ,車2台で 別々に出発し,途中,甲府精進湖道路を抜けてしばらく行ったところにある大きく左側に 曲がり道路幅員が広くなっている所で待ち合わせをすること,(2) 甲府地裁には表と裏に 駐車場があり,A10らの車は表側に,A19らの車は裏側に停めること,(3) B6は表側の 駐車場にB6車両(シルバー系統の相模ナンバーのギャラン)を駐車するであろうからそ の駐車位置をA37がA19らに伝えること,(4) B6が法廷に行ったすきをねらって,A38 がB6車両の外気取入口に「魔法」を掛けること,(5) その後,A19らの車が,裁判所正門 から少し行ったところでA38を乗せること,(6) 当日はあらかじめ各自で予防薬を飲んで おくことなど翌9日の行動を確認した。

 8 被告人は,同月8日夜,第6サティアン1階の被告人の部屋にA38を呼び,同人に 対し,「やってほしい仕事があるんだが,やる気はあるか。」と聞いたところ,同人から「ぜ ひやらせてください。」と言われ,「ちょっと危険なワークだけれども,できるかな。ある人物 をポアしようと思うんだよ。」などと述べて,B6弁護士の殺害に加担するよう命じ,A38は これを承諾した。

 9 A14は,前記リビングでの打合せ後,予防薬のメスチノン,治療薬の硫酸アトロピン やパム,注射器等を準備した上,A37に対し,2時間前にこれを1錠飲むよう指示してA1 0の分を含めた2人分のメスチノン2錠を渡したが,その際,E12大医学部卒業後同学部 付属病院研修医の経歴を有するA37に対し,A19やA14がサリン中毒になった場合に は代わりにパムを注射してくれるよう頼んだ。

 A14は,第2次D3事件のときのように重症のサリン中毒者が出た場合などを慮り,なお も不安を感じていたことから,教団附属医院の医師であるA33に手伝ってもらおうと考 え,被告人の了解を得た後,同月9日午前1時か2時ころ,A33に対し,「サリンの中毒患 者が出た場合に対処できるように準備して,午後2時ころ,甲府南インターで待っていて ほしい。」旨依頼した。

 10 A19は,同日未明,第6サティアンにいるA38にワークだからすぐ来るように言って A38を呼び出し,また,A32に指示して富士山総本部でお布施品の中からA38の着衣 等を選ばせたり,A38の着替えや化粧を手伝わせたりした。

 また,A19は,甲府地裁までの往復に使用する車両として,富士山総本部で,布施の 車の中から,名義変更のされていない名古屋ナンバーの普通乗用自動車ニッサンパル サーを借り受けた。

 A14は,同日早朝,A19から,直径3ないし5㎝,長さ十二,三㎝の試験管のような形 でねじ込み式のふたの付いているテフロン製46㏄用遠沈管を3本くらい受け取り,X1棟 スーパーハウス内のドラフトにおいて,防毒マスク及び合成樹脂製の手袋を着用した上 で,当時X1棟内に保管されていた同年2月に生成した青色サリン溶液の一部を各遠沈 管に30ないし40㏄ずつ移し入れてふたをし,さらにふたの部分にシーロンテープ(サラ ンラップを分厚くし更に伸縮し粘着性のあるもの)を巻き付けて溶液が漏れないようにす るなどしてサリンを準備した。

 11 A19及びA14は,A38がサリンを吸い込まないで所定の場所にサリンを掛けること ができるように,同年5月9日午前7時か8時ころ,A19専用の実験施設であるX5棟付近 で,前記遠沈管と同種の容器にサリンの代わりに水を入れ,A38に,自動車に水を掛け る練習をさせた。

 まず,A19が,A38に実演してみせ,指示された車の方にゆっくり歩いていき運転席側 に近づきながら遠沈管のふたを緩め,自分の車かどうか確認する振りをしてボンネットと フロントガラスの間にある溝に一気に掛け,掛け終わった後も,あわてて走ったりしないで 落ち着いてやり,車から離れながらふたを閉めるという内容の手本を具体的に示した。次 いで,A14も,A38に対し実演してみせ,A19の手本に加えて,「掛けるときには顔を背けて,息は止めるように。手や服に付かないように気を付けるように。付いたらすぐに言う ように。」などと言って,そのとおりの手本を示し,その後,A38が2回くらい練習をした。

 12 A19,A14及びA38は,同日午前9時ないし10時ころ,A19運転のパルサーで, e1村の教団施設を出発し,途中,G店に寄り,A38がスーツに着替え,手袋とサングラス を買うなどした後,A19らは甲府地裁に向かった。その車中で,A19は,A38に対し, 「今日はオウムの裁判があるから,これから甲府の裁判所に行く。そこで,私たちの指示し た車に練習してもらったとおりやってもらう。」旨話した。

