水平社宣言
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[編集] 諸注意事項
- ウェブ形式たる都合上横書きであるが、本来は縦書きである。
- 綱領部・宣言部と別に決議なる部が存在するが、単一の紙面上で一体となっているものは綱領・宣言のみであることから、決議部はここでは水平社宣言に含めないものとする。
- 原文に於いては、なるべく原文通りの文字を使うようつとめたが、表示不可能な漢字も多々あり、全く同じ漢字を使った訳ではない。
- 原文に於ける歴史的仮名遣いには多少の誤りがあるが、校正は一切していない。
[編集] 綱領部
綱領
一、特殊部落民は部落民自身の行動によつて
絶対の解放を期す
一、吾々特殊部落民は絶対に経済の自由と職業の
自由を社会に対して要求し以て獲得を期す
一、吾等は人間性の原理に覚醒し人類最高の
完成に向つて突進す
[編集] 宣言部
[編集] 原文
『
宣言
全國に散在する吾が特殊部落民よ團結せよ
長い間《あひだ》虐《いぢ》められて來《き》た兄《きやう》弟《だい》よ、過《くわ》去《こ》半《はん》世《せい》紀《き》間《かん》に種々《しゆじゆ》なる方法《はうはふ》と、多《おほ》くの人々《ひとびと》によつてなされた吾《われ》らの爲《た》めの運動《うんどう》が、何《なん》等《ら》の有難《ありがた》い效果《かうくわ》を齎《もた》らさなかつた事《じ》實《じつ》は、夫《それ》等《ら》のすべてが吾々《われわれ》によつて、又《また》他《た》の人々《ひとびと》によつて每《つね》に人間《にんげん》を冒瀆《ぼうどく》されてゐた罰《ばち》であつたのだ。そしてこれ等《ら》の人間《にんげん》を勦《いたは》るかの如《ごと》き運動《うんどう》は、かえつて多《おほ》くの兄《きやう》弟《だい》を堕《だ》落《らく》させた事《こと》を想《おも》へば、此際《このさい》吾《われ》等《ら》の中《うち》より人間《にんげん》を尊敬《そんけい》する事《こと》によつて自《みづか》ら解放《かいはう》せんとする者《もの》の集團運動《しうだんうんどう》を起《おこ》せるは、寧《むし》ろ必然《ひつぜん》である。
兄《きやう》弟《だい》よ、吾々《われわれ》の祖《そ》先《せん》は自《じ》由《いう》、平等《べうどう》の渇仰者《かつがうしや》であり、實行者《じつかうしや》であった。陋劣《ろうれつ》なる階級政策《かいきふせいさく》の犧《ぎ》牲《せい》者《しや》であり、男《をとこ》らしき産業的《さんげふてき》殉《じゆん》敎《けう》者《しや》であつたのだ。ケモノの皮《かは》剥《は》ぐ報酬《ほうしう》として、生々《なまなま》しき人間《にんげん》の皮《かは》を剥《は》ぎ取《と》られ、ケモノの心臟《しんぞう》を裂《さ》く代《だい》價《か》として、暖《あたたか》い人間《にんげん》の心臟《しんぞう》を引《ひき》裂《さ》かれ、そこへ下《くだ》らない嘲笑《てうせう》の唾《つば》まで吐《は》きかけられた呪《のろ》はれの夜《よ》の惡《あく》夢《む》のうちにも、なほ誇《ほこ》り得《う》る人間《にんげん》の血《ち》は、涸《か》れずにあつた。そうだ、そして吾々《われわれ》は、この血を享《う》けて人間《にんげん》が神《かみ》にかわらうとする時《じ》代《だい》にあうたのだ。犧《ぎ》牲《せい》者《しや》がその烙印《らくいん》を投《な》げ返《かへ》す時《とき》が來《き》たのだ。殉《じゆん》敎《けう》者《しや》が、その荊《けい》冠《くわん》を祝《しゆく》福《ふく》される時《とき》が來《き》たのだ。
吾々《われわれ》がエタである事《こと》を誇《ほこ》り得《う》る時《とき》が來《き》たのだ。
吾々《われわれ》は、かならず卑屈なる言葉と怯《けふ》懦《だ》なる行《かう》爲《ゐ》によって、祖《そ》先《せん》を辱《はづか》しめ、人間《にんげん》を冒瀆《ぼうどく》してはならぬ。そうして人《ひと》の世《よ》の冷《つめ》たさが、何《ど》んなに冷《つめ》たいか、人間《にんげん》を勦《いたは》る事《こと》が何《な》んであるかをよく知《し》つてゐる吾々《われわれ》は、心《こゝろ》から人生《じんせい》の熱《ねつ》と光《ひかり》を願《ぐわん》求《く》禮讃《らいさん》するものである。
水平社《すゐへいしや》は、かくして生《うま》れた。
人《ひと》の世《よ》に熱《ねつ》あれ、人間《にんげん》に光《ひかり》あれ
大正十一年三月三日
全國水平社創立大會
』
[編集] 常用漢字に置換した訂正版
宣言
全国に散在する我が特殊部落民よ団結せよ
長い間虐[1]められて来た兄弟よ、過去半世紀間に種々なる方法と、多くの人々とによってなされた我等の為めの運動が、何等の有難い効果を齎[2]らさなかった事実は、夫等[3]のすべてが我々によって、又他の人々によって毎[4]に人間を冒涜されていた罰であったのだ。そしてこれ等の人間をいたわるかの如き運動は、かえって多くの兄弟を堕落させた事を想えば、此際[5]我等の中より人間を尊敬する事によって自ら解放せんとする者の集団運動を起せるは、寧[6]ろ必然である。
兄弟よ、我々の祖先は自由、平等の渇仰者[7]であり、実行者であった。陋劣[8]なる階級政策の犠牲者であり男らしき産業的殉教者であったのだ。ケモノの皮剥ぐ報酬として、生々しき人間の皮を剥ぎ取られ、ケモノの心臓を裂く代価として、暖い人間の心臓を引裂かれ、そこへ下らない嘲笑の唾まで吐きかけられた呪われの夜の悪夢のうちにも、なお誇り得る人間の血は、涸れずにあった。そうだ、そして我々は、この血を享[9]けて人間が神にかわろうとする時代にあうたのだ。犠牲者がその烙印を投げ返す時が来たのだ。殉教者が、その荊冠を祝福される時が来たのだ。
我々がエタである事を誇り得る時が来たのだ。
我々は、かならず卑屈なる言葉と怯懦[10]なる行為によって、祖先を辱しめ、人間を冒涜してはならぬ。そうして人の世の冷たさが、何[11]んなに冷たいか、人間をいたわる事が何んであるかをよく知っている我々は、心から人生の熱と光を願求礼賛[12]するものである。
水平社は、かくして生れた。
人の世に熱あれ、人間[13]に光あれ
大正十一年三月三日
水平社