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オウム真理教事件・麻原彰晃に対する判決文/chapter eleven

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ⅩⅠ VX3事件

 (B20VX事件[殺人未遂],B21VX事件[殺人],B5VX事件[殺人未遂])

(平成8年2月9日付け及び平成7年12月22日付け追起訴状記載公訴事実)

[VX事件に至る経緯]

 1(1) 被告人は,松本サリン事件後,現場からサリンが検出された旨の報道がされたこと から,同事件が教団の犯行によるものであることが発覚するのを避けるため,しばらくサリ ンの使用を控えることとした。そしてそれに代わるものとして,これまでA6やA24らに調査 検討させていた化学兵器のうち最強の神経剤と言われるVXを教団で生成することとし, 平成6年8月ころ,A19を介してA24に対し,1㎏を目標としてVXを生成するよう指示し た。A24は,これを受け,X1棟で実験の末,エチルメチルホスホノクロライドを生成するA 工程,2-(N,N-ジイソプロピルアミノ)エタンチオールを生成するB工程及びその両者 の生成物をヘキサン又はベンゼンを溶媒としトリエチルアミンを反応促進剤としてそれぞ れ用いて反応させVXを生成する最終工程の3工程からなる生成法に基づき,同年9月 上旬ころ,B工程の2-(N,N-ジイソプロピルアミノ)エタンチオールについては市販の 塩酸塩を使用してVX約20gを生成し,GC/MS(ガスクロマトグラフィー質量分析計)等でもこれを確認した。なお,被告人やA7,A28らVX関係者は,VXを「神通」又は「神通 力」と呼ぶようになった。

 (2) VXは,化学名がO-エチル-S-(2-N,N-ジイソプロピルアミノエチル)メチル ホスホノチオレートで,1950年代にイギリスやアメリカで開発された化学兵器であり,無 臭で常温では無色ないし黄褐色の液体で,揮発性は低いが,皮膚に付いた場合の浸透 性が強く,その場合の半数致死量はヒト1人当たり15㎎であり,毒性がサリンの100倍とも 1000倍とも言われる最も殺傷力の強い神経剤である。VXは,サリンと同様,コリンエステ ラーゼ活性を阻害するなどしてヒトを死に至らしめ,VX中毒の主な症状は,縮瞳,呼吸 困難,嘔吐,発汗,けいれん,意識障害などである。

 (3) 教団の武装化の一環として,法皇官房に指示して信徒の拡大と出家者の大量獲得 をもくろんでいた被告人は,在家信徒の出家阻止,脱会等のための活動を精力的に行 っているB6弁護士に対し,平成6年5月にはB6サリン事件に及ぶなどその排除の必要 性を以前から感じていたが,VXが生成された旨の報告を受け,B6弁護士にVXを付着 させその殺傷力を確かめようと考え,同年9月中旬ころ,A7やA19に対し,治療役として A14を連れていき,VXの効果を確かめるために,B6弁護士の使用する自動車のドアの 取っ手にVXを付けるよう指示した。

 A7,A19及びA14は,A24の生成したVXを持参し,B6弁護士方付近でこれを付着 させるために整髪料と混ぜてB6車両のドアの取っ手にその混合物を付けたが,その方 法等に問題があったためVXの効果を確かめることはできなかった(以下,この事件を「第 1次B6VX事件」という。)。

 (4) A24は,同月下旬ころ,B工程の2-(N,N-ジイソプロピルアミノ)エタンチオール を自ら生成するなどして,VX約20gを生成し,GC/MS等でもこれを確認した。 

 被告人は,同年10月中旬ころ,A28に対し,「B6の乗っている車にVXを付けてこい。 VXはA24から受け取れ。」と指示した。

 A28は,A24から,A24の生成したVXを受け取り,A14及びA45と共に,B6弁護士 方付近に行ったが,同所に警察官がいたことから,実行はしなかった(以下,この事件を 「第2次B6VX事件」という。)。

 2 B20(明治45年1月1日生)は,平成6年当時,東京都中野区r1所在の自宅で一人 暮らしをしていたが,D9とは,約20年来の知り合いであり,同人の美容院開業の際にも 保証人になるなど親しい関係にあった。

 D9は,平成5年ころ,家族で教団に入信し,平成6年8月には家族と共に出家するなど し,その間,数千万円の金品を教団に拠出したが,教団幹部によりD9の娘に対しバルド ーの導きが強引に行われたことなどから,同月中旬ころ,家族と共に教団施設を出てB2 0方に逃げ込んだ。教団信者がD9らを連れ戻しにB20方に押し掛けてきたが,B20はこ れを追い返した。D9は,教団から財産を取り戻すことを考え,B20から弁護士の紹介を 受けるなどして,同年11月4日,東京地方裁判所に対し,教団を被告として,D9が教団 に拠出した数千万円の金品の返還請求訴訟を提起した。B20は,その弁護士費用やD 9がマンションに居住するのに要する費用を立て替えるなどした。

