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オウム真理教事件・麻原彰晃に対する判決文/chapter four

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Ⅳ 教団の武装化

 1 被告人は,政治力を付け,教団の勢力を一段と拡大するために,平成2年2月3日 公示,同月18日施行に係る衆議院議員総選挙に真理党として教団幹部ら24名と共に, 東京都,神奈川県,埼玉県及び千葉県内の選挙区において立候補したが,いずれもわ ずかの票数しか得られず全員が落選し,惨敗した。被告人は,このような結果に対し,得 票計算で不正が行われたなどと弁解した。  被告人は,同年3月ころ,一部の教団幹部にボツリヌス菌の培養計画を実施させていた が,同年4月ころ,第1サティアン4階の被告人の部屋に,A3,A11,A6,A7,A16,A 17,A8,A9,A18,A19,A14,A20,A21,A22,A23など教団幹部ら二十数名を 集め,同人らに対し,「今回の選挙は私のマハーヤーナにおけるテストケースであった。 その結果,今の世の中は,マハーヤーナでは救済できないことが分かったので,これから はヴァジラヤーナでいく。現代人は生きながらにして悪業を積むから,全世界にボツリヌ ス菌をまいてポアする。」「中世ではフリーメーソンがペスト菌をまいた。それでヨーロッパ の人口は3分の1か4分の1になった。今回まくものは白死病と呼ばれるだろう。」「本来な らばこれは神々がすることであるが,神々がやると残すべき人を残すことができないので 我々でやる。オウムの子供たちを残していく。」などと言い,猛毒のボツリヌストキシンを生 成するボツリヌス菌を大量に培養してボツリヌストキシンを世界中に散布して多くの者を殺 すという無差別大量殺りくを実行するよう指示し,「救済の計画のために私は君たちを選 んだ。」と言って話を締めくくった。  これを受けてCSI,いわゆる科学班のリーダーであるA6の指示に基づき,大学院で獣 医学や医学を専攻していたA19及び医師の資格を有するA14らが,山梨県西八代郡e1村の第1上九と称する場所に建設されたプラントでボツリヌス菌の大量培養計画を進 め,A16らが,このプラントを運転し,A18やA21らが,培養された細菌を噴霧する装置 を製作し,同月ころから同年5月ころにかけて,A7やA20らが,噴霧装置の備え付けら れたトラックで,培養された細菌を都内等数箇所において噴霧したが,毒性のあるボツリ ヌス菌が培養されていなかったため,人を殺害するには至らなかった。

 被告人は,そのころ,クンダリニー・ヨーガの成就者に師,マハームドラーの成就者に正 悟師,大乗のヨーガの成就者に正大師の各ステージをそれぞれ与えることとし,同年7 月,A6,A7及びA16がマハームドラーを成就したものと認めて,同人らに正悟師のステ ージを付与した。

 2 被告人は,日本シャンバラ化計画の一環として,阿蘇山麓にある熊本県f1村に教団 の施設を造ろうと考え,同年5月ころ,同所の土地を取得し,施設の建設工事を進めるな どしていたが,これに反対する住民との間でトラブルとなり,教団は社会的にも強く非難さ れ,その後,同年10月下旬から11月にかけて国土利用計画法違反などによりA10,A8 及びA3らが逮捕され,全国の教団施設が捜索を受けるなどした。

 これに先立ち,A6は,被告人の指示に基づき,同年9月ころ,自らが中心となって,ホ スゲン爆弾による無差別大量殺りくを企て,ホスゲンを生産するプラント及びホスゲン爆 弾を造るのに必要な硝酸を生産するプラントを建設することとし,当初は第1サティアン で,同年10,11月ころからは熊本県f1村で,A18,A23,A21,A14らがA6の指示を 受けて,ホスゲンや硝酸のプラント造りに携わった。しかし,いずれのプラントも完成する ことなく,平成3年8月ころ,その計画は立ち消えになった。

 3 被告人は,そのころから平成4年秋くらいまでの間,生物・化学兵器等による殺りく計 画に関する話をすることはなく,国外では,信者らを連れ,救済ツアーあるいは巡礼ツア ーと称して,チベット,ラオス,スリランカ,インド,ロシア連邦,ブータン,ザイールなどを 訪問し,その国の政府要人や著名な僧侶等と会い,種々の援助をし,仏跡を巡り,スリラ ンカ支部やモスクワ支部を開設するなどし,国内では,テレビに出演し,雑誌等で著名人 と対談し,大学での講演会や教団各支部での説法を精力的に行い,支部活動に力を入 れるなどし,国内外で,入信者や出家信者の拡大に努めた。

