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オウム真理教事件・麻原彰晃に対する判決文/chapter fourteen

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【証拠の標目】

   (略)

【弁護人の主張に対する判断】

[Ⅱ B1事件について]

〔弁護人の主張〕

 1 第34回公判期日の公判手続の更新の際に被告人が供述したように,本件は,修行 に行き詰まったB1の苦しみを見かねたA4らが,「B1を説得せよ。」との被告人の意向を 超えて,B1の嘱託に基づいてB1を殺害したという,A4らによる嘱託殺人であり,被告人 は,A4らにB1の殺害を指示したことも,A4らとの間でその旨の共謀をしたこともなかっ た。被告人からそのような指示があったとするA4の公判供述は信用することができない。

 2 A4は,公判で,「被告人が『B1をポアするしかないな。』と言った。この場合『ポア』と は殺害を意味する。」旨供述するが,ここで被告人が言ったという「ポア」という言葉は殺 害を意味するものではない。  すなわち,「ポア」とは,本来,意識を身体から抜き取ってより高い世界へ移し替えるチ ベット密教のヨーガ的秘法を指すものであり,教団では,通常,意識の変容という意味で 使用され,それによってより高い宗教的な次元に達することを指し,あるいは,人の死に 際して,その者を死後高い世界に転生させるために行う一種の宗教的儀式を意味する 場合にも使われていたものであって,被告人は,説法や弟子たちとの話の中で度々ポア という言葉を用いたが,一度も殺人を肯定する意味で使用したことはない。タントラ・ヴァ ジラヤーナとは密教という意味であり,被告人に特異な教えではなく,殺人を肯定するも のではない。被告人はいかなる説法においてもこれを具体的に実践せよと説いたことは なく,教義を理解しやすくするための方便として使用したにすぎない。

〔当裁判所の判断〕

第1 弁護人の主張1(被告人の指示ないし共謀の有無)に対する判断

 1 関係証拠により容易に認められる前提事実は,判示B1事件の犯行に至る経緯(4を 除く。)及び罪となるべき事実(被告人の共謀を除く。)のほか,次のとおりである。

 (1) A4らは,B1の死亡後,被告人の指示に基づき,B1の遺体をドラム缶に入れ,富士 山総本部の敷地内に設けた護摩壇に載せ,10時間くらいかけて焼却し,遺灰は水に混 ぜてその敷地内にまいた。

 (2) 被告人は,その後しばらくして,A4に対し,「真理を障害するものを取り除かないと 真理はすたれるが,その障害を取り除くと悪業は殺生となる。私は,救済の道を歩いてい る。多くの人の救済のために,悪業を積むことによって地獄に至っても本望である。」など という内容のヴァジラヤーナの詞章を伝授し,これを毎日唱えるように指示した。A4は, それを受けて,この詞章はB1事件に関係するものと思った。

 2 A4は,B1事件の共謀について,公判において要旨次のとおり供述する(以下,同供 述を「A4供述」という。)。

 (1) 被告人は,平成元年2月3日深夜ないし同月4日未明に,サティアンビル4階の図書 室に,A4,A6,A7,A8,A9らを集めた。

 まず,被告人は,同所で,A4らに対し,「X14(A6)が言うんだけれども,B1がいるだろ う。あいつがオウムを抜けようと思っているみたいだ。そして,わしを殺すとも言っているん だよ。」「まずいとは思わないか。B1はD1のことを知っているからな。このまま,わしを殺 すようなことになったとしたら,大変なことになる。もうポアするしかないじゃないか。」などと B1が教団を抜け出したらD1事件のことも公表するかもしれないのでB1を殺害するしか ない旨のことを言った。その後,被告人は,D1事件に関与していないA9に向かって,グ ルがポアしろと言ったらグルの命令に従うことができるかと聞くと,A9は,従う旨答えた。

 被告人は,A6に対し,B1の状態を聞くと,A6は,「両手両足を縛っている。説法テー プを聞かせているけれども,全然変わりませんね。」と答えた。

 被告人は,「このままではまずいから。もう一度,おまえたちが見にいってこい。そして, わしを殺すという意思が変わらなかったり,オウムから逃げようという考えが変わらないなら ばポアするしかないな。」と言い,A8に対し,その点をよく確認するように指示した。B1を 殺害することに反対する者はいなかった。

 被告人は,殺害の方法について,血を見ないでやるほうがいいと言い,さらにA7からロ ープならある旨聞いて,「なら,ロープで一気に絞めろ。その後は護摩壇で燃やせ。」と言 って,殺害方法のほか遺体の処理方法まで指示した。なお,被告人は,「こういうときに溶 鉱炉があればよかったのにな。」などと,溶鉱炉に突き落とせば証拠が残らない旨の含み を持たせて話していた。