 他方,A10及びA37も,そのころ,A37運転の普通乗用自動車トヨタクラウンで甲府地 裁に向けてe1村の教団施設を出発し,その後,A10が,予防薬を飲むのを忘れていた A37に注意し,車を停めて二人共メスチノンを1錠ずつ飲んだ。

 A19らとA10らは,事前の打合せで決めた待ち合わせ場所で合流し,A10,A19及び A14は,同所で,前記口頭弁論が始まる時刻等を最終確認するなどした上,帰りにも待 ち合わせをすることとし,その場所については甲府地裁に着くまでに探すことを話し合っ た後,再び2台の車両に前同様に分乗して同所を出発し,甲府市内に入って,帰りの待 ち合わせ場所を決め,甲府地裁に向かった。

 そのころ,A14は,A38に予防薬だから飲むようにと言って同人にメスチノンを1錠飲ま せた。また,A19及びA14もメスチノンを1錠ずつ服用した。

 13 B6弁護士は,ギャランを運転して,同日午後零時15分ころ,甲府市j1所在の甲府 地裁に到着し,表側(西側)駐車場の正門より南側のスペースに駐車し,車内の空調は オートエアコンで内気循環のままエンジンを停止し,窓は全部閉め,ドアも施錠した状態 で車を離れ,相代理人の弁護士と打合せをするため近くにある同弁護士の事務所に歩 いていき,その後同日午後1時15分ころ,甲府地裁における前記口頭弁論に出廷した。

 14 A19ら及びA10らは,同日正午ないし午後零時半ころ,甲府地裁に到着し,A19 らのパルサーは同地裁の裏側(東側)駐車場に駐車し,A10らのクラウンは表側(西側) 駐車場の正門より北側のスペースに裁判所の建物に背を向ける態勢で駐車した。

 A10は,南側に既に駐車してあるギャランに気付き,A37に指示して,車両ナンバーに より同車がB6車両であることを確認させた上,A37に対し,B6車両の駐車位置をA19ら に知らせるよう指示した。A37は,同裁判所の建物の中を通って裏側駐車場に行き,同 所に駐車中のパルサーの後部座席に乗り込み,A19,A14及びA38に対し,B6車両の 駐車位置を記した図面を見せながらB6車両の位置を教え,すぐにパルサーを降りて,同 裁判所の建物の外側を通って表側駐車場に駐車していたクラウンに戻った。

 15 A10は,同日午後1時15分前ころ,クラウンの窓を閉め,A37に対し,「裁判は5分く らいで終わる。危険だから窓を開けるなよ。」と言って,クラウンを降り,同裁判所の建物の 中に入っていき,前記の口頭弁論に出廷した。

 16 一方,パルサー内で,A19は,A38に対し,やるべき行為を指示するとともに,その 行為後は正門を出て左側にある公園の時計台の下で待つように言った。また,A14は, サリン中毒防止のために,A38に対し,合成樹脂製の手袋を渡し,G店で購入した手袋 の下にその手袋を着用するよう指示し,A38はそれを着用した。

 A38は,A14から,青色サリン溶液30ないし40㏄が入っている遠沈管1本を受け取っ てスーツ上着のポケットに入れ,A19から,使用後の遠沈管を入れるためのチャック付き ビニール袋を受け取って上着の反対側ポケットに入れて,同日午後1時15分ころ,サン グラス,帽子,マスクを着用したまま,A19の合図に従ってパルサーを降り,同裁判所の 建物の北側を通って西側駐車場に行き,A37から教えてもらった場所に駐車中のB6車 両を見つけ,同車両に近づきながら,ポケット内から遠沈管を取り出してそのふたを開 け,同車両の運転席側に立った。

[罪となるべき事実]

 被告人は,A10,A19,A14,A37及びA38と共謀の上,サリンを発散させてB6(当 時37歳)を殺害しようと企て,平成6年5月9日午後1時15分ころ,甲府市j1所在の甲府 地方裁判所西側駐車場において,A38において,同所に駐車中のB6所有の普通乗用 自動車(B6車両)の運転席側のフロントウインドーアンダーパネルの溝及びその付近に, 所携の遠沈管内のサリンを含有する溶液30ないし40㏄を滴下し,サリンを気化発散させ て同車両内に流入させるなどし,同駐車場及びその後の走行中の同車両内などにおい て,前記口頭弁論などを終え同日午後1時30分ころ同車両に運転席側ドアを開けて乗り 込み同車両を運転し走行させたB6をしてサリンガスを吸入させるなどしたが,B6にサリン 中毒症の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかったものである。

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