解析概論/附録I

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[編集] 附録 I 無理数論

数の概念を根本から考察するには,自然数の理論から始めねばなるまいが,それは現今むしろ数学基礎論に属するであろう.解析概論の立場においては,本書 §2 に述べた Dedekind の定理を出発点とすれば十分であろうと思われるが,19 世紀末からの慣例に従って,一応無理数論の解説をする.すなわち有理数を既知として,有理数から無理数への橋渡しをするのである.

よって以下有理数の四則および大小の関係(順序)は既知とする.特に有理数の稠密性が大切である.すなわち a,b が相異なる有理数で,a<b ならば,a<x<b なる有理数 x が必らず,従って無数に,存在するのである.例えば m=\tfrac{a+b}2,従ってまた \tfrac{a+m}2,\tfrac{m+b}2 等々が,a,b の中間にある.

[編集] 1.有理数の切断

有理数の全部を次の条件 (1º),(2º) に従って二組[* 1](部分集合)A,A' に分けるとき,それを切断という.

(1º)
各有理数は A あるいは A' のいずれか一方のみに属する.すなわち A,A' は有理数の部分集合として互に余集合である.
(2º)
A に属する各有理数は A' に属する各有理数よりも小さい.記号で書けば,a\in A,a'\in A' ならば a<a'

この切断を (A,A') と書く.また A を切断の下組,A' を上組という.

切断 (A,A') において AA' とは互に余集合だから,そのうち一方がきまれば,他の一方は自然にきまる.今上組と切り離して,下組を単独に考察するならば,それを次のように定義することができる.

切断の下組 A は上方に有界なる有理数の集合で,

a\in A,\ x<a ならば, x\in A

さて有理数の切断には二つの型が考えられる.

(第一)は下組と上組との境界をなす一つの有理数 a が存在する場合で,すなわち a よりも小なる有理数はすべて下組に属し,a よりも大なる有理数はすべて上組に属するのであるが,条件 (1º) によって,a 自身も下組かまたは上組かに属せねばならない.もしも a が下組に属するならば,a は下組の最大数で,そのとき上組には最小数がない.もしまた a が上組に属するならば,a は上組の最小数で,そのとき下組には最大数がない.

これは有理数の稠密性による.もしもかりに下組に最大数 a があって,同時に上組に最小数 a' があるとするならば,a<m<a' なる m は下組にも上組にも属しえないから,条件 (1º) に反するであろう.

このようにして,任意の有理数 a に切断 (A,A') が対応するが,逆に切断 (A,A') において下組 A に最大数 a,あるいは上組 A' に最小数 a' があるならば,(A,A') はすなわち上記の意味で a あるいは a' に対応するものである.そのとき切断 (A,A')有理数 a あるいは a' を定めるという.

(第二)切断 (A,A') において A に最大の有理数がなく,同時にまた A' にも最小の有理数がないとする.この場合には,上記の意味で (A,A') に対応する有理数は存在しない.よって切断 (A,A') は(下組と上組との境界として)一つの無理数 \alpha を定めるということにする.

有理数と無理数とを総称して実数という.

これは単なる称呼に過ぎない.すなわち実数 \alpha といっても,今のところそこには有理数の一つの切断 (A,A') があるだけである.実数の概念は,それの大小および四則の意味を適当に定義することができた後に,初めて確定するのである.我々はまだ第二の型の切断が実際可能であることすらも証明していないが,その存在証明はしばらく留保して話を進める.

切断 (A,A') が一つの実数 \alpha に対応するということにしたから,ついでに A\alpha の下組,A'\alpha の上組と呼ぼう.ただし \alpha が有理数であるときには,\alpha が下組の最大数として下組に属することもあるが,その場合には \alpha を上組に移転することにする.然らば,この規約の下において,第一,第二の場合を統一して,\alpha の下組 A には最大数がないことになる.技術上の便利のために,しばらくこのような規約を設けるのである[* 2]


  1. 二組は狭義でいう.すなわち A あるいは A' が空虚(空集合)なることを許さない.
  2. 以下一般的にラテン字 a,b 等で有理数を表わし,ギリシャ字 \alpha,\beta 等で実数(有理数を含む)を表わすことにする.まぎれのない場合,一々ことわらない.