 また,CSIは,平成3年9月ころ,広報技術部に名称が変更されたが,そのリーダーであ るA6ら同部所属のメンバーは,被告人の指示により,教団には高度の科学技術があると いうことを外部に知らしめ,理科系の優秀な人材を多数入信,出家させるため,飛行船の ほか,ホバークラフト,フリークラフト,多足歩行ロボット,ビラ配りロボットなど一応外観上 それらしいものを製作し,これらを教団の宣伝ないし広報のために利用した。

 このような教団における種々の活動等により,E11大学大学院で有機化合物の合成等 について研究をしていたA24や,E12大学大学院で物理学を専攻していたA25らが出 家するに至った。

 4 被告人は,平成4年11月に行われた全国の大学での講演会において,「ヨハネの 黙示録」や「ノストラダムスの予言」を解読したとして「これから2000年にかけて,筆舌に 尽くしがたいような,激しい,しかも恐怖に満ちた現象が連続的に起きる。世界的に戦争 が起き,そこでは核兵器だけではなく生物兵器や化学兵器も使用される。その結果,文 明国では10分の1くらいの人間しか生き残らない。10人中9人は死んでしまう。」などと説 いた上で,「皆さんに伝授する瞑想法に熟達すれば,多くの外的刺激に対し,生理的, 機能的に変化の起きないような自分自身を形成することができる。瞑想ステージが高い ほどその生命維持機能は強くなる。例えば,酸素濃度が危険値に突入したとしても成就 者は危険な状態にはならない。」などと述べ,暗に,生き残るためには教団に入信して被 告人の下で修行し成就するしかない旨示唆するなどし,高度の専門知識等を有する人 材の獲得に努めた。

 他方で,被告人は,そのころ,関西の大学での講演会に随行したA6,A18,A23ら広 報技術部の信者らに対し,「またヴァジラヤーナを始めるぞ。」などと話した。その後,A6 は,A34県内にある教団関連の鉄工所からの帰途,A23に対し,同鉄工所から持ち帰っ たプラズマ切断機を参考にしてプラズマについての装置を造るように指示し,A23はそ の製造に従事した。被告人は,平成5年春ころ,A23らに対し,強力なマイクロ波を発生 させて物を焼き溶かすプラズマ兵器の製造を指示し,業者からマイクロ波を発生させるパ ワーユニット等を購入させるなどしたが,結局プラズマ兵器を完成させるには至らなかっ た。

 5(1) 被告人は,教団の武装化の一環として武器を製造することを考え,同年2月上旬こ ろ,第2サティアン3階の被告人の瞑想室において,広報技術部のA6,A18,A25及び A23に対し,「もう理由は分かっているだろうが」と言い,武力による教勢の拡大を図るた めに必要な武器を製造するためであることは言わずもがなであるという趣旨の前置きをした後,「教団で実際に造れるように,ロシアに武器の情報を集めに行け。」と指示し,武器 の例として,ピストルよりも大きい銃,ラムジェットと呼ばれるロケットエンジン,固体燃料で 飛ぶロケットなどを挙げた。

 そこで,A6,A18,A25及びA23らは,同月11日から同月28日までの間,被告人らの 前記訪問等により政府要人らとのつながりのできたロシア連邦に赴き,軍の施設や大学, 研究所等を訪れ,銃やロケット等について種々の説明や講義を受けるなどし,教団自ら が設計製造するために,旧ソ連軍に採用された初速900m毎秒の弾丸を発射できる自 動小銃「アブドマット・カラシニコフ1974年式」(以下「AK-74」という。)1丁を入手し,こ れを分解して銃身及び弾倉の各一部や銃床など大型で銃の部品と一見して分かる部分 を除いたAK-74の部品多数と適合実包10発くらいを日本に持ち帰った。

 被告人は,帰国したA6らから報告を受け,AK-74を模倣した自動小銃を製造しようと 考え,同年3月初めころ,A26を自動小銃製造の責任者に指名して,その製造作業を進 めるよう指示した。

 (2) その後,A26は,第1サティアン1階で,A6らが持ち帰ったAK-74の部品を基に して設計図を作成し始め,A6と相談するなどして,部品の素材について銃床を木製から プラスチック製に,尾筒を鋼鉄製からステンレス製に変更するなど一部AK-74と異なる ものを採用することとし,銃部品と分からないような形状のばねやピン部品は,教団の在 家信徒が経営する会社や一般業者から購入することとした。