 3 被告人は,A10らから上記の訴訟等について報告を受け,B20がD9を背後から操 っているのではないかと考え,同月21日ころ,A28に対し,B20の身辺やD9親子がB2 0方に出入りしているかどうかを調査するように指示した。A28は,教団諜報省等の出家 信者を使って調査した結果,B20が朝ごみを出したり散歩をしたりし,夕方もよく散歩する こと,D9親子がB20方の近くのマンションに住み,B20方に出入りしていることなどが分 かり,被告人にその旨報告した。

 被告人は,それを聞いて,D9に上記の訴訟を提起させたのはB20であり,B20がいな くなればD9親子は教団に戻ってくると考え,VXでB20を殺害しようと企て,同月下旬こ ろ,A6を介して,A24に対し,100gのVXを至急生成するよう指示した。

 A24は,VXの生成を試みたが,最終工程において,反応促進剤としてトリエチルアミン ではなくNNジエチルアニリンを使用したため,VXではなく毒性のないVX塩酸塩を生成 してしまった。

 4 被告人は,同月26日ころの朝,第6サティアン1階の被告人の部屋で,A7,A28及 びA19に対し,「B20は悪業を積んでいる。D9の布施の返還請求は,すべてB20が陰 で入れ知恵をしている。B20にVXを掛けてポアしろ。そうすれば,D9親子は目覚めてオ ウムに戻ってくるだろう。これはVXの実験でもある。B20にVXを掛けて確かめろ。」など と言って,B20にVXを掛けて殺害することを指示し,さらに,具体的な殺害方法としては VXを注射器に入れてB20に掛けること,役割分担については,VXを掛ける役割はA28 が務め,それが失敗した場合には自治省に所属するA46に実行させること,実行役等が VX中毒になった場合の治療役としてA19及びA14が同行すること,さらにA19はVXを注射器に入れて用意すること,諜報省に所属するA45及びA47も犯行に加えること,現 場指揮はA28が務め,A7がこれを補助することなどを指示し,A28,A7及びA19はこ れを承諾した。ここに,被告人は,A28,A7及びA19との間で,B20にVXを掛けて殺害 する旨の共謀を遂げた。

 5 A28らは,A14,A45及びA47に被告人の指示を伝え,A28,A7,A19,A14, A45及びA47の6名は,同月26日夕方,B20方付近に赴き,B20が出てくるのを待って いた。A28は,見張り役のA45からB20が出てきた旨の合図を受け,用意されていたVX 塩酸塩入りの注射器を持って,B20に近づいたが,これを掛けるタイミングを失い,失敗 した(以下,この事件を「第1次B20事件」という。)。

 A28ら6名は,その後,諜報省の東京における拠点である東京都杉並区s1にある一軒 家(以下「s1の家」という。)に戻り,B20方の斜め向かいにある空き家を見張り場所及び 実行役の待機場所とすることなどを話し合い,A28ら3名が同所に赴きその空き家を使 用できることを確認した。また,A7は,A28が実行役を降りたい旨言い出したことから,実 行役をA46に変更することについて念のために被告人の了解を得た上で,e1村にいる A46に迎えをやった。

 6 A28,A7,A14,A46,A45及びA47は,同月27日朝,B20方付近に赴いた。A 46は,同所で,A28,A14及びA7らから,B20という老人の後頭部をねらって,皮膚に 付くと強い殺傷力を有する注射器内の液体を掛けるように指示されるとともに実行の際に 注意すべき点などについて説明を受け,また,被告人の指示でA46が実行役を務めるこ とになったことを聞かされた。A28ら実行メンバーは,B20が自宅から出てくるのを同日 午後10時ころまで待っていたがB20が出てこなかったため,翌朝出直すこととし,また, A7がB20に声を掛け注意を引きつけるおとり役も兼ねることとした。