[編集] 2.実数の大小

定理 1
実数 \alpha,\beta の下組 A,B の間には次の三つの関係のうちの一つが,しかもただ一つのみが,成り立つ.
(1)
AB とは一致する:
A=B.
(2)
AB の一部分である[* 1]
A\subset B.
(3)
BA の一部分である:
B\subset A.
[証]
A\ne B とすれば,B に属して A に属しない有理数 m があるか,あるいは A に属して B に属しない有理数 m がある.

前の場合には m\in A',故に a\in A ならば a<m.然るに m\in B,故に a\in B.故に A\subset B

同様に,後の場合には B\subset A

[定義]
A=B なるときは \alpha=\beta
A\subset B なるときは \alpha<\beta
B\subset A なるときは \alpha>\beta
[系 1]
\alpha=\beta,\alpha<\beta,\alpha>\beta に従って A=B,A\subset B,B\subset A
[系 2]
\alpha < \beta ならば \beta > \alpha
[注意 1] 
\alpha,\beta が有理数なるとき,有理数に関しては既定なる大小の関係は,上記の定義と調和する(すなわち有理数 \alpha,\beta の下組を A,B とすれば,A\subset B,または B\subset A,に従って,既知のはずの意味で \alpha < \beta または \beta < \alpha).
[注意 2] 
m\alpha の下組に属するならば,上記の定義に従ってm<\alpha.また m\alpha の上組に属するならば \alpha \leqq m

前の場合には,m の下組 M は全く \alpha の下組 A に含まれるが,規約によって A に最大数がないから,A の中には m よりも大きい有理数がある.故に M\subset A,従って定義によって,m<\alpha

後の場合(m\in A')には,(1º) mA' の最小数,従って \alpha = m であることも可能であるが,もしも,(2º) A' に最小数がないならば(\alpha は無理数で),m よりも小なる m_1A' に属し,従って A に属しないから A\subset M,従って \alpha < m

[系 3]
\alpha < \beta ならば \alpha < m < \beta なる有理数 m が(無数に)ある.
[証]
仮定によって A\subset B.故に A'B とに共通の有理数 c があるが,規約によって B に最大数がないから,c< m \in B なる有理数 m は無数にある.そうして \alpha < m < \beta
定理 2
\alpha < \beta,\beta < \gamma ならば \alpha < \gamma
[証]
\alpha,\beta,\gamma の下組を A,B,C とすれば \alpha < \beta,\beta < \gamma から A\subset B, B\subset C(上記系 1).従って A\subset C.故に \alpha < \gamma定義).

  1. 狭義でいう.すなわち,A\subset B は,AB に含まれ,かつ A\ne B を意味する.以下同様.

[編集] 3.実数の連続性

実数の大小が定義された上は,有理数の切断と全く同様に実数の切断が定義される.

定理 3
(\mathsf{A},\mathsf{A'})実数の切断とすれば,\mathsf{A} に最大の実数があるか,あるいは\mathsf{A'} に最小の実数があるか,いずれか一つである.
[証]
\mathsf{A},\mathsf{A'} に含まれる有理数の全体をそれぞれ A,A' とすれば,(A,A') は有理数の切断である.この切断 (A,A') に対応する実数を \alpha とする.

然らば \alpha \in \mathsf{A} あるいは \alpha \in \mathsf{A'}(切断の定義).

もしも \alpha\in\mathsf{A} ならば,\alpha\mathsf{A'} の最大数である.なぜなら:\alpha < \xi とすれば \alpha < m < \xi なる有理数 m がある[定理 1系 3].

然らば m\in A',従って m\in\mathsf{A'}m <\xi だから \xi\in\mathsf{A'}(切断の定義).このように \alpha よりも大なる \xi\mathsf{A'} に属するから,\alpha\mathsf{A} において最大である.そのとき \mathsf{A'} に最小数はない[定理 1系 3].