 (2) B1の遺体を焼却中に,被告人がやってきて,「早く燃やす方法はないのか。」「骨が なくなるまで粉々にできないのか。」などとA6に聞いたことがあった。

 3 A4供述の信用性について検討すると,同供述は,前記のとおり,B1に対する殺害 の指示を受けた状況等について具体的かつ詳細に述べられたものであり,前記1の認定 事実ともよく整合している。特に,D1の死亡を公にすることなくその遺体を秘密裏に焼却 した経緯ないし理由や,B1をこのまま教団から脱会させると,D1事件に関与していたB1 がD1事件について口外する可能性を否定することができないことに照らすと,被告人の 指示内容についてA4供述で述べられているところは自然かつ合理的である。また,A4 は,他の共犯者の供述調書等に基づく詳細な反対尋問を受けながらも,その供述は揺ら ぐことなく,むしろ,その供述をより具体化し根拠づけてその信用性を増幅させている。A 4は,本件殺人の実行行為を担当した者でありながら,自己の関与した行為について公 判で相応に供述しており,自己の刑責を軽減させるために殊更被告人に不利益なうその 供述をして被告人を無実の罪に陥れようとしている様子はうかがわれない。さらに,A4供 述の信用性を否定し得るほどの客観的証拠や第三者供述は見当たらない。

 これらの事情等に照らすと,A4供述の信用性は優に認められ,同供述に沿う事実を認 めることができる。

 そうすると,判示認定のとおり,被告人が,A4らに対し,B1が翻意しない場合にB1を 殺害することを命じ,A4らとの間でその旨の共謀を遂げたことは明らかである。

 4 なお,弁護人は,本件は嘱託殺人にとどまる旨主張するが,前記認定のとおり,B1 は教団から脱会しようと考え,被告人を殺すとまで言ったことがあることや,被告人はA4 らに対する指示の中で,B1が被告人を殺す意思や教団から脱会する考えを変えないな らB1を殺害するしかない旨述べていることなどに照らすと,弁護人の主張するようなB1 から殺害してほしい旨の嘱託はなかったものと認められる。  以上のとおりであるから,弁護人の主張1は採用することができない。

第2 弁護人の主張2(「ポア」の意味)に対する判断

 1 被告人が謀議の際「ポア」という言葉をどのような意味で使ったかについて検討する と,まず,被告人は,昭和62年1月の丹沢セミナーでの説法では,結論的には,功徳を 積むのに無難なのは,殺さない,盗まないといった禁戒を守ることであるとしているが,他 方で,どのような門でどのような修行法を行うか,どのようなステージにいるかによって,功 徳になることは異なるとし,場合によっては,グルの指示に従って人を殺してその者を高 い世界に上昇させることで功徳を積むことができるという説明の中で,人を殺すという意味で「ポア」という言葉を用いている。次に,被告人は,昭和63年10月の富士山総本部 での説法では,教団がヴァジラヤーナのプロセスに入ってきたとして,絶対的な立場にあ るグルである被告人に帰依することの重要性を説き,B1事件後である平成元年9月の世 田谷道場での説法では,ヴァジラヤーナの考え方によれば,成就者が,地獄に堕ちるほ ど悪業を積んだ者を殺して天界へ上昇させた場合,これは立派なポアであり,偉大な功 徳となる旨述べ,殺人をポアと称し,これを容認する考え方として「ヴァジラヤーナの教 え」を用いている。

 2 そして,B1事件に限らず,その後のB2事件をはじめとする特定の人物に対する一 連の殺人,殺人未遂事件において,その謀議にかかわった共犯者の多くが,被告人の 上記説法に言及した上で,被告人が言ったポアとは殺害を意味する旨供述し,例えば, B2事件では,A8,A4及びA15は,いずれも,公判において,瞑想室での謀議の際に 用いられた「ポア」という言葉は,人を殺害する意味である旨供述し,それに伴い,A8 は,「悪業をなしている人がいて,その人が将来にわたってますます悪業を積み,善業を 全く積まないということが分かったときに,慈悲の心からその人を救済する意味で殺生し た場合,これは一般的にみれば悪業であるが,それはヴァジラヤーナ的な観点からする と善業だという説法があった。当時,オウム真理教の教義では,グルである被告人が指示 した場合,人を殺すことがポアとして許された。」旨供述し,A4は,「被告人は,丹沢セミ ナーでの説法で,功徳の意味合いについて,『クンダリーニ・ヨーガに向いている人は, グルの命令なら何でも従うことができる。たとえ殺人でもそうだ。その場合は功徳になる。 もう死に近付いている者があったとしよう。その人をグルの命令でポアさせたら,それはた とえ弟子にやらせたとしても功徳だ。』と言っていたが,当時その教えはヴァジラヤーナの 教えと言われていた。当時教団において殺生の意味でのポアをすることを決定すること のできる者は最終解脱者である被告人だけであった。」旨供述し,A15は,「被告人か ら,本来悪業である殺害であっても場合によっては許されることがあるという説法を聞いた ことがある。人を殺すことが許されるかどうかを判断できる者は教団の最高指導者グルで ある被告人以外いないという理解だった。」旨供述する。

 3 これらの点や「ポア」という言葉が使用された際の状況等に照らすと,B1殺害の謀議 の際被告人が言った「ポア」という言葉は殺害を意味する旨の前記A4の公判供述の信 用性に何ら疑問はなく,また,その後のB2事件をはじめとする殺人,殺人未遂事件にお ける謀議の中で,被告人が使った「ポア」という言葉も同様に殺害を意味するものであるこ とは明らかである。

 以上のとおりであるから,弁護人の主張2は採用することができない。

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