 A28ら実行メンバー6名は,同月28日朝,B20方付近に赴き,A7,A46及びA47がB 20方の斜め向かいにある空き家に入り,B20が自宅から出てくるのを待っていたところ, 同日午前8時30分過ぎころ,B20がゴミを出しに自宅から出てきたことから,A46及びA 7がB20に近づき,A7がB20に声を掛けて注意をそらしている間に,A46がB20の後方 から注射器でVX塩酸塩をB20の後頭部付近に掛けた(以下,この事件を「第2次B20事 件」という。)。

 7 実行メンバー6名のうちA45を除く5名は,e1村の教団施設に戻り,第2サティアン3 階の被告人の部屋に行き,被告人に第2次B20事件について報告をしたところ,被告人 は,「よくやった。」などとねぎらいの言葉を掛け,A46に対し,「この毒液はVXという最新 の化学兵器だ。こういうことはX11(A46)が適任だな。今日からX11は菩師だ。」などと 言って,A46のステージを師補から菩師に昇格させ,A47のステージも愛師から愛師長 補に昇格させた。

 しかし,被告人は,A28らがB20にVXを掛けた結果について確認していないことを知 ってそのことをしかり,至急B20の状態について確認するようA28らに指示した。A28ら が調査をした結果,B20が普段と変わらない生活をしていることが分かり,被告人にその 旨報告した。

 8 被告人は,その後,B20に掛けた物質がVXとは化学的性質が異なるVX塩酸塩で あったことを知り,同月30日ころ,A6を介してA24に対し,VX塩酸塩ではなくVXを50g 至急生成するよう指示した。A24は,X1棟でVXの生成に取り掛かり,反応促進剤として トリエチルアミンを使ってVX約50gを含む二百数十㏄の溶液(以下「VX溶液」という。)を 生成した。

 9 被告人は,A24が新たにVXを生成したことを聞き,同年12月1日ころ,第6サティア ン1階の被告人の部屋で,A7に対し,「新しいVXができた。これでB20をポアしろ。今度 は大丈夫だろう。」などと言って,新しいVXでB20を殺害することを指示した。その際,A 7が,VXを掛ける方法について,「前と同じ方法でよいでしょうか。」と尋ねると,被告人 は,「それでいいんじゃないか。」と答えた。

 10 A7は,その足で,X5棟に赴いて,A19に対し,被告人から新しいVXができたと聞 いた旨話した上,VXを注射器に詰めてほしい旨頼み,後でA14に取りにいかせる旨告 げた。A7は,次にA14のところに行き,新しいVXができ,それでB20をポアすることにな ったことを告げ,A46と連絡が取れ次第東京に行くから準備してほしい旨及びA19のとこ ろにVX入りの注射器を後で取りにいってほしい旨頼んだ。A19は,VX若干量を注射器 2本に吸引しこれをA14に渡した。

 A7は,電話でA28に対し,東京に行くから待機していてほしい旨伝え,また,配下の出 家信者にA46を東京まで連れていかせるなどした。このようにして,A28ら前記実行メン バー6名がs1の家に集合した上,A7がおとりになってB20の気をそらしそのすきにA46 がB20にVXを掛け,A45が空き家で見張りをし,A14が治療役として待機し,A47がワゴン車を運転することなど各自の役割を確認するなどした。  11 A28ら実行メンバー6名は,同月2日早朝,ワゴン車など2台の車両に分乗してB2 0方付近に行き,A7,A46及びA45がB20方の斜め向かいの空き家に入り,自宅からB 20の出てくるのを待った。見張りをしていたA45が,同日午前8時30分ころ,B20がゴミ を出すために自宅から出てきたのを見て,A7らにその旨知らせると,A7及びA46は空き 家から外に出てB20に近づいていき,A7がB20の注意を引き付けるために,その前に 立って「おはようございます。お寒いですね。」と声を掛け,A46がB20の後方に近寄っ た。

第1 B20VX事件

[罪となるべき事実]

 被告人は,A7,A19,A28,A14,A46及びA47らと共謀の上,B20(当時82歳)にV Xを付着,浸透させて同人を殺害することを企て,平成6年12月2日午前8時30分ころ, 東京都中野区r1付近路上において,A46が,B20の後方から,あらかじめ準備していた 注射器内のVXをB20の後頭部付近に掛けて体内に浸透させたが,同人に加療61日間 を要するVX中毒症の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかったものであ る。

第2 B21VX事件

[犯行に至る経緯]

 1 B21(昭和40年12月23日生)は,平成6年当時,大阪市t1区に居住し,食品販売 会社に勤務し,柔道二段で柔道場に通うなどしていた。同人は,超能力等に興味を持っ ていたことから,教団の法皇官房における信徒拡大プランの一つで,ミステリーツアーと 称してe1村に連れていきLSD等を使用して神秘体験などをさせる「ヴァジラクマーラの 会」に参加したことはあったが,それ以外教団とかかわりがなかった。

 2 被告人は,平成6年11月ないし12月ころ,教団大阪支部の在家信徒であるD10が 信徒を下向させて自分の一派を作ろうとしているという情報を得たことから,法皇官房で その調査をさせたところ,D10と関係のある不審人物としてB21の名前が挙がってきたた め,同人がD10を操るスパイであると決めつけ,VXでB21を殺害することを決意した。

 3 そこで,被告人は,同年12月8日から同月9日にかけての深夜,第6サティアン1階 の被告人の部屋で,呼び出したA28及びA7に対し,「D10は悪業を積んでいる。D10 は女性信徒に性的強要を謀ったり,教団分裂を謀った。D10を操っているのは,大阪の 柔道家でヴァジラクマーラの会に参加したことのあるB21という者だ。法皇官房で調査し たんだが,B21が公安のスパイであることは間違いない。VXを一滴B21にたらしてポア しろ。」と言い,さらに,実行するメンバーは,B20VX事件のメンバー,すなわち,A28, A7,A14,A46,A45及びA47の6名でいいのではないかと言って,その実行メンバー 6名でVXによりB21を殺害するよう指示し,A28及びA7はこれを承諾した。

 4 A28及びA7は,その後,二人で手分けして他のメンバーに連絡し,また,A28が別 件で同月11日に札幌に出張する予定があることから,A7は,同月11日,一足先にA47 らと大阪に行き,B21の自宅や勤務先等の下見をするなどした。A28は,同日午後10時 ころ,関西国際空港で,迎えにきたA7と合流し,一緒にB21の勤務先や自宅等を下見 し,B21方近くの建物の屋上からB21方2階の様子を探るなどした後,A46及びA47の 待つ宿泊先である大阪市内のホテルE20に行った。

 A14は,A28から直接又はA45を介して指示を受け,VX入り注射器2本を持って,A 45と共に大阪に行き,迎えにきたA28と一緒にB21方の下見をしたりB21が自宅から出 てくるのを見張る場所を検討したりした後,ホテルE20でA7らと合流した。

 A28ら実行メンバー6名は,同月12日午前5時ころ,ホテルE20の一室に集まり,A28 やA7が,他の4名に対し,被告人の指示でB21という公安のスパイにVXを掛けることに なったこと,B21が30歳くらいの男性で,背が高く,大阪の柔道家であるらしいこと,B21 は,朝自宅から新大阪駅まで歩いていき,同駅から御堂筋線とモノレールを使って会社 に通勤するだろうということなどについて説明し,話合いの結果,B21が自宅から新大阪 駅まで歩いていく途中,A7とA46がジョギングを装って近づき,A7がB21の注意を引き 付け,A46がVXを掛けるという方法で実行すること,A14が治療役,A28及びA45がB 21方付近にあるマンションNの屋上での見張り役及びその後B21を尾行し結果を確認 する役,A47がワゴン車の運転手役をそれぞれ担当することなどが決められた。

 5 実行メンバー6名は,治療用の酸素ボンベやVX入り注射器などをワゴン車に積む など準備をした後,ワゴン車に乗車して上記ホテルを出発し,同日午前6時ころ,B21方 付近に到着し,マンションNの前にワゴン車を停めた。A28及びA45は,マンションNの 屋上に行き,B21方2階の様子を探りながら,B21が自宅から出てくるのを待っていたと ころ,同日午前7時過ぎころ,B21が出勤するため自宅から出てきたのを見て,ワゴン車内で待機しているA7に無線機で,B21が自宅から出て新大阪駅に向かっていることやB 21の服装などについて連絡した。  A7は,間もなく,連絡を受けたとおりの服装のB21が右側の路地からワゴン車を停めた 通りに出てきたのを認め,A46と共にワゴン車から降りて,ジョギングを装ってB21に近づ いていき,大阪市t1区u1付近路上において,A7がB21を追い抜いてその前方に回り込 んでその進路をさえぎり,A46がB21の後方に近寄った。

[罪となるべき事実]

 被告人は,A7,A28,A14,A46及びA47らと共謀の上,B21(当時28歳)にVXを付 着,浸透させて同人を殺害することを企て,平成6年12月12日午前7時過ぎころ,大阪 市t1区u1付近路上において,A46が,あらかじめ準備していた注射器内のVXをB21の 後頸部付近に掛けて体内に浸透させ,よって,同月22日午後1時56分ころ,大阪府吹 田市所在のE21病院において,同人をVX中毒により死亡させて殺害したものである。

第3 B5VX事件

[犯行に至る経緯]

 1 B5(昭和13年4月21日生)は,平成7年1月当時,自動ドア修理業を営み,妻及び 長男D4と共に,東京都港区v1所在のOマンションn号室に居住していた。

 B5は,昭和62年ころ,D4が教団にかかわっていることを知り,当初は様子を見ていた が,D4が,教団に借用証を差し入れて借りた20万円を集中修行の費用に充てたり,学 校にも満足に行かず夕方になると出掛けては午前3時ころ帰宅し,食事も十分でないと いう日常生活を送るようになったり,ついには,親子の縁を切って出家したいので120万 円を生前贈与してくれと言って土下座するなどD4の言動がエスカレートしてきたことか ら,このまま放ってはおけないと考え,被告人がどのような人物であるかを調査し,被告人 の説法会に出席して被告人に疑問点を質すなどした。そして,D4が,平成元年8月こ ろ,家出同然に出家した後は,B5は,同じ立場にある親同士で連絡をとり合い,同年10 月ころには,B2弁護士を紹介され,同弁護士の提案により,教団に入信して家に帰って こない子供の親たちと共に被害者の会を結成し,その会長に就任した。そして,B5は, 平成2年1月ころ,D4を説得して教団との関係を絶ち切らせ,その後は,スピーカーで教 団施設内の信者に呼び掛けをしたり,教団施設のある自治体や住民に啓蒙活動をした り,D4らと共に教団信者に対し脱会の説得に当たるなどし,平成5年7月ころからは,B6 弁護士らと協力し,教団信者に対し出家をやめさせ脱会させるように説得するカウンセリ ングを行うなどし,平成6年12月ころまでの間,そのカウンセリングを行った約30名の在 家信徒のうち25名くらいが脱会した。

 2 被告人は,このような事情により,かねてから,B5及びD4を敵対視していたが,平 成6年12月に入り,以前D4らがある団体と共に教団松本支部の信者に対し脱会活動を 行っていたことを聞き,さらに,同月24日ころ,出家しようとしていた法皇官房の信者が親 族により実家に連れ戻され,A7らを動員したものの結局その信者の取戻しをあきらめざ るを得なかったことがあった際,東信徒庁長官のA16から,その信者の実家には「B5」も いた旨の報告を受けるなどしていたことから,もはやB5やD4を放っておくことはできない と考え,VXでこれを殺害することを決意した。

 3 被告人は,同月30日昼ころ,第6サティアン1階の被告人の部屋で,A7に対し,B5 やD4がこれまで教団や教団信者に対し行ってきたことなどを話した上,「どんな方法でも いいからB5にVXを掛けろ。幾らお金を使ってもいい。VXを掛けるためにはマンションを 借りてもいい。息子のD4のほうが行動力があるから,B5ができなければD4でもいい。A 28としっかり打合せをするように。」という趣旨のことなどを言って,B5かそれができなけ ればD4をVXを使って殺害するよう指示し,A7はこれを承諾した。なお,そのころ,被告 人は,A7に対し,「100人くらい変死すれば教団を非難する人がいなくなるだろう。1週 間に1人ぐらいはノルマにしよう。」などと言ったことがあった。

 4 A7は,東京に行き,A28に対し,被告人の指示を伝え,A28と共に,B5方周辺を 下見したほか,見張りをするのに適したマンションを探したが適当な見張り場所はなかっ た。その後,A28は,A7と別れ,s1の家に戻って,A45及びA47に対し,被告人の指示 でB5かD4にVXを掛けることになったことを伝え,諜報省の信者に対し,B5方に現にB 5が住んでいるかどうかを確認するために同人方を監視するよう指示した。

 5(1) A28及びA7が,同月30日から同月31日にかけての深夜,第6サティアン1階の 被告人の部屋を訪れ,A28が,被告人に対し,現在B5の調査をしている旨報告するとと もに,B5にVXを掛ける件についてメンバーはいつもどおりでいいのかどうかを尋ねると, 被告人は,A14の精神状態が不安定であると感じていたことから,A14を現場に連れて いかないよう指示し,VXがメンバーの身体に付着した場合の治療については,ネブライ ザーにパムを入れて吸えば治療ができるのではないかなどと言った。

 (2) A7及びA28は,いったん被告人の部屋を出たが,なお治療の点について不安が あったことから,被告人に再度確認するためにA14を連れて被告人の部屋に行った。A 14が被告人に対し「私は現場に行かなくてもよいのでしょうか。」と尋ねると,被告人は, 「治療が必要ならAHI(教団附属医院)を使えばいい。東京だから,AHIが近いからAHI を使えばいい。」と答え,続けて「おまえは医者だから,人を潜在的に助けようと思ってい るから,ポアが成功しないで人を助けてしまう。だから現場に行くな。」などと説明し,A7ら を納得させた。

 6 A28,A7及びA14は,被告人の部屋から出た後,話合いをし,現場に行かないこと になったA14がB5に掛けるVXを準備することとなった。そこで,A14は,A24のいるX1 棟に赴き,神通力をくれと言ってVXの入った容器を受け取り,その中からそれぞれ若干 量を注射器2本に吸引するなどしてこれを準備した。

 A46は,A7から今度はB5をVXで殺害する旨の指示を受け,A7と共に,A14から上 記のVX入り注射器2本を受け取るなどして自動車で東京に向かったが,その車中で,A 7から「尊師が『教団に反対している者が100人くらいいなくなったら,だれも逆らうやつは いなくなるんじゃないか。』というようなことを言っていた。」旨を聞かされた。A7及びA46 は,同月31日夕方ころ,s1の家に到着して,A28,A45及びA47と合流し,VX入り注 射器2本をs1の家の冷蔵庫内に入れた。その後,これら実行メンバー5名は,B5方付近 に下見に行き,B5方を監視していた信者からB5一家が帰宅している様子はない旨を聞 き,s1の家に戻り,深夜になってもB5らが帰宅したとの連絡がなかったため,A7はA46 及びA47を連れてe1村の教団施設に帰った。

 7 A28は,平成7年1月3日夕方ころ,B5方を監視させていた信者から,B5一家が帰 宅したとの報告を受け,A7にその旨連絡した。A28ら実行メンバー5名は,同日夜,s1 の家に集合し,同所において,B5方周辺の住宅地図を見ながら,翌1月4日朝からB5方 のあるOマンションを見張り,B5が同マンションから出てきた機会にB5にVXを掛けるこ と,B5にVXを掛ける役はA46が務めること,A47が,B5にもD4にも顔を知られているA 7に代わりおとり役になること,A28及びA45が,Oマンションから人が出てくるのが見え る位置に乗用車を停めて同所からB5が出てくるのを見張り,B5が出てきたら無線を使 い,暗号でA7に知らせること,A7は,実行役及びおとり役が待機するワゴン車の運転手 役を務め,見張り役からの連絡を受けて最終的に実行するか否かを決めることなどを確 認し合った。

 8 A28ら実行メンバー5名は,同月4日朝,冷蔵庫に保管中のVX入り注射器,酸素ボ ンベ,ネブライザー等を用意するなどし,ワゴン車及び見張り用乗用車に分乗してs1の 家を出発し,同日午前8時半ころ,Oマンション付近に到着し,B5が同マンションから出 てくるのを待った。

 B5は,東京都港区v2付近路上に設置されている郵便ポストに年賀状を投函するた め,同日午前10時30分ころ,雨が降っていたことから傘をさしてOマンションを出て郵便 ポストに向かった。これを見たA28らが暗号を間違えてA7に知らせたため,A7らが不思 議に思って周囲を見ているとB5が歩道上を歩いてくるのを発見した。そこで,A46及び A47はワゴン車から降りてB5の後を追うなどし,郵便ポストに年賀状を投函した後向きを 変えて自宅に帰ろうとするB5の背後に,注射器を握ったA46と傘を広げたA47の二人 が並んで近づいた。

[罪となるべき事実]

 被告人は,A7,A28,A14,A46及びA47らと共謀の上,B5(当時56歳)にVXを付 着,浸透させて同人を殺害することを企て,平成7年1月4日午前10時30分ころ,東京都 港区v2付近路上において,A46が,B5の後方から,あらかじめ準備していた注射器内 のVXをB5の後頸部付近に掛けて体内に浸透させたが,同人に加療69日間を要するV X中毒症の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかったものである。

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