同様に \alpha\in\mathsf{A'} ならば \alpha\mathsf{A'} の最小数である.

(証終)
定理 4
有界なる実数の集合は確定の上限および下限を有する(上限,下限の定義も[定理 4]の証明も 4,5 頁の通りである).

上記において我々は有理数の大小の関係と有理数の稠密性とのみを用いた.今有理数の四則を既知として,次の補助定理をここで述べておく.

定理 5
\alpha を実数,c を任意の正の有理数とするとき
a < \alpha < a', \quad a'-a=c
なる有理数 a,a' の組合せが(無数に)存在する.
[証]
\alpha が有理数ならば明白.
\alpha が無理数ならば,任意に a_0 < \alpha を取って,有理数列
a_0,\quad a_0+c,\quad a_0+2c,\quad \ldots,\quad a_0+nc,\quad\ldots
を考察する.自然数 n を十分大きくすれば,これらの数は \alpha の上組に入る(上組の一つの有理数を b とすれば,b よりも大きくなる).それらのうちで係数 n の最小なるものを a' とすれば,a=a'-c は下組に属する.すなわち a < \alpha < a',\, a'-a=c
(証終)

[編集] 4.加法

定理 6
\alpha,\beta の下組 A,B に属する有理数を一般に a,b で表わして,a+b の全体を M とすれば,M は一つの下組である.
[証]
(1º)
m < a+b とすれば,m=a_1+b_1, a_1 < a, b_1 < b なる有理数 a_1,b_1 がある(有理数の性質).
a_1\in A,\quad b_1\in B だから,m\in M
すなわち M に属する一つの有理数 a+b より小さい有理数 mM に属する.
(2º)
m=a+b, a < a_1\in A, b < b_1\in B とすれば,m < a_1+b_1\in M.すなわち M に最大数はない.故に M は下組である.
[定義]
この下組 M の定める数を \alpha+\beta とする.
[注意] 
a',b' をそれぞれ \alpha,\beta の上組の数とすれば,a'+b'\alpha+\beta の上組に属する.――a<a',b<b',従って a+b < a'+b' だから.
定理 7] (交換律)
\alpha+\beta=\beta+\alpha.
定義によって明白.
定理 8] (結合律)
(\alpha+\beta)+\gamma=\alpha+(\beta+\gamma).
[証]
\alpha,\beta,\gamma の下組を A,B,C として,一般的に a\in A, b\in B, c\in C とする.然らば加法の定義によって (\alpha+\beta)+\gamma(a+b)+c の上限である.同様に \alpha+(\beta+\gamma)a+(b+c) の上限である.さて有理数に関しては (a+b)+c=a+(b+c).故に (\alpha+\beta)+\gamma=\alpha+(\beta+\gamma)
定理 9] (加法の単調性)
\alpha <\beta, \gamma \leqq \delta ならば \alpha+\gamma < \beta+\delta
[証]
(1º)
\gamma=\delta として \alpha+\gamma<\beta+\gamma を証明する.
\alpha<r<s<\beta
なる有理数 r,s を取って[定理 1系 3定理 2
c<\gamma <c',\quad c'-c=s-r
とする [定理 5].然らば r+c'=s+c(有理数の性質).よって
m=r+c'=s+c
と書く.さて,\alpha<\gamma,\gamma<c' から,r+c'\alpha+\gamma の上組に属する(前頁,[注意]).故に
\alpha+\gamma\leqq m.
また s<\beta, c<\gamma から,s+c\beta+\gamma の下組に属する(加法の定義).故に
m<\beta+\gamma.
すなわち
\alpha+\gamma\leqq m < \beta+\gamma,
定理 2
\alpha+\gamma < \beta+\gamma.
(2º)
\alpha < \beta, \gamma < \delta ならば,(1º) によって \alpha+\gamma < \beta+\gamma,また交換律をも用いて,\beta+\gamma < \beta+\delta,故に \alpha+\gamma<\beta+\delta定理 2].
定理 10] (減法)
\alpha,\beta が与えられたとき,
\alpha+\xi=\beta

なる \xiが一意に存在する.