 (3) さらに,A18及びA23は,被告人の指示により,同年5月4日から同月28日までの 間,ロシア連邦に赴き,弾丸の製造法や火薬プラントのほか,自動小銃の金属部品の表 面に窒素を浸透させてその表面を硬くし耐摩耗性を強めるために行う窒化処理の方法 について調査し,窒化炉の図面等を入手するなどし,帰国後,A18が中心となって窒化 炉の設計を始めた。

 6 被告人は,核兵器の開発を企て,同年4月ころ,国内数箇所でウラン鉱石の有無を 調査させ,また,同年9月8日から同月18日までの間,A6ら広報技術部の信者らを連れ て,オーストラリアに赴き,ウラン鉱石の存在する可能性があるとして既に購入させていた 牧場で,ウランの採掘調査をしたが,核兵器を製造するに足りる十分なウランを確認する ことができなかったため,核兵器開発計画は実現するに至らなかった。

 7 A19は,平成4年ころから,毒性のある細菌類などを扱うことのできる気密性のある 部屋をあてがわれ,同所で,猛毒の炭疽菌やボツリヌス菌などの細菌類等について研究 していたが,A11又はA6は,被告人の指示に基づき,平成5年5月ころ,A19,A14,A 23,A21ら多数の教団幹部又は広報技術部の信者らに指示し,東京都江東区g1にあ る8階建ての亀戸道場内に,炭疽菌を大量に培養してこれを同建物から外部に噴霧する 施設を造らせた上,同年六,七月ころ,2回にわたり,同建物の屋上から周辺一帯に炭疽 菌を噴霧し,特に,2回目の際には,被告人自ら現場で指揮をとったが,その毒性にも疑 問があったほか噴霧の際の高圧で菌が死滅するなどしたため,人を殺害するには至ら ず,異臭騒ぎを起こすにとどまった。

 被告人は,その後,炭疽菌の培養施設をe1村内の教団敷地であるいわゆる第2上九 に移転させて,引き続きA19らに炭疽菌等の培養をさせ,A11を介してA27やA21らに トラックを改造した噴霧車を造らせるなどした上,同年七,八月ころ,2回にわたり,自らも A19やA7と共に噴霧車に乗車し,東京都内及びその周辺地域において,同噴霧車か ら培養した細菌を散布させたが,人を死に至らせる毒性を持つ炭疽菌等を培養すること ができなかったため,人を殺害するには至らなかった。

 8 被告人は,同年4月9日,高知支部での説法において,第3次世界大戦で使われる 中心的兵器はプラズマであり,ABC兵器,すなわち,原爆,水爆,中性子爆弾などのA 兵器も,トキシンつまり毒素を出す生物兵器であるB兵器も,サリン系のものなどの化学 兵器であるC兵器も,プラズマ兵器に対抗することができない旨述べる中で,「サリン系の ものもプラズマによりすべて原子の状態に戻り,これにより力が発揮できなくなるが,これ には抜け道があり,例えば,そのものが毒性がある塩素やフッ素等の場合,電離したとし ても,それをもし吸ったならば相当の被害を与えることができるだろう。その場合,その元 素そのものを化学反応させない形で保存しなければならない。」などとそのサリンに関す る知識を吹聴した。

 9(1) サリン(化学名はイソプロピルメチルホスホン酸フルオリダート)は,有機リン系の化 学物質であり,無色無臭で常温では液体であるが揮発性が高く,VX,ソマン,タブン等と 並ぶ化学兵器である。サリンは,気化するなどして体表から又は呼吸によりヒトの体内に 吸収され,神経伝達物質であるアセチルコリンを分解する酵素であるアセチルコリンエス テラーゼの活性部位に作用してその作用を阻害し,その結果,呼吸筋に障害を起こし, あるいは,呼吸中枢をまひさせるなどしてヒトを死に至らしめる。その毒性ないし殺傷力については,1立方メートル中にサリンが0.1g存在する場合,その中に1分間ばく露される と,その半数が死に至るとされている。

 (2) 被告人は,同年6月ころ,A6やA24らの意見を聴いた上,化学兵器の中でもサリン をしかもプラントで大量に製造しようと考え,A6を介するなどしてA24に対し,その生成 方法について研究するよう指示した。

 A24は,文献等を調査するなどして,第1サティアン4階で,まず標準サンプルとなるサ リンの生成実験を始め,購入したメチルホスホン酸ジメチル(以下「ジメチル」という。)から 3段階の反応を経て,同年8月ころ,フラスコ内で少量のサリンの生成に成功した。A24 は,同月下旬ころ,e1村に建設中の第7サティアン脇にあるA24の実験施設であるX1棟 に移動し,同所で引き続きプラントにおけるサリンの大量生成の方法について研究を進 めた。

 (3) 被告人は,そのころ,第2サティアン3階の被告人の部屋で,A3やA28の前で「私 の今生の目標は最終完全解脱と世界統一である。」旨の話をしてみせた。

 被告人は,第7サティアンに70tのサリンを生成するプラント(以下「サリンプラント」とい う。)を造ろうと考え,同年8月末か9月初めころ,A11,A6,A7らの同席する第2サティ アン3階の被告人の部屋において,A11の下で炭疽菌の培養,噴霧等に関与していた A21に対し,「70tのサリンプラントを造ってくれ。いきなり大きいのでいこう。」などと言っ て70tのサリンを生成することができるプラントの設計をするよう指示した。

 A21は,A24に聞いたり文献等を調査したりするなどし化学的知識を吸収してサリンプ ラントの設計に取り掛かり,サリンプラントを設置する第7サティアンの建設を担当するCB Iに対し,吹き抜け部分を一部設けてほしいなどの要望を出した。また,機械部品の製造 や溶接等に従事していたA27は,A11から,A21の設計に基づいてサリンプラントを建 設するよう指示された。

 A6は,同年夏ころ,被告人の意を受け,A7に対し,責任者としてサリン生成の原料と なる化学薬品を購入する手続を進めるよう指示した。A7は,その後,A24の計算したサ リンの大量生成に要する化学薬品の数量に基づいて,配下の教団信者に対し,A7の取 り仕切っていた教団のダミー会社を通じて,サリンの大量生成に要する原料であるフッ化 ナトリウム,イソプロピルアルコール等の化学薬品を購入するよう指示した。

 また,被告人は,サリンをヘリコプターで上空から散布することも考え,ヘリコプターの購 入を図り,A29やA30にヘリコプターの操縦免許を取らせるために,同人らを,同年9月 にはアメリカ合衆国に,平成6年2月にはロシア連邦に派遣した。

 (4) 第7サティアンは平成5年9月完成したものの,A24はなおサリンプラントにおけるサ リンの生成方法の研究について試行錯誤しており,同年10月ころからは,A14がサリン 中毒に備えるとともにサリンの生成方法について助言などするためにA24のしている研 究にかかわるようになり,A31及びA32もその補助者としてこれに関与するようになった。  なお,被告人は,同月18日,広報技術部の名称を真理科学技術研究所に変更した。

 (5) 被告人は,同月25日,清流精舎での説法において,「この1週間の間に,家族や弟 子が私に対して頭痛がする,吐き気がする,目の奥が痛いなどと言ってきたが,これらは すべて,マスタードガスなどのびらん性ガスや,サリン,VXなどの神経ガスであり,私たち の神経を冒し,私たちを死に至らしめるものである。そしてこの第2サティアンの出来事 は,このびらん系のガスと神経系の毒ガスが混ざったものを長期にわたり,第2サティアン に対して攻撃した結果としての現象であった。」旨述べ,前記のとおり自らサリン等の製造 を弟子に指示しておきながら,教団敷地内で起きた出家信者らの症状について外部から 毒ガス攻撃を受けた結果であるなどとうその説明をした。

 (6) A24は,サリンの大量生成の研究を続け,A6,A14及びA21らと相談するなどした 上,同年11月ころ,サリンプラントにおける5工程から成るサリンの大量生成の方法を決 め,第1工程では,溶媒としてN-ヘキサンを用い,三塩化リン,メタノール及びNNジエ チルアニリンを反応させて亜リン酸トリメチルを生成し,第2工程では,触媒としてヨウ素を 用い,亜リン酸トリメチルからジメチルを生成し,第3工程では,ジメチル及び五塩化リンを 反応させてメチルホスホン酸ジクロライド(以下「ジクロ」という。)を生成し,第4工程では, ジクロ及びフッ化ナトリウムを反応させてメチルホスホン酸ジフロライド(以下「ジフロ」とい う。)を生成し,第5工程では,ジクロ,ジフロ及びイソプロピルアルコールを反応させてサ リンを生成することとした。

 10(1) 被告人は,かねてから説法等の中で,E13会を非難し,平成2年の衆議院議員 選挙の際にE13会が選挙妨害をしたとか,E13会がメディアを利用してオウムを攻撃した などと主張してE13会を誹謗中傷するとともに,E13会の名誉会長であるD3に対しては 世界を崩壊させようとしているフリーメーソンの日本における手先であり,多くの人をだま して来世悪趣に転生させてしまうのでこれを防がなければならないなどと主張してこれを敵対視し,その殺害の機会をうかがっていたが,前記のとおりサリンの大量生成の方法に ついてめどがついたことから,その製法によって生成されたサリンを使ってD3を暗殺する ようA6らに指示した。

 (2) A6らは,当初,暗殺の手段としてラジコンヘリコプターにより空中からサリンを散布 することも考え,ラジコンヘリコプターを数機購入し,アメリカ合衆国から帰国したA29ら にその操縦の練習をさせていたが,ラジコンヘリコプターを大破させてしまったことから, その方法によることは止めて,乗用車の後部トランクに霧状に噴霧する農薬用噴霧器を 積載し,車を走行させながらサリンを噴霧することとした。

 そこで,A6,A7,A14及びA21の4名は,平成5年11月中旬ころ,前記の生成方法に 基づき生成されたサリンを含有する約600gの溶液(以下「600gサリン溶液」という。)を 注入した前記噴霧器の積載された乗用車に乗車し,D3が滞在しているとの情報を得た 東京都八王子市内にあるE13会の施設の周辺を走行しながら600gサリン溶液を噴霧し た(以下,この事件を「第1次D3事件」という。)が,D3の殺害には至らなかった。

 (3) 他方,A6ら4名は,車内で防毒マスクをしておらず,車内に流入したサリンにより, 程度の差はあれ,手足が震える,息が苦しくなる,目の前が暗くなるなどのサリン中毒の 症状が現れたが,付近に乗用車を停め,A14があらかじめ用意していたサリン中毒の治 療薬であるパムを注射して事無きを得た。その後,A14は,現場近くまで来ていた被告 人に「サリンを吸って死にかかりました。」と報告すると,被告人から「死ななくてよかった な。」と言われた。

 11(1) A6は,再度,被告人から,教団で生成したサリンを使ってD3を暗殺するよう指示 を受け,サリンによる殺傷力を高めるために,A14に対し,5㎏のサリンを造るよう指示す るとともに,A21に対し,サリンをガスバーナーで加熱し気化させて噴霧することのできる 噴霧車を製作するよう指示した。そこで,A14及びA24は,前記の5工程の生成方法に より,サリンを含有する約3㎏の溶液(以下「3㎏サリン溶液」という。)を生成し,A21は溶 接班のメンバーに指示して,鉄板の上にサリンを滴下して気化させそれを大型ファンで 上方に排気する構造の噴霧装置を幌付きの2tトラックの荷台に装備しサリン噴霧車を製 作した。

 (2) A6及びA7は,同年12月中旬ころ,3㎏サリン溶液を入れたサリン噴霧車で,D3が 滞在しているとの情報を得たE13会の前記施設前に赴き,同人を暗殺しようとして,同所 でサリンの噴霧を始めた(以下,この事件を「第2次D3事件」という。)。しかし,ほどなく後 部荷台の幌内部が燃え始めたため,同施設の警備員に不審を抱かれ,A6及びA7は, 同所でのサリン噴霧をあきらめてその場から逃走した。

 A6及びA7の両名は,ビニール袋を頭から被り酸素ボンベからエアラインを通して酸素 を送り込む方式の防毒酸素マスクを着用していたが,サリン噴霧車を運転していたA7 は,警備員の追跡から逃れる途中,防毒酸素マスクを外すなどしたため,サリンに被ばく し,次第に視界が暗くなり,呼吸困難に陥り,やがてひん死の状態に至った。

 (3) 医療役としてワゴン車で現場付近に赴き待機していたA14及びA19らは,A6及び A7と合流し,A7に対しパム等を注射し,A6と共に人工呼吸を施すなどの救急救命措置 をとりながら,東京都中野区h1にある教団附属医院にA7を搬送した。前回と同様に八 王子に来ていた被告人もその報告を受けて教団附属医院に赴き,同医院の医師である A33に対し,サリンでD3を殺害しようとしてA7がサリンに被ばくした旨の説明をしてその 治療をするよう指示した。A14らの前記措置及びA33の治療によりA7は一命を取り留 め,症状は回復した。

 現場付近で待機しワゴン車で前記救急救命措置をとりながらA7を教団附属医院に搬 送したA14,A19及びA21は,視界が暗くなる,鼻水が出る,足や舌がしびれるなどの 症状が出たので,同人らにもパムが注射された。

 (4) 第2次D3事件にかかわりA7の症状を目の当たりにした被告人及びA6ら教団幹部 らは,これを契機に,A24らが生成したサリンを加熱し気化させて噴霧した場合に相当な 殺傷力を有すること及びサリン中毒を避けるために前記防毒酸素マスクが有効であること などを認識した。

 (5) 被告人は,そのころ,亀戸道場の被告人の部屋で,信徒対応に当たっているA28, A34,A22,A35らに対し,「サリンができた。あと3万人いれば何とかなる。だから,何と してでも3万人のサマナを作らないといけないんだ。」などと大量の出家信者を獲得する よう指示した。

 12(1) A6は,2度にわたりD3暗殺に失敗したことから,同月終わりころ,被告人の意を 受け,A14に対し,再度D3を暗殺するために使うサリンを50㎏造るよう指示した。

 (2) A14は,平成6年1月,A21に依頼して,X1棟内に強力な排気装置を備えた実験 室であるスーパーハウスを造らせ,A24と共にA32,A31,A36に指示しながら,同所で,前記の5工程の生成方法により,第4工程まで生成を済ませた。しかし,同年2月上 旬から同月中旬にかけて,A14が別件でe1村を離れることが多かったことから,A21及 びA24が被告人に対しA14抜きで第5工程を行ってよいか相談したところ,被告人から A14が戻るまで第5工程を実施するのを待つよう指示された。

 A14は,同月中旬ころ,e1村に戻ってサリン生成作業を再開し,サリンプラントの設計 に資するために反応熱等のデータを入手したかったA21らと共に,第7サティアン3階に おいて,防護服を着用し,容量が100リットルのグラスライニング製反応釜などを使用して 第5工程の作業を実施し,サリンを含む溶液約30㎏を生成した。なお,同工程におい て,A14らは,当初予定していた量を超えてイソプロピルアルコールを加えたため,サリ ンのほかメチルホスホン酸ジイソプロピルも生成されてサリンの含有率は約70%となり,さ らに,反応釜の内部のグラスライニングされているコバルトを含有するガラスが溶け出て, 生成されたサリンを含有する溶液は青色を帯びた(以下,この溶液を「青色サリン溶液」と いう。)。

 ほどなくして,被告人は,約30㎏の青色サリン溶液が生成された旨の報告を受けた。

 (3) A14は,青色サリン溶液約30㎏をA21らと共に3個のテフロン容器に小分けしてそ の容器を第7サティアン3階の小部屋に保管し,その後同年4月になってその容器をX1 棟内に移してA24の下で保管するに至った。

 13 被告人は,かねてから自己の前生は中国を宗教的政治的に統一した明の朱元璋 であるなどと公言していたが,同年2月22日から数日間,A6,A7,A28,A8,A19,A 14ら教団幹部や真理科学技術研究所のメンバーその他の出家信者ら合計約80名を引 き連れて中国に旅行し,前世を探る旅として朱元璋ゆかりの地を巡った。

 被告人は,その旅の途中,ホテルの一室で,約80名の同行した出家信者に対し,タン トラ・ヴァジラヤーナにおける五仏(ラトナサンバヴァ,アクショーブヤ,アミターバ,アモー ガシッディ,ヴァイローチャナ)の法則について,「ラトナサンバヴァの法則とは,財というの ものはもともと個人に帰納されるものではなく,善あるいは徳のために使うべきであり,善 あるいは徳のために財を使うことができるとするならば,それは盗み取ってもいいという教 えである。アクショーブヤの法則とは,例えば毎日悪業を積んでいる魂は長く生きれば生 きるほど地獄で長く生きねばならずその苦しみは大きくなるので,早くその命を絶つべき であるという教えである。アモーガシッディの法則とは,結果のために手段を選ばないと いう教えである。」などと体系的に説いた上,「1997年,私は日本の王になる。2003年ま でに世界の大部分はオウム真理教の勢力になる。真理に仇なす者はできるだけ早く殺さ なければならない。」旨の説法をし,武力によって国家権力を打倒し日本にオウム国家を 建設して自らがその王となり,さらに世界の大部分を支配する意図を明らかにした。

 14(1) 被告人は,そのために,サリンプラント製造計画と自動小銃製造計画を軸とする 教団の武装化をより一層早める必要があると考え,中国旅行から帰国した直後である平 成6年2月27日ころ,亀戸道場において,中国旅行に同行したメンバーに対し,「私や教 団が毒ガス攻撃を受けている。このままでは殺されるからホテルに避難する。」などと言っ て,都内のホテルE14に移動した上,同ホテルにおいて,亀戸道場から移動してきたメン バーらの前で,「このままでは真理の根が途絶えてしまう。サリンを東京に70tぶちまくし かない。」などと言い,さらに,A6,A8,A28らの前で,サリンによる壊滅後,日本を立て 直して支配するが,オウムが生き延びるためにも食糧事情等の調査もしなければならな いという趣旨のことを話した。

 また,被告人は,同ホテルで,サリンプラントの設計担当者であるA21ら真理科学技術 研究所のメンバーを集め,同プラントの設計担当者を追加して工程ごとに設計担当者を 割り振るとともに,その設計を急ぐよう発破を掛けた。

 (2) 被告人は,その翌日,千葉市内のホテルE15に移動し,同所に呼び寄せた真理科 学技術研究所のA26,A25やA23のグループに対し,「X2(A23)とA25は,X3(A2 6)のほうに入れ。AK-74,1000丁,一,二か月でできるか。」と言い,A23及びA25 に,A26が責任者を務めていた自動小銃の製造チームに加わり,自動小銃1000丁を 一,二か月で完成させるよう指示した。被告人は,その際,A23に対し,A6から指導を受 けながら,鍛造でAK-74の部品を製造すること及び,弾丸を造る目的で購入したもの の部品が欠けていて正常に作動しないトランスファープレスを配下の信者を使って稼働 できる状態にすることを指示し,A25に対し,窒化炉の製作に携わっているA18を引き継 いでこれを完成させるよう指示した。

 (3) 被告人は,同ホテルにおいて,A10,A34やA37らのグループに対しては,自衛 隊を取り込むために自衛隊員の意識調査をし,また,東京が壊滅した後に理想的な社会 を作っていくための作業として,現代の日本の矛盾点について1か月で調査するよう指示 するなどした。

 15 被告人は,同年3月11日,教団仙台支部において,一般信者に対し,「E16と呼ば れる日本を闇からコントロールしている組織やそれと連動する『公安』等がイペリットガス や神経ガスを,オウム真理教に対し,特に富士山総本部道場,第2サティアン,第6サテ ィアンに対し噴霧し続けてきた。オウム真理教がこのままでは存続しない可能性がある。 オウム真理教が存続しなくなるとするならば,この地球は,そしてこの日本は完全なる壊 滅の時期を間もなく迎えるであろう。私の弟子たちや信徒は立ち上がる必要がある。皆さ んの周りの多くのまだ無明に満ちた魂をしっかりと真理に引き入れ,この日本を,この地 球を救う必要があるんだということを厳に理解してほしい。さあ,君たちも自分自身の輪廻 を懸けて立ち上がってほしい。君たちにできる精一杯の救済活動,精一杯の聖・科・武の 実践に励んでほしい。」旨の説法をし,一般信者には,教団がサリンの大量生成や自動 小銃の製造などの武装化を進めていることを秘し,教団が国家権力から毒ガス攻撃を受 け続けているなどとうそを言い,危機的状況にあることを強調して国家権力に対する敵が い心をあおり,これに対抗するためには「聖の実践(最高の聖者になるよう修行するこ と)」,「科の実践(科学的知識を磨くこと)」及び「武の実践(耐える力を強めること)」に励 むことが重要である旨を説き,これを皮切りに以後同月下旬まで,大阪支部,高知支部, 杉並道場などにおいて,同趣旨の説法を行った。

 16 被告人は,同月中旬ころ,沖縄のホテルに宿泊した際,同ホテルで,同行していた A7,A28,A22らに対し,「もうこれからはテロしかない。」などと言い,A7をリーダーとし て,自衛隊出身あるいは武道のできる出家信者十数名をそのまま沖縄に残し軍事訓練 のためのキャンプをさせ,そして,同年4月6日ころには,そのうち約10名をロシア連邦に 派遣し,数日間,軍の施設で自動小銃等による射撃の訓練をさせた。

 被告人は,ロシア連邦から帰国した射撃訓練のメンバーらを集め,同人らの話やロシア 連邦での訓練の様子等を撮影したビデオなどに表れた浮ついた態度に腹を立て,お前 たちはこれから死んでもらう,オウムから抜け出したら殺すなどと強く言い,他方で,A6や A7については,一度自分のために命を捨ててくれたから信用できる旨言うなどして,同メ ンバーに対し,命懸けで事に当たるよう厳しくしったした上で,布施を集めることができる 者は支部に戻って布施を集め,それ以外の者は,A7をリーダーとする軍事訓練のキャン プに入るよう指示した。

 なお,ロシア連邦における射撃等の訓練は,同年9月下旬ころにも,異なるメンバーで, 多種の武器を用いて実施された。

 17(1) A23らは,平成6年3月から自動小銃の製造に携わるようになり,週1回くらい被 告人に呼ばれて第6サティアンでのミーティングに加わり,進ちょく状況等について報告 するなどしていた。A23は,同年4月中旬ころまでに,鍛造部品のほかにも,自ら被告人 に申し出て鋳造部品の製作も担当するようになり,引き金,遊底,撃鉄など発射機能に関 係する機関部の21種類の金属部品を造ることになったが,鍛造では,余分にはみ出す 金属部分である「バリ」をマシニングセンターで取り除く後加工に時間がかかるという問題 があり,鋳造では,鋳型の中の隅々まで溶かした金属が行き渡らないという問題があった ことから,同月下旬ころまでに,被告人にその旨報告した。

 被告人は,その際,A23に対し,「とにかく早く1丁造れ。」と言ったほか,「鍛造鋳造につ いては新たに開発しなければいけないことがあるから,マシニングセンターのほうがすぐ できるだろう。最初からマシニングセンターでやればいいだろう。」などと言い,上記21種 類の金属部品の製造方法をマシニングセンターで行うことに変更するよう指示するととも に,マシニングセンターで部品を造るのにどれくらい時間がかかるか調べるよう指示した。 A23は,後者の指示に対し,各部品平均で4時間かかる旨報告すると,被告人から「もう 少し短くしろ。」と言われたことから,プログラムの改良等により30分縮めて平均3時間半 にした旨報告すると,被告人から「それでいい。」と言われた。

 また,被告人は,A6にマシニングセンターを購入するよう言い,A23に必要な台数をA 6に報告するよう指示した。A6は,A23から,21種類の部品について1部品につき1台 と,素材加工用2台の合計23台のマシニングセンターが必要である旨聞き,業者から1 台三,四百万円もするマシニングセンター22台を購入する手続をした。そして,A25が, 被告人の指示で,その22台に清流精舎にある1台を加えた23台のマシニングセンター を第11サティアンに搬入し設置した。

 (2) A23らは,上記21種類の部品について清流精舎での試作を同年5月ころ終え,第 11サティアンでの量産の準備に入り,真理科学技術研究所所属の教団信者十数名をマ シニングセンター担当者とし,試作段階で清流精舎で組んでいたプログラムを新しい機 械に合わせて組み直す作業をさせるなどし,第11サティアンで部品を製造する準備に当 たらせた。

 18 被告人は,平成5年12月ころから,信者らに電極付きの帽子を被らせて被告人の脳波をその脳に送り込むというイニシエーション(PSI)を始め,これにより修行が飛躍的 に進むなどとして,在家信徒に対して,PSIの対価として高額の金員を徴収していたが, さらに,平成6年6月ころからは,幻覚剤であるLSDの入った液体を飲ませるキリストのイ ニシエーションを出家信者や在家信徒に実施してLSDのもたらす作用により神秘的な幻 覚体験をさせ,被告人に対する帰依を強めるとともに,その対価として高額な金員を徴収 し,また,同年秋ころからは,LSDと覚せい剤の入った液体を飲ませるルドラチャクリンの イニシエーションを実施した。

 19 被告人は,同年5月ころ,A10らのグループに対し,オウムでも日本やアメリカ合衆 国のような省庁制度を作るので,その国家制度について調査するよう指示するとともに, そのころ,日本国を壊滅した後における将来の国家体制を担うオウム国家の憲法草案を 起草するよう指示した。同年6月ころの段階での憲法草案には,主権は神聖法皇である 被告人に属することや神聖法皇に国家権力を集中することなどの規定が置かれ,国名は 太陽寂静国とされていた。

 また,被告人は,オウム国家の建設に向けて組織の改編を断行し,日本やアメリカの行 政組織を模した省庁制を採用することとし,教祖である被告人を頂点とし,その下に,被 告人が直轄する法皇官房(実質的責任者はA34),武装化に向けて兵器等を開発する などしていた真理科学技術研究所が改編された科学技術省(大臣はA6),被告人やそ の家族の警護や軍事訓練,スパイの摘発等を担当する自治省(大臣はA7),食品・生化 学関係の研究開発等を担当する厚生省(大臣はA19),信者の医療等を担当する治療 省(大臣はA33),信徒からの情報収集その他の諜報活動等を行う諜報省(CHS,大臣 はA28),被告人やその家族の世話をする法皇内庁(長官はA14)などの省庁を設け, その大臣や次官には教団幹部を任命した。  被告人は,同年6月26日深夜から翌27日未明にかけて,都内にある教団の飲食店 で,省庁制の発足式を行い,各省庁の大臣や次官を出席させ,各自をしてそれぞれの 決意を述べさせた。

 なお,省庁制の施行に伴い,ステージの制度の見直しもされ,師のステージが菩師長, 菩師長補,菩師,愛師長,愛師長補,愛師の6段階に細分化され,また,師の下に師補 などが設けられた。

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