[証]
(1º)
まず \beta=0 として \alpha+\bar{\alpha}=0 なる \bar{\alpha} の存在を証明する.

a<\alpha<a' とすれば a< a',-a'< -a であるが,-a' の全部は或る実数の下組を成す(下組の定義).その実数を \bar{\alpha} とする.然らば \alpha+\bar{\alpha}=0 である.それをみるには a+(-a')=a-a' の上限が 0 であることを確かめればよい.すなわち,まず a-a'< 0.これは a<a' から出る(有理数の性質).次に -r<0 なる任意の r に関して a-a'=-r なる a,a' が存在する[定理 5].

故に \alpha+\bar{\alpha}=0
(2º)
\xi=\bar{\alpha}+\beta とすれば \alpha+\xi=\alpha+(\bar{\alpha}+\beta)=(\alpha+\bar{\alpha})+\beta定理 8].

故に \alpha+\xi=0+\beta=\beta すなわち \alpha+\xi=\beta なる \xi が存在する.

0+\beta=\beta は証明を要するが,それは簡単である.)
(3º)
減法の一意性は[定理 9]から出る.すなわち \xi \gtrless \xi' ならば \alpha+\xi\gtrless \alpha+\xi' だから, \beta \gtrless \alpha+\xi',  \quad \alpha+\xi'\ne \beta
(証終)
[定義]
\alpha+\xi=\beta なる \xi\beta-\alpha と書く.然らば (1º)\bar{\alpha}0-\alpha であるが,それを -\alpha と略記する.(2º)(3º) によって \beta-\alpha=\beta+(-\alpha)

[編集] 5.絶対値

実数の正負を 0 との大小によって定義するならば,\alpha\ne0 なるとき,\alpha-\alpha とのうちで,一つは正,一つは負である.

\alpha>0,-\alpha\geqq 0 または \alpha<0,-\alpha\leqq 0 とするならば,加法の単調性によって 0>0 または 0<0.(不合理)

[定義]
\alpha\ne 0 ならば,\alpha-\alpha とのうちで正なる方を \alpha の絶対値(記号:|\alpha|)という.\alpha=0 ならば |\alpha|=0 とする.
定理 11
|\alpha+\beta| \leqq |\alpha| + |\beta|.

等号 =\alpha および \beta が同符号のとき,あるいは \alpha または \beta0 であるときに限る.

[証]
一度はぜひやってみるとよい.

[編集] 6.極限

ここまできたところで,一応第 1 章の基本定理を一つ一つ検討してみよう.

実数の大小の定義から Dedekind の原則(定理 1)および Weierstrass の定理(定理 2)が導かれることはすでに述べた(459,460 頁).その上に今実数の加法減法が定義されたから,数列の極限の定義(§4)およびそれに基づく第 1 章の定理 67 および Cauchy の判定法(定理 8)が確定する.

ただし,数列 \{\alpha_n\} の上極限,下極限の定義は大小の関係だけでできる.従って,それらが一致する場合として極限も定義される.ただ,Cauchy の収束条件は差を使わないでは,うまく行かない.無理数論において加法が重要なる役をするのは,そこにある.

なお定理5(§4)に関しては (1º)(2º) はよいが,我々はまだ実数の乗法を定義していないから,(3º)(4º) は未決である.

ここで中間的に次の定理を述べておく.

定理 12
実数 \alpha に収束する有理数列が存在する.
[証]
この存在証明のついでに,\alpha を十進数として表現する方法を述べる. n を一つの自然数(\geqq 0),a を任意の整数として \textstyle \frac{a}{10^n} なる有理数

 \ldots,\, \frac{-3}{10^n},\,\frac{-2}{10^n},\,\frac{-1}{10^n},\,0,\,\frac{1}{10^n},\,\frac{2}{10^n},\,\frac{3}{10^n},\,\ldots
を取れば,そのうちで

  \frac{a_n}{10^n}\leqq \alpha < \frac{a_n+1}{10^n}
なる整数 a_n が確定する.然らば

 0 \leqq \alpha-\frac{a_n}{10^n}<\frac{1}{10^n}.
さて \varepsilon>0 とするとき,\varepsilon>r>0 なる有理数 r を取れば十分大なる n に関して \textstyle r>\frac{1}{10^n}(有理数の性質:\textstyle n>\frac{1}{r} とすれば \textstyle 10^n>n>\frac{1}{r}). 従って
 0\leqq \alpha-\frac{a_n}{10^n}<\varepsilon.
すなわち
\lim_{n\to\infty}\frac{a_n}{10^n}=\alpha.

これで[定理 12]は証明されたのであるが,上記 a_n の意味から


 10a_{n-1}\leqq a_n < 10a_{n-1}+10,\quad (n=1,2,\cdots).

故に a_n = 10a_{n-1}+c_n と置けば


 \frac{a_n}{10^n}=\frac{a_{n-1}}{10^{n-1}}+\frac{c_n}{10^n},\quad 0\leqq c_n \leqq 9.

すなわち


 \frac{a_n}{10^n}=a_0+\frac{c_1}{10}+\frac{c_2}{10^n}+\cdots+\frac{c_n}{10^n}.

従って


 \alpha=a_0+\frac{c_1}{10}+\frac{c_2}{10^2}+\cdots+\frac{c_n}{10^n}+\cdots.

これが十進数としての \alpha の表現である.

このような表現は一般には一意であるが,ただ \textstyle \alpha=\frac{a_n}{10^n}, c_n\ne 0,なるとき,最後の項 \textstyle \frac{c_n}{10^n}\textstyle \frac{c_n-1}{10^n}+\frac{9}{10^{n+1}}+\frac{9}{10^{n+2}}+\cdots に換えることができる.これは周知である.

10 の代りに 1 よりも大なる任意の自然数 t を取って,同様の方法によって実数 \alphat 進展開

 \alpha=a_0+\frac{c_1}{t}+\frac{c_2}{t^2}+\cdots,\quad (0\leqq c_n < t)
を得る.

[編集] 7.乗法

乗法の定義は,切断によるよりも,極限の概念を自由に運用する方が得策であろう.与えられた実数 \alpha,\beta に収束する任意の有理数列を \{a_n\},\{b_n\} とすれば,数列 \{a_nb_n\} は収束する(Cauchy の判定法).なぜなら: 有理数の乗法(既知)によって


  a_nb_n -a_mb_m = a_n(b_n-b_m) + b_m(a_n-a_m)

で,\{a_n\},\{b_n\} は有界だから,すべての n,m に関して

|a_n|<c,\quad |b_m|<c,

なる有理数 c がある.さて任意に \varepsilon >0 が与えられるとき \varepsilon > r > 0 なる有理数 r を取れば,それに対応して n,m を十分大きくして \textstyle |a_n-a_m| < \frac{r}{2c}, |b_n-b_m| < \frac{r}{2c},従って


 |a_nb_n-a_mb_m| \leqq |a_n||b_n-b_m| + |b_m||a_n-a_m| < c\frac{r}{2c} + c\frac{r}{2c} = r < \varepsilon.

故に数列 \{a_nb_n\} は収束する.その極限は \alpha,\beta に収束する有理数列 \{a_n\},\{b_n\} の選択に無関係である(§9).

[定義]
\textstyle \lim a_n =\alpha, \lim b_n=\beta なるとき
\lim a_nb_n=\alpha\beta
をもって\alpha\beta の定義とする.
\alpha=a, \beta=b が有理数なるとき,この定義は有理数に関する既定の定義と調和する(a_n=a, b_n=b とすればよい).

 \alpha\cdot 0=0,\quad \alpha\cdot 1=\alpha,\quad (-\alpha)\beta=-\alpha\beta
なども,この定義からすぐに出る.これらを後に証明で使う.
定理 13] (交換律)
\alpha\beta=\beta\alpha.
[証]
a_n\to\alpha,b_n\to\beta とすれば a_nb_n\to \alpha\beta, b_na_n\to\beta\alpha.有理数に関して a_nb_n=b_na_n は既知.故に \alpha\beta=\beta\alpha
定理 14] (結合律)
(\alpha\beta)\gamma=\alpha(\beta\gamma).
定理 15] (分配律)
(\alpha+\beta)\gamma=\alpha\gamma+\beta\gamma.
[証]
同様.ここでは a_n+b_n\to\alpha+\beta をも用いる.
定理 16
\alpha>0, \beta>0 ならば \alpha\beta > 0
[証]
\alpha>0,\beta>0 ならば,\alpha,\beta に収束する単調増大の正の有理数列 \{a_n\},\{b_n\} がある(例えば十進数列).然らば \{a_nb_n\} も単調増大で a_nb_n\leqq \alpha\betaa_nb_n>0 だから \alpha\beta>0
[注意] 
これから (-\alpha)\beta=-\alpha\beta を用いて,\alpha,\beta が同符号または異符号なるに従って,\alpha\beta\gtrless 0 を得る.
定理 17
\alpha\beta=0 ならば \alpha=0 または \beta=0
[証]
\alpha>0 として,\beta=0 を示せばよい.もしも \beta\ne 0 ならば \alpha\beta\ne 0上記注意).
定理 18] (除法)
\alpha\ne 0\beta とが与えられるとき,\alpha\xi=\beta なる \xi が一意的に存在する.
[証]
(1º)
まず \alpha\bar{\alpha}=1 なる \bar{\alpha} の存在を証明する.\alpha >0 として,\alpha に収束する単調増大の正の有理数列を \{a_n\} とすれば,\textstyle \left\{\frac1{a_n}\right\} は単調減少で有界だから,収束する.その極限を \bar{\alpha} とすれば,

  \alpha\bar{\alpha}=\lim_{n\to\infty}a_n\cdot\frac1{a_n}=1.
-\alpha に関しては -\bar{\alpha} が逆数である.
(2º)
\xi=\bar{\alpha}\beta とすれば \alpha\xi=\alpha(\bar{\alpha}\beta)=(\alpha\bar{\alpha})\beta=1\cdot\beta=\beta
(3º)
\xi の一意性は分配律から出る.\alpha\xi=\beta,\alpha\xi'=\beta とすれば,\alpha\xi-\alpha\xi'=\alpha(\xi-\xi')=0\alpha\ne 0 だから \xi-\xi'=0定理 17].すなわち \xi=\xi'

[編集] 8.巾および巾根

乗法の連続性から f(x)=x^2 の連続性が出るが,[0,\infty) において,これは 0 から \infty まで単調に増大するから,逆函数が可能で,それは連続かつ単調である.すなわち [0,\infty) において \sqrt x の意味が確定する(§16).

三次以上に関しては説明を省略する.

平方根の可能性から無理数の存在証明が得られる.例えば \sqrt 2 は無理数である.

\sqrt 2 が無理数なることの証明は,整数論的にすれば,最も簡明である.今かりに \sqrt 2 = p/q で,p,q は互いに素なる整数とする.然らば p^2=2q^2 から,p は偶数,従って q は奇数である.そこで p=2p' と置けば,p' は整数で,4p'^2=2q^2 から 2p'^2=q^2,従って q は偶数である.不合理.

無理数の存在は実数の十進展開からも証明される.有理数の十進展開は有限か,または循環小数になる(これも整数論的だが).従って不循環の十進数は無理数である.例えば 10,100,1000,\ldots を並べて書いた十進数 0.10\,100\,1000\ldots が不循環なることは,容易に証明されるであろう.

[編集] 9.実数の集合の一つの性質

有理数の全部には番号がつけられる(可算,abzählbar[* 1]countable).番号といっても,それは大小の順序とは無関係である.――有理数に大小の順序に従って番号をつけることは,稠密性が許さない.今正の有理数を自然数の商として n/m の形に書いて,それに平面上の格子点 (m,n) を対応させるならば,それらの格子点に 173 頁に述べたようにして,番号がつけられる.同一の有理数に無数の格子点が対応するけれども,重複するものを除いて番号を繰上げればよい.

例えば 173 頁,右の図のようにすれば,番号順は次のようになる.

\frac11,\frac12,\frac21,\frac13,\frac31,\frac14,\frac23,\frac32,\frac41,\frac15,\frac51,\ldots.

正の有理数に a_1,a_2,a_3,\ldots のように番号がつけば,0 および負の有理数をも入れて,例えば

0,a_1,-a_1,a_2,-a_2,\ldots

のようにして,すべての有理数の順番がきめられる.

然るに,実数の全体に関しては,たとえそれを一定の区間内に限っても,決して漏れなく番号をつけることはできない.それを手軽に証明するために,かりに区間を (0,1) として,区間内のすべての実数に \alpha_1,\alpha_2,\ldots,\alpha_n,\ldots のように番号がつけられたと仮定して,これらの実数を十進法で表わして

\begin{align}
  \alpha_1 &= 0\cdot c_1^{(1)}\!c_2^{(1)}\!\!\ldots c_n^{(1)}\!\!\ldots,\\
  \alpha_2 &= 0\cdot c_1^{(2)}\!c_2^{(2)}\!\!\ldots c_n^{(2)}\!\!\ldots,\\
  \ldots   &  \ldots\ldots\ldots\ldots\ldots\ldots,\\
  \alpha_n &= 0\cdot c_1^{(n)}\!c_2^{(n)}\!\!\ldots c_n^{(n)}\!\!\ldots,\\
  \ldots   &  \ldots\ldots\ldots\ldots\ldots\ldots
\end{align}

とおいてみる.ただし十進数として二様に書かれるものは,正規の記法を取ることとする(例えば 0.5000\ldots のように書いて,0.4.999\ldots のようには書かない).

さて上記のような表が与えられているとき,その表に漏れている数が区間 (0,1) に必らずあることが,次のようにして示される.今十進法で

\alpha = 0\cdot c_1c_2\ldots c_n\ldots

と置いて,数字 c_1,c_2,\ldots を次のようにきめる.すなわち,各〻の位 n に関して \alpha_n の数字 c_n^{(n)} が偶数(0 をも含めていう)ならば c_n=1,また c_n^{(n)} が奇数ならば c_n=2 とする.そうすれば,\alpha\alpha_1 とは第一位の数字が違い,\alpha_2 とは第二位の数字が違い,一般に \alpha_n とは第 n 位の数字が違って,しかも \alpha の数字は 12 かで,999\ldots で終ることはないから,\alpha\alpha_1,\alpha_2,\ldots,\alpha_n,\ldots のどれとも違う.この \alpha は区間 (0,1) にあるけれども,上記の表にはない.すなわち番号がついていない.

これが Cantor の有名な対角線論法である.

任意の区間 a<x'<b においても同様である.それをみるには変換 x'=a+(b-a)x によって区間 (0,1) 内の x(a,b) 内の x' との間に一対一対応を作ればよい.もしも (a,b) 内の x' に番号がつけきれるならば,x' に対応する x に同じ番号を与えて (0,1) 内の x に番号をつけてしまえるはずであるが,それは不可能である.

それよりも重要なのは,無理数だけを取っても,すでに番号づけができないことである.――もし或る区間内のすべての無理数に,b_1,b_2,\ldots,b_n,\ldots のように,番号がつけられるならば,同じ区間内の有理数に a_1,a_2,\ldots,a_n,\ldots のように番号をつけて,双方を交代に a_1,b_1,a_2,b_2,\ldots のように入れ交ぜて,区間内のすべての実数の順番がきめられるであろう.それは不合理である.

大小の順序においては,有理数も無理数も各〻稠密に,かつ交錯して配列されているが,無理数は圧倒的に濃厚に分布されているといわねばなるまい.

ここまでくれば,\sqrt2 などによらないで,無理数の存在が自然にわかるのであった.


  1. abzählbar(かずがよめる)は Georg Cantor の造語である.それの英訳は denumerable, countable,仏訳は dénombrable

[編集] 10.複素数

二つの実数の取り合せ (x,y) としてのベクトルの加法は,既知のように,交換律,結合律に従い,かつ一意的の逆算法としての減法が可能で,そこで零の役目をするのは,ベクトル (0,0) である.この加法の上に,或る特別なる第二の算法として,乗法を定義すれば,複素数が生ずる.

複素数 (x,y)\ne (0,0) の座標 x,y に対して,関係式

(1)
x=\rho\cos\theta,\quad y=\rho\sin\theta,\quad \rho>0
から,\rho\theta2\pi の整数倍なる差を無視して,すなわち \mathrm{mod.}\, 2\pi に関して)とが確定する.極座標 \rho, \theta がすなわち複素数 (x,y) の絶対値および偏角である.(0,0) に対しては,\rho=0 で,\theta は任意である.この極座標を用いて,かりに (x,y)=[\rho,\theta] と書いて,二つの複素数の積を
(2)
[\rho_1,\theta_1]\cdot[\rho_2,\theta_2]=[\rho_1\rho_2,\theta_1+\theta_2]
によって定義する(すなわち,幾何学的に約言すれば,[\rho_2,\theta_2] を掛けることは,ベクトル [\rho_1,\theta_1]\theta_2 だけ正の向きに回転させて,かつその長さを \rho_2 倍することである).

この定義によれば,乗法は交換律,結合律に従い,また,[\rho_2,\theta_2]\ne (0,0) なるとき,除法 [\rho_1,\theta_1]/[\rho_2,\theta_2]=[\rho_1/\rho_2,\theta_1-\theta_2] が一意に可能である.積の定義 (2)Descartes 座標で表わすために

(a,b)=[r,\alpha],\quad (x,y)=[\rho,\theta]

とすれば,(1)(2) を用いて

\begin{align}
 (a,b)\cdot(x,y) &=[r,\alpha]\cdot[\rho,\theta]=[r\rho,\alpha+\theta]\\
                 &=\bigl(r\rho\cos(\alpha+\theta),r\rho\sin(\alpha+\theta)\bigr),
\end{align}

さて

\begin{align}
 r\rho\cos(\alpha+\theta)&=r\cos\alpha\cdot\rho\cos\theta-r\sin\alpha\cdot\rho\sin\theta=ax-by,\\
 r\rho\sin(\alpha+\theta)&=r\sin\alpha\cdot\rho\cos\theta+r\cos\alpha\cdot\rho\sin\theta=bx+ay,
\end{align}

従って

(a,b)\cdot(x,y)=(ax-by,bx+ay).

これから,乗法が加法に関して分配律に従うことがわかる(x,yx_1,y_1 および x_2,y_2 を代入して加える).

y=0 なる複素数に関しては


 (x_1,0)+(x_2,0)=(x_1+x_2,0),\quad (x_1,0)(x_2,0)=(x_1x_2,0)

で,加法,乗法が実数 x_1,x_2 のそれらと全く同型であるから,(x,0)x と同一視して,複素数を実数の拡張とみるのである.

a\cdot(x,y) = (ax,ay) は,いわゆる,スカラー乗法(伸縮の意味での乗法)で,それは (a,0)\cdot(x,y) に等しい.

(1,0)=1,(0,1)=i と書けば,(x,y)=x+yi で,


  i^2=(0,1)\cdot(0,1)=\left[1,\frac\pi2\right]\cdot\left[1,\frac\pi2\right]=[1,\pi]=(-1,0)=-1.

故に形式的には,複素数の四則算法は,実数のそれと同様で,ただ,随所 i^2-1 で置き換えて,標準形 x+yi を維持することに帰する.このような便宜上の規約を,18世紀には,天賦の法則のように考えていたのである.

複素数は伝統によって代数学的に導入される.上記の解説で,三角函数の加法定理を幾何学から引用したのは,方法上不純であるが,それを顧慮しないで,簡明を主としたのである